第12話:個人や社会のあらゆる悲惨さは、労働への情熱から生まれる
カカポのメイド服注文から二週間。完成したメイド服を受け取り、カナリアは超高速で自宅に戻ってカカポに装備させた。そして、その出来栄えに満足げに頷いた。
「うんうん! いいね!」
1000いいねくらい押したい気持ちになりながら、カナリアは子供サイズのメイド服に身を包んだカカポの頭を撫でる。今回発注したメイド服は、スカート丈の長い、露出度の低い白黒ゴシックタイプにした。
カカポは元々可愛らしいし、マスコットとしてはこちらのほうがよく似合う。
なお、メイドとして働かせる気はあんまりない。カナリアはメイドフェチなので単にメイド服を着せたかっただけである。
「かわいい……かな?」
「うんうん。可愛い可愛い」
そんなカナリアの着せ替え人形になりつつも、カカポは身に付けたメイド服の着心地の良さに満足げに微笑んだ。服を着るのはドリアードとしては一人前の証でもあるし、それを抜きにしても、可愛らしい洋服をお気に召したようだ。
「よし、これで大体準備はオッケーだね。じゃあ私はちょっと出掛けてくるから」
「どこ行くの?」
「仕事。行きたくないけど……」
カナリアは溜め息を吐きながらそう呟いた。カカポを闇取引で手に入れたのと、オーダーメイド服が地味に財布に響いている。すぐに困窮する訳ではないが、これからイヤラシックパークを拡張していくために、貯蓄はある程度溜めていかねばならない。
「すぐ帰ってくる?」
「うん。今日はいい依頼がないか見てくるだけだから。ノリスの事お願いね」
「ギャース!」
「我が主よ、この巣の番は我々に任せておけ、って言ってる」
「はいはい。それじゃよろしくね」
ノリスとカカポは相性がいいらしく、まるで会話をしているようだなあと思いつつ、カナリアは家を後にした。目指すは久々に足を伸ばす冒険者ギルドである。
「個人や社会のあらゆる悲惨さは、労働への情熱から生まれる……」
昔の偉い人が言ったような気がする名言を呟きながら、カナリアは仕方なく冒険者ギルドの門をくぐった。
冒険者というと荒くれ者の集まりのように思われるが、国営の組織というのもあり、思った以上に合理的な組織になっている。
建物自体も大きく、一階には受付やギルドの依頼の貼り出し掲示板のほか、食事や酒盛りが出来る食堂もあるし、二階には緊急を要する課題を実力者やお偉いさん達が議論する会議室。さらに遠方から呼び寄せた腕利きたちを泊める宿泊施設もある。
まあカナリアには二階以降は縁のない場所だ。今のカナリアはもっぱら雑魚相手に小銭稼ぎをしようと躍起になっている、小物臭漂うネズミ男ならぬネズミ親父小娘だった。
「うーん、あんまりいいのが無いなぁ……」
正規ギルドには職員から直接打診があり、それ以外のギルドは掲示板に張り出された難易度の低い物しか受けられないシステムになっている。カナリアにはむしろそれが狙い目なのだが、なかなかいい依頼がない。
初心者達のサポートで小銭稼ぎをしたいのだが、今日はあいにくその依頼が無いのだ。
そしてそれより、もう一つカナリアが狙っている種の依頼がある。
それは『お貴族様の道楽』系の依頼である。
金持ちの貴族は国から兵士を派遣してもらったり、個人で私兵を持っていたりするのだが、ごくまれに下々の者どもをこき使って楽しむ輩が存在する。そういう貴族は、ちょっと近くを散歩するだけなのにギルドにわざわざ高額で依頼を出すのだ。
つまり、冒険者などという下々の者と、自分の地位の高さを見比べてマウントをとる事に優越感を覚える輩である。
当然、冒険者側もいい気分にはならない。ただの子守り同然の仕事なのでキャリアにもならないから報酬が良くてもプライドのある冒険者はほとんど受けない。
だが、カナリアはその依頼こそが天職であると確信していた。
カナリアには冒険者のプライドなんか欠片もないし、前世でハゲ散らかした上司に無茶苦茶な業務ノルマをごり押しされていたので、理不尽に対する耐性も割とある。
(ああん! お貴族様の靴おいしい! ペロペロしたい!)
貴族に見下されようが金を大量にくれるなら喜んで這いつくばって靴でも舐める。それがカナリアという少女の本質であった。
「よっ、精霊使い」
「は?」
ろくな依頼が無いので今日はもう帰るかと思っていたら、不意に後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこにはフェザンが立っていた。後ろにはシーニュとアーノルドも居る。
三人とも別れた頃に比べ、体も精神も引き締まっているように見えたし、装備も前よりも上質になっている。カナリアだけが相変わらずのボロっちい外套を羽織っている。
「ギルドで顔を合わせるのは久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」
「う、うん。三人も元気そうでよかった」
アーノルドが女性なら誰もが惚れてしまいそうな整った笑みを浮かべるが、カナリアはノンケなので特に反応はしない。それよりも、気になる単語があった。
「精霊使いって何?」
「もー、とぼけちゃって、あんたの家にドリアードがいるの有名よ?」
「ウッ」
シーニュの言葉にカナリアは息を詰まらせた。別に隠している訳じゃないし目立つのは分かるのだが、闇取引で手に入れた事がばれたんじゃないだろうか。
「ち、違う! 誤解だよ! あの子はただ近くの森で迷子になってるのを保護しただけで!」
「そうそう。迷子の精霊を保護したんでしょ。知ってる知ってる」
「分かってくれたならいいけど」
危ない。バレるところだった。何か聞かれたら森で保護したと言って誤魔化せと言ってくれた親切な闇奴隷商人おじさんに、カナリアは心の底から感謝した。
「ところで、三人は何か依頼を受けたの?」
これ以上ドリアードの件に触れられないよう、カナリアは強引に話を逸らす。すると、三人とも何故か神妙な顔になった。
「実は、少々やっかいな依頼が来てね。正規ギルドとして初の大仕事になるかもしれない」
「大仕事?」
カナリアがオウム返しに聞き返すと、フェザンがそれに答える。
「実はな、王都から少し離れた廃坑がダンジョンになってる可能性があるんだ。そこの調査をするんだが、俺たちだけじゃなくて複数のギルドでやることになりそうだ」
「なんとまあ」
ダンジョンというのはカナリアも耳にした事がある。
元々はただの大きな洞穴だったりする場所に魔力が溜まったりすると、そこが魔獣たちの住処になる事がある。特に暗く淀んだ場所は、魔獣以上の存在がどこかからか現れるという。
また、かつて古代の民が作ったと言われる塔のような物もあり、こちらは文献などがほとんど残っておらず、誰が何の目的で建てたかわからないのだという。こちらは最上級の実力者でも、全容はほとんど解明されていない。
そうした物を一括して『ダンジョン』と呼ぶのだ。
放置しておくと街に危害が及ぶ場合もあるし、そうした場所は危険ではあるものの、魔力を帯びた素材が手に入るので、ハイリスクハイリターンの仕事となる。
「確かに難易度も危険度も高い仕事だが、これをこなせば俺たちも箔が付くってもんだ」
「そうなんだ。すごいね」
カナリアには別に関係のない話なので、適当に相槌を打って流した。
通常、冒険者なら難易度の高い依頼を受ける事に喜びを見出すのだが、カナリアは平然としていた。
「ちょっと! フェザン!」
シーニュが後ろからフェザンを小突く。するとフェザンがはっとした表情になり、それからカナリアに頭を下げる。
「いや、悪ぃ。別にお前を見下したとかそういう訳じゃねえんだ。ただちょっと腕が鳴るっていうか……」
「いいよ。みんな大変だろうけど頑張ってね」
カナリアはにっこりと笑う。その態度に、逆に三人が驚いた表情でカナリアを見る。
「何? どうしたの?」
「いや、何でもねぇ。ありがとな」
「……? うん。じゃあ私、今日は帰るから」
そう言って、カナリアは今日は大人しく引き返すことにした。明日こそどうでもいい依頼が来る事を祈りながら。
「あいつ、いい奴だよな」
「ああ、僕達がどんどん前に進んでいるっていうのに、自分だけ置いていかれて、ああも素直に他者を祝福は出来ないよ」
普通の冒険者――いや、人間であれば、かつての仲間に一人置き去りにされ、他の皆が出世街道を歩んでいるのに、置き去りにした張本人を心から祝福するのは非常に難しい。
「他人の不幸に同情する事は簡単だけど、他人の幸福を心から願える事は難しいわよね」
シーニュがそう言うと、他の二人も頷いた。
「実は俺、少しだけ疑ってたんだよ。カナリアが自分の欲望を満たすためだけに、あの精霊を買い取ったんじゃないかってさ。精霊って魔術の材料とかにも使えるんだろ? でも、あの態度見て分かったよ。俺が間違ってたんだな。ほんと、情けねぇな」
フェザンはばつが悪そうに頭を掻いた。フェザンだけではない。カナリアは少し変わった所があるので、もしかしたら精霊を己の欲望のために買っただけなのでは、と心のどこかで皆少しだけそう思っていた。
だが、それが違うことに三人は気付いた。カナリアは決してそんな事はしないのだと。
「あの子は大物だよ。今は離れているけど、いつか僕達を抜いていく。なんとなくだけど、そんな気がするんだ」
アーノルドは感慨を籠めてそう呟いた。
確かに、現時点での実力で言えば自分達の方が圧倒的に上だ。だが、何か底知れない器の大きさの違いを感じる。近い将来、カナリアは絶対に自分たちに肩を並べる存在になるだろう。何故か判らないが、そんな確信めいた何かがあった。
その頃カナリアは――。
「あ、このジャガイモ安い。買っていこう」
帰り道の八百屋で、今日の夕食代を浮かすために安い食材を探していた。