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第1話:二人の若き英雄

「さて、我ら『黄金の竜』の正規ギルド認定に……乾杯!」


 王都ミグラテールにある小さな料理屋に、大きな声が響いた。

 声の主は四名の若者。二人は男性、もう二人は女性の組み合わせだ。

 みな活気に満ち溢れ、手にした杯を合わせあう。


「いやー、しかし私たちもよくやったもんだねぇ。この若さで正規ギルド認定を取れるなんてそうそうないわよ」


 燃えるような深紅の長髪を結った少女が、コップをぐいぐい煽りながらそう叫ぶ。


「もう酔ってるのかシーニュ。確かにめでたい事ではあるが、これからが本番だぞ」


 赤毛の少女、シーニュを(たしな)めるように喋るのは、プラチナブロンドの髪を輝かせた青年だ。細身ではあるが無駄のない肉体と、食事中であるのに、その一つ一つの動作に優雅さをたたえた美丈夫だ。


「アーノルド、お前が堅物(かたぶつ)すぎるんだよ。せっかく俺達も一流の仲間入りしたっていうのに、今日くらいゆっくり楽しもうぜ」

「フェザン……お前はいつも楽しんでるだろ」


 金髪の青年アーノルドが、フェザンと呼ばれた若者に向かい苦笑する。落ち着いた雰囲気のアーノルドとは対照的に、焦げ茶の髪に小麦色の肌。がっしりとした体躯はまさに戦士といった風情だ。


「でもさ、本当に私たちってすごいと思わない? だって、冒険者になってまだ間も無いのに、国からお墨付きの実力者認定されたんだよ」


 シーニュは杯にどぼどぼ酒を注ぎながら意気揚々と語る。

 確かに、彼ら四人は今日、偉業を成し遂げたのだ。


 それは彼らの会話の端々に出る『正規ギルド認定』である。


 ミグラテールには正規軍とは別に、冒険者という枠でフリーの傭兵を雇う組織がある。だが、誰もが冒険者になれるわけではない。海外からの凶悪犯罪者の隠れ蓑として冒険者になるという事態もあるからだ。


 なので、国では冒険者を管理する組織を作り、そこにメンバーを登録する。その上で仕事を斡旋(あっせん)し、実力に見合ったものを受理させるシステムになっている。


 街のゴミ拾いから子守り、果ては魔獣討伐に至るまで様々な仕事があるが、後者の魔獣といった危険度の高い任務の中には、国から実力を保証された者のみが受ける事が出来るものも多い。


 つまり、一流の実力者であるという証であり、それこそが『正規ギルド認定』だ。


 ここに至るだけでもなかなか大変なのだが、さらに正規ギルド同士でも格付けなどがあるので、彼らは夢の一歩を踏み出したという事である。


「よーし! まだまだガンガン行くわよ! ここから老害連中をぶち抜いて……」

「老害とか言うな。先輩ギルドって言わないとマジで殺されるぞ」

「えー、だって年季の入った爺さんとか多いし……って、カナリア、あんたどうしたの? さっきから黙っちゃって」

「……うん」


 シーニュをはじめ三人の若者は和気あいあいと喋っていたが、四人のうち一人の少女だけが、小鳥のようにちまちまとテーブルの上の料理をついばんでいた。


 少女の名はカナリア。名前とは裏腹に非常に地味な姿をしていて、体格もシーニュより一回り小さい。いちおう銀髪なのだが、どちらかというと鉛色。髪を短く揃え、灰褐色の瞳がさらにその地味さに拍車をかける。


 服装も他の三名と比べ、明らかにみすぼらしい格好をしていた。実用性重視の地味な冒険用の外套を羽織り、腰の所に小さな水の入った小瓶をぶら下げている。本人いわく水筒代わりらしい。


「カナリアぁ、あんた、せっかく顔は可愛いんだから。もっとおしゃれな格好しなさいよ。私たち、これから正規ギルドになるんだよ。外見で舐められないようにしないと……あ、そうだ、あたしがコーデしてあげようか?」

「……そのことなんだけど」


 身を乗り出して話しかけるシーニュに対し、カナリアは上目遣いで彼女を見て、それからアーノルドとフェザンの方を見た。カナリアが大人しいのは他の三名も知っていたが、いつもと少し雰囲気が違う。


 少しの時間を置き、カナリアは小声で言葉を紡ぐ。


「私、このギルドを抜けようと思ってる」

「…………え?」


 何を言われたのか分からず、シーニュ達は固まった。


「……抜ける? 正規ギルドになったのに? な、何で!?」

「正規ギルドになったから。私だとみんなの実力に付いていけそうにないし」


 シーニュは目をぱちぱちさせ、カナリアの言葉を理解しようと努力した。

 だが、直後口から出たのは反論だった。


「だ、だって私たち、学生の時からずっと四人でやってきたんだよ!? それでこうして認定も受けたんだし……!」

「落ち着け。そんなにまくし立てられたらカナリアだって困るだろう」


 シーニュはカナリアの肩を掴んでがくがく揺さぶるが、それをアーノルドが制した。


「カナリア、君の能力は万能型だ。万能型と言えば聞こえはいいが、要するに器用貧乏という事でもある。そう思っているね?」

「う、うん。まあ」


 アーノルドが核心を突いたのが効いたのか、カナリアがびくりと体を震わせた。アーノルドとフェザンは白兵戦を得意とする戦士型であり、シーニュは攻撃型の魔法を得意とする特化型だ。


 一方、カナリアは攻撃魔法もある程度出来るし、回復の魔法を使う事も出来る。その他、様々な魔法をそこそこ使いこなせる。便利ではあるが、それはこれまでの任務が緩かったからの話だ。


 今後、正規ギルドとして上を目指していくなら、各々がエキスパートにならねばならない。その中で、カナリアは劣っていると言わざるを得ない。


「……という事だね?」

「うん。だから、私はもう抜けた方がいいと思う。私のフォローをさせて、みんなの足を引っ張りたくない」

「そんな! だって私たち友達だし……!」

「友達だからだろ」


 興奮気味のシーニュを抑えるように、フェザンが口を挟む。フェザンは普段はお調子者と言った感じだが、こういう時に一番空気を読むタイプだ。


「確かに、俺達は四人でずっとやってきた。で、実を結んだわけだ。これからなあなあでやっていく訳にいかねぇし、危険な仕事も増えてくる。それでカナリアをかばって俺達が死んだりしたら、一番きついのはカナリアだろ?」

「そりゃ……そうかもしれないけど……」


 シーニュはまだ納得していないようだったが、アーノルドとフェザンの言葉にもごもごと口をまごつかせる。確かに、彼らの言っている通りだと分かっているからだ。


「で、でもさ。弱いからって切り捨てるなんてちょっとひどくない? それにほら、メンバーだってまだ揃ってる訳じゃ……」

「入りたいって人がいっぱい来てる。私が先に居座ってたら、自分より弱い奴が先輩だとやりづらいと思う」


 カナリアの言うとおりだった。アーノルドの率いるギルドの名は『黄金の竜』という名だが、そのギルドに入りたいという人間はごまんといる。中には、カナリアより優れた術師もいる。


「僕としては、本当ならカナリアには抜けて欲しくはない。だが、僕には夢がある。このギルドを育て、最高峰へと昇り詰める事だ。そういう意味では、今はとても大事な時期でもある。だから、その……すまない」

「ううん。私の方こそ、お祝の席でこんな事言ってごめん。なかなか言い出せなくて」


 アーノルドが深々と頭を下げるのに対し、カナリアも笑って頭を下げる。


「なんだか、お祝いって言うより、送別会みたいになっちゃったわねぇ」


 シーニュは先ほどよりも多めに酒を注ぎ、一気にあおった。

 それから酒臭い息を吐き、カナリアに詰め寄る。


「いい? あんたがこのギルドを抜けたとしても、私たちはずっと仲間なんだからね? なんかあったらすぐ戻ってくるのよ。ていうか、辞めちゃうの? 冒険者」

「ううん。それは辞めない。しばらくは一人で出来る事とか、やりたい事をしようかなって……」

「……そっか。叶うといいね。やりたい事」

「うん!」


 シーニュが少しうるんだ目でカナリアを抱き寄せた。カナリアも、それに倣ってシーニュに抱きつく。こうしてカナリアは、正規ギルド認定を受けたその日に、ソロで活動をしていく事になった。


 それからしばらくの間、料理屋で四人は学生時代から今に至るまでの思い出を語り合い、夜も更けた所で解散となった。


「カナリア、一人で大丈夫か? 送って行こうか?」

「平気。一人で歩ける」


 アーノルドの言葉に、カナリアはそう答えた。

 それは夜道を一人で帰れるという意味なのか、あるいはこれから一人でやっていけるという意味か。

 両方だろうと三人は思った。


「……じゃあ、みんな元気で。それと、ありがとう」

「ああ、冒険者を続けるなら、また僕達と共闘する日が来るかもしれない」


 アーノルドがそう言うと、カナリアははにかむように笑い、背を向け、一人闇の中に消えていった。


「ねえ、本当にこれでよかったのかな? あの子、本当は残りたかったんじゃない?」

「……かもな。でも、カナリアがそう言ってるんだ。止める事は出来ないよ」

「もしかしたら、あいつ、自分の身分とか気にしてて、それで俺達に迷惑掛けないようにしたんじゃねぇのかな」


 カナリアが去った後の夜道を眺めながら、三人はそう呟いた。

 実は三人とも貴族の血を引いているが、カナリアのみが平民出身である。正規ギルド認定には実力のみと言われているが、他の三人に比べ、カナリアはどうしても浮いてしまう。


 そういう意味を含めて、カナリアは敢えて自分から身を引いたのでは。そう考えた方が自然だった。


「……いずれにせよ、カナリアの未来に幸あれとしか言えないな」

「アーノルド、しつこいようだけど、あんた本当にこれでよかったの? だってあんた、あの子の事……」


 シーニュがそう言いかけると、アーノルドは無言で首を振った。


「言っただろう。僕はこのギルドを育て、最高峰まで昇り詰める。その言葉に偽りはない」


 そう言って、アーノルドは自分の気持ちに蓋をした。



 ◆ ◆ ◆



 アーノルド達がカナリアの身を案じている頃、カナリアは一人夜道を進み、ある程度進んだ所で立ち止まり、ガッツポーズを取った。


「やったぜ!」


 先ほどのしおらしい態度とはまるで違う。なんだこいつは。

 何を隠そう、カナリアは現代日本から記憶を引き継ぎ、この世界に生まれ落ちた異端児だった。

 そしてアーノルドに夢があるように、カナリアにも胸の中に抱えた大きな夢がある。


「無事辞められたし、美少女奴隷を買うぞー!」


 カナリアは外套の下で拳を強く握り、小声でそう呟いた。

 この国では奴隷制を採用しており、金を積めば奴隷を買う事ができる。


 そのシステムを幼い時……といっても、すでに精神にはおっさんがインストールされていたのだが、とにかく肉体的に幼女であったカナリアが知った時、胸がときめいた。


 金さえあれば奴隷が買える。しかも美少女奴隷を買える!

 前世で出来なかったあんなことやこんなことも、金があれば……合法!


 というわけで、カナリアは幼いころからその夢を叶えるために努力した。

 そう、全ては美少女奴隷を買うために……。


 冒険者の道を選んだのも、単純に危険な分だけハイリターンだったからだ。ある程度小金も溜まってきたし、これ以上、正規ギルドなどという危険で怖い仕事はしたくない。


 アーノルド達はいい奴だし、その道で成功してくれればいいなとは思うが、悪いがカナリアの目指す夢は美少女奴隷を買い、つつましやかに暮らす事なのだ。要するに意識が低かった。


「もう絶対に怖い思いはしない! 私は……美少女とキャッキャウフフして過ごす!」


 この日、カナリアは固く、固くそう決意したのだった。



 ◆ ◆ ◆



 さて、これより語るは『幻想の大魔導姫』の物語。黄金の英雄アーノルドと並び、この国で語られる伝説の魔導師。高貴なる身分に生まれ、戦場の最前線を駆け抜けたアーノルドの物語は非常に人気が高く、多くの若者たちの目標となっている。


 だが、面白いデータがある。ある程度の年齢を超えると、金色のアーノルドより銀色のカナリアのほうが人気が高いのだ。


 これは何故なのか、ある程度説明はつく。


 それは、かの偉大なる魔導姫カナリアが、常に民衆に寄り添って行動をしていたからだ。若者としては、派手なエピソードの多いアーノルドに惹かれるのも無理はない。


 それに対し、カナリアのエピソードは少しだけ地味だ。奴隷解放をはじめとする権力の腐敗に対する鉄槌……。だからこそ、年配の人間は真の英雄としてカナリアを推すのだろう。


 彼女の最初の分岐点は、正規ギルド認定を蹴ったところから始まる。この時、彼女の中で国の制度に疑問を持っていたのかもしれない。いずれにせよ、彼女が何か高潔な意志を持ち、あえて茨の道を歩んだ事は間違いないだろう。

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