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04*Address

Address――居住地


▼C14H19NO2

「ここが私達、特進科の寮よ。…まあ人間からしてみれば『保管庫』って言った方がしっくりくるかもしれないけど。麻薬棟と向精神薬棟があるわ」

 目の前には建物が2つ並んでおり、2つの建物にはそれぞれ『麻』『向』と書かれている。

「リタリンは向精神薬だから、こっちだな。つーか、お前も早く麻薬棟に戻れよな!」

「わかっているわ…あそこは堅固なのよねー…」

 ジアセチルモルヒネさんは麻薬棟に入っていった。


「なあ、どうして特進科の生徒は寮生活するか、知ってるか?」

 戸惑う。

 転級生の私に、そのようなことを言われても、答えられるわけがない。

「…いえ、わかりません」

「まあ、わからないのも仕方ねえよな、来たばっかりの生徒に対して質問したオレも浅はかだった。…お前、特進科の生徒は『成績優秀な薬が引き抜かれる』とか思ってねえか?」

 そういえば、朝に「貴方はその優秀な成績が認められたため、今日付けで特進科へ転級することになりました」とかって言われたのだが、神経科の担任が語るそれは間違いなのだろうか。

「はい…違うんですか?」

「残念だが、『成績が優秀だから』っていう理由は、厳密には間違いだな。実際は国に指定された時点で特進科に行くことが決まって、4月か10月の初めに移されるんだ」

「あ…『指定されたから』、なんですね」

「そういう覚え方でいいと思う。で、こっからが本題だ。まず、麻薬。あいつら麻薬は、容器に『麻』のラベルを表示する義務と、鍵のかかる堅固な保管庫に保管する義務がある」

 ジアセチルモルヒネさんの「あそこは堅固なのよね」は、そのことか。

「それで、向精神薬だな。向精神薬は、容器に『向』のラベルを表示する義務と、鍵のかかる場所に保管する義務がある。まあそれは人間の世界での話で、ここ『私立薬師寺(やくしじ)学院特進科』では、それを寮で代用してるんだ。だから、もちろん寮にも鍵がかかってるぞ」

「…それはデバイスでできますか?」

「もちろんだ。その為のデバイスでもあるんだからな。あと、向精神薬棟は薬の種類によって階が分かれてて、オレは第2種向精神薬だから2階に部屋があるぞ」

 向精神薬棟の前の認証機に、ロヒプノールさんが『C16H12FN3O3』と書かれた橙色のデバイスをかざす。

「ああ…なるほど。私は…」

「第1種向精神薬だな。これに分類されるのはリタリンと、セコバルビタールって奴くらいのもんだ」

「セコ…なんちゃらって誰ですか?」

「C12H18N2O3、セコバルビタール。バルビツール酸系っていう、ダウナー系のグループの1つに属する。あいつは今『治療』に当たってるかもしれないから、オレが案内するぞ!」

「…できるんですか、そういうこと」

「ああ。麻薬棟じゃないから、向精神薬棟間の部屋の行き来は自由だ。第1種向精神薬は1階だから、こっちだな」


 しばらくしないうちに、『C14H19NO2 メチルフェニデート』と書かれた部屋が目に入った。

「リタリンはここだ。出入り自由とは言ったけど、デバイスは必要だぞ?」

 デバイスをかざすと、例の如く扉が開く。基本的な家具は、揃っていた。

「ここがリタリンの家になるわけだな。ブレザーとかは置いといていいと思うぞ」

 アドバイスに従い、白く長いブレザーを脱いでハンガーに掛ける。眺める度に、白衣のようだなあと思う。

「あ、ここで終わりじゃねーぞ?あくまでも案内しただけだからな。この後の目玉は『治療』の説明とかだなー」

 寮に関してはひたすらロヒプノールさんの後を追うだけだったが、帰るときは案内無しで行かなければならない。まあ距離は近いし、自分の名前を書かれたプレートもあるので、これなら迷子にならずに済みそうだ。

「あ、戻るぞ!」

「はい!」


 ***


「メチルフェニデートがどこ行ったと思ったら…フルニトラゼパム、貴方だったのね」

 松本まつもと先生達がいる校舎に戻る。

「ええ、まあ。ジアセチルを見つけたと思ったらリタリンもいたので、ついでに寮を案内しときました」

「どうせ寮にはあの子もれないといけないものね。…ジアセチルモルヒネは麻薬棟の自室に帰したかしら?」

「はい。再び封印するように、寮長に伝えておきました」

「よろしい。今日はあの子の転級初日だから、おさらいも兼ねて色々なことを説明しながらやっていくわ。この時間は『不眠症』を取り上げるわね」

 会議で使ったようなプロジェクターに、先生が『不眠症』と映し出す。

「皆さん、不眠症とは何でしたっけ?…では、メサドン」

「はい。必要に応じて入眠することや眠り続けることができない睡眠障害です」

「その通り。それが続いて臨床りんしょう的にいちじるしい苦痛…まあ平たく言うと『眠れなくてすごく苦しい』場合や、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている場合は精神障害として扱われるわ」

 そういえばこの内容、神経科でやったような気がする。そこでロゼレムが良い成績を取っていたようないなかったような…。

「ここでは『物質誘発性不眠症』について取り上げていくわ。向精神薬のうち、メタンフェタミンのような覚醒作用があるのは誰だったかしら?」

「あ…はい!」

 とっさに手を挙げる。

 よく見ると、他の生徒も手を挙げていた。

「メチルフェニデート、ニコチン、コーク、正解!それ以外だとカフェイン、アリピプラゾール、メチレンジオキシメタンフェタミン、モダフィニルね」

「あ、僕も過度に摂るとそうなるんでしたよね」

「エタノールは、そうね」

 やはり、特進科の授業も普通科とノリはあまり変わらないのだなあと再認識する。

 というか見習いのエタノールでも参加できるのか。

「ベンゾジアゼピンやオピオイドからの離脱の影響で起こることもあるわ。鎮静剤や抑制剤の乱用は『反跳性はんちょうせい不眠』を生じさせるのよね」

「あれ、普通科だと誰でしたっけ」

「フルオロキノロン系抗生物質、抗パーキンソン病薬、降圧こうあつ薬、ステロイド製剤、気管支拡張薬ね。まあ、それは特進科にはあまり関係ないから次に行くわ」

 プロジェクターに映し出されている文字が、『レム睡眠』や『ステージ2睡眠』などと書かれたグラフに差し替えられる。

「まず、『アルコール誘発性不眠症』ね。エタノール、貴方は不眠症の自己治療という形で入眠のためによく使われているわよね?」

「あ…確かに。でも、それで眠れなくなる人を何人見たか、もう忘れちゃいました」

「そりゃあ、あまりに多いとそうなるわよね。――皆、よく聞いて。エタノールを長期的に使うと、ノンレム睡眠のステージ3と4の睡眠を減らして、レム睡眠を抑制し断片化させてしまうの。頭痛や尿意、脱水、発汗を起こすのが、また厄介なのよね…」

 せっかく寝ようとしているのに、それが原因で目が醒めるのか。本末転倒だな。

「なんか、ごめんなさい…グルタミン阻害もしてて、凄く申し訳ございません…身体の作る天然の覚醒剤なのに…」

「仕方ないわ、人間の身体がそうできているのだから。…飲酒を中止すると、脳は必要以上にグルタミンを生成するわ。グルタミンの濃度が上がると脳が覚醒して、入眠や最も深い睡眠に達するために飲酒を続けるようになるのよね」

「ああ…確かに、僕は明晰夢を伴う深刻な不眠症状を引き起こすことがあるんですよね…慢性的な飲酒が中止されたからだと思います」

「貴方から見たらそうね。離脱の期間中のレム睡眠は、典型的な反跳作用の亢進こうしんの一つよ」

 ほぼエタノールと松本先生の会話だったが、プロジェクターのおかげでノートには写せた。


 ノートをとる時間を挟んで、解説が再開される。

「次は『ベンゾジアゼピン誘発性不眠症』ね。ベンゾジアゼピン系の生徒は挙手するように」

 挙手した生徒の中には、会議で会ったソラらしき生徒やジアゼパムさんらしき生徒もいた。

「貴方達も、短期間の入眠治療で一般的に使われてるけど、長期的には睡眠を悪化させてしまうわよね?」

「はーい!私達ベンゾジアゼピンは、人間を入眠に導入させてまーすっ」

 金髪にチェリーレッドの眼をした生徒が言う。

「エチゾラム、正解。座っていいわ。…けれど、一方では睡眠構造を混乱させてるわよね?そのせいで何が減って何が遅れているか。わかるかしら?」

 先程のように、まばらに手が挙がる。

「減るのは、睡眠時間と、最も理想的な睡眠である、深い徐波じょは睡眠。遅れるのはレム睡眠の時間。…で、合ってるっすか?」

「アルプラゾラム、正解よ。さあ、ノートをとって頂戴」

 やはりソラは上位に選抜される実力はあるのだろう。


「最後に、『オピオイド誘発性不眠症』ね。オピオイド系の生徒は挙手するように」

 今度はモルヒネ会長や、双子が手を挙げた。

「貴方達は疼痛の鎮痛効果と催眠効果を持っているから、不眠症に用いられることがあるわよね?」

「ええ、まあ。あいつら程じゃないけど」

 あいつら、というのはエタノールやベンゾジアゼピン系だろうか。

「そうね。睡眠を断片化させて、レム睡眠とステージ2睡眠を減少させるなんて、まるでエタノールじゃないの。けれど、貴方達には鎮痛作用があるから、疼痛とうつうが原因の不眠に対しての処方が適切と言えるわ。依存すると、長期的には睡眠のバランスを崩しえるから、そこは注意しなければならないわね」


 チャイムが鳴る。

「ノートはとれたかしら?この時間の講義はこれで終わりにするわ。この後の処方要請が掛けられた生徒は準備しておくように」

 松本先生はデバイスをかざして、準備があるのか、教室を出て行った。

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