03*Access
Access――接近
▼C14H19NO2
「それでは、会議は解散。さて、封印された生徒を連れて来たわよ。…この子はC14H19NO2、メチルフェニデート。3人とも、仲良くしてあげてね」
松本先生の隣には3人の生徒がいた。
右から、少し水色がかった銀髪のミディアムロングに雪の結晶を着けた生徒、前髪の右側にクロスしたピンを着けた金髪の生徒、濃い桃色のツインテールの生徒。
「アンタが転級生?…私はC20H25N3O、リゼルグ酸ジエチルアミド。まあ封印されてるから、基本外には出ないけどね」
金髪の生徒が真っ先に名乗り出た。
「…」
「何黙ってるの…あ、この子はC10H15N、メタンフェタミン。闘衣着てない時はあんまり喋んないんだよねー」
メタンフェタミン。
先程…この学級に足を踏み入れた時には思い出せなかったが、今目の前にいる水色っぽい銀髪の生徒がそうなのだろう。
「…メタンフェタミンさんって、なんか一回くらい会ったような…」
「えっ、そうなん?でも久しぶりだから覚えてないのかな」
「かもしれませんね」
「会ったことあるんだね!素敵!…あ、わたしはC11H15NO2、メチレンジオキシメタンフェタミン!長いからエクスタシーでいいよ!」
「メチレンジオキシ…確かに長いですね。エクスタシーさん」
「うんうん。…あ、メチルフェニデートさんは何歳ぐらい?」
「16歳ですね。私もリタリンかコンサータでいいですよ」
「わたしもそのくらい!だからリタちゃんでいいのかな!」
「ああ。…えっと、リゼルグ酸…」
話題を振ろうとすれば、間髪入れずに相手は応える。
「私?20歳。こう見えてもここでは最年長だから。周りにはリゼルグさん、またはリゼさんって呼ばれるのが基本かも」
「リゼルグさん、ですね」
『その内の4人が封印されてるんだから、いいでしょ?』
『あの4人の生徒の封印、解除してくれはりますか?』
本来、『封印された生徒』は4人…けれど、ここにいる『封印された生徒』は3人。
あと1人は――
「あの…あと1人は…」
「あと1人?ジアセチルモルヒネさんね。…って、あれ、連れてきたはずなのに…何処に行ったのかしら、あの子は…」
ジアセチルモルヒネ――この学級で1番強いとされる生徒。
『あいつは凄い奴だったからなー、薬物の王様って呼ばれてんだぜ?』
『…あいつはな、エタノールや他のオピオイド系と交わっちゃいけないんだ。もちろんオレ達ベンゾジアゼピン系ともな』
薬物の、王様。
「まあ、会えたら教えてちょうだい」
会えたら教えてくれ、なんて。写真も何も見ずに『これがジアセチルモルヒネです』などと判断できるわけがない。
名前を聞くしかないだろう。
「…はい。それでは」
***
会議室を出て、教室に戻るまでの道を歩く。
あ、そういえば、この学校は寮生活なんだっけ――先生か生徒さんかに会ったら訊かなければな…。
ふわ、と体が浮いたと思えば、床に足を取られて倒れてしまった。
薬だから痛みは感じないが、転んだということはしっかりと体が覚えている。
「…ねえ、大丈夫かしら?」
見上げれば、右側に王冠を着けた、長い黒髪の生徒がいた。黒いネクタイを見るに、特進科の生徒だろう。
差し伸べられた手を取って、立ち上がる。
「あ、はい…初めまして」
「確かに見かけない顔ね。貴方は?」
「C14H19NO2。メチルフェニデート、と言います」
「そう…メチルフェニデートね。私はC21H23NO5、ジアセチルモルヒネ」
目の前の生徒が――ジアセチルモルヒネ。
探していた存在に、まさかここで会えるとは思わなかった。
「ジアセチルモルヒネ、さん…」
「そうよ。モルヒネから作られる麻薬…つまりオピオイドの1つ。――人は私を『薬物の王』と呼ぶわ」
この人が、薬物の王様…!
「ああ、ジアセチルモルヒネなんて言い方、普通は法律以外だと使わないわね。けれどここではあえてジアセチルモルヒネと名乗らせてもらうわね」
「あっ…おい!」
聞き慣れた声に、振り返る。
「…遅かったか!」
「ロヒプノールさん…?」
そこにはロヒプノールさんがいた。
「会うのはやめとけって言えばよかったんだけどな…まさか封印を解除されるとは思わなかった」
「あ…いや、私が解除してくれと頼んだんです。私やジアセチルモルヒネさんを含む班で、顔合わせしないといけなくなって…」
だから、ロヒプノールさんに何を言われても、私の責任だ。
「なるほど、そういうことだったのか!」
「そういうことよ。先生から『メチルフェニデートが入る』って聞いたの」
ロヒプノールさんと対等な口調で話しているということは、同じく17歳なのだろう。
「先生から言われたんだったら、仕方ねえな。けどな、こいつはやばい奴ってのは…まあわかるよな?」
「失礼ね。私の商品名はギリシア語のヘロス、つまりヒーローに由来するのよ?」
「あー知ってる知ってる。どうせベルリン大学病院とバイエルが商品名ヘロインで発売したんだろ?知ってるっての、そのくらい」
2人は話し込んでいる、完全に私を置き去りにして。
「ドイツの科学者がさー、こいつのことを気管支炎だの何だのに効果があるって勝手に結論づけてよ、モルヒネなどに変わる依存作用のない薬だー、なんて発表したんだよな。それが国際的に広告しちまって、『どのような病気にも効く、副作用のない奇跡の薬』だなんて言われてさ。ンな薬なんてある訳ねえのによ…んで、医師と薬局から無制限に市場に流れちまったんだよな」
「そうよ。その後30年以上は、ドイツで自由に過ごせたわ。なのに、今は麻薬に関する単一条約で規制されちゃって、日本でも麻薬及び向精神薬取締法によって制限、それで私は寮の一室に封印…」
「自業自得ってことだろ。オレもあの日から力を抑えてきてんだぞ?…ごめんなーリタリン、置き去りにしちゃって。こっち来いよ、寮とか案内してやるから!」
「…私も戻らなければいけないわね。行きましょう」
一個上の先輩2人に挟まれて、私は寮へと向かうことになった。