02*Assembly
Assembly――会議
部屋の中に、8つの人影があった。
『今期の転級生、エフェドリンの妹分らしいで?』
『えー、あの自称魔王の?』『だったら同じアッパー系じゃね?』
『確かに、あいつもエフェドリンもアッパー系だな』
『まともな奴だったらいいんだが…』
『大丈夫でしょう。何しろ、見るからに穢れのない感じが全開でしたから』
『デバイスの色はなんすかね?…先生?』
『ああ、メチルフェニデートさんのデバイス?…白いものを与えておいたわ』
『ホワイトっすか…あのメタンフェタミンさんでさえも、少し水色がかったやつなのに』
『あいつの場合はアイスブルーやな。…アッパー系か…ウチが見ることになるんやろか』
――そのうちの1人である薬師・松本を除いて、ほぼ『人ならざるもの』なのだが。
***
▼C14H19NO2
「失礼します、メサドンです。メチルフェニデートを連れてきました」
施錠された扉の前で、認証システムにメサドンが自分のデバイスをかざす。
「入ってよろしい。――では、上位会議を始めます」
司会はどうやら松本先生らしい。
「あ、メチルフェニデートさんは知らないのよね。紹介しておくわ。彼らが上位の10人よ」
円卓の椅子に、生徒達が制服姿で座っている――よく見ると、先程席に着いたメサドンを含めて8人しかおらず、2つは空席になっていた。
「空いてる席は封印されている生徒よ。1位のジアセチルモルヒネと、7位のメタンフェタミン。――さ、あとは自己紹介できるわよね?」
「はーい」
デソモルヒネよりももう少し暗い赤髪の生徒が、軽く返事する。
「まずはウチからやな。初めまして、2位のC17H21NO4――名前は忘れたんやけど、コークとかスノーとかって呼ばれとる。薬に名前なんて関係あらへん、自分が何で出来ているかを覚えとけばええしな」
銀髪のボブカットの生徒が私に右手を振る。
「はいはーい、私は3位のC18H21NO4、オキシコドン!こう見えてもコークさんと同い年だからね♪」
余り袖の生徒は私を一瞥してから、ゆっくりと空色の瞳を覗かせた。
「4位のC17H13ClN4、アルプラゾラムっす。上位の中では最年少になりますかねー。商品名はソラナックスなんで、ソラって呼んでください!」
フェンタニルは変わらず淡々と他己紹介をする。
「俺とモルヒネさんとメサドンはわかりますよね?俺は5位、モルヒネさんは6位、メサドンは8位です」
先程の生徒――オキシコドンにそっくりな生徒が周りを伺い、
「私は9位のC18H21NO3、ヒドロコドン!お姉ちゃんとは酸素の数が一個違うだけの双子なんだよー。よろしくね」
と私に左手を振り、私と同じくらいの身長の赤髪の生徒が、
「10位のC16H13ClN2O、ジアゼパムだ。よろしく!」
と親指を上に立てた。
「…では、改めて。編入生のC14H19NO2、メチルフェニデート――宜しくお願いします。リタリン、コンサータなど好きに呼んでください」
「それで先生、今週はどうします?」
生徒会長だからだろう、モルヒネさんが話題を振る。
「ええ…『転級生の処遇について』かしらね」
松本先生がプロジェクターに議題を映し出す。転級生、つまり私のことだろうか。処遇とは何だろう。
「メチルフェニデートさん…いえ、もうメチルフェニデートでいいわね。貴方にはコークの所でしばらく見てもらうわ」
「…ちょお待ち、ウチは既に問題児を7人抱えとるんよ?メチルフェニデートさんまで手が回らんと思うんやけど」
「その内の4人が封印されてるんだから、いいでしょ?しかも、貴方はメチルフェニデートと同じアッパー系なのよ?あの人も戻ってこないし」
あの人、という言い方が気になる。アッパー系の誰かだろう。
「…しゃあないな。ほら、来い」
***
「改めて、宜しゅうな。ウチの所にいるのはソラとフェンタニルとメサドン、あと封印組4人や。…フェンタニルとメサドンとは面識あるんやったなー。まあアルプラゾラムのことは、今日は置いとこか」
「そっすね。この班だとベンゾジアゼピン系は俺だけっすけど」
ベンゾジアゼピン系、ということはロヒプノールさんの仲間だろうか。
「ってことは、ロヒプノールさんの仲間なのか?」
「はい。俺やロヒプノールさんを始めとするベンゾジアゼピン系は、ダウナー系に属する一派で、縮合したベンゼン環とジアゼピン環が中心となる化学構造をもつ向精神薬っす。よくBZDと略記されるっすね、長いから」
確かに、ベンゾジアゼピン系という名前は少し長い。
「薬効とは別にそれぞれ異なる『相手の○○を読む』能力を持ってるんすけど、俺の場合は相手が知っている限りの『その場の情報』が読めるんすよ。まあ、あくまで『相手の目線に立てる』というだけなんで、相手がわからないものは自分も知ることができないっていう致命的な弱点はありますけど」
そうか。
それなら、ロヒプノールさんもそのような能力で私が抱いていた疑問を見抜いた、というのだろうか。
「ロヒプノールさんにもそういう能力が…」
「あるっすよー。あの人は相手の悩みや迷いが読めるんすよ。それに至った理由等も読めるんすけど、悩みや迷いのない相手には全く効かないっすね」
どうやら少しベクトルが違ったようだ。どこぞのお悩み解決グループにスカウトされそうな能力だな。
「ちなみに、ほとんどの場合ベンゾジアゼピン系は『~ゾラム』か『~ゼパム』って名前で終わってるんで、それを参考にするのもありだと思うっす」
「オピオイドは、名前にかなりばらつきがありますからね。『モルヒネ』と付いている薬なら幾つかありますが、それが付かないものの方が多いですし」
基本的に薬の名前はある程度統一的な命名がなされており、語尾を見るだけで作用機序などがある程度わかるものだ。
私の場合、同じような語尾の薬は私が知る限り存在しないが、それはおそらく私が少し特殊なだけだろう。それか、ただ単に私が覚えていないだけだろう。そう信じたい。
――私が覚えていないだけ。
私は幾つかの記憶を失っている。その記憶には、封印されている生徒のこともあるのだろうか。
「あの、コークさん!」
「なんや?」
「出来たらでいいのですが…封印されている薬に会わせて頂けませんか?…私も、幾つかの記憶が抜けているんです」
「せやな…まあ、松本先生との交渉次第やけどな」
やはりそこは交渉が必要なのか。まあ、松本先生は薬師だし。
「松本先生!」
「あら、どうしたのコーク」
「あの4人の生徒の封印、解除してくれはりますか?」
「一時的になら、構わないわよ。顔合わせをしておかなければいけないものね。…少し待っていなさい、封印解除しに行ってくるわ」
松本先生は私達に背を向けて、部屋を出て行った。