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01*Arise

◇メチルフェニデート〔リタリン〕

C14H19NO2

本作の主人公。16歳。基本的に落ち着いた性格ではあるが、予想外の事には動転することもある。

◇フェンタニル

C22H28N2O

16歳。常に敬語で話すが、性格は割と荒々しい。

◇メサドン〔メサペイン〕

C21H27NO

16歳。特進科の学級委員を務める。

◇デソモルヒネ

C17H21NO2

16歳。食人趣味あり。

◇モルヒネ

C17H19NO3

18歳。特進科の生徒会長を務める。

◇フルニトラゼパム〔ロヒプノール〕

C16H12FN3O3

17歳。数少ない常識人。

◇エタノール

C2H5OH

14歳。特進科見習い。

◆松本先生

人間

29歳。特進科担任。

Arise――始まり


▼C14H19NO2

 早速だが、自己紹介をさせて頂こう。

 私の名前はメチルフェニデート。通称はリタリン、またはコンサータだ。ちなみにメチルフェニデートは紛れもない本名である。

 年齢は人間でいうと16歳。今は「私立薬師寺(やくしじ)学院」の普通科…のうちの神経系科に通っている。

 …性別だと?薬にあるわけないだろうがそんなもの。


「では、今年後期の転級を発表します。――C14H19NO2、メチルフェニデート。貴方はその優秀な成績が認められたため、今日付けで特進科へ転級することになりました」


「…え?」


「よかったねー、リタリン!特進科だって!」

「いや、全然よくないだろ」

 何やら喜んでいるのは親友のロゼレムことラメルテオン。いきなりわけのわからない場所に放り込まれる私の気持ちがわからないのだろう。


 まあそんな私だが、今年の10月から特進科に転級することになった。特進科はどうやら理由わけありな連中だらけらしいが、果たしてどうなることやら――



 ***



「メチルフェニデートさん、かな?」

 声を掛けてきたのは恐らく特進科の誰かだろう。

「あ…はい、そうです」

「僕はC2H5OH、エタノール。特進科の見習い…所謂いわゆるゲートウェイドラッグってやつです。僕は14歳ですが、貴方は?」

 …あ、年下もいるんだ。

 まあそうだよな、うちの学校はそういう学校だもんな。

「16歳です」

「なるほど、先輩になるわけですか。では此方へ」

 校舎…だろうか、そこは隔離かくりされており、認証システムであろうものが入り口に付いていた。

 真っ白な端末を渡される。

「これが『特定薬品認証システム』――僕達は『デバイス』と呼んでいます。この校舎や寮に立ち入る際に必要となります」

 そこには銀の文字で『C14H19NO2』――つまり、私の分子式が書かれていた。

「ここにかざしてくださいね」

 言われるがままに、端末をかざす。扉が開いた。

 靴を履き替えて靴箱に入れ、上履きに履き替えて廊下を進む。


「先生、メチルフェニデートさん連れてきました」

「はーい。私は特進科担任の松本まつもとと言います。さ、自己紹介して」

 緊張するだけ無駄だ。落ち着け、落ち着け――

「…今日からこの学級に通うことになりました、メチルフェニデートです。メチルフェニデートなり、リタリンなり、好きに呼んでください。人間でいうと16歳になります。よろしくお願いします」

 わあっ、と拍手が上がる。

 生徒達をよく見てみると、黒いバッジをつけている者が多いことが一瞬でわかる。ちなみに私のものは白いが、何か違いがあるのだろうか。

「バッジが白い…アッパー系、かな?」

 アッパー系、って何だろう。

「…え、何ですかそれ」

「僕らはそれぞれアッパー系、ダウナー系、幻覚系に分けられるんだ。僕はダウナー系だね」

 そう言う眼鏡をかけた生徒も、黒いバッジをつけている。

「あ、ごめん自己紹介遅れたね。僕はC21H27NO、メサドン。またの名をメサペイン。一応学級委員だから、何かあったら僕かモルヒネさんに何でも聞いてね?」

「メサドンさん…?」

「あれ、僕も16歳だから…同い年かな?」

「そう…だな」

 ですね、と言い掛けたところを飲み込んだ。

「ここ黒いバッジ付けてる人多いけど…ダウナー系だらけ?」

「まあね。アッパー系…メタンフェタミンとかもいるにはいるんだけど、危険すぎて通うのを止められちゃってるの」

 メタンフェタミン…?聞いたことはあるような気がするが、思い出せない。

「なるほど…」

「あと、僕が仲良い子だとフェンタニルとかデソモルヒネとかは同い年だから。こっち」


 紹介された先にはほぼ身長が同じくらいの生徒が二人…右の生徒の方が若干高いか。

「C22H28N2O、フェンタニルです。メチルフェニデートさん、ですね」

 左の人…フェンタニルが一礼する。凄く丁寧だ、というのが第一印象だ。

「ああ、いかにもだ。リタリンでも構わないが」

「…こいつな、敬語が口癖なんだよ。俺はC17H21NO2、デソモルヒネ。誰が呼んだか『Наркотик который ест жизнь《生身を喰いつくす薬物》』、なんて。ま、人間を喰らうのは好きだけど」

 もう一人のデソモルヒネは…まさかの食人趣味あり?

「俺らはオピオイド系――つまり、生徒会長であるモルヒネさんの仲間ってことになるな。ちなみにオピオイド系は全てダウナー系だ」

 確かに『デソモルヒネ』は名前にモルヒネが入っている。…生徒会長?ピオグリタゾンさんじゃなくて?

「生徒会長…って、二人もいたんですか?」

「この学級はある意味で独立国家みたいな存在なんで。…まあ、はっきり言ってモルヒネさんは弱いですけど」

「いや、お前が強過ぎるだけだろうがそれ…」

 そこにメサドンが来た。

「僕ら三人は4月からの転級組なんだ。神経系科から引き抜くのが基本みたいだね」

 考えてみれば、私がこの学校の神経系科に入ったのも、4月からだ。


「…あ!お前らいた!と…新入り?」

 黒いバッジと腕章をつけている…のが特進科の生徒会長だろうか。

「えーっと、メチルフェニデートだな?俺はC17H19NO3、モルヒネ。特進科の生徒会長だ!」

「モルヒネ会長?」

「ああ。つか、アッパー系の奴と会うの久々だなー」


『メタンフェタミンとかもいるにはいるんだけど、通うのを止められちゃってるの』


 先程のメサドンの言葉が脳内をぎる。

「そうですね。あの人達はこの学校に置いておくには危険すぎます」

「僕らオピオイド系だと、今止められてるのはジアセチルモルヒネだねー」

 名前にモルヒネが入っているから――オピオイド系なのか。

「C21H23NO5、ジアセチルモルヒネ。あいつは凄い奴だったからなー、薬物の王様って呼ばれてんだぜ?」

 話をしながら歩いていると、また別の生徒が来た。


「…あいつの話はやめとけよ、会長もさ」


 あいつ――ジアセチルモルヒネさんのことだろう。

「そんなにやばい生徒さんなんですか…」

「今更言うことかよ…って、普通科にいたのかー。じゃああいつのこと知らなくてもおかしくないな。あっ、オレはC16H12FN3O3、フルニトラゼパム、17歳」

「フル…ニトラゼパムさん?」

「まあ、ロヒプノールでもいいけど。…あいつはな、エタノールや他のオピオイド系と交わっちゃいけないんだ。もちろんオレ達ベンゾジアゼピン系ともな…人間が死ぬリスクを高めるんだよ」

 薬が、人を…死なせる――?

「それ、貴方が言うことでもないのでは?貴方は他の催眠さいみん薬に反応しないような、慢性または重度の不眠症の短期間の治療にしか使えないでしょう?」

「こいつは投与量ベースで最も強力なベンゾジアゼピン睡眠薬の一つとされててな、慢性の不眠症患者に対して短期的・頓服とんぷく的に限って使用すべきなんだ」

 フルニトラゼパムさん――ロヒプノールさんも凄い人なのか…私への転級通知は間違いなのではなかろうか。

「要するに、オレじゃなきゃ効かないって人間以外は他の薬を使え、ってことだな」

「でも僕ら特進科はそういうのばっかりだから、気にしなくていいよ。――秘密を教えてあげるね」



 ***



「俺ら以外の科は大きく分けると神経系科、器官系科、代謝たいしゃ科、組織細胞機能科、生薬・漢方処方科、対病原生物科、副治療科…だろ?その中の…基本神経系科から引き抜かれた、選ばれし薬が通うのが特進科だ。だけど本当は特進科って名前じゃない」

 確かに『特進科』という名前は、他の科の名前を聞くと少し違和感を覚える。

「聞いて驚かないでね。特進科は――」


「特進科は、本当は『向精神薬こうせいしんやく科』って言うんだよ」


 向精神薬。

 耳を疑うような、聞きなれないワードだ。

「向精神薬…って、何ですか?」

「人間の中枢ちゅうすう神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬の総称だ。まあ、『向精神薬に関する条約』で定めてれば向精神薬だと思えばいい」

「僕らは、その条約で他の薬よりも厳しく管理されてるんだ。その中でこの学校に通えるのは人間が所持することを完全には禁止していない薬――つまり、医者に処方されるものだけ。勿論その中に…メチルフェニデート、君も入ってるよ」


 それならば、この級に入ったのは――間違いじゃ、なかったんだ!


「通えない奴らは、暴走しないように寮の一室に閉じこもってる。メタンフェタミンやジアセチルモルヒネもそう。あとはリゼルグ酸ジエチルアミドとか、メチレンジオキシメタンフェタミンとかな」

 デソモルヒネが、私が知らない薬の名前を次々に挙げる。

「そうじゃなくても、寮生活になりますね。外に出る時は必ず資格を持った人間――薬師くすりしが付いていなければならないんです。この校舎は隔離されていたでしょう?」

「確かに…」

「エタノールさんが貴方を案内できたのは、特進科見習い、つまり入門薬物ゲートウェイ・ドラッグだからです。他の科の生徒や、薬師ではない人間はこの校舎や寮に入ることは許されませんから」

 つまるところ、デバイスは免許証のようなものなのだろう。

「まさに諸刃の剣、というやつですね。理解できましたか?」

「ざっくりとなら…」

「それじゃあ、上位会議で紹介しないとね」

 上位会議。

 これまた聞きなれないワードだ。

「上位会議ってのは、2014年のアメリカにおける薬物過剰摂取で死者が多かった10の薬がやってる会議のことだ。残念だが俺は入ってないけど」

「僕も入ってるから安心していいよ。その時になったら付いてきてね?」

「…ああ」

 とりあえずはメサドンを信じるか。

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