~喋る大災害コミュ障とシエラ5~
「・・・」
風呂に入りたいと言い出してきたハルトに私は監視の目を緩めるわけにもいかず、思わず今ここで風呂に入れと言ってしまった。
簡易的なお風呂ならば魔術で作ることは可能なのだけれど、異世界人といえど、裸姿を晒せとは少し酷だったかもしれない。
けれど、馬車を止めるわけにもいかないわけで。
そもそも、なぜ、お風呂に入りたいと言い出したのがよくわからない。
女の子じゃあるまいし、隣町に着くまで我慢すればいいのに。
逃げ出す為の口実に決まっている。
「裸・・・」
「うっさい!」
別にあんたの裸なんか見たくないわよ!!
ただ、監視してないと、いつあの恐ろしい魔術を使いはじめるか分かったものじゃない。
とにかく、汗を流したいと思うのも分かるので、譲歩して、ここで風呂に入れといったので、別段素っ裸が見たいわけじゃない。
しかたなく、私は魔術で木桶を錬成して、その中にこれまた魔術で水を張った。
簡易風呂の出来上がりだ。
「ほら、これでいいでしょ?」
「・・・」
「後ろ向いてるから、ちゃっちゃと汗ながしちゃいなさいよ」
「・・・これ、風呂?」
「後、あんたの服は目立つから、こっちのに着替えて、はい」
念の為に用意しておいたハルト用の着替えを渡す。
この気候で、長袖長ズボンじゃ変だもの。
粗末だけれど、茶色のシャツとズボン、それから顔を隠すように、白く長いフード付きのローブを渡す。
ハルトは色々諦めて、服を脱ぎ始めた。
「ちょっと!脱ぐなら脱ぐっていいなさいよ!」
「りょ・・・、脱ぐ」
私は慌ててハルトに背中を向けた。
念のため、監視のエアを張り付かせておく。
しばらくすると、じゃぶじゃぶと水の音が聞こえてきた。
あ、本当にお風呂に入りたかったのね・・・。
しばらくして、じゃぶじゃぶとした水音が聞こえなくなり、ちゃぷんという音と共に衣服を着用する音が聞こえる。
やばい。なんかこっちが恥ずかしいだけど!?
ぽん。
「ひゃあああ」
「おわった」
肩を叩かれ、慌てて振り向くと、そこには水を滴らせたハルトがいた。
髪の毛から水を滴らせ、不機嫌そうにこちらを見ている。
私はエアで馬車から木桶ごと水を外に放り出した。邪魔くさいからね。
そして、風の魔術でハルトと馬車にたまる水を弾き飛ばした。
うん。これでキレイになった。
ハルトは髪から水分が吹き飛んで、洗いたての猫のようになっている。
そんなハルトに私はローブをきせて、フードを被せた。
うんうん。上出来じゃないかしら。
傍目からは異世界人には見えない。
お風呂に入って満足したのか、ハルトは馬車の端っこに陣取ると目をつぶってこっくりこっくりと眠たげにしている。
寝てもいいけどね。寝てる間は私も安心できるし。
そんな事を思っていると、ハルトは本当にぐーといびきをかいて眠ってしまった。
まあ、確かにお昼からこれまでがイベント満載で寝る暇もなくて大変だったし。
眠るのもわかるってものよ。
とりあえずは、隣町につくまではゆっくり眠っていてくれた方がいい。
隣町についたら、旅の準備で大忙しになるのだから。
日暮れがもう近い。
太陽が平らな地面に吸い込まれようとしている。
赤く赤く、鈍色に光る太陽がこれまでと違って酷く禍々しく感じた。
平和はこれでおしまいだ。
明日からは非日常が待っているのだと言わんばかりに。