~異世界の車窓からハルト1~
はい。僕です。ハルトです。
どうやら、本当に剣と魔法の国にきてしまったようです。
唐突に魔法が使えるようになって、よっしゃチートし放題や!!
と、思ったのも束の間です。
超絶美少女によって、今はその力を封じられています。
主に、物理的な意味で。
「もごごご!!」
今の僕を例えるなら、さながらイモムシです。手足を縛られて、猿轡をかまされ、麻袋に入れられた僕ならわかります。ニッポンにカエセ。その気持ち、そして、この悔しさ!!僕ならわかります。
どうやら、僕は大きな麻袋に入れられ、何者かの手によって、運ばれ、そして、いま、まさになにかで揺られてます。異世界とかだから、たぶん、馬車とかじゃないんでしょうかね。さぞや、外はいい景色なんでしょうね。世界の車窓から的なナレーションでもって、カードゲーマーの同胞を喜ばせたいところなのだが、僕にはどうにもできない事情というものがある。
それは物理だ。
どんなに勉強していても、物理法則には敵わないのだ。
一発大きなチート魔法が使えたくらいでは異世界じゃ生きていけないほど軟弱なカードゲーマーを甘く見るなよ。一体、何を言ってるんだと言いたいかもしれないが、しょうがない。本当のことだ。
僕は大きな魔法が一発打てるただの一市民でしかないのだ。
これを謳い文句にして、あの美少女は僕を奴隷市場とかで高く売る腹積もりなのだろう。
まあ、僕だって、あんな山がえぐれるような魔法なんてホイホイ使う・・・かもしれないけど、他人の為になにかをするのは嫌いだ。
他人になにかして、その見返りがあった試しがないからだ。
とにかく、僕は困った状況下にいるわけだ。
うん。どうにもできない時は素直にサレンダー(ゲームを自分から負ける事)するのが、一番なわけで、僕は早めに、このゲームからサレンダーしたい!!
というか、もはや、早めにこの異世界からログアウトしたいくらいなわけで・・・。
そんな僕の思考などおかまいなしに、唐突に麻袋の口が開けられ、乱暴に僕は襟元を引き上げられた。
目の前には、先程の金髪碧眼の美少女がいた。
「はぁ・・・」
金髪の美少女、もといシエラは深い深いため息をついて、僕を見下ろした。
僕も深い深いため息をつきたいところなので、なるべく早くに猿轡をとってくれると助かる。
僕のそんな思惑が功をそうしたのか、彼女は無言で、僕の猿轡を外した。
「ぷはっ」
ようやく、僕は新鮮な空気を吸い込んで、呼吸困難で死にそうになっている肺を蘇らせた。
すーはーすーはーと呼吸。ふう。息苦しさと、蒸し暑さによって死にかけた僕の体はようやく落ち着いた。
「いい?これから、あなたは私と旅に出るのよ」
はて。何故に旅に出ることになったのだろう。
魔王でも倒しにいくのか?それは、そのへんの勇者に任せておけばいいだろうよ。
それとも、魔王の城にあの一撃でも食らわせにいくのか?
さぞや魔王も驚く事だろうよ。僕も自宅にあんな一撃をくらったら、秘蔵カードの賠償を国の機関にお願いするレベルだ。
魔王が同じようにカードゲームを貯蔵していない事を僕は心の底から願った。
同胞のカードを焼き払うなど悪の権化に尽きる。勝てないからと言って、相手のカードを物理的に破壊するのは子供だけで十分である。
まったく、剣と魔法のファンタジー世界なんだから、物理的な戦い方するなよ。
ん。いや、ファンタジーだからこそ物理法則が一番なのか???
そんな僕の思考などお構いなしにシエラはむすっとした顔で言った。
「何を考えてるのか知らないけど、とにかく、あなたの凶悪邪悪極まりないカードを探し出して、回収するのよ」
ほう。それは、あれですか。某アニメ漫画的な感じで、僕が魔法のカードをレリーズしちゃう感じですか。
あほか!!
僕には某アニメ漫画的な可愛い服を着て、関西弁の妖精連れて、カードの回収をしろと!?
どっかに可愛い美少女がこの様子を撮影してるんじゃないかと勘ぐるレベルだぞ!!
「ふふふ・・・、別にいいのよ。断ってくれても?」
そう言いながら、シエラはペットボトルをカバンから取り出して、水を飲み始めた。
くっ・・・。
僕の喉が猛烈に渇いている事をこの娘は知っている!?
なぜだ!?
「この暑い気候のせいで、ここら辺じゃ、水は貴重なの」
「で・も、私なら・・・」
そう言って、シエラは指をパチンと鳴らした。
すると、カラのペットボトルに水が湧き上がり、みるみる満タンになった。
魔法か!魔法つえー!!
「こんなふうに何度でも、いくらでも魔術で水が作れちゃうの♫」
「それに、そんなに汗だくで、そろそろ水分がなくなって、苦しいんじゃない?」
まさか、これが拷問というやつなのか!?
鬼畜すぎる!!喉が渇ききった囚人に対しての扱いがひどすぎる!
「一言、行きますって言ってくれるなら、いくらでも水をあげるわよ♫」
可愛らしい仕草で小首をかしげながら、シエラがニコっと笑う。
そりゃ、カードは回収したいが、そんなに値打ちとかないわけで。
まあ、正直、思い入れはあるので、あの二枚のカードは回収したいけど。なんで、シエラはこんなにカードを回収したがるのかよくわからん。
でも、とにかく、僕にとって喉の渇きが限界なので、サレンダーします。
「いく・・・」
「よくできました~♫」
くっ。この魔女め!!少し、外見が可愛いからって、こんな卑怯なやり方ってないと思うのだが。
とにかく、シエラは約束通りに僕の戒めを外して、ご褒美のペットボトルを投げてきた。
僕は少しだけのびをして戒めと物理法則での暴力からの脱却を喜んで、ペットボトルの蓋を開けた。
はっ!!
僕はここで重要な。極めて重大な問題に気がついた。
これは・・・。このペットボトルは、シエラが口をつけたやつではないか!!
これでは、僕が完璧に間接ちっすを求めた変態ではないか!!!
しかし、事、喉の渇きは重大なわけで・・・。
あー、でも待て。ここで、間接ちっすをして、ペットボトルから水を飲んだ場合、シエラからの好感度は下がる。もう、エロスリーブ使って、対戦相手が女性プレイヤーだった時並に!!
でも、これは緊急事態・・・。
「何してんの?飲まないの?」
僕の思考など、魔女の前にはなんでもないことのようだ。
シエラは再び、僕の手からペットボトルを取り上げ、一口飲んでみせた。
「ほら、毒も入ってないし、なんの変哲もない水よ」
「魔術で作ったけど、問題ないわよ?」
はい、と再びペットボトルを差し出してくるシエラ。
僕は恐る恐るペットボトルを取り、頭を抱えた。
ダメだ。飲まないという選択肢すら否定されたー!!
飲む→間接ちっすの生贄。
飲まない→魔女の報復。
やばい。どっちに転んでも痛いやつやん。
いや。よく考えろ、僕。クールになれ。
ちっすなど、溺れた場合や不意の事故にはつきもので、こういう場合にはノーカンと考えれば・・・。
「何を悶々と悩んでるのか分からないけど、そんなに飲みたくないなら、こっちあげるわ」
シエラは僕に向かって冷えたコーラを投げつけてきた。
僕の顔面にクリーンヒット。僕はたぶん。そろそろ死ぬ。