~喋る大災害コミュ障とシエラ2~
「ようこそ、ハルト、この世界へ」
ハルトは所在なさげに、私を見る。どこか濁った様な黒い瞳は、今までに報告されてきた異世界人とは違うように思えた。
少し、不安げに私が見つめかえすと、ハルトは慌てて、フードのはじをぐいぐい引っ張り、顔を隠した。
どうやら、ハルトは顔を見せたくないみたい。犯罪者か何かなのかな?
「とりあえず、この世界については少しも知らないのよね?説明しとこっか?」
「…主人公補正」
「は?」
「僕の主人公補正は?」
「あのさ、いまいち、ハルトの言ってる意味が良く分からないんだけど…」
「ラノべ設定だと主人公補正入って最強」
「あの、ラノベって何だか良く分からないけど、とにかく、まあ、あなたは私の魔術を弾いたんだから、それなりに強いと思うけど?」
「クソ設定乙」
「その、オツって言うのやめられない?イライラするんだけど」
「美少女オコ、カワユス」
「あんた、会話出来ないの?」
「会話とか無理ゲー強要乙」
「じゃあ、ハイかイイエで答えて」
「りょ」
「だーかーらー、ハイかイイエ!」
「はい」
「ハルトの年齢は20歳よりした?」
「…」
「あー、答えなくても別にいいわよ。次の質問いくねー。んじゃ、向こうでは、仕事してた?」
「…」
「これも無言かー。んじゃ、お金持ってる?」
「…りょ」
「だー、もー!イライラするなあ!いい?今からあんたにチャネリングをかけるから、それで知るわ!あんまりチャネリングとかしたくないんだけど、壊滅的に会話できないから!」
「コミュ症に会話とか無理ゲー」
「チャネリング承認要求。ハルト、チャネリング承認して」
「…りょ。承認」
「とりあえず、頭ん中見るけど許してよ」
ハルトの思考回路の中に入り込むと、そこには無限とも思える魔術の術式を圧縮縮小したカードの知識が広がっていた。どうやって、魔術を圧縮縮小したのかは分からないし、何故カードにそれを刻印したのか分からない。それを使ってハルトが誰かと戦っている。
その瞬間、承認要求が解除された。
「イミフ。今、気持ち悪かった」
「あ…あんた、なんで勝手に承認要求解除してんのよ!」
「メンゴ、何か気持ち悪い」
「あー、そっか。そうだよね。唐突に魔術かけたら、そうなるよね。魔術を弾くくらいだから、大丈夫かなー、なんて思ったけど、よく考えたら、異世界には魔術なんて無いんだっけ」
「魔術ある」
「うっそ!」
「冗談。魔術とかワロス。厨二乙」
「ちょっと、そこの店で休む?お茶くらいなら、飲める?」
「美少女からお茶…」
「そーいえば、名乗ってなかったわね。私はシエラ。この国の王室最高最強の魔導師シエラ・アルバス!美少女って呼ばれるのも悪くないけど、シエラって呼んでちょうだい♫」
「美少女の名前判明。シエラ。カワユス」
「シエラって呼んでって言ってんのよ!」
「美少女カワユス」
「そのカワユスっての意味分からないんだけど、とにかく、私の事はシエラって呼んでちょうだい!」
「名前とか尊い」
「イライラするなあ。後、会話通じないし」
仕方ない。とにかく、ハルトの記憶で見た、あのカードは本気でまずい代物だわ。もし、あんな物をこの世界に持ち込まれているなら、早めになんとかしなければ…。
「あのさ、ところで、ハルト、カード持ってる?」
「カード?クレカならナッシング。あ、でもTCGのカードなら…」
「そ、そのてぃーしーじーとかいうののカード見せてくれない?」
「あ。」
「な、何?」
「ない…」
「ど、どこに、お、落としちゃったのかな?ハルトさん?」
「二枚落とした?残りはある?」
「と、とにかく、見せて!」
ハルトはウエストポーチから透明な箱を取り出した。見るだけでも頭がおかしくなりそうなほどの幾重にも重なった魔術の術式。無理も無駄もない圧縮技術。それらが一枚一枚のカードにいくつも重なっている。
「あ…」
「どうかした?」
「カードが黒くなってる。ひどっ」
顔色一つ変えずにハルトは言った。
ハルトにとっては黒くなったカードはどうやら、意味がないみたい。
しめた。これなら…
「ハルト、もし良かったら、私、異世界に興味があって〜、異世界の物なら何でも買取たいんだけど、そのてぃーしーじーのカードを売ってくれたりしない?」
「…」
ハルトは黙りこくった後、ゆっくりと口を開いた。
「やだ」
「え?なんで?」
「このカード、思いいれあるから…」
「ハルト、異世界に来て間もないし、ほら、それなりに入り用じゃない?何なら、それを譲ってくれるなら、私の家に客品として来てもいいし〜。どう?」
「むり」
なんなのよー!この可愛くて最強の魔術師の私が大人しく言ってるのに!わざわざ買い取るとまで言ったのに!盗み取る事だって、出来るのをやらなかったのに。とにかく、こんな物をもたせたまま、王国に渡す訳にはいかない。こんな物、人間の国にあれば、戦争の道具にされちゃう。
「ハルト、そのカードが大事だったりする?」
「…よく、分からない」
「記憶に障害とかあったりした?」
「ナッシング。ただ…、これは何時もあったから、手元に無いとなんか気持ち悪い」
「触ってないと気がすまないみたいな?」
カードに触っている間、ハルトの受け答えが随分とハッキリしているような気がした。カードが何かしらの魔術を展開しているわけではなく、ハルト自身がカードを手元でシャカシャカしたり、パチパチと鳴らす事で落ち着きを取り戻しているようだった。
「ハルトにとっては何か安定剤的な感じ?」
「まあ。そんなトコロ」
「ハルト、そのカードって異世界では何するカードなの?」
その瞬間、まるで別人になったみたいにハルトが顔を上げた。随分と童顔だが、目鼻立ちは整っている。恐らくは人間の年にして、20歳以上だが、光の下に出ていないのか真っ白な肌をしている。さっきまでの死んだような目ではなく、子供っぽい瞳をこちらにむけて、ハルトが嬉しそうに話す。
「このカードは、トレーディングカードゲーム用のカードで、自分の好きなキャラクターを選んで自分の代わりに戦ってもらうんだ。相手のライフを無くしたら勝ちってゲームで」
「ハルトはそのゲーム好きなんだね」
「うん。まあ、嫌いじゃないって言うか、やる事ないし。ヒマしてたし」
カードを手元で弄んでいる限りはハルトの受け答えがちゃんとしている。こちらの質問にもまともに答えてくれそうだ。
「そのカードって何枚あるの?」
「全部で50枚ある…はず。二枚、なんか、落としたっぽい」
「なんで分かるの?」
「数えたから」
「は?いつ?」
「さっき、バラバラバラ〜って触った時、48枚しかなかった。二枚確かに落としたかなーみたいな」
嘘でしょ!?何気なく手元で弄んでた時に数えたって言うの!?
「へ、へぇ。ちなみに、何のカードが無いのかも分かったりする?」
「まあ、自分のデッキだし。多分、無いのは二枚一組のカード。カード名まで必要?」
「もし、良かったら私も一緒に探そうか?」
「…シエラ…何でそんなに良くしてくれるワケ?」
「へ!?」
「僕みたいな変人になんでこんなに話しかける?」
「そりゃあ、異世界人が珍しいって言うか、異世界に興味あるから〜」
途端に、ハルトの瞳が鋭くなる。
「嘘。シエラ、さっきから目線が定まってない。僕を見てないし、ソワソワしてる」
「?!わ、私、ソワソワしてたかな〜。やっぱり、異世界人相手だとソワソワしちゃうって言うか〜」
「それ、語尾伸ばすのも、さっきと違う。さっきはキビキビしてた。ハッキリしない感じが嘘ついてる」
「え?そうかな?さっきと同じだけど」
「誤魔化そうとしても無駄。何か隠してる…」
「何も隠してないよ?」
「嘘下手。カードの会話になってから、特に顔や髪を触る癖が出てる。嘘をつくのに慣れない人間は嘘を付く事がストレスになって、髪や顔を触る」
「へ、へぇ。物知りなんだね、ハルト」
「上ずった声、嘘ついた時」
「上ずってないし。どうしたの?ハルト」
「…シエラがカードを黒くした?」
「まさか。なんで?そんな事出来るわけないじゃん」
にゃっと、ハルトが笑う。その笑みはまるで、王手をかけたような笑いだった。
「勝ち確。シエラはカードに細工できない。カードに何かしらの強み有り」
「え?」
「シエラのハンド見えた。シエラはカードに細工出来る程、強くない。カードは何かしらの要因で黒くなったけど、最強魔術師が太刀打ち出来る程、強くはない」
「は?」
「誤魔化し意味ない。シエラ、このカードに固執しすぎ。何か意味ある」
「意味なんかないし。カードとか、ちょっと興味あるだけだし」
「破綻。興味あるだけなら、別に見るだけで充分。カードの秘密、隠してる。分からないなら、王室最強魔術師が嘘。でも、自己紹介の時に嘘つく必要ない」
「カードの秘密なんて、私が知りたいくらいよ!」
「シエラ、嘘下手。カードが黒くなった事、カードの秘密、教えて」
なんで、さっきとは全く別人みたいに観察眼鋭くなるのよー!こいつ、マジで何者!?
「あー、えーっと…」
「それ、次の言葉選ぶ時の時間稼ぎ。遅延プレイ意味ない。シエラの切れるカードは無い」
「あのー、そのー」
「サレするなら、別にいいけど」
「されってのが良く分からないけど、とにかく、私の負け。とりあえず、そのカードしまいなさいよ」
「りょ」
ハルトは48枚のカードをケースに戻そうとしたその瞬間、私はエアを無言詠唱して、黒いカードを一枚跳ね上げた。
チャンス!私は術式を構築し、ウイングで素早く跳ね上がって、カードに手を伸ばす。
ラッキー。とにかく、一枚だけでも、カードを確保して…。
バチン。
私はカードから弾かれ、手にする事も出来ず、吹っ飛ばされた。
何これ。見た事も、聞いた事もない魔術式に弾かれるなんて…。
「どうなってんのよ!」
カードはヒラヒラと舞い、地面へと着地する。
それを呑気にハルトは見ていた。そう。ハルト自体は何もしていない。カードが所有者以外の人間を独自に弾いたのだ。
「理解」
あっちゃ〜。何か、ハルトがどんどんマズイ感じに理解してきちゃってる…。
「ハルト?」
「おおよそ、把握」
「あの、ね?」
「カードの使い方、不明」
マズイマズイ〜!こんなん、把握なんてされたら、最強どころか、最悪の人災が起こる〜!
「ハルト〜?ちょ〜っと話し合ったりしませんか〜?あ、ほら、暑いし、冷たいレモンティーとか飲みながら、ゆっくりお話したくない?」
「美少女ヤバイ」
また、ハルトの受け答えが最初に戻る。こいつ、違法な薬でもやってたりしてんじゃないでしょうね?
「美少女尊い」
「じゃあ、尊い美少女とお茶しよっか?」
「…カード」
「あー、私、触れないし、カード拾ってきなよ」
「うん」
小走りにハルトはカードを取りに50メートル先の噴水近くへ行くと、屈んで、カードに手を伸ばす。
ハルトが何かしら呟く。
その瞬間、カードから無数の魔術式が展開された。赤く光る魔法陣が幾重にも連なって、術式を展開していく。
こんな術式、戦争なんかでしか見た事ない!?
当のハルトは小首を傾げてカードが構築する魔法陣を見ていた。
慌てて、私はハルトの近くまで跳躍。
「馬鹿!何したのよ!」
「よく分からない。カードのフレーバーを読み上げた」
「とにかく、魔術キャンセラー発動するしか。黙っててよ!キャンセラーって難しいんだから!」
私は複雑に構成される魔術の術式を確認し、構成する術式を反転させる術式を編み込み、頭の中で術式を展開、破壊する。
「魔術キャンセラー!発動」
止められる。私は最強最高の魔術師。絶対にこんな大型魔術を発動しちゃマズイ。
元々、魔術とは大型になればなるほど、構成は複雑になり、一部でも欠損すれば、魔術として型を成す事はない。霧散し、飛び散る。だから、一部でも欠損する事ができれば、魔術キャンセラーは発動し、魔術の発動を阻害出来る。それは、精巧に作られた時計のようなもので、歯車一つ欠けても魔術は発動しない…はずだった…。
「って!何で魔術キャンセラー受け付けないわけー!?」
「シエラ?」
「とにかく、あんたが術者ならあの花屋狙いなさい!このまま暴発させるよりマシ!」
「りょ。対象選択、花屋」
「あーもー、最悪〜!!」
「何か…ヤバそう」
「スクエア展開。エア、とにかく、耐えてよ!」
赤い魔法陣が幾重にも重なって、赤い果実のような物が魔法陣の前に現れると、そこからまっすぐ、花屋に向かって、赤い光線が放たれた。
激しい暴風が広場を襲う。広場の噴水の水は一瞬で蒸発し、見事な彫刻は次々に倒れ、店々のショーウインドウは次々に破れていく。
それは一瞬の出来事だった。なのに、暴風に耐えている時間は無限に等しく感じた。
こんなの、人間どころか、エルフにだって使えやしない。
ハルトは人類…、いや、この世界最強の兵器だ。
ハルト、あなたは、この世界に人類初の災悪を、戦乱を呼び出す為に呼び出されたの?
退屈した神々の暇を刺激に満ち溢れさせる為に呼ばれたのなら、あなたほど的確な人災はいない。でも、私はあなたをそう思えないの。
だから、私は…