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で、愛。

作者: 乾 稀

 

 言葉では言い表せないような倦怠感に揺すり起こされた。視界には微かな光のみ。それに、どうも身体が動かない。

「ここは…」

 暗すぎる視界では何も認められない。ヌルリとしたものが身体全体を覆っているような不快感。どうやらむりやり押し込まれたようだ。とても狭い。

 そして、足元が怪しい。地面に触れたり遠ざかったり。浮遊している感覚だ。これまで浮遊したことはないが。

 暫くその場で考えることにした。

 ここはどこなのだろうかという疑問が湧いたがすぐに出る答えではないように思えたので保留とした。現状を知るためには過去から遡ったほうが早そうだ。

 …とは言ってもどれくらい遡ったらよいものか。

「無難」の一言で語れる人生だった。就職して結婚して。ふと、家族のことがよぎった。家内は今頃心配しているのだろうか。

 得体の知れない不気味な空間に旦那が幽閉されていると知れば。

 彼女は今妊娠している。怒られそうだ。マタニティーブルーというものもあるらしいし、きっとこの件で当分は嫌味を言われることだろう。妊婦を放ったらかしにして何をしていたのか、と。

 犯罪に巻き込まれているとしたら余計責任感があるのかと問い詰められそうなものだ。お腹の子供と嫁を遺して死ぬようなことがあったらどうしてくれる、と。

 確かに迂闊だった。ここに至る経緯が一切思いつかないのだ。家内と晩酌をしていたところまでは憶えている。その後の記憶が曖昧なのだ。たしか……ああ、そうだ。

 夫婦生活を楽しんだ。夫婦生活。しかし……どうやらそこで記憶が途切れている。もう暫く記憶の糸を手探りで辿るしかない。



 だるい。とにかくだるい。何も考えたくない。頭が働かない。重い身体が思考を妨げる。苛立ちのあまり爪を噛んでしまう。だるい身体が思考をおいてきぼりにしてどこまでも沈んでいきそうだ。だるい。だるい。妊娠して身体に変化が起こっているのだろうか。お腹をさする。生命を感じる。父親に似ないといいけど。ところでここはどこだろうか。目を開けようとするがだるい。薄暗い部屋に閉じ込められているようだ。どこか懐かしい気もするがだるいので考えないことにした。



 少し息苦しくなって喘いだ。しかし息苦しさに変わりはない。

 あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。依然として私は浮遊し続けている。

 とりあえず移動してみよう。こっちの気がする。

 感覚だけを頼りに真っ暗へと真っ暗へと進む。



 だるいのでジッとしている。誰かを感じる。



 独りの世界で懐かしい感じがした。あと少し。届きそうで届かない。

 そろそろ疲れてきた。壁に寄りかかろうとして――熱っ!!

 何なんだ一体。本当に不思議なところだ。

 もう少し頑張るか。



 声が聞こえた。分からないわけがない。夫の声。助けに来てくれたのね。精一杯動いてみる。動けない。あなた、私はここよ、あなた、あなた。ここにいるわ。あなた……



 声が聞こえた。行ってみる。




 見えない。

 聞こえない。

 どこ。

 どこ。

 こつん。

 待ってろ。

 助けて。疲れた。だるい。あれあれ。

 おれをたけすて。

 あなぁただぁれぇ。

 かべべべあちちち。ああつかれたるん。あなたのこえでふ。

 くるるくるくる。あぁあだるだる。

 ふふふふふふふふ。

 ぁたしがいぱーい。くるくるくるるる。

 だぁー。ぱららぱららららら。

 けれれれ。まーまー。



 そして、

 新しい命。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミステリアスな雰囲気が良いです。生命とは斯くも美しく、どうしようもなく不気味なものなのですね。 最後の表現で引き込まれます。最後に引いて、また読み直させる構成、面白いです。 [気になる点]…
2016/09/09 21:54 退会済み
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