隠レンボ
『第伍話 -隠レンボ-』
天気は快晴。
久しぶりのオフだというのもあり、いつもなら皆起きているこの時間は、今日は寂しいぐらいにとても静かだった。
皐は、縁側に座りお茶を片手に空を眺めた。皐だけは、早く起きて朝飯を作ったり掃除をしたり、お店の準備をしたりといった習慣から、早く目が覚めてしまった。そして、特にやることもない今、このようにお茶を飲んで空を眺めていることしか出来ないのだ。
いつもは忙しくて嫌になるのに、今は退屈すぎて、嫌になる。
だけど、のんびりするのも嫌いではない。
お茶を飲み終え、ふぅーと息を吐く。
「たまにはいっか、こういうのも」
そうだな。
と、シンが相槌をうつ姿が目に浮かんだ。
少し話し相手が欲しくなってきた。
そう思った矢先だった。
ダン!と後ろのふすまが勢いよく開けられたのは。
「コウ!かくれんぼをするぞ!」
「……………は?」
五秒ばかりの沈黙の後に、皐は分かり易くポカンとし言葉を吐いた。
***
「ふぁあ、おはよう〜」
「どうしたんですか?シンさん…まだ起きるには早いですよ…すぅ」
「こら、立ちながら寝るな」
話し半分で早くも寝息が聞こえた灯に、真はトンっと頭に手刀をかます。
「で、どうしたんだ、シン」
「あ、ラクが珍しく酔ってない」
皐が口早に言う。
「久しぶりのオフだからな、酒より睡眠をとった」
久しぶりに布団で朝を迎えられた。と付け足すように言い、楽は清々しい笑顔を見せた。
布団で朝を迎えられただけで、これかよ…。
普段はどこで寝てるんだ…?
ラクちゃんズミステリー……!
うわ、大袈裟だー。
と、皆それぞれの感想を胸に抱いた。
「話が逸れたが…」
ゴホンっとわざとらしく咳をすると、真はみんなに向き合い
「今日のオフは………みんなでかくれんぼだ!」
と、弾ける笑顔で、言った。
一体この妖は幾つなのだろうか…。
改めて確認したくなった。
「かくれんぼ…!わあぁ!やりたい!」
百は目をキラキラさせ
「……懐かしいな」
楽は何百年も前の、まだ自分が小さい頃を思い出し、懐かしんだ。
「いいですね!かくれんぼ!要するに、探しても見つからない、誰にも見つからない所に隠せばいいんですね!」
「神隠しかよ」
つーか隠すじゃなくて、隠れるんだけどな。
「あ?神隠しもかくれんぼも似たようなもんじゃねーか」
「根本的に違うだろーが」
子供が突然行方不明になったり、探しても見つからなかったり
自我を忘れて呆然とした様子で見つかったりすると、人々はそれを迷わし神、隠れ神、天狗の仕業だと考えた。
それが神隠しといわれるもの。
そう、天狗…。
「つーことは……」
楽が呟くと、全員が一斉に皐に顔を向けた。
「な、なんだよ…」
一斉に向けられた視線に心地悪さを感じ、顔を顰めた。
「まぁ、天狗だな」
「烏がつくけど、天狗だね〜」
「クソ天狗だよなー」
「あぁ!?いっとくが、俺は人間を誑かした事なんかねぇぞ!ましてや人間の子供を連れてくるなんざ有り得ねぇ」
そんな誘拐みてぇなこと。取り締まる側が捕まったら笑えねぇからな。
皐は腕を組み、アホらしいといわんばかりにづらづらと言葉を並べた。
だが、次の瞬間
「…で、でも……やってる奴らもいないとは断言できねぇし…ど、同僚にはさすがにいねぇと思いたい…けど………」
皐は斜め下に視線を向けた。先程の威勢はなく、言葉も点々としていて音量が小さい。
よく良く考えたら、数多くの天狗がいる中で、一人二人ぐらい神隠しに関与してる奴もいるんじゃないか…。
急に自信を無くしたかのように、密かに焦りを表し始めた。
「俺、お前のそうゆうとこ、嫌いじゃない」
「っ、笑いながら言うな!」
体をぷるぷると震わせ、笑いを堪えている素振りを見せた楽に、皐は微かに頬を赤くさせ、声を荒らげた。
「まあまあ、お二人さん。雑談はその辺にして……まずは皐が鬼な?」
強引に話を終わらせた真は、皐と向き合う体制でポンっと肩に手をのせて言った。
「な…!?おい、まっ…」
「わー!コウちゃんが鬼だぁー!にっげろ〜♪」
静止の言葉も届かず、皆は隠れるためそれぞれの方向へと走っていった。
「おい!俺はまだいいとは言ってねぇぞ!?」
「諦めろ、コウ。俺が素直に楽しい事を諦められると思うか?」
「……思わねぇ」
「ふふ、じゃ、三十秒後に…またな」
あ、ちゃんと目隠すんだぞー
いつの間にあそこまで行ったのか、遠くの曲がり角からひょこっと顔を出し声を張った。
「はぁ……やるしかねぇか」
皐は面倒くさそうに肩を落とした。
「……八…二十九…三十。……探しに行くか」
きっちり三十まで数えると、皐は手始めに隣の部屋を探してみることにした。
ふすまをあけると、光が部屋に差し込んだ。
右から左へと視線を流し一通り見終え、ここには誰もいないことを確認すると、またふすまを閉めた。
そして、歩き去っていく……
と見せかけて、部屋の中から見えない位置に立ち息を潜め待機していた。
すると先程出ていった部屋からこそこそと物音が聞こえてきた。
「へへっ、コウちゃん気づいてないみたい♪遠くに行ったと見せかけて実は近くにいました〜作戦だ!」
ふすまと向かい合う掛け軸の下においてある、大きな壺の中から聞こえてくるかすかな笑いの含んだ声。
正確な内容こそ聞こえなかったが、くすくすという笑い声は聞こえた。その途端にふすまをあけると、一直線に壺へ向かう。
「…ふっ。ヒャク、みーつけた」
かすかに口の端を吊り上げて言う。
「うわっ!こ、コウちゃん…!?なんでここに!?」
「隠れてたんだよ」
顎でふすまの方を指す。
「…あーぁ、見つかっちゃった〜でもなかなかよかったでしょ〜?」
壺から出ながら百はぷくっと頬を膨らませ、次の瞬間には笑顔で聞いてきた。
「あぁ。なかなかいい作戦だったと思うぜ。アカリ辺りなら、騙されてたと思うぞ」
「アカリちゃん、か〜」
若干不服そうだ。
(アカリが聞いたら、「んだよ!」って怒りそうだな…。)
苦笑いをしながら、ちらりと百が入ってた壺に目を向けた。この壺、小さくて狭いのによく入ったな。
(もしかして、猫だから…か?
…あぁ、なるほど。)
「ははっ」
手を口元に持っていき、軽く笑う。
「どうしたの?コウちゃん」
「いや、なんでも」
(シンがよく、ヒャクを可愛いって言う気持ち、今なら分かるかもな)
百の尻尾がぴょこっと動いた。
***
「あ、いた」
百にゲームを始めた最初の地点で待つよう言い聞かせると、今度は倉庫に行ってみることにした。
目的人物はただ一人、楽。
きくと、昨夜から飲んでないらしいから、もしかしするとここに酒を求めに来るんじゃないかと思ったのだ。
予想通り、楽は樽酒の山の頂上に座り、ごくごくと酒を飲んでいた。
(かくれんぼしてるってこと、忘れてんじゃねぇのか…?)
「おい、ラク」
「んあ?お〜、コウ〜♪一緒に飲もうぜぇ〜」
「…お前、隠れる気ねぇだろ」
呆れ顔でため息混じりにそう吐き捨てる。
「……あぁー…はは、見つかっちまったな〜♪」
「ったく……」
皐は髪をかきあげ、ははっと乾いた笑いを浮かべた。
(取り敢えず、この散らばった空の樽を片付けよう)
と思った皐なのであった。
倉庫から出ると、ひとひらの梅の花弁が頬を掠めた。
「ん、梅の花…?」
季節外れの梅の花。
風が吹くと、ふわりと梅の花の香りが漂ってくる。
「…こうゆうこともあるか」
この時は特に気にしなかった。たまにはあるだろうと軽く流し、早く残りの二人を見つけようと歩いていった。
この時におかしいと思っていれば、あんなに苦戦することもなかったのに。
後ろで梅の花が、まるでくすくすと笑っているかのようになびいた。
一方その頃、倉庫から出た楽は最初の地点で百と合流していた。
「あ、ラクちゃんお疲れ〜!」
「お〜、ヒャク坊も見つかってたか〜」
「うん、見つかっちゃった」
へへっと頭の後に手を持っていき、撫でるように手を動かすと俯き加減に笑う。
「ラクちゃんはどこに隠れてたの?」
「ん〜?ごく、ごく…ぷはー。倉庫に隠れてたぜ〜♪」
「あぁー……」
なんとなく察しがついた百は、楽から視線を逸らし乾いた笑を浮かべた。
「あー、そーいえばァ…、シンはどこに隠れたんだろーなぁ」
アカリちゃんの居場所は分かったけど〜
樽酒を口につけると、声が樽の中を反響してくぐもって聞こえてくる。
「あぁ、シンちゃんなら!さっきそこに……って、あれ?」
百は、庭の一際大きな木を指差しながら言った。
「おっかしいな〜、さっきまでいたのに…」
夢作り部屋。
ライトはあるが、皐はわざとつけない。
真っ暗な室内で、時々周りを見るような素振りを見せながら部屋の再奥へと歩いていく。
ガタッ。
物音がした。
何かと何かがぶつかった鈍い音。
その音のする方へとゆっくり歩み寄っていくと
「ひぃいいあ!?」
「うわぁっ!」
ドサッと音をさせて物陰から飛び出てきたのは灯だった。それに驚き、皐は思わず身構えてしまう。
「驚かせんなよ…アカリ」
「ばっ、あぅ…で…でっ!」
顔面蒼白で、口をぱくぱくとさせる灯に皐は首を傾げた。
「は?なんて?」
「で…で…っ、でたぁぁぁあああ!!」
「だから何が!」
すると、カサカサと音をさせるモノが物陰から出てきた。
「ひぃいい!!あぁ…ありえねぇ…。あいつらありえねぇよ。不可解だよ…ミステリーだよ…世界の終わりだよっ!」
真っ黒い物体を見た灯はまた悲鳴をあげると、ぷるぷると体を震わせながら、頭を庇うように両手を後頭部に当て床に丸まり、プツプツと呟いた。
「最後は大袈裟だろ」
「ぁあぁあ……もうだめだ…あいつら何しに来たんだよ…地球を占領しにきたのかよ。はは…あれ…俺…なにしてたっけ………ここ、どこだ…?」
灯は床に丸まった姿勢から上半身を起こすと、壁を背後に膝を抱え呆然と言う。
「お前わざと神隠しに繋げようとしてんだろ」
皐は顔を顰めた。
てかもう神隠しにあっちまえ。
そんな本音がポロッと出てしまった。
未だに、あぁ、あぁ。と唸る灯に皐は踵を返すと、置いてくぞ。と冷たくあしらった。
***
時刻は申の刻。
かくれんぼが始まってから、はや六時間以上が過ぎた。休まずずっと探し回っていた皐の顔からはその疲れが目に見えて現れている。
どこを探しても真は見つからない。疲労からか、消えたんじゃねぇのか?とありもしない妄想までしてしまった。
「くそっ…どこに隠れてんだよ」
額を滴り落ちる汗を拭い言葉を吐き捨てる。
「シンちゃん見つかったー?」
立っているのに疲れた百達は、場所を縁側へと移した。
「……いや、まだだ」
「えぇー。シンちゃん隠れるのうますぎだよ…」
「というか、本当にいんのか〜?」
楽は酒をぐびっと一口仰ぎ、言う。
「んー、さっきはいたんだけどなぁ」
「…それはどこなんだ?」
「えーと、あそこの木の下だよ?」
「木の下……」
百が指さす大きな木に瞳を向ける。
真が前までいたであろう木の下をじっと見つめていると、ハッと気がついたようにどこかへと走っていった。
ジャリっと足元から音が響く。
ふわっと梅の花の爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
「…はっ、見つけたぜ。シン」
皐は梅の木に向かって言った。
すると、風もないのに梅の花はゆらゆらと落ちていき、地面につく手前で梅の花びらは霧となって消えていく。木は紅色から翡翠色へと変わっていった。皐は淡々とそれを眺めた。
ふと、視線を落とすと、尻尾をふわふわと左右に揺らめかせ、いかにも嬉しそうに微笑む真の姿があった。
「遅いぞ、コウ。見つけてくれないのかと思った」
腕を組み、文句を言う。
「はっ。お前が真面目になりすぎなんだよ」
その真面目さを、仕事にも出してくれたらいいんだけどな。
「つーか、今何時だと思ってんだ?」
「んー、四時過ぎ?」
パコンと皐は真の頭に拳を落とした。
「分かってんならさっさと出てこいよ!」
「〜っ、それじゃあ面白くないだろ?」
じんじんと染み渡る痛さから耳が下へと垂れる。頭に出来たであろうたんこぶをさすりながら不服そうに言った。
「……既に面白くねぇよ」
「そんな事言って、本当は楽しかったくせに」
真はかすかな笑みを含めて誘うように言った。
(…まぁ、悪い気はしねぇな)
皐は頭をかき、かすかに目の下を赤くさせる。
たまには、みんなで遊ぶのも悪くはねぇ。
だが、シンに言うもんか。
「……うるせぇ。さっさと戻るぞ」
「はーい」
眉間にシワを寄せる皐に、真はクスリと笑う。そしてそそくさと先を急ぐ皐の後を軽やかな足取りで追い歩いていった。
聞こえるのは、二人を待つ皆の声だけ。
そろそろちょっと長いストーリー書こうかな、とか思ったりしてます