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妖しノ夢物語  作者: 琴吹 リン
3/8

儚キ夢ハ




「夢、売り…?」


少女は呟いた。


真は身体を少女の方に向き直し、再度繰り返す。


「そう、夢売り…」


「ここにいるモノ、皆そう。あぁ、外で酒呑んでる"ラク"ってのも、そうだ」


そう言い終えると、ニコッと笑いかけた。

少女はまた、戸惑う。



意味が分からない……


夢、売り…


聞いたこともない言葉だが、その言葉の形からはなんとなく意味を読み取ることはできた。

夢を売る、何の為に…その夢は、どこから持ってくるの……


少女は恐怖に震えた。

何もわからない、私はなぜここにいるの?…怖い。

この人たちが怖いのではない。

自分がこんな状況にあるというのに、何も感じなくて、何もわからなくて…何も思い出せないのが、怖い…。

いや、怖いと感じているのかすら、もう分からない…。


少女は、必死に覚めろと祈った。




「……覚めたいか?」



瞬きする程の僅かな時の間に、真は少女の近くまできていた。

そして、その強ばった顔の下にそうっと人差し指を添え、じっと少女の心の奥底に侵入しようとするように、その目を見つめながら言った。


少女の心を読んだ。

すると少女は戸惑いながらも答えた。


_覚めたい


と。



「夢はもうみたくない?」


_見たくない………



「そう………いいよ。覚まさせてあげる。この夢から……」


真はそう言うと、少女の目の前を通り過ぎるように手を滑らせた。

そして、少女は目を閉じ、ゆるゆると体から力が抜けていった。




「…いいのか?シン」


皐は倒れていく少女の背中に手を回し、支える。


「……」

「シンさん…」

「しょうがないよ、その子がシンちゃんに、目覚めたいって言ったんだから」

「……これでいい」


真は呟いた。




***



懐かしい、景色を見た。

目を開けると、そこは私が見なれた世界が広がっていた。

うるさく耳を刺激する車の音。

溢れんばかりの人波。

高いビルが並び立つ都市。

私はハッとした。


「もどっ……た…」


人波の真ん中に立つ私。



あぁ、やっと戻ってこれた。

やっぱりあれは夢だったんだ!

なんだ、なんだ…


「なんだ!」


少女は、弾けるような笑顔で、大声で言った。こちらを見る視線など気にしない様子で。

そして急いで家路についた。


この道をまっすぐ行った先が、我が家。

あと少し…あと少し。

うちに帰ったら、すぐにお母さんに今日見た変な夢のこと話して、そしてご飯食べて、見たかったドラマ見て、一緒にお父さんの帰りを待って、それから…!


「ただいま!」


少女は勢いよく家の扉をあけた。


………


返事はなかった。


「あれ…?お母さん?」


返事がなかったことなんて今までなかった。

常に家には誰かがいて、「ただいま」といえば「おかえり」と返事が帰ってくる。


けれども、いまはそれよりも、この生気のないどんよりとした空気の方が、私は気になって仕方がなかった。


靴を脱ぎ、玄関と廊下とを分ける段差の上に足を乗せると、床はぎしっと悲鳴を上げた。そして、私は重い足を動かし、唯一明るいリビングへと向かった。


やっぱり、お母さんいるじゃん。


「お母さん!ただいまっ」


私は母の姿を見るなり、嬉しくなり弾けた様子で走っていった。


「……未来」


仏壇の前に座った母は、ゆったりと首を回し、こちらを見た。力のない声だった。


「お母…さん?」


少女は首を傾げた。


「どうしたの…、お母さん」


手を伸ばす。


「……」

「あれ、(たくみ)は?」

「っ…」

「え?」


母は、拓の名前を聞くなり顔色を変えた。元々青ざめていた顔が、さらに暗く、絶望に満ちた顔へと変わっていく。


「なに、言ってるの?…たくみは……あなたの弟はっ…」

「え、どうしたの……?」

「…っ、事故で亡くなったでしょ」


両手で顔を覆い、震えと涙を我慢するような声。

小さな声だったけど、私はハッキリと聞こえた。



たくみが、事故で亡くなった。と…



視界が遠ざかっていく。お母さんも、消えていった。あたりは真っ白。

すると、記憶の欠片を見つけたかのように、忘れていた記憶がどんどん、蘇ってくる。


忘れていたかった、"あの日"の事も。




点滅する青信号。

私の前を走っていく拓。

横から突進してくる一台のトラック。

止まって、と必死に叫ぶ私。


あぁ、そうだった……思い出した………

あの日……私と拓は遊びに行く途中で…










ん?あれ……

あれ…なんで拓が事故にあってるの……?








だってを"あの日"事故にあったのは…………










……私、なんだよ…?








そもそも…私…なんで話せるの…?



「ばか!拓!止まって!!拓ぃ!」


チカチカと信号が点滅する。

私の声が届かないのか、それとも声なんか最初から出せていなかったのか。

拓はこちらに気付くこともなく、ただ目の前の黒猫に興味を奪われていた。

横から突進してくる一台のトラックにも気付かず。


「お願い、止まって、!っ、拓ぃいい!」


時間が止まった気がした。




ドン。

小さな鈍音が聞こえた。

ぶつかったのだ。トラックと。

同時に宙を舞った、私の身体_



少女は走った。トラックが弟にぶつかる寸前に、弟の背中を押した。その代わりとなるように、自分が、トラックにひかれた_。


不思議と痛みはなかった。むしろ、嬉しいとさえ感じた。


守れた。拓を…。よかった…。

ぼんやりとする視界の中に捉えた拓を見ながら、私は囁いた。

それも声に出ていたのかどうかさえ、分からない。


少女はそこでやっと気づいた。



_自分が死んだことに…。



***




少女は、最後に夢を見た。

お母さんとお父さん、拓と私。

これからもずっと一緒に暮す夢を。

お父さんは会社で地位を上げた。お母さんはずっとやりたかった陶芸教室を開いた。弟は、中学校にあがった。私は、高校生になった。


その中でもやはり、私が言葉を話せている情景はなかった。


当たり前だ、私は…


_声が出ないのだから。



それでも私は幸せだった。

私を一人前に育ててくれた母と父にも感謝している。それに、言葉を話せない私の為に、幼い弟はいつも力になってくれた。

心優しい、自慢の弟なんだ。


目を閉じると沢山の思い出が溢れてくるよう。掬っても掬っても、どんどん記憶の泉が溢れてきて私の周りを埋め尽くす。



まばたきすると、下に父や母、弟が見えた。



ごめんね、ごめんね未来。と、母は泣きながら弟を抱きしめ、そんな言葉を繰り返した。父は母の隣に寄り添うように、その硬いまぶたを閉ざしていた。



謝らないで、お母さん。私、幸せだったの、すごく。

だから、ね…


少女は抱きしめた。母を、弟を、父を。

言葉にして表す事ができない分、しっかりと、感謝の思いを込めて抱きしめた。




「ありがとう。」少女は言った。





そこで私は目が覚めた_









「おはよう。そして、おやすみ…ミライ」


真は呟いた。

キラキラと光るダイヤモンドダストのようなものが辺り一面に浮遊し、渦を巻いて空へと舞い上がっていった。


ふわっと風が吹く。

少女が笑った。

そんな気がした。




次回は余談にするつもりです。

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