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魔術の始祖、その生涯。

作者: 坪倉凛

 その少年は天才だった。


 とある農村の大きな農家の四男として生まれた少年は、幼い頃から両親や兄弟に様々な質問をし、村にあった本をすぐに読破し、同年代の誰よりも早く学校に通い始めた。

 そして、一年も経たずして、その学校も卒業した。


 大人たちは、神童だの天才だのと持て囃した。

 しかし少年にとって、そんな賞賛よりも知識の方が欲しかったようで、全く意に介さずにいた。

 そんな少年だから、同世代の子供たちには好かれていなかった。

 その上、体が大きいわけではなかったから、よくいじめられていた。


 そんな時、いつも助けてくれる同い年の女の子がいた。

 その女の子は、誰よりも強かった。

 年上の男だろうが、自分よりずっと大きな男だろうが、メッタメタに叩きのめせる女の子だった。

 そして、とても賢い子だった。

 だからだろう。少年が本物であることを誰よりも確信し、そして褒め称えた。


「あなたは本当にすごいわ! きっと、誰よりもすごいことをしてのけるわ!」


 そう言って憚らなかった。

 自分をいじめっ子たちから助けてくれた女の子が、誰よりも自分を評価してくれる。

 それが彼の心を慰め、そして夢を持つきっかけになった。


 彼は、魔術に興味があった。

 精霊が使う不思議な力、それが魔術。

 物心ついた頃から大好きで、今でもずっと興味が尽きない現象だ。

 なぜ人間には扱えないのか。どうすれば使えるようになるのかーーいろんなことを考えた。


 そして、彼は夢を抱いてしまった。

 人間の力で、魔術を使う。

 そんな夢想を、現実にしたいと望んでしまったのだ。

 とても困難で、できるかどうかもわからないことだが、彼は本気だった。

 そのため、できるなら、もっと良い環境に行きたいと望んだ。

 山と川と畑しかないこの村ではなく、書籍や研究設備の整った王都に行きたい。

 そう、願った。


 本来ならば叶うはずのないこと。

 しかしその願いは、すぐに叶うこととなる。


 農村に賢い子がいるという噂は、行商人をはじめとした人々に伝えられ、王都の学校の関係者にまで伝わった。

 たまたまその少年のいる農村近くに行く用事のあった王立学院の院長は、ついでに少年に対面した。そして、少年の聡明さに気づいた院長は、すぐさま学院へ推薦することを確約した。


 まるで神様がそうあれと運命を紡ぐようにして、少年は王国最高峰の王立学院へと入学する。

 その奇跡は、少年をどこまでも後押しする。


 王立学院を首席で卒業した彼は、そのまま研究院へと進んだ。

 青年となった少年は、精霊学を専攻し、精霊がどうやって魔術を行使するのかについて研究を重ねた。

 その結果、精霊の肉体と魔力との親和性が高いことが影響していることを突き止めた。そしてその功績から、最年少で自分の研究室を手に入れた。

 しかし、そこから研究が立ち行かなくなった。


 何せ、青年は人間が魔術を行使する方法を研究したいのだ。

 人間は精霊とは違い、魔力との親和性が低い。それでは、どうあがいても魔術は使えないのだ。


 しかし、また運命は彼を導く。

 悩みながら街を歩いていた時、彼は偶然にも、幼馴染の女の子と再会した。

 彼女は美しくなっていた。青年が村を離れる前から可愛かったが、離れてからの数年で美しく凛々しく成長していた。


 お互いに、その再会を喜んだ。


 美しく成長した彼女は、数年前に騎士団の入隊試験をトップ通過し、女性騎士になっていた。そして見習い期間が終わった彼女は、王都付近の部隊に配属となっていた。

 また、彼女も彼のことをよく知っていた。


「私もちゃんと頑張ってるところを見せないと、恥ずかしくて会いに行けなかったの」


 などと、はにかみながら言われ、青年は今まで経験したことのない胸の痛みを覚えた。


 会えずにいた時間を取り戻すかのように、二人は頻繁に会うようになった。

 賢い青年と強い少女は、その立ち位置は昔のままで、しかしもう子供だった時は過ぎ去っていた。

 お互いを異性として意識していた二人は、やがて恋人として付き合いを深めていった。


 その恋が少女をさらに高めた。元々実力のあった彼女は、そこからメキメキと頭角をあらわし、王族警護部隊に抜擢される。


 理由は単純で、実力が女性騎士の中で飛び抜けており、平民でありながら礼儀作法も問題はない。そして決め手となったのは、容姿端麗であることだ。

 王族の警護というのは表舞台に出ることも多く、その外見も重要になる。

 特に王女の護衛は必ず女性だ。数の少ない女性騎士の中で、実力者となるとさらに減る。その中で、王族警護に当たれるほどの実力者で、容姿が良い人間などそうはいない。


 それでも異例中の異例。それだけ、彼女がずば抜けて優秀だったからだ。


 喜んで報告してくれる少女に、表向きはおめでとうと答えながら、内心では激しく焦っていた。


 自分はたかが研究者だ。たとえ学長になったとしても、あくまで平民でしかない。

 しかし彼女は、貴族にも手が届くほどの地位にまで上り詰めるだろう。王族警護にはそれなりの地位も必要となる。少女が王族警護となるのなら、爵位を与えられる可能性は高い。

 青年は考える。自分が彼女と対等になるにはどうすればいいのか。彼女に誇れる自分になるには。


 そして青年は、一つの結論に行き着く。


 誰も寄せ付けないほどの大発見。それを成せば、自分でも貴族と同等の扱いになるはずだと。

 王国が手放したくない、楔を打ち込みたくなるほどの人間になる。


 知的好奇心以外に、初めて得た自分の欲求。

 ならばその方法は、一つ。




 彼女が王族警護部隊に転属となった翌日、青年はその少女を呼び出し、告げた。


 子供の頃からの夢ーー人が魔術を使うという夢を叶えるために、旅に出る。

 恋で変わったのは、彼女だけではない。青年もまた、頭打ちだった魔術行使の研究に、新たな推論が完成していた。

 その鍵となるのは、魔力溜まりと呼ばれる精霊の園。

 そこに赴き、しばらく滞在する必要があった。

 

「5年、いや3年だけ待って欲しい。夢を叶えて、必ず君を迎えに帰る。その時、僕と結婚して欲しい」


 その言葉に、少女は驚き、赤面し、はにかんで頷いた。


 すぐさま青年は学院を辞した。次期学長の呼び声も高い才媛を引き止める声は大きかったが、意にも介さず青年は独り旅に出た。




 精霊の園は、王都から少し離れた山奥にある。

 魔力溜まりの影響で精霊が多く住み、そのおかげで自然豊かだ。しかし開墾はしにくく、人に出会うことはほとんどない。せいぜい、王都から左遷された管理人がいるくらいだ。

 管理人である左遷された元王族警護部隊の女性に挨拶をして、事情を話す。驚いた管理人だったが、「別に入園許可とかいらないし、好きにすればいいわ」とのこと。

 好都合とばかりに、青年はすぐに精霊の園へと足を踏み入れることにした。


 青年は、人間の体は魔力との親和性が低いことを見出していた。

 それならば、まず人間の体と魔力との親和性をあげる必要がある。

 その手段として、長期間に渡って高濃度の魔力に晒す方法をとることにした。

 精霊は魔力を糧とする。精霊の園は、最も有名な魔力溜まりの一つだ。


 つまり、精霊の園で強い魔力に晒し続ければ、魔力との親和性が高まると推測したのだ。

 

 事実、精霊の園の管理者は、精霊が見えている。

 精霊は、自ら姿を現さない限り、人の目で見ることはできない。それが管理者となって数年もすると、勝手に見えるようになるというのだ。

 それ以外にも、精霊の園の管理人は、魔物の気配に敏感になったり、目に見えない何かを見えるようになったりと、様々な兆候が現れるようになるという。それが原因で「あそこに行くと気が狂う」として、左遷先になっていたのだが。


 青年はその現象が、肉体が魔力へ適合していった結果だと見抜いていたのだ。


 ただ、そんな与太話を誰も信用してくれない。また証明するにも時間がかかる。そこから実験に入っていたら、何年先の話になるかわからない。

 だから青年は、自らの肉体で証明しようとしたのだ。

 



 3年の月日が流れた。


 その3年間、毎日のように精霊の園へと足を踏み入れ続けた。

 最初は十数分いるだけで疲労困憊になっていた体が、徐々に20分、30分と伸びていき、やがて何時間いても耐えられる体になっていた。

 その頃から精霊の声が聞けるようになり、その姿がはっきりと見えるようになってからは、住まいを精霊の園の中に移してしまった。

 そして目論見通り3年目にして、彼の体は魔術が使える程に魔力との親和性が上がっていた。


 しかし、運命は初めて彼に背く。


 彼は魔術を使えなかった。

 発動させるためのプロセスが、彼の理論とは違っていたからだ。


 しかし、約束の3年を過ぎても、彼は帰らなかった。

 魔力が豊富にある精霊の園で研究する方が、早く魔術を使えるようになると思ったからだ。

 それに、魔術を使えずに戻っても、彼女にあわせる顔がない。

 彼女ならわかってくれる。そう思って、研究を続けた。


 しかし、彼の才覚をもってしても、その道はとても困難なものだった。

 挫折に次ぐ挫折。おそらく彼の人生で初めての壁だった。

 それでも彼は、めげずに挑み続けた。

 魔術を使うという夢と、彼女と並び立つという夢をもって。


 そして、さらに3年の月日が流れ、ついに魔術が完成した。

 世界で初めて、人の手による魔術の行使。

 彼の夢が叶った瞬間だった。


 これで、彼女を迎えに行ける。

 きっと、彼女と並びたてる。

 そう思って、彼はついに王都への帰還を決めた。 


 すっかり仲良くなった精霊たちと管理人に別れを告げ、王都へと足を踏み出した。




 6年ぶりの王都は、まるで建国祭でもあっているときのように活気付いていた。

 一体何があったのかと思い、露店で適当に物を買って尋ねてみた。

 どうやら今日、王族の結婚に伴うパレードがあるらしい。


 なんと都合が良いのか、と彼は喜んだ。

 きっと彼女なら、そのパレードで王族の護衛をやっているに違いないと思った。それゆえ、彼女の勇姿を一目見ようと、パレードが行われる大通りへと赴いた。


 すぐにパレードが始まった。

 先頭に王国旗を掲げた旗手、続いて音楽隊と大道芸人、その後、騎士たちの行進の後に、高さのある大型の馬車に乗った王族。

 彼はそれらを、自ら開発した遠見の魔術で見ていた。

 そして、彼はとうとう彼女を見つけた。

 同時に、信じられないものを目にしてしまった。


「どうして」


 口から漏れた、乾いた言葉。

 第一王子の隣にいる、王太子妃。

 その美しい王太子妃は、彼と約束を交わしたはずの幼馴染だった。


 そもそも、彼が待っていてくれと言った時点で少女は結婚適齢期だった。それから3年も経てば、婚期を逃した女性、つまりは嫁ぎ遅れとなる。さらに3年も経てば、結婚相手を探すのは大変難しくなる。

 彼は知らなかったが、近衛騎士団にいた彼女は、その間ずっと王子から求愛されていた。それなのに、恋人がいるからと躱し続け、3年後に彼が戻ってくるからと留め、さらに3年間も待ち続けていた。


 それにも関わらず、他の女性に目移りすることなく、一途に想い続けた王子。その地位を利用することなく、周りから窘められても、ただただ彼女だけに求愛し続けた。

 幼馴染のことを信じていた少女も、大人の女性となり、もう婚姻するには年を重ねすぎた。6年間一度も連絡もなく、妄想のような夢の果てに、私のことなんて忘れ去ってしまったのではないか。

 そもそも、まだ生きているのか?

 もう、死んでしまったのではないか?


 そう思う一方で、王子からはこの上なく愛されている実感がある。

 それを光栄でとても幸せなことだと思い始めている。


 その気持ちに気付いて初めて、自分が愛しているのは、彼ではなく王子なのだと理解してしまった。

 そして理解したからには、もう自分に嘘をつくことはできなかった。

 王子を袖にするなんて無礼を続けたことを謝り、王子の手を取った彼女。


 こうして、近衛騎士と王族の、物語のような恋愛が成就した。




 誰もが祝福した。

 幼馴染の男以外は。




 失意のうちに、彼は自身の所属した学院へ向かった。

 目標は失われた。けれど彼には、叶えた夢がある。

 それを少しでも、世に広めたい。自分だけに留めておくのは、勿体なさすぎるからだ。


 魔術を行使する方法が広まれば、きっと彼女は自分のことを思い出すだろう。

 少しでも後悔すればいい、なんていう思いもあった。

 そして自分は遠くどこかへ旅立とう。彼女に後悔させたまま、どこかへ消えてしまおう。


 しかし彼は、学院へと入れてもらうことはできなかった。

 誰も、彼がかつての天才と同一人物と思わなかったからだ。

 魔力の影響で、くすんでゴワゴワだった茶髪は、絹のように柔らかく美しい金髪に変化していた。

 肌は透き通るような白へ、瞳は青空よりも澄んだ青色に変わっていた。

 少し冴えない青年が、絵に描いたような美青年になっていたのだ。


 失踪した天才を騙る偽者だと糾弾され、何も聞き入れてもらえない状況だった。

 その糾弾した中には、彼の友人や、教え子もいた。

 誰も、彼を彼だとは気づかなかった。


 せめてもと思って、彼の作成した魔術を行使するための論文を渡そうとした。

 しかし、旧友はそれを読んで、


「意味がわからん」


 と、突き返された。


 そして教え子たちは、


「先生を騙るにはあまりにもくだらない!!」


 と激昂し、その場で破り捨てた。


 その論文が、彼らの怒りに油を注いだらしい。

 実際に魔術を見せる前に、彼は学院から、そして王都からも追い出された。




 何もかも失った彼は、精霊の園へと戻った。

 心配そうにする管理人に何があったか話すと、呆れられた。


「6年も女の子を放置するなんてありえないって言ったでしょ? 友人だって姿形が変わればわからなくなるわよ。そのこともちゃんと話したでしょ?」


 そんな慰める気もない彼女の言葉が、何より彼を癒した。


 彼女は実力で近衛騎士団に選ばれ、その美しさゆえに王から夜伽を命じられ、それを断ったせいで左遷された女性だった。

 物言いがストレート過ぎて、周りに味方も少なかったらしい。

 その真面目で裏表のないところが、彼にはとても優しい人だと思えた。

 彼の妄想のような魔術の話にも、疑っていたが否定はしなかった。

 そして、6年間の信頼も、二人にはあった。


 結局、彼は精霊の園の傍で暮らすことを決めた。

 魔術を広めることや旅をすることにも惹かれてはいたが、それ以上に大切なものが見つかりそうな気がしたからだ。

 まるで、そうなるのがわかっていたかのように、管理人は優しく「おかえり」と言った。




 数年後、彼は管理人と結ばれた。

 やがて子供が生まれ、成長し、魔術を教えた。

 その頃には、精霊の園に籠らずとも、もっと効率良く魔術を覚える方法を確立していた。


 成長した子供達の多くは、冒険者として世界中を旅した。

 当然、魔術を使う機会も多くあり、それを見た人全てが驚愕した。

 人に使えないはずの魔術を使う一族。

 一体どこで学んだのかと尋ねてくる人達に、父から教わったと答えた。


 それが回り回って、やがて王都の上層部にまで届いた。

 その子供達の父親の名前を知った時、王都にいる王妃や学院の教授陣は、大層驚いたらしい。

 何せその名は、死んだと思われた天才の名前だったからだ。


 やがて彼の下に、王国の重鎮がやってきた。

 彼を王都へ迎え入れるためだった。

 人間が魔術を使うなんて奇跡を生み出した人間を、そんな辺境に置くなんてことはできない。

 彼は、それだけ重要な存在になっていた。


 当然ながら、彼は王都になどは行かなかった。


 信じていた、という王妃の言葉を鼻で笑った。

 貴族位を与えよう、という王の言葉を丁重にお断りした。

 ぜひ代わりに学長になってほしい、という友人の頼みにも首を振った。


「魔術と精霊と妻と子、大事なものは全てここにある」


 地位も名誉も何もいらない。

 昔から欲のない男だった。

 むしろ、大切なものが増えたくらいだった。


 そして彼はずっと精霊の園の傍で暮らした。

 やがて子供達が妻や弟子とともに帰ってきて、同じように傍で暮らし始めた。するとそれが更に人を呼び、小さいながらも村と呼べるだけの集落が出来上がった。

 その村は「魔術師の村」と呼ばれ、精霊の園の番人などと呼ばれるようになる。


 更に時は流れる。

 彼の孫もまた冒険者や学院の先生などになっていた。学院には人間の扱う魔術についての研究室もできて、学長も彼の子供がやっていた。

 彼の一族は、魔術の世界で最も重要な位置を占めるようになっていた。

 それでも彼は、決して表舞台には出てこなかった。


 やがて曽孫が生まれた頃、彼の妻が亡くなった。

 そして後を追うようにして、彼もまたこの世を去った。

 子と孫と曽孫に囲まれての、大往生だった。




 魔術を生み出した男。

 もう名前すら失われた男。

 その生涯は、とても幸せなものだった。

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[良い点] いいお話でした。
[良い点] 素晴らしい作品をありがとう
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