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桜華帝国斎桜姫譚  作者: nan
6/23

訓練の中で

「よし!頑張ろう!」


 私は頬を両手でパンパンと叩き、気合いをいれ、部屋を出ると歩きだした。目的地に着くと、軽く扉をノックする。しばらくすると扉が開き、にっこりと出迎えられた。


「おはよう。待っていたわ。」


「おはようございます、麗華さん。今日からよろしくお願いします。」


 私が深々と頭を下げると、麗華はまぁまぁと中に招き入れてくれた。私は今日から巫祝で力について学ぶことになっていた。話は昨日の夕食の席に遡る。


その日の夕食は宣言どおり、煌熙も出席し、とても賑やかな夕食となった。

昨日よりもさらに料理の量も品数も増えており、私が気合いをいれて食べようと意気込んでいると、正面の麗癒が煌熙の皿を見てむすっとする。


「ちょっと煌熙くん。もっといっぱい取り皿に取って食べなくちゃ。このところずっと部屋に籠ってて、あまり食べてないんでしょ。」


頬を膨らまし、可愛らしく怒る姿を微笑ましく見ていると、常護がやれやれと頭を振り、煌熙の取り皿を手に取った。


「煌熙様ったら、甘えん坊ですね。食べさせてほしいんですね。はい!あ〜ん。」


常護が満面の笑顔で、フォークを差し出す。


「そんなわけあるか!止めろ、気持ち悪い。」


煌熙が凄い勢いで、常護を拒絶していると、常護とふと目が合った。


「あ〜なるほど!気づかずにすみません。斎桜姫様に食べさせて欲しかったんですね。」


「えっ!」


私はどうしようかとおろおろしていると、煌熙が常護をキッと睨みつけた。


「常護、愛優美を巻き込むな。愛優美、お前も本気に取るなよ。こいつの話すことの8割は嘘とおふざけだ。」


煌熙がそう言うと、常護が悲しそうな顔をする。


「煌熙様酷いです。煌熙様を思ってのことですのに。」


態とらしく目の端を袖で拭ってはいるが、まったく感情がこもっていなければ、涙も出ていない。すると今度は麗癒が勢いよく手を挙げる。


「はいはい。じゃあ僕に食べさせてよ、愛優美ちゃん。」


「自分で食べろ、甘えるな。」


煌熙が間髪いれず応えると、ため息をついた。


「お前らは俺に静かに食事をさせるつもりがないのか?」


終始そんなやり取りで食事が進み、食事を終える頃には煌熙はぐったりしていた。

私も食事を終え、そろそろお開きにしようとしたところで、煌熙がふと思い出したように尋ねてきた。


「そういえば、愛優美は巫祝も案内されたか?」


「はい。麗癒さんが案内してくださいました。麗華さんからいろいろお話しもお聞きしました。」


私が応えると、煌熙はちょうどよかったと話しだした。


「常護と相談していたのだが、斎桜姫の力を使うためにも巫祝で学んでみてはどうかと話していたんだ。あそこは高い霊力を操れる人間がたくさんいる。斎桜姫の力も似通ったものがあるのではないかと思ってな。どうだろうか?」


私は力の使い方もわからなければ、あれから使えたためしがない。何も行動しなければ、ずっとこのままの状態のような気がしていたので、その提案を受けてみることにした。私が返事をすると、煌熙はならばと麗華さんに話を通してくれることとなった。


そうして今に至る。麗華は中に招き入れると、昨日と同じよう、椅子に座るように促した。


「力を使う訓練の前に簡単に説明をするわね。力には守る力、祓う力、あとは傷を癒す力もあるわ。王からの話で、あなたの世界で、守る力と祓う力を使ったと聞いているわ。斎桜姫にとって、どれも必要な力なんだけど、現時点で一番重要なのは祓う力なの。」


「それは北の社の穢れを祓うためですか?」


 私は以前、煌熙から聞いた話を思い出し、伝えると、麗華が少し驚いたあと微笑んだ。


「察しがいいわね。その通りよ。私達はあれ以上穢れが広がらないよう守りの力で抑えているのだけど、それでも少しずつ広がってきているのよ。根本から解決しなくては意味がないの。あなたにお願いしたいのは、北の社の力を正常に戻し、その上で斎桜の桜に力を与えてほしいの。」


 私は一つ一つ理解しようと、必死に耳を傾け、疑問に思ったことを問いかける。


「力を与えるというのは癒しの力を使ってということですか。」


「ええ。そのとおりよ。きっとあなたなら大丈夫。さぁ、訓練を始めましょうか。」


麗華が力強い声で応援してくれる。私は一つ頷くと、応援に応えるため、気合いを入れて立ち上がった。


「まず、目を閉じて心を落ち着けるの。」


 私は言われたとおり目を閉じた。そのとき扉をノックする音が聞こえ、そちらに振り向くと、ニコニコとこちらに手を振りながら、常護が入ってきた。


「おはようございます。訓練の途中でしたか?」


「ええ。今から始めるところよ。」


麗華が応えると、常護はちょうどよかったと話しだす。


「実は煌熙様に様子を見てくるよう頼まれまして。今日が初めてだから、心細いだろうと。」


その心遣いに胸が暖かくなる。


「ありがとうごさいます。」


私が素直にお礼を述べると、常護はニコッと笑うと邪魔にならないように壁際に移動した。


「それじゃあ気を取り直して始めましょう。」


もう一度目を閉じると、深呼吸して、心を落ち着かせる。


「自分の中に流れる力を感じとるのよ。それからそれを…」


 大事なところだと私は目を閉じたまま、麗華の言葉に集中する。


「こう、ギュットとして、フーンってして、パッと出すの。」


私の集中はそこで途切れ、目を開ける。


(ここの国の人はあんな曖昧な表現で伝わるの?力ってそんな感覚的なもので感じなきゃいけないのかな?)


私は一瞬固まり、どうしたものかと、常護のほうを向くと、常護も頭を抱えていた。

どうやら私の感覚は正しいようだ。麗華は説明はしっかり終えたという顔で、こちらを見つめてくる。助けを求めるように、常護を見つめると、常護はため息をついた。


「麗華様、そんな感覚的な擬音語が多い説明では斎桜姫様には伝わらないと思います。」


 常護が私の思っていることを代弁するかのように言うと、麗華は頭を傾げる。


「そうかしら?でも本当に感覚的なものだから、説明しろと言われても難しいのよ……」


 眉間に皺をよせ、なんとか伝わるようにと考えてくれているようだ。


「えーと、そうね。自分の中に流れる力を感じて、体の真ん中に最大まで集めて、一気に出す感じかしら。力を感じとれるかが一番重要だからあとは教えようがないのよ。」


麗華が困ったように言うと、常護がふと思い出したようにこちらを向く。


「斎桜姫様は先日、煌熙様に力を分け与えられたときの感覚は覚えていらっしゃいますか?」


 私は頭に獣と対峙したときを思い浮かべる。


「あのときはただ必死で、ただ言われるまま言葉を紡いだだけですから。」


 私の言葉に三人揃って項垂れる。


「そういえば、あの言葉があれば力を使えるということはないのですか?」


私が尋ねると、常護は困ったように頭を振る。


「あの言葉は、斎桜姫様のお力を別の者が使うために必要な簡単な儀式のようなものです。斎桜姫様の力は斎桜姫様の許可がなければ使えません。故に、あのように許可を得ることで使えるようになるのです。」


「とりあえず、訓練あるのみよ。愛優美ちゃん。」


私は気を取り直すと、麗華の説明どうり、集中してみる。


「さぁ力をためて……今よ思いっきり出して。」


 私は言われたとおり自分なりにやってはみたが何も起こらない。辺りが静寂に包まれる。


「麗華様の力を一度斎桜姫様に見ていただくのはどうでしょうか?」


雰囲気を変えるよう常護が提案すると、麗華はそれはいい考えだと手を叩くと目を閉じて集中し始めた。しばらくの沈黙のあと、麗華が目をゆっくり開き、手を前に出すと同時に、周囲が小さな蒼白い光に包まれる。暖かい何かに包まれるような感覚で、心が穏やかになる。


「こんな感じなんだけど、何かわかったかしら。」


 麗華がこちらを見つめ、手をおろすと光が消えた。


「とりあえず、やってみます。」


それから、私はほぼ一日訓練を続けたが、全くもって何も起こらなかった。夕食の席では常護から報告を聞いたらしい煌熙と麗癒が励ましてはくれたが、私の心は重く沈むばかりだった。



それから数日間、私は必死に訓練に取り組んだが芳しい成果はあげられずにいた。そんな折、麗癒が気分転換にと屋敷の外に連れ出してくれた。町に出ようとしたところで、私達は呼び止められた。


「よぉ。この間ぶりだな。」


大きく力強い声に振り向くと、剛毅が手を上げてこちらに近づいてきた。


「剛毅さんこんにちは。」


私が頭を下げると、おおと二カッと歯を見せ笑う。


「お前らはどこに行くんだ?」


「少し町をぶらぶらしようと思って。」


 麗癒が応えると、剛毅の眉間に皺がよる。


「お前な、仮にも王の従兄弟であるお前とこの国にとって大事な斎桜姫様が出かけるってのに、この護衛の少なさじゃ駄目だろ。仕方ねぇ、今は暇だし俺もついていってやるよ。」


麗癒はばつが悪そうな顔をしていたが、それを聞くとニコニコして「良かった!じゃあお願いね」と歩きだした。やれやれと頭をふり、剛毅も歩きだしたので、私も急いで後を追った。


町は活気に溢れており、穢れが広がっているなど嘘のように皆生き生きしている。麗癒は次から次に店を回りながら、珍しいものや面白いものを見せてくれた。しかし、ふとした瞬間に力のことを思いだし、落ち込んでしまう。すると剛毅が私の顔を覗きこんできた。


「お嬢ちゃん何かあったのか?心配事があるなら話してみねえか?意外と話してみるとすっきりするもんだぜ。」


剛毅が二カッと笑い、私の頭に手を置いた。彼にまで気を遣わせてしまったのかと申し訳なくなりながらも、せっかく言ってくれたのだからと、私は力のことを話した。


「なんだ、そんなことか。そんなもんはいつかできるさ。」


彼は一通り話を聞くと、あっけらかんに言い放つ。しかし国の大事に関わることなのでそんな簡単に割り切れない。剛毅は腕を組んで話しだす。


「一回できたもんはいつかまたできるさ。そうやって必死になっているほうができなくなるもんなんだよ。だから、今は楽しんで何もかも忘れちまえ。落ち込んでたら、何でも悪いことばかり考えちまうぜ。」


そう言って肩をポンと叩くと、剛毅は歩きだす。確かに最近は落ち込みすぎて、ずっとこのままできないのではないかと悪い方向ばかりに考えていた。剛毅の言葉で少し心が軽くなった。私は今はこの時間を楽しもうと二人を追いかけた。


時間を忘れていろいろなところを回り、気がつくと夕方になっていた。私達を屋敷まで送ってくれた剛毅は去り際に私に向かって手招きした。


「まぁ、人生は何とかなるもんだ。気分転換したけりゃ、今度は馬にでも乗せてやる。そんときは声かけてくれ。」


二カッと笑い、それだけ言うと、剛毅は背を向け帰っていった。私は頭を下げて、彼が帰るのを見送った。


「麗癒さん、今日はありがとうございました。」


私が頭を下げると、麗癒は私の顔を見ると、にっこり笑った。


「気分転換にはなったみたいだね。これくらいはお安いご用さ。またどこか出掛けようね。」


麗癒と別れ、廊下を歩いていると、煌熙が廊下の柱に凭れかかっていた。


「休憩中ですか?」


私がそう声をかけると、こちらに目を向ける。


「ああ。少し付き合ってくれるか?」


私が頷くと、煌熙はついて来てくれと歩きだした。後をついて行くと、煌熙は扉の鍵を開き、中庭に出た。

夕日に照らされた斎桜の桜も美しかった。私達は庭の中央に腰をおろし、二人とも無言で、斎桜の桜を見つめ続けた。

どれくらいそいしていただろうか、日が落ち、月の光に照らされた斎桜の桜は少し寂しげに見え、そっと近づき幹に手を当てると、木の幹には大きなエネルギーが満ち満ちているように感じられた。


「俺は何もできない。助けてほしいと頼んでおきながら、お前の役にはたてない。すまない。」


煌熙が静かに告げた言葉は、煌熙自信を責めているようにも感じられた。私は静かに頭を振る。


「煌熙さんのせいじゃありません。皆さんにご心配をおかけしてすみません。でも私頑張りますから。」


煌熙の目を見て力強く告げると、煌熙は少し驚いたように目を見張り、優しげな笑顔になった。


「愛優美はすごいな。俺には眩しいくらいだ。毎日必死に頑張っている。この国のために心を砕いてくれて、本当にありがとう。」


「そんなことありません。煌熙さんだっていつもとっても頑張ってるじゃないですか。朝早くから夜遅くまで、ずっとお仕事されているって聞きました。私にはできない凄いことだと思います。」


私がそう言うと優しく微笑んだ。


「ありがとう。励ますために来たつもりが、逆に励まされてしまった。」


私達は二人で笑い合った。彼は今まで一人でこの国を背負ってきたのだ、穢れを祓うことで少しでも彼の役にたちたい。そう思い目を閉じ、心の中で煌熙を思い浮かべる。いつも忙しいのに私のために時間をとってくれる。こうやって心配をしてくれる。そう思うと心の中がとてもあたたかくなる。

すると正面から驚いたような気配があり、肩を揺さぶられる。


「愛優美、愛優美、見てくれ。」


 私が目を開くと、あの時と同じように無数の小さな暖かな光が庭全体を照らしていた。


「これって…」


 私が小さく呟くと、煌熙が興奮したように私の両肩に手を置き、大きく頷いた。


「愛優美の力だ。力を出すことができたんだ。おめでとう。」


 煌熙が微笑えむと、私の手を握り優しく包みこんだ。実感はないが、この光はあの時のものと同じだ。私と煌熙は斎桜の桜と光の珠の美しい光景をしばらく眺めていた。


「煌熙さんありがとうございました。」


 別れ際、私が頭を下げると、煌熙はキョトンとした。


「何を言っているんだ。俺は何もしていない。むしろあんな綺麗な光景を見せてくれた愛優美に礼を言わなければならないのは俺のほうだ。」


 お互いにお礼を言い合い笑っていると、思い出したように煌熙が鍵を私に手渡した。


「中庭の鍵だ。これは一部の者しか持っていない大事な鍵だからな取り扱いには注意してくれ。」


「そんな大事な物を私がもらっていいんですか?」


私が問い返すと、煌熙はにこりと笑って頷いた。


「愛優美だから渡すんだ。愛優美なら信頼できると思うから。」


鍵をもらい部屋に帰った私の心臓はドキドキしていた。なぜこんなにも胸が高鳴るのか?煌熙の笑顔を思い出すと苦しくなるような気がするが、美しい光景に興奮したせいだと理由をつけ、私は早々に休むことにした。


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