目覚めた先は…
気持ちいい。あったかくて、ふかふかで。
でもそろそろ学校に行く準備をしないと、遅刻してしまうかもしれない。
(ふかふか? あれ? 私の布団ってこんなに柔らかかったっけ?)
そんなことを考えつつ、ゆっくりと瞼を開く。
(眩しい)
寝具の隣に備え付けられた窓から、眩しい光が差し込んでいた。視線を動かし、部屋を眺め、私は飛び起きた。
「ここどこ? どうして私こんなところにいるの?」
あまりにも自分の部屋とかけ離れた光景に、何度も目を擦り、頬をつまんで確認する。
「夢? じゃない…」
自分の部屋の10倍はあろうかと思われる部屋は、四隅に朱塗りの大きな支柱があり、床には大理石が敷き詰められ、高級そうな家具が数点置かれている。
部屋の中央には丸いテーブルと椅子が3脚置かれ、洋室と和室をミックスさせたような部屋だ。
(とりあえずこういう時は冷静になって……どうしてこんなところにいるんだっけ?)
ふっと息を吐くと、今までのことをゆっくり思い出してみる。
(そうだ! あの人が獣を倒したあと意識を失って……だとするとここはあの人か後から来た人の家なのかしら)
その時、扉がノックされ、件の青年と男性が部屋に入ってきた。
「目が覚めたのだな。よかった」
青年が優しく微笑む。
こんな状況なのにやっぱりかっこいいと惚けていると、青年がこちらに近づき私の顔を覗きこんだ。
「まだ、本調子ではないようだな?」
私が惚けていたためだろう。
青年が心配そうな表情で眉を寄せる。
(いけない! 惚けてる場合じゃなかった……)
「もう大丈夫です! あの……私が倒れたから休ませてくれたのですよね? ありがとうございます」
「ああ。大丈夫なら、よかった」
優しい微笑みにまたも惚けてしまいそうになりながら、私は頭を振って、意識を切り替えた。
「こちらはあなたのお家ですか?」
「そうだ。あのあと俺の家にそのまま連れて来てしまった。すまない」
私は意識を失った状態だったし、助けてくれたのだから、彼が謝る必要はないはずだ。
「そ、そんな。いろいろ助けていただいて、謝るのは私のほうです」
慌ててそう言うと、青年は困惑したような顔になる。
「だが、家族と話すこともできなかった」
家族と話す?
確かに昨日家に帰っていないことで、心配しているかもしれないが、そんなものは家に帰ってから説明すれば良いことだ。信じてもらえるかはわからないが……
それに私は意識を失っていたのだから、私の家が彼らにわかるはずがないのだから仕方がない。
「それは帰って、しっかり説明すれば大丈夫です」
すると青年はさらに困惑した顔になる。
「だが、今すぐ帰れるわけではないのに、それで大丈夫なのか?」
この場所はそんなに私の家から離れているのだろうか?
それでも何ヵ月もかける距離でもないだろう。この便利な時代なのだから、携帯で前もって連絡をいれれば大丈夫だろう。
「大丈夫ですよ。心配をおかけしてすみません。携帯で連絡とってみますね」
そう言うと私は携帯をポケットから取り出そうと、ポケットを探る。
(あれ? ポケットない…)
私はそこで初めて自分が彼らと似たような服に着替えていたことに気づく。私は自分で服を着替えた覚えがない。
私はそろそろと二人のほうに目を向けた。すると男性のほうがそれに気づいたようで、安心させるようにニコッと笑う。
「そのままでは寝にくいかと思いまして、侍女に着替えをさせました」
私はほっと息をついた。
「そうだったんですね。ありがとうございます。私が着ていた服はここにありますか?」
「もちろんです」
男性は高級そうな部屋の隅に置かれた衣装棚から制服を取りだし、私に手渡した。
私はお礼を言って、受け取るとポケットから携帯を取り出す。
「うそっ! 圏外だ……」
すると男性がのんびりとした声で言った。
「たぶんあなたの世界の物だから使えないのではないでしょうか?」
(私の世界の物? 私の世界って?)
私は頭を傾げると、男性はひっそりと青年に声をかけた。
「煌熙様、斎桜姫様は倒れている間にこちらに来たのですから、私達の世界に来たことを認識されていないはずです」
青年ははっとして、どこか納得したかのような表情を浮かべるとこちらに向き直った。
「すまない。君に説明できていなかった」
説明とは何なのか?
説明も何も、先ほど彼らの家で休ませてくれてたと言っていたし、これ以上どんな説明があるというのだろう?
「そういえば、名前もまだ言っていなかったな。俺は煌熙、この桜華帝国の皇帝だ。そして私の隣にいるのは側仕えの常護だ」
桜華帝国? 皇帝?
まさか眠っている間に外国にでも運ばれたのだろううか?
しかし、私はパスポートも持っていないのだから、それは無理な話だ。
益々不安が大きくなる。
「常護と申します。よろしくお願いいたします」
訳がわからないから状況ではあるが、挨拶をされ、とりあえず頭を下げる。
「私は桜木愛優美です。よろしくお願いします」
「実はここは君の住んでいた世界とは別の世界なんだ。俺はある方法で君の世界に渡った。そして君をこちらの世界に連れて来た」
(えっと…………今この人何て言った!? 別の世界とか言った?)
私はしばらく茫然とするが、煌熙はそのまま話を続ける。
「俺達はどうしても斎桜姫の力が必要なんだ。しかし、こちらの世界に斎桜姫はいなかった。しかし、君の世界に斎桜姫がいることがわかり、君の世界に行ったのだが……まさかこんなに早く会えるとは思っていなかった」
煌熙はとても嬉しげな表情でこちらを見つめてきたが、私はそれどころではない。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
私の頭はパニック状態だ。
(この人の話から考えると私は親切に休ませてもらったのではなくて、誘拐されたことになるんじゃ……)
ここにきて初めて、私はヤバイ人達に捕まってしまったのではと考えていた。
冷や汗をかきながら、そんなことを考えていると、常護と名乗る男性が私の顔色から察したのか、安心させるように微笑む。
「勝手に連れてきたことは申し訳ありません。しかし一生帰れないわけではないので、ご安心を。斎桜姫としてのお力を発揮して頂いた後には、あなたを元の世界へお返しいたします」
誘拐まがいのことをしておいて、堂々とそんなことを言う。なぜ私が彼らの言いなりにならなければいけないのか?
私は二人をキッと睨みつける。
「ふざけないで! 何が違う世界よ! そんなの信じられるはずないでしょ! しかも勝手に連れて来たくせに力を貸さないと返さないなんて勝手すぎるわ!」
思いっきり叫んだ後にはっとする。
(ど、どうしよ……ヤバイ人かもしれないのに、つい怒りに任せて叫んじゃった……)
しかし、二人はびっくりした顔をし、少しの沈黙のあと、煌熙が申し訳なさそうに口を開いた。
「た、確かに勝手に連れて来たのは本当に悪かった。しかし俺たちには君の、斎桜姫の力が必要なんだ」
煌熙は辛そうな顔でこちらを見つめる。
突然しょぼんとなった煌熙になんだかこちらが悪いことをしている気分になり、勢いを削がれた私は小さく呟いた。
「だいたいあなた達は私を斎桜姫と呼ぶけど、私は何も力なんか持ってない」
「いいえ。あなたは間違いなく斎桜姫様です。あの光の力を扱えたのですから」
「ああ。それは間違いない。あの力は斎桜姫しか扱えない力なんだ」
彼らは何故はっきり言い切れるのか?
自分のことは自分が一番わかっている。
「私は今まであんな力使ったことないです。あなた達のどちらかが使ったとも考えられるじゃないですか?」
「いや。それはない。斎桜姫の力は女性に宿るものなんだ。俺たちには使えない。きっと危険な状況に陥ったことで、力が発現したのだろう」
煌熙は断言するが、私はやっぱり自分が不思議な力を持っているなんて信じられない。
「とりあえず、力のことは別として、あなた達別の世界って言ってたけど……それってどういうこと?」
とりあえずもう一つ気になることを聞いてみる。
「それはそのままの意味だ。君のいた世界とこちらの世界はまったく次元の違う世界なんだ」
私はそんなに頭が賢いほうではないが、そんな嘘を信じるほど能天気な頭ではない。
「さすがにそんな嘘は信じられないよ」
「嘘ではない」
からかっているのかと、煌熙の目をじっと見つめると、全く逸らさず真剣な目をこちらに向ける。
「斎桜姫様はなかなか疑り深い性格のようですね。煌熙様、ここは外に出て、直に見て頂いたほうが良いのでは?」
煌熙は少し考える素振りを見せると小さく頷く。
「そうだな。直に見ればわかるだろう。俺たちの世界を君に見てもらおう」
部屋の扉を出て、長い廊下を進むと開けた場所に出た。
お寺などにあるような立派な門があり、外に出ると、数人が行ったり来たりを繰返し、忙しく働いていた。
煌熙たちのような服を着ている人もいれば、巫女や神主のような神職のような服を着ているもの、また軽く武装した兵士のような人もいる。
煌熙に気付くと皆、頭を下げる。
「よい。頭を上げよ。少し出る。白鴎を3羽頼む」
「かしこまりました」
煌熙の言葉を受けて、皆急いで動き出す。
「煌熙様、準備ができました。こちらへ」
常護に呼ばれ、言われるままについて行くと建物の角に3羽の鳥が繋がれていた。
先ほど煌熙は白鴎と言っていた。確かに真っ白な鴎である。しかし、大きさが普通の鴎では考えられない。背丈は大人の男性より遥かに大きく、背には2、3人が乗れそうだ。
「白鴎に乗ってくれ。我が国を案内しよう」
そう言うなり、煌熙と常護はさっさと白鴎に乗ってしまった。
(あれに乗るの? 乗れるの?)
腰が引きぎみになっていると、煌熙が声をかける。
「さあ、こっちに。こいつらはおとなしいから大丈夫だ」
確かに様子を見る限り、とても落ち着いていて、白鴎はおとなしい動物であるようだが、自分の背丈より大きな動物に近寄るのはこわい。
私がなかなか動かないのを見かねてか、煌熙がさらに手を伸ばし、私の手をそっと掴んだ。
「俺の後ろに乗ればいいから。大丈夫だ」
私がおずおずと手を握り返すと、上に引っ張りあげられた。
彼の後ろに跨がると、体がだいぶ密着する体勢になる。前に乗っている煌熙は手綱を握って掴まっているが、私はどこを掴めばいいのか?
私も一応年頃の女の子だ。さすがに彼の腰に手を回し、さらに密着するのは恥ずかしい。私が思案していると、前から声がかかった。
「俺の腰を持つといい」
私は腰の辺りの服をちょこんと握る。
「しっかり持たねば危ないぞ」
手をつかまれ前に回されて、必然的にさらに密着した状態になる。
顔が熱くなり、真っ赤になる。
彼はなんとも思わないのだろうか?
私が一人ワタワタしていると、常護が微笑ましいというようににっと笑う。
「若いって良いですね」
私は顔どころか全身真っ赤に染める。
そこで初めて煌熙もこの体勢に気づいたのか、少し慌てたように私に言う。
「落ちたら危ないからな。しっかり持っていなければ、上空は風も強いんだ」
まくし立てるように言う頬が少し赤くなっているのは見間違いではないだろう。
「そうですね。落ちたら危ないですからね。では私はお先に」
常護はニヤニヤしながら楽しそうに言うと、先に飛び立った。
「まったくあいつは。あの性格だけはどうにかならないものか。だいたい歳だってそんなにかわらないじゃないか」
煌熙は常護が飛び立った方角を見て、ゴニョゴニョと呟いた後、コホンと一つ咳払いをする。
「俺たちも行こう。しっかり掴んでおくんだぞ」
煌熙が手綱を引っ張ると、白鴎が羽根を羽ばたかせた。ゆっくりフワッと浮き上がると、どんどん上へと飛んで行く。
風が強くなり、私は恐怖心からぎゅっと目を瞑る。
そうして暫くすると少し風が弱くなり、前から声が聞こえた。
「見てくれ。これが我が国、桜華帝国だ!」
かけられた声にゆっくり目を開け、私はその光景に息を呑んだ。
それはまさに桜華帝国と言う名にふさわしい、無数の桜に囲まれた美しい景色だった。
小さな島国のようになっているようで、周りは海に囲まれいる。外周には国を囲うように桜が咲き誇り、先程まで私達がいた、中央に建つ煌熙の屋敷の回りにも屋敷を囲うように沢山の桜が植えられている。そして煌熙の屋敷の中央の中庭には一際大きく力強い桜の木が一本あった。
「きれい……」
私が呟くと、煌熙は嬉しそうに微笑む。
「そうなんだ。この国は本当に美しい。しかし……」
それまで嬉しげな表情が一変し、苦しそうに表情を歪める。
「あそこを見てくれ」
煌熙が指をさしたほうに目を向けると、北方の桜の一部が枯れている。何故だか、あの獣と同じ嫌な感じがする。
「本来この国はずっと枯れることなく年中桜が咲いているんだ。しかし、今は少しずつ穢れが広がり、桜が枯れてきている」
「穢れ?」
「そうだ。あの獣も穢れに侵され凶暴化してしまった。本来なら人を避け、森に潜んでいる動物で、人を襲うことなどないはずなんだ」
煌熙は暗い表情で語る。
ふと、国の外側にある森に目を向けるとあの獣にそっくりな動物が見えた。しかし、煌熙が言ったように仲間同士でじゃれあっている姿はあの時のような恐怖を感じさせるものではなかった。
「穢れは死を広げる」
「死を? それで桜は枯れだしたってこと?」
私は視線を国に戻し、北方の桜を見ながら問う。
「桜だけではない。穢れが国中に広がれば、人もただ
ではすまない。東西南北の端にそれぞれ社があるのが見えるか?」
私は社を確認するため、ぐるりと全体を見渡す。確かに桜と桜の間、東西南北に小さな建物が見える。北は黒、西は白、南は朱、東は青を基調とした建物だ。
「あの四つの社と中央の桜によってこの国は穢れから守られている。四つの社にはそれぞれ中央の桜である斎桜の桜が挿し木され、植えられているんだ」
「あの中央の大きな桜には穢れを祓う力があるってこと?」
「その通りだ。しかし今、斎桜の桜の力が弱まっている。つい先日、北の社が穢れに侵された獣に襲撃され、なんとか四つの社と斎桜の桜でバランスをとっていた国の守りが崩れてしまったんだ……そのせいで北の方から徐々に穢れが広がっている」
煌熙は眉を寄せ、国の北方を見つめる。
「早く北の社に満ちた穢れを祓わなければいけないが、穢れを完全に祓えるのは斎桜姫だけなんだ」
「それで斎桜姫の力が必要ということなのね?」
「そういうことだ。どうかこの国のために力を貸してくれないか?」
確か彼はこの国の皇帝と言っていた。きっと国民を守るため斎桜姫を必死に探していたのだろう。
彼の真剣な眼差しからそれを感じとり、私はグッと手を握り合わせる。
ここが異世界であることは、今まで見た生き物などから、信じたくはないが納得せざるを得ない。
しかし、やはり私が斎桜姫であることはまだ納得できなかった。
「ここが異世界であることは納得できたし、私にできることであれば、協力したいとは思うけど……でも、やっぱり私が斎桜姫ってことは納得できないよ」
私がそう言うと、それまで私達の付近で静かに様子を見守っていた常護が口を開いた。
「斎桜姫様はまだこちらにいらしたばかりです。こちらで生活されることで、さらに斎桜姫としての力が目覚め、ご自身でも力を感じることができるでしょう。一度にいろいろお聞きになり、斎桜姫様もお疲れのことでしょう。煌熙様、一度屋敷に戻りませんか?」
「そうだな。一気にいろいろ話しすぎた。常護の言うとおり、こちらで過ごすうちに力を感じることができるかもしれぬ。一度屋敷に戻ろう」
煌熙は優しく私に微笑むと、白鴎の手綱を引き屋敷に向かって降下しはじめた。