転生魔王は食事を所望する
現代日本男子だった俺は、気が付いた時には異世界で魔王になっていた。どういうことか全く分からなかったけど、ゲームやらラノベやらにハマってた俺はそんな事より、歓喜していた。
転生チート、キタコレ!
でも、その歓喜も長くは続かなかった。
なんせ、俺は飽食の時代に生きていた日本人。
ウマイものが食べたい! ジャンクフードも懐かしい! カップ麺も神だよな!!
というかそもそも、この世界の魔界には、食事という概念が無かった。なんせ空気中に漂う魔素、というものを自動的に取り込んでエネルギーに変換して生きているのだ。とってもエコ。
魔王たる俺ももちろん生まれた瞬間からそれは出来てるらしい。お腹空かないなぁ、と思って教育係兼右腕である魔族の男、ソーヴェラスに聞いたらそう説明された。
おかげで、魔王になってから何も食べてない。お腹は空かないけど、口寂しい。俺の味覚が飢えている!
「というわけで、人間の食べ物、というもの持って来てくれない?」
「……どういうわけなのか分かりませんが、無理です」
「なんで!?」
隣にいたソーヴェラスにお願いしてみたら、アッサリ却下された。クワッとソーヴェラスを見上げて食いついてみるが、その涼しげな表情を一切崩すことなく淡々と説明される。
「先代魔王様が、沢山の人間を狩ったため、魔界と人間界の仲は最悪。現在は停戦中ですが、うっかり人間界に魔族が居ることがバレれば即戦争再開です」
「あー……そっか」
「はい。魔王様は戦争を望まれないとの事ですので、下手な事をしないのが一番かと。戦争をしたい、というのであれば止めませんが」
「むしろオレが今すぐ殴り込みに行くぜ!!」
「ファルゼンやめろ! 行くなよ!! フリじゃないからな!」
たまたま近くに居た戦闘狂のファルゼンが嬉々として割り込んで来たので、全力で拒否する。基本、魔族は弱肉強食。争い大好きな種族だ。
放って置くとしょっ中その辺で魔族同士でも殴り合いしてるし、うっかり不用意な事を言ってしまうと、人間界や天界へ戦争をしに行こうとする。面倒だ……。
「ん~、じゃあどうすっかなぁ」
「そんなん、バッて行って、ガッて奪ってくりゃいいじゃん」
「いいわけ有りません、バカですか貴方は。あぁ、バカでしたね、すみません」
「ああ!? やんのか、ごらぁ!?」
「五月蝿いですよ、ファルゼン」
ちょっと考え込んでるうちに、ソーヴェラスとファルゼンが一触即発な状態になっていた。一見穏やかそうに見えるソーヴェラスもやっぱり魔族で、何かと他人を挑発して殴り合いをしてるんだよな。何とかなんないかな、この闘争本能。
献血でもさせれば、血の気が減って少しは落ち着くかなぁ。魔族の血なんて需要あるか分かんないけど。
「んー、よし! ソーヴェラス、ファルゼンと遊んで無いで聞け」
「申し訳ございません、魔王様。いかがなさいましたか?」
「人間界とさ、停戦じゃなくて終戦しね?」
「終戦、ですか?」
ソーヴェラスがきょとん、とした顔してる。ファルゼンは全く分かってない様子でアクビしてやがる。まじ脳筋。
「そ、終戦。もう襲いませんよって宣言して、何か条約とか? 結べば人間界に魔族が居ても大丈夫だろ?」
「そうかもしれませんが……。そう簡単にいくものではないかと。人間側は魔族に対して恐れや憎しみを抱いていますから」
「まぁ、そうかもしんないけどさ~。魔石とか、薬草とか魔界にしかないものって結構あるじゃん? それらを流通させるのを提示したら案外あっさり終戦出来るんじゃないかなぁ」
「……一理ありますね。施政者など上位の人間は、情より益を優先すると聞きますしね」
「でもさぁ、んなことしたらもう人間界に殴り込みに行けなくなんだろ? そんなことなったら不満バクハツするぜ?」
そう言うファルゼンに、頭が痛くなる。どこまで闘争本能の塊なんだ、魔族は!
「お前らは戦う以外の娯楽を見出せよな!」
「娯楽、ですか?」
「娯楽ってなんだ?」
「えっ……!?」
ファルゼンだけでなく、ソーヴェラスまで首を傾げている。
なんてこった! 魔界には娯楽って概念もなかったのかよ!?
そんなわけで、とりあえず手軽な娯楽としてサッカーや野球といったスポーツを広めてみた。ちなみに、ドッチボール。あいつはダメだ!
魔族の闘争本能に変な風に火をつけてしまうらしく、血みどろ魔球大会と化してしまった。おかげで魔王権限で禁止するハメになった。
俺の初魔王様命令が、ドッチボール禁止令って……。
そんな感じで戦い以外の娯楽を広め、魔界は文化面が弱いことがよく分かったから、演劇や文学なんてものも人間界から取り入れるよう意見し。難しいことはソーヴェラルのような頭のイイ奴にぶん投げつつ、人間界との終戦に向けて奔走してあっという間に一年が経過した。
そして今日はついに! 待ちに待った、人間界の料理試食会の日となった。
食事文化の無い魔界にはダイニングなんてものは存在しないから、適当な部屋でテーブルセットを用意してウキウキしながら待つ。ちなみに、もちろん厨房も存在しないので、料理は人間界で作らたものを持ち込むことになる。多少は魔法で温度とかは保てるけど、調理したてのものとは別物になってしまうのが残念だ。
俺が人間界に赴ければよかったけど、流石にソーヴェラル達に止められ、おまけに人間からは丁重にお断りされてしまった。俺は何もしてないのに解せぬ。
少しモヤモヤしつつも大人しく待っていると、コトリ、とテーブルに皿が置かれた。
白いスープ皿に注がれた、うっすらクリーム色かかったポタージュっぽいもの。水面に散らされたパセリ的な緑が、見た目を美しくしている。
「雲花豆のスープです。このスープは、人間界では広く飲まれているスープだそうです」
ソーヴェラスが手にした御品書の内容を読み上げて説明をしてくれる。
ふむ、豆のポタージュといったところだろうか。いそいそとスプーンを手に、スープを一口。
「んんっ!?」
「どうかされましたか?」
「いや、ちょっと、想像してたのと違ったから……」
怪訝そうな顔で問いかけてくるソーヴェラスに何でもない、と返しながらもう一口。
「ん~……。これが一般的なの?」
「そのようですね。家庭ごとに色々と趣向は違うようですが……。魔王様にお出ししている物は、最高級の食材を使用しつつも基本を重視した一品だそうです」
「そっかぁ。う~ん……」
「どうされましたか? 何か不備でもありましたか?」
心配げな言葉の後、毒味役は何をしている、変なものが混入されたか、やはり人間は根絶やしに……といったなんだか不穏なセリフが聞こえてくるから、慌ててソーヴェラスを止める。
「いや、だから、想像と違ったからビックリしただけで! 何でもないから! な!!」
そう言いながらもう一口スープを飲む。
うん、やっぱり、ちょっと受け付けない。少々苦心しながらスープを飲み込む。
味自体は美味しいのだ。最高級の食材を使用した、というだけあって絶品だ。それは間違いない。
しかし。
食事の一番最初に出てきたスープなのに。
この世界の、人間界で一般的なスープだというのに。
完全に、ショートケーキの味がするのだ。
口に入れた瞬間広がる、生クリーム的なクリーミーさと甘さ。そしてソレを追いかけるスポンジ的な、バターと卵の香り。水面に散らされたパセリ的な緑からは、驚いたことにイチゴの様な甘酸っぱさが感じられるのだ。
驚愕の再現度。よくスープでこんな風味が出せるものだ、とむしろ感心してしまうレベルだ。
しかし、スープなのだ。
食事で、しかもスープなのだ。
前世の常識を引きずっている俺がダメなのかもしれないが、スープを飲んで、ショートケーキの味がするのがどうにも受け入れられない。
視覚情報と、味覚情報が一致しないのも、案外障害となっているようだ。口の中は完全にショートケーキなのに、スープだからな……。
それでもうっかり残そうものなら、勘ぐったソーヴェラスが人間を滅ぼしに行きかねないから頑張って飲みきる。一品目から疲れた……。
「次は、青海魚の香草焼きです。こちらは、世界一の港町ヴェネッチャの伝統料理です」
すこしグッタリした俺を不思議そうに見ながら、ソーヴェラスは次の一皿を置く。
大きな皿に盛られた、色鮮やかな野菜と香草。そして、こんがり焼き色のついた魚丸々一匹。なかなかに豪快な料理だ。
食欲をそそる香りに、魚の腹へとナイフを突き入れる。
「うぇっ!?」
「どうされましたか!?」
「いや、ちょっと、びっくりしただけ……」
思わず遠い目をしながら、険しい顔をしたソーヴェラスに笑う。力無い笑いになったのも許してほしい。
だって。
切り分けた魚。その身の色が。
まさかの、ショッキングピンク!
鮮やか過ぎるその色に絶句する。
食べ物の色じゃない。というか、生物の色じゃない!
火を通したから色が鮮やかに、とかそういうレベルじゃない。最初にコレを食べようと思った人間は、よく口にできたな。
青海魚って名前も、すごいフェイントだ。外見も全然青くないし。まさか中がショッキングピンクだなんて、誰が想像できるか!
しかし食べないでいると、ソーヴェラスの視線が厳しくなってきたから、恐る恐る魚を口にする。
「……! 美味い…………!!」
程良く脂の乗った魚は少々クセがあるが、魚にまぶされた香草や周囲の野菜と合わせることでいいカンジに調和が取れて絶妙な味になる。しかも、合わせる野菜の種類や魚の部位によってまた違った味わいになり、どんどん食べ進めてしまう。
見た目はとっても豪快だが、非常に奥深くて繊細な料理だ。
「そうですか。よかったです」
「うん、これはいいな」
パクパクと料理に手を付ける俺にソーヴェラスが安堵の息を吐く。
ホント、これは美味い。ただし、見た目がなぁ……。
ふとした瞬間にショッキングピンクの身が目に入り、一瞬食欲が失せるのだ。目をつぶって口に入れてしまえば、また食が止まらなくなるが……。
心の片隅で残念がりながらも食べ終わり、一息ついたところで次の料理が出てくる。
「こちらは、大甲牛のステーキです。食の国、ファランセの王宮料理人が手掛けた逸品だそうです」
真っ白な平皿に、ドドンと鎮座するのはまさしくステーキ! 堂々たる肉塊に、年頃の男子な俺は一気にテンションが上がる。
しかし手渡されたのは、なぜかスプーン。
「え、スプーン?」
「はい。大甲牛は非常に繊細な食材なので」
「????」
繊細だからスプーンって良く分からない。
とりあえず悩んでいても仕方ないから、スプーンをステーキへ突き刺……さらず、なめらかに肉の中に入っていく。
「え……」
まるでなめらかなプリンをすくったかの様に、スプーンは抵抗なくステーキをその上に乗せていた。試しに小刻みに揺らしてみれば、フルフルとステーキは頼りなく揺れる。
ちょっと良く分からない。
とりあえずそのまま口に運ぶ。
「肉……だな」
味は間違いなく肉。しかも、旨味を蓄えた肉汁? が多量に含まれており、非常に高級なお味だ。
しかし口に入れた瞬間、比喩ではなく溶けて消えて行くのだ。噛む必要は一切なし。
美味いが、ガッツリ肉を食べたいお年頃の俺としては、コレジャナイ感が半端ない。
首を傾げながら食べる俺に、ソーヴェラスが解説をする。
「大甲牛は熱に弱く、こんな大きなステーキを作るには熟練のシェフの技が必要だそうです。また肉質自体柔らかいのですが、その身を守るために全身を甲羅で覆っているので狩るのも非常に難しい生き物とのことで、一般人では到底食べることのできない逸品です」
「へ~……」
そんなすっごい物と言われても、特大ステーキだとテンションを上げてしまったためガッカリしてしまう。安ものでも良いから、ガッツリ肉食いたい……。
若干ションボリしながらステーキを完食し、残すところはデザートだけだ。
「デザートは、火竜の実です。こちらは南部諸国特産の、高級フルーツだそうです」
そう言いながらソーヴェラスが出すのは、ガラスの器に盛られた赤いまん丸な実。
リンゴくらいの大きさの、つるんとしたその実を手に取り、しげしげと見る。思ったよりも柔らかく、手に取った感じはブドウの様な、水分をたっぷりと含んでいそうな様子だ。
「皮はそのまま、齧り付いてお召し上がりください。少々刺激的な、あっ……」
「ぶふぁっ!?」
ソーヴェラスの解説の途中で思い切り火竜の実に齧り付いた俺は、思いっきりむせるハメになる。
「魔王様、大丈夫ですか!?」
「うぅ……、はぁ。……なに、これ?」
「火竜の実は、少々刺激的な味のため、初めて食べる方は少しずつ齧るのが良いそうです」
「少々ってレベルじゃないよ……」
恨めしげにそう呟いて、俺は手の中の実を見る。先ほど口の中に広がったこれの味は、もはや暴力だった。
齧り付いた瞬間、弾ける大量の果汁。その果汁は最初は瑞々しい甘酸っぱさで、これは美味しい、と思ったのだ。
しかし。
直後に口の中を襲うのは、猛烈な辛みと熱さだ。火を吹けるんじゃないか、と思うほどのそれらは一瞬で駆け抜け、後に残るのは謎の爽快感。
後を引かないことはいいことだが、あまりの目まぐるしい展開に口の中が大混乱だ。
「なんか、舌がピリピリしてる気がする……」
「魔王様のお口には合いませんでしたか。毒味役のファルゼンなどは、大変気に入っていたようですが……」
「まぁ、好みだろうな。ある意味癖になりそうなカンジはするから」
てか毒味役ってファルゼンがやってたのか……。アイツは何食わせてもピンピンしてそうだから、毒味役として適任なのか甚だ疑問だが。
とりあえずファルゼンが気に入ったのなら、火竜の実の輸入は決定だな。アイツが破壊衝動に駆られた時口に突っ込んでやれば、落ち着きそうな気がする。
一人で納得しつつ手の中の実を皿に戻すと、心配そうな顔でソーヴェラスが聞いてくる。
「魔王様。人間の食事は如何でしたでしょうか」
「ん~、まぁ思ってたのとは色々と違ったけど。うん、まぁ良かった! 人間界も広いから、もっと色々食べたいな」
「左様、ですか……」
「うん。また頼むな!」
「……御意」
ソーヴェラスは一応礼はしていたが、心底面倒くさそうにため息を吐きやがった。
まぁ確かに、ついこの前まで戦争していた人間に料理を作らせるのだ。色々と監督する側としては面倒なんだろう。
だが俺は諦めない!
異世界との常識のギャップに悩まされることのない、目も味も精神的にも堪能できる美食に出会うまでは!!
タグは、飯テロではなく、飯がテロです。
魔王の感想です。
不味くないように、と気を使った結果テロ感が大分減りましたが……。