⑦
「どうして……?」
目の前で行われている生々しい殺し合いに、ユクスは為す術もなく膝をついた。
「一体、父上が何をしたんだ!?」
「まだ……何かはしていないな」
ライはそっけなく答えて、ユクスの傍らに立った。
すでにロークやシエット達は、エレントルーデがいる後方に逃がしている。
ライ目がけて、クリアラの兵士たちが殺到しているが、セディラムが連れてきた国王直属の部隊がライを護るようにして、幾重にも壁を築いていた。
耳を塞ぎたくなる幾多の声に、ライは唇を噛み締めた。
(そうやって、私は人の命で、護ってもらっている身の上なんだな)
……偽りの女王だというのに。
前国王ユージスの血など受け継いでもいないくせして、ライは正統の女王を騙り人命を弄んでいる。
城内はライの命令によって、更に陰惨たる有様を呈していることだろう。
(嫌になるな……)
多少の犠牲は覚悟のつもりでいた。
乱闘騒ぎには発展するだろうと、腹は括っていたが、これは違う。
――戦争だ。
レガントは、よほどライに降りたくないようだ。
だったら、こちらも手を抜くわけにはいかなかった。
「公子様。北州公は、女王の統治に反対しているんだよ。再三、ルティカに来るよう要請したが、果たされることはなかった」
「ノエムの侵攻に備えていたんだ。何が悪い?」
「それは言い訳だよ。残念ながら、ノエムの領主はルティカに足しげく通っている。ついでに、私に早くクリアラとの戦争の許可を出させたいのか、クリアラの人間らしい暗殺者まで雇って、私に揺さぶりをかけているけどな。……そうだろう? ナガラ殿」
「そ、そのことにつきましては……その……」
リッカ城が包囲される様を、呆然と見守っていたナガラは、いきなり向けられた矛先に、冷や汗をかいていた。
ようやく、ここに自分を呼んだライの意図に気づいたらしい。
――今回のことは、見せしめなのだ……と。
クリアラを攻めることで、ノエムにも脅しをかけているのだ。
「ユクス公子。北州公は、私に無断でイエドとの交易を行い、イレリアや武器を取引しているんだ。ティファレトの政治には、いまだにアルガスの目が光っている。私だって、アルガスにおもねるつもりはないけれど、反アルガス派と堂々と取引をしている領主を黙って見過ごすわけにもいかないんだ。……だから」
「だからって、俺を利用するなんて、最低じゃないか!」
ユクスは気づいたらしい。
彼を人質としようとしていたのは、ライの方だったことに……。
ノエムの兵が領境に集結するよう仕向けたのも、セディラムが港で海賊騒ぎを起こしたのも、すべて犠牲を少なく勝ちを得るための策だった。
「お前は……いや、陛下は……シズクの出生のことだって、全部知っていたんじゃないのか!?」
「…………利用したことについては、否定はしない」
「ふざけるなっ! 人を何だと思っているんだ!」
「もう! ちょっと、こんな時こそ冷静になってよ! 」
ナナンが間に入ろうするより早く
「ふざけてんのは、てめえだよ。公子様!」
セディラムの足蹴が見事にユクスの脳天に入っていた。
「いてっ! 何をするんだっ!?」
「何をする? 踏みつけてんだよ。分かんねえのか!? ぎゃんぎゃん騒ぐだけの能無しが、よく言うぜ。てめえの親父が吹っかけてきたから、俺達は相手をしてやっているんだろうがよ? あんまりうるさいなら、てめえから殺してやってもいいんだぞ」
「……やめろ。セディ」
ライはセディラムを制したものの、久々の乱闘で気が立っているのだろう。
更に、舌が滑らかに回った。
「……で、お前はどうしたいんだよ? ライに謝らせたいのか? 謝らせて気が済むのかよ!? 違うだろ。不毛だって分かってるんじゃねえのかよ?」
「俺は……」
「上に立つ者として、自分が何をすべきか考えろ!」
セディラムの一喝に、ユクスは顔付きを改めた。
周囲を見渡し、怪我をしている者、倒れたまま、ぴくりとも動かない者、血に染まった剣を振り回しながら戦っている者、各々に目を向け、やがて自らの頰を両手で叩き、奮起した。
「もしも! 俺が止めることが出来たら……! 陛下!?」
ユクスが叫ぶ。
その言葉を待ち構えていたライは素直に応じた。
「ああ、もちろん。武器を捨てて、降参したのなら、これ以上無駄に攻めるような真似はしない。今回の目的はレガントの罪を裁く。その一点だ。兵士たちの安全は約束しよう」
すぐに与えられたお墨付きに、ユクスは大きく頷いた。
そして、すくっと立ち上がったユクスは喉を嗄らすほど、声を張り上げたのだった。
「クリアラの兵士たちよ。聞いてくれ! 俺は……いや私は公子のユクスだ! こんなことをしても無意味だ!」
ざわざわと、囁き声が伝播していった。
剣のかち合う音が、近距離だけ極端に少なくなる。
ユクスの訴えは、確かに兵士たちに届いているようだった。
手応えを感じたユクスは深呼吸をすると、再び大音声をあげた。
「たとえ州公の命令でも、お前達が敵にしているのはルティカの国王軍だ! 大義名分は王にある。我らには万に一つも勝ち目はない! 武器を捨てろ!! 降参したら、陛下もこれ以上攻めないと約束をなさってくれている!」
からん……と、剣を何者かが放り投げた。
最初に両手を挙げたのは、今回、ユクスとレガントとの橋渡し役をしているはずだったザッハスだった。
「ユクス様。俺は、その話……乗りました」
「ザッハス……」
「俺たちも、ザッハス様について行きます!」
軍部において、影響力のあるザッハスの降伏に、兵士たちも一斉に武器を捨てた。
……そして。
「降参した者には、危害を加えるな!」
ライが口添えすると、ルティカの軍勢も静かになった。
だが、城内まではユクスの声は届いていない。
「ザッハス! 城の中の兵士たちを説得したい」
「もちろんですとも!」
(もう一息か……)
ユクスが一途で善良な性格だったのは、嬉しい誤算だった。
レガントはともかく、公子が降参をうながせば、兵士たちも格好がつくだろう。
元々、クリアラの兵士たちには、戦意がなかったのだ。
騙まし討ちのようにして、ライの軍勢は城内に浸入した。戦うのなら、ノエム兵として意気込んでいたクリアラ兵の士気は、おおいに乱れたはずだ。
(レガントには、勝敗が見えていないのだろうか?)
狸ジジイだと、サリファは評価していた。
理性で物を見る目があるのなら、降参こそ最善と考えるはずだ。
時間の問題なのか……?
「なんだ、つまんねえの。ずいぶんと、あっけないじゃないか」
セディラムが剣を鞘に戻しながら、不服そうに、舌打ちした。
「お前が早く終わるように、公子様を唆したんだろう?」
「………………サリファがいなかったからな。城内には」
「そう……」
「もっとも、レガントの居場所も分からなかったから、二人まとめて城内にいるのかもしれないけどな?」
「そうか……」
脈絡もない会話のようだったが、ライにはセディラムの真意が見えていた。
セディラムは不毛な争いを早々に終わらせて、サリファの行方を知りたいと思っているのだ。
「……ええっと、だったら、私がちょっと先生とシズクを捜しに……!」
「だから、駄目だって」
逸るナナンを、ライは諌めた。
「北州公は降参していない。降参するまでは、動かない方がいい」
「だけど……! ここにいたって、騒音が凄くて、私の目や耳が使えないし。……城に行ったほうがよほど……」
「駄目なものは駄目だ」
「州公が降参するのなんて、時間の問題でしょう! 今更危険なんて!?」
……と。
押し問答をしている二人の間に、城の最上階から丸い球体が降って来た。
「…………なんだ?」
セディラムが空を仰いだ。
降ってきたのは、雪ではない。
遥かに大きなまん丸い物体だった。
頭に当たったら、痛そうだと感じる程度の大きさではあった。
「レガントは一体……?」
降参の合図にしては、分かりにくい。
武器というわけでもなさそうだ。
触ってみるしかないと、渋々ライがそれに手を伸ばした時だった。
「触るなっ!!」
「…………はっ?」
「死にますよ!!!」
…………何だって?
言葉の内容はともかく、その叫声の主を、ライはよく知っていて、誰より信頼していた。
(嘘だろ?)
「サリファ……?」
どういうことだ。
リッカ城にいるはずのサリファが黒い外套をはためかせて、ライのもとに一直線に駆けてくるではないか。
(幻……?)
…………違う。
目を擦っても、サリファの姿は消えない。
――ということは、彼はそこにいるということだ。
「ライっ!!」
サリファが珍しく渾身の力を込めてライの名前を叫んでいた。
ナナンが目を擦りながら、ライととサリファを見比べている。
やっばり、カナじゃなかったんだ……などと口にしていた。
ライにはさっぱり、事情がのみこめない。
だが、彼の生存に安堵している余裕がないことは確かなようだった。
「その球体からは、間もなく致死性の毒煙が発生します!」
「何だと!?」
「ライ! 時間がありませんっ! 王家の力を!!」
まずい。
このままだと、自分の生存が怪しくなってしまいそうだ。
――出遅れた。
今夜は月の力を借りずとも、いけると踏んでいたが、甘かったようだ。
(毒って何だよ!?)
サリファであるまいし、誰がそんなものを所有しているのか……。
「レガントの奴…………」
城の何処かで、あの男はライのことを見下ろしているのだろうか?
「おいっ! 一時退却!!」
さすがに、セディラムの対応は手早かった。
危険を察知して、近くの兵士たちを下がらせている。
自分の退却を考慮していないことを考えると、ライの力に期待しているのかもしれない。
けれど、そもそも少し退いたくらいで間に合うのか?
(……集中できない)
ルティカ城近辺の植物たちと、クリアラの植物は性質が違う。クリアラにあるルティカ原産の植物は圧倒的に数が少ない。
しかも、距離が遠すぎるし、雪が弊害になっている。
意のままに操るには、普段よりも集中力が必要だった。
(間に合わないのか?)
諦めかけた、その瞬間……。
巨大な植物が地を削りながら、風を伴い、やって来た。
「なっ!?」
轟音を立てながら、這ってきた木の根は、大地の形を変え兵器ごと傾斜を作り、地滑りを形成しようとしている。
「カナ……なの!?」
「…………違う。私じゃない」
延命されたとばかりに、そこにいた人間は、敵味方もなく、慌てて坂の下に向けて退き始めた。
「ライ……!!」
人の波を逆流して、サリファがライのもとに走って来た。
サリファの背後には、青白い顔の少年がぐったりとしている。
――――シズクだった。
「シズク? ……シズクじゃないの!」
険しい表情でいたナナンが一転して、明るく瞳を輝かせた。
彼もまた口を利く力も残っていないようだったが、ナナンに合わせて微笑むくらいは出来るようだった。
―――シズクも生きていた。
そして、このルティカの植物を操る力……。
彼は王としての試練は乗り越えた……ということだ。
(あの子にも、王家の力が宿ったということなんだな)
だけど、あの薬は少なくとも三日くらいは、身体の力を奪うはずだ。
(サリファの奴……)
病み上がりにこき使うなんて、シズクが憐れとしか言いようがなかった。
「…………ライ」
サリファがライの肩にがっしりと手を置いた。
「大丈夫だよ。サリファ……」
――大丈夫だ。
サリファがいる。
肩から伝わる彼の温もりで、ライは落ち着いて集中することが出来る。
感覚を研ぎ澄ませ、赤い月を仰ぐ。
シズクが呼んできてくれた植物の中に意識を入れて、幾つも落とされた毒煙の球体を土の中に誘い込み、そのまま地滑りを発生させた。
シエットの集落を避け、一気呵成に海へと導く。
「これが……王家の力」
所々で、驚嘆の声が上がっていた。
噂でしかその能力について知らないだろうナガラも、身体を震せていた。
(奇しくも、女王の権力を盤石にするのに役立ってしまったみたいだな……)
多少、この処置で緩和されただろうが、もっと遠くに退避しなければ危険だろう。
「…………一体、レガントは何がしたいんだ? そこまでして私を抹殺したいのか?」
勝敗は決しているにも関わらず、無駄な抵抗を続けている。
しかも、毒煙なんて……卑怯すぎやしないか。
「レガントは、あれを対ノエム戦で披露するつもりでした」
「はっ!?」
いきなり、領土の名を挙げられたナガラがぎょっとして、サリファを振り返った。
「おそらく、イレリアの副作用を逆手に取って、毒を発生させる装置。他に光草などの毒も含まれているのでしょうね。今日、陛下がこちらにいらっしゃらなければ、対処法もなく大勢の人間が犠牲になったはずです。レガントは、ユクス公子があの場を離れたことを確認して、それを落とした。…………確信犯ですよ」
「どうして、お前は兵器の存在に気づいたんだ? クリアラに行く前にはそんなこと言ってなかったじゃないか?」
いつの間にか、合流していたセディラムがサリファの肩に腕を回した。
セディラムなりに喜んでいる証なのだろうが、サリファは必死にその腕を払いのけようとしていた。
「レガントの中毒症状が気になりましてね。それに……ティファレトにいながら、神を信じず、アルガスの医学の方に信頼を寄せている姿勢も変だった。あの人は自らも、毒薬を作ることのできる人なのでしょう。……それでも、幅広い知識は持っていない」
「……で、お前はその幅広い知識を持っているっていうのか。サリファ?」
「ええ。負けるつもりはありませんよ。レガントに落とし前はつけさせるつもりです」
サリファは断言した。
「そのためには、もう一度レガントに会わなくては……」
「…………うわあ。これはまた派手にやっているね? 後片付けが大変そうだな」
エレントルーデが寒さに震えながら、サリファの前にひょっこりと現れた。
きっと、区切りの良いところを見計らって、表に出てきたに違いない。
「……おい? 何で、お前がここにいるんだ? アルガスに帰れよ」
「僕なんかより、むしろティファレトの軍掌がここにいることの方がまずいんじゃないの? 早くルティカに帰りなよ」
「何度も言わせるな! 俺は軍掌じゃねえ!」
セディラム、エレントルーデ両者ともお互いの存在に苛ついている。
「二人共、仲良くまずいですよ。そんなことも分からないのですか」
「いや……その」
「やっぱり、まずいよね。僕もそう思ってはいたんだ」
「でも、今は、そんなことはどうだっていいのです。どうでもいいから黙ってください」
サリファは華麗に彼らをあしらうと、エレントルーデを一瞥した。
ただ視線を傾けただけなのに、震えあがったエレントルーデは、そそくさと背後に連れていた従者に声を掛けた。
「ああ、はいはいはい。君の要望通りちゃんと連れて来たって。ね? レイラちゃん」
「殿下……本当に宜しいので?」
「だって、言う通りにしないと、サリファの方が何をしでかすか分からないじゃないか?」
「……ですが、彼女は子供ですよ」
「まあ、そうだけど……」
二人のやりとりに、痺れを切らしたサリファは強引にレイラの後ろを覗きこんだ。
「ええ。よく知っていますよ。とても可愛いお姫様ではないですか」
借りてきた猫のように、レイラの背中に顔を押し付けて、固まっていた少女に愛想よく微笑みかける。
「さて、ミリア様。お父上のところに私と行きましょうか?」
人質は、取れるだけとっておいた方が良いのだ。




