③
ライは欠伸を押し殺しながら、ユクスの別邸の前にいた。
引率したのは、数百人程度。
病人たちがいるので、エレントルーデが手勢のほとんどを集落に置いてきたが、それでもとんでもない大所帯となってしまった。
途中、数人のクリアラ兵に見つかり、応戦をしたものの、まさか彼らも公子の別邸を目指しているとは思ってもいないようで、意外にあっさり撒くことができた。
(まいったなあ……)
多少、計画にズレが生じることは織り込み済みだが、ここまで混沌とするとは想定外だ。
詰まるところ、シエットはエレントルーデの謎の行動に巻き込まれただけなのだが、ここまで来ると、言い逃れも難しい状態となっていた。
たとえ、シエットが申し開きをしたところで、誰かが近隣諸国に助けを求めていたのではないかと疑われるだけだ。
「…………な……な、何で? どうしてこんなことになっているんだ!?」
ユクスは腰を抜かしそうになりながら、気力だけで立っているようだった。
かわいそうに……。
叛乱について知らされたのも、つい先程だろうに、その叛乱をしでかした首謀者が昨夜自宅に泊めたはずの少女たちと一緒に現れたのだ。
武装する暇もなければ、配下の者に指示を出す権限すらなかったのだろう。
もう、何が何やら、さっぱり分からない状態で、彼もライたちと向かい合っているに違いなかった。
「ええっと……。これは……」
ライが弱りきった声で適当な言い訳を告げようとしたところ、ひょろりと高いロークがライの肩にぽんと手を置いた。
「公子様……。シズク君のことを聞きました」
「…………なっ!?」
「殺されたって、本当ですか!?」
今度は呆然とするのは、ライの方だった。
シズクとシエットの間には、長年築いてきた絆があったのだ。
「州公に殺されたというのなら、俺たちにだって意地ってもんがある」
「いっそ、あんたを殺して、州公にっ!」
「だ、駄目だ!!」
ライは堪らず、声を荒げて制止した。
昨夜戦ったのはエレントルーデが率いていた手勢だったが、彼らもいずれ、戦う心づもりをしていたのだろう。
けれど、今こんなところで、ユクスを敵に回しても仕方ないのだ。
(どうするんだよ。まったく……)
シエットに絡んでもらうことを、ライも想定していなかったわけではないが、こんな雑なやり方ではなかった。
残念なことに、ユクスの気性だ。更に短気を起こして、問題をややこしくすることだろう。そう腹を括っていたのだが…………。
「…………すまなかった!」
ユクスは弾かれたようにして、深々と頭を下げた。
「俺が不甲斐ないために、シズクをあんな目に遭わせてしまった。俺のせいだ」
「…………ユクス様?」
その場にいた全員が、ユクスの真摯な態度に静まり返った。
「シズクは、シエットの暮らしを少しでも良くしてくれるように、父上に頼んでいた。……上手く伝えられたって、喜んでいたのに……」
「……ちょっと! だから、まだ死んだかどうかなんて、分からないって言ってるじゃないの? それを知るために、私たちは州公のところに行くんでしょう?」
ナナンが帽子を深くかぶりなおして、うつむいた。
次第に声音が小さくなっているのは、ライがそれとなくシズクのことについて、後ろ向きな発言をしているせいかもしれない。
「……しかし、お前たちは、クリアラの兵士たちと一戦交えてしまったのだろう。俺は公子だ。お前たちを処罰しなければならない。まして、一緒に父上のところに行くなんて……」
「ああ、そんなことなら、気にしないでいいから」
ロークとライの真ん中から、ひょいと顔を出したのは、金髪の派手男エレントルーデだ。
「昨夜のあれをやったのは、全部僕たちだからさ」
「……はっ?」
「彼らは何もしていない。僕はアルガス王の配下の者だ。イエドとクリアラの交易について調べていてね。一応、イエドはアルガス領だから勝手なことをされると困るということなんだよ。……ついでに言うと、昨夜こちらを襲撃してきた兵士に関しては応戦したけど、被害は最小限に留めるよう指示したはずだ。……よって、これは叛乱ではない」
「なんだ! そうだったの?」
「そんなはずあるか!」
真に受けたナナンを睨みつけながら、ユクスが怒鳴った。
「一体、お前は誰なんだ? 嘘を言うな!」
「証拠の書状を託せば信じてくれるの? 疑り深い男だね」
「お前のような男の言うこと、疑いたくなるに決まっているだろうが!?」
(まったくもって、事をややこしくしているのは、この男のせいだ……)
ライもユクスに激しく同意している。
突然、現れたへらへらの優男がアルガス国王の配下だと白状したところで、信じる人間も稀だろう。
エレントルーデを庇うべきか逡巡しているライに、目配せをして前に出たのはこういう時こそ頼りがいのある大人の女性レイラだった。
「申し訳ありません、公子様。私はこの方の臣でレイラと申します。主はこのような身形で、このように軽い言動をされる怪しいお方ではありますが、アルガス国王の信任は得ています。軽々な発言は謹んで頂きたく存じます」
「しかし……だな!」
「その……しかし……なんだよ」
エレントルーデは大仰な素振りで、ユクスと勝手に握手を交わした。
「僕とは、とりあえずでも仲良くしておいた方がいいと思うよ。公子様が僕のことを信じられないように、州公様だってアルガス側が事を起こしただなんて、思いもしないだろう。このままだったら、この人達が犯人扱いで、三十年前のように処刑されてしまうかもしれないよね?」
「貴様、ふざけるな!」
「だったら、申し開きしてあげないと。さすがに今いる人間全員で行ったら、リッカ城にたどり着く前に殺されてしまいそうだけど、限られた人間だったら、陳情にもなるだろう? もっと要領よく生きていかないと、公子様……いつか自滅しちゃうよ?」
「うるさいなっ! 俺だってそのくらい分かっているんだ!」
「はははっ。変なところで正直で威勢の良い若者だね。そう思わない? ええっと、君……今はカテナ様なんだっけ?」
「何言っているのよ。この子はカナよ! 名前を間違えないであげて」
「………………もう何もかも、嫌になるな」
ライは、がくりと頭を垂れた。
(いくら腹が立ったとはいえ、偽名にカナは、やめておけば良かった……)
サリファを揶揄するつもりが、見事に逆手に取られて、からかわれている。
「………………陛下。あの者は本当にアルガス王の配下なのですか?」
「何だ……フィーガは、こないだ城に来た時に、すれ違わなかったのか?」
「まったく知りませんね」
あの時、城内にいたフィーガが知らないということは、帰る時、勝手に裏口でも使ったのか。
(あんな男でも、油断ならないからな……)
サリファとは見た目も立居振舞いも、まったく似ていないのに、抜け目ないところだけは良く似ているのだ。
「昨夜、弟がどうの……とか言っていましたけど?」
フィーガが小声で尋ねてくる。
レイラとエレントルーデを交互に眺めて、腑に落ちない様子だ。
黙っているわけにもいかず、ライはほとんど虫の息で答えた。
「フィーガ。これは内緒だけど、あの男はアルガス国の王子だよ。王位継承権第一位。もっとも玉座に近いところにいる人間だ」
「…………はははっ。またご冗談を?」
「これが冗談だったら、良かったんだけどな」
フィーガが絶句した。
これで、サリファと異母兄弟だと知ったら、フィーガはどんな反応をするのだろう。
ナナンも、ユクスにも知られてしまったら、大変だ。
絶対にそれだけは、バレないようにしようと、ライは固く心に誓ったのだった。




