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ティファレト戦記  作者: 森戸玲有
第2章 <4幕>
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「…………寝不足のご様子ですね」


 朝一番でやって来たフィーガは、重々しく呟いた。

 こめかみが、ぴくぴく動いているのに合わせて、特徴的な耳も微かに震えている。

 椅子に向い合せで座っていたサリファとライは、一瞬二人で視線を交わしてから、フィーガの方に向き直った。


「昨夜は久々の再会で酒がすすんでな。なかなか眠れなかったんだ」

「酒が…すすむ?」


 床に膝をついているフィーガがサリファをじろりと見上げる。

 そういえば、アンソカ族に酒を勧められても、一度も口にしたことがなかった。

 彼らは、サリファが下戸だと思っていたのかもしれない。


(まったく、面倒だな……)


 確かに、昨夜、一度はライを自分のものにしてしまおうと、企んだのは事実ではある。

 けれど、サリファは若者のように狼狽して赤くなるほどの可愛げなんてない。

 しれっと答えた。


「嫌ですね。私だって、お酒くらい飲みますよ。この地域は寒いので、お酒を温めて飲むこともあるのです。それを陛下に見つかってしまいましてね。陛下からの誘いを断るわけにもいかないでしょう?」

「…………ですよね。それはそうだ」


 その平淡な言葉に、フィーガも安心したのか、ほっと息を吐いて、この男には珍しく相好を崩した。


「……で、今日は陛下も街に出て宿を?」

「いや」


 しかし、言下にライは一蹴した。


「えっ?」


 みるみる怪訝な表情を形成しつつあるフィーガに、先程、サリファが記し、ライが署名したばかりの書状を手渡す。


「フィーガ、戻ってすぐに、申し訳ないのだが、これをノエムの領主に届けて欲しいんだ」

「領主様に、俺が……ですか?」


 フィーガが濃い眉を険しく寄せる。

 それはすぐに最近来た道程を取って返すことを、嫌悪しているのではない。


 ――自分が使者に行って大丈夫なのか?


 彼はそう言いたいのだ。

 サリファとライの間を取り持つことが出来たのは、ライともサリファとも顔見知りだったからだ。しかし、ノエムの領主がフィーガを知るはずもない。まず城に入れてもらえないだろう。


「フィーガ、大丈夫です。あちらの城に着いたら、門番にこう言って下さい。『急ぎの書状だったため、女王陛下は足の速いアンソカ族に頼んだ』……と」

「あっ、はい!」

「それと、『内容は十五年前の件』だと…………」

「何ですか。それは……?」

「貴方の妹さんがノエムで調べて来てくれたことです。その言葉を伝えれば、先方も黙っていないでしょう」

「ナナンが?」

「常に仲の悪いノエムとクリアラだが、十五年前も一触即発になったことがあるんだ」


 さっぱり事情が分かっていないフィーガが不憫と感じたらしい。ライが口を挟む。


「知りませんでした。それが十五年前ということですか?」

「…………丁度、ティファレトにアルガスが攻めてきた頃だな。当時は、私もそれどころじゃなかったので、記憶になかったんだが、クリアラは国王軍の救援に駆けつけると言って、ノエムを攻めようとしたらしい」

「そんなことが……?」

「まあ、ルティカまでり通り道がてら、叩いておこうとしたんだろうけどな」

「その時のことで、彼らに出張ってもらいたいと思うのです」


 サリファは会話を打ち切るように、ライとフィーガの間に立ち、非常食用に備蓄していた木の実と、干した芋を布で包んでフィーガに渡した。彼は慇懃に有難うございますと、直角に頭を下げる。

 現時点で、フィーガは余り知らない方が良いだろうと判断したのだ。

 あまり事情を知っていると、すぐに表情に出てしまう男だ。ノエム側に葬り去られてしまう危険性もある。

 その点、察しの良いフィーガは、サリファの気持ちを汲んで、好奇心を胸に収めてくれた。


「……分かりました、陛下、先生。帰り次第、詳しくお話し下さいね」

「ええ、必ず……」


 大きな帽子を被り、図体の割に小さめの布の鞄を肩に背負ったフィーガは、機敏に外に出て行った。

 一面の銀景色の中、白い息を吐きながら、ライと二人で彼を見送った。


「ところで、フィーガ、何日で戻れそうですか?」

「三日……でしょうか」

「なるほど、往復で、六日といったところですね」


 それでも、十分に早い。

 サリファがここに至るまでに、ルティカを出てから相当かかったはずだ。


(何とか……なるか)


 しかし、すぐさま脳内で時間配分を始めたサリファに対して、フィーガは、にやりと口角を上げた。


「三日で戻るという意味です。足が速いという触れ込みで行くのに、のんびりしていられないでしょう」

「それは有難いですけど……」

「いやいや、あり得ないだろう。お前は無理をするな」


 ライがすかさず言うが、フィーガは鼻息荒く、なぜかサリファの方に詰め寄って来た。


「いいえっ! 絶対に早く帰ってきますよ。お二人がのっぴきならない関係になる前に!」

「…………貴方、やっぱり、疑っていたんですね」


 それは心配されても、仕方ない。

 サリファとて、これ以上、そういう関係にならない自信なんてないのだから……。


「当然でしょう。男女が一つ屋根ので一緒に眠るなんて、一日ならまだ……あれですが、数日もなんて、何が起こるか分かりません」

「杞憂ですよ。それに、彼女は今日から、港の方で宿を取って……」

「何で、そうなるんだ?」


 ライが不機嫌そうに、目を細めた。


「…………何をそんなに二人が揉めているのか、さっぱり分からないんだが?」


 ――昨日の今日で、それを言うのか?

 それとも、ライは昨夜サリファがしようとしたことに気づいていないのか……。


(それって……)


 どうしてくれようかと、サリファが頭を悩ませていると、がさつに雪を掻き分けてやって来る何者かの足音がした。

 察しはついていた。


「…………男女が一つ屋根の下って、どういうことよ?」

「まったく」


 ――これは究極に、面倒臭い。

 腰ぎんちゃくのように、シズクを引き連れているナナンがいた。

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