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ティファレト戦記  作者: 森戸玲有
第2章 <4幕>
51/81

「……ここで唯一、覚えているのは、そんなに広くない家に住んでいたってことくらいだな。私はカーテンの後ろにくるまって、その人が来るのを酷く恐れていた。どうしてその人を恐れていたのは分からないけどな。ユージス様の話では、王に就いて間もない頃に北州に一度出向いたことがあって、その時に、年端のいかない私を母から預けられたらしいが……」


 夕食後、酒を煽って気分が良くなったのか、ライは饒舌に語りだした。

 彼女と同じくらい飲んでいるはずなのに、まったく酔えないサリファは、その言葉と自分の持っている情報を脳内で必死に組み立てている。


「ライ……。つまり前の国王は貴方が王家の血筋を引いていることを最初から知っていたということなんですよね?」

「ああ、ユージス様はご存知であった。私も、昔から何かおかしいとは思っていた。私のような素性不明な人間を、王自ら四六時中自分の傍に置くなんて変だろう?」

「それでも、貴方は信じたくなかった……と?」

「ユージス様がお話になっていただけだからな。証拠なんて何一つない。私もずっと信じたくなかったし、植物を操る能力を身に着けた時ですら、王族でもないのに、こんな能力が身についてしまった……と思い込んでいた」

「……つまり、国主になって初めて認めざるを得なくなったというわけですか」

「いい加減、向かい合わなければならない時だろう? 国主なんかになっちゃったんだから。いくら、認めたくなかったって……さ」

「なるほど……。貴方のお気持ちは分かりましたけど……」


 サリファは向かい側で、欠伸をしながら頬杖をついているライを一瞥した。

 いまにも眠ってしまいそうなくらい、目がとろんとしている。

 そろそろ、休ませてやった方が良いのかもれしないと、寝床の準備のために腰を浮かすと、ライは少しでも話をしていたいのか、再び口を開いた。


「そうだな……。ユージス様が恐れていたのは、取り巻きの家臣たちだろうな。私が王族の血を引いていることを知っている一部の臣が、私に対して「あの薬」の人体実験をやりかねないとお考えになったのだろう」

「…………これは、私の憶測ですが」


 サリファは棚の中に仕舞っていた毛布と敷布を出して寝床を作りながら言葉を続けた。


「あの薬に「解毒剤」が存在したのは、この地で王族の末裔を相手に人体実験していたからでしょうね。政争で敗れた王族の子々孫々を根絶やしにすることなく、しかし確実に誰かを実験体にしていたのでしょう。前国王のユージス様は、その解毒剤のために…もしくは、犠牲になっている誰かを救うために、ここを訪れたのかもしれません」

「それで、私は助けられた……と?」

「証拠はありません。でも、そうではないのかと、私は考えます。だから、貴方は家臣たちから罪を犯した王族の子孫としての扱いしか受けることが出来なかったのではないかと?」

「…………ああ、まったく、私の記憶さえ、はっきりしていればな……」


 苦々しく呟いたライに、サリファは柔和な表情を作り直した。

 クリアラの謎も、国主としての問題も、語り出したらキリがない。

 一晩で解決できるはずがないのだ。


「まあ、いずれにしても、貴方が直々に、ここまで来たのです。私も少しやり方を変えないと、聡い子供たちに事が終わる前に感づかれてしまうかもしれません」

「どうするんだ?」

「明日朝一番に、フィーガがやって来るでしょう。貴方にはその時に、彼にある書状を託してもらいたいのです」

「私は字が汚いから、普段は代筆にしてもらっているんだが?」

「内容は私が書きましょう。貴方は国王として署名をしてください」

「分かった」


 ライは、流し目をこちらに向けると、気怠い口調で承諾した。


「あんたが明日にでも、ちゃんと何をするのか話してくれたら、私は何でもするよ」

「…………ライ」


(心臓に悪いな……) 


 サリファは冷静を装いながら、咳払いした。

 あどけない容姿のくせに、たまに艶っぽさが混じるから、侮れないのだ。


「貴方のそういう言葉の使い方、どうにかなりませんか? 「何でもする」という言葉は、おいそれと口にするものではありません」 

「何だ、また保護者気取りか……。あんたが私に不利益になることをするはずがないだろう?」

「そうでしょうか。私だって、場合によっては、するかもしれません。危険な時もあるのです」

「むしろ、その方が、楽しみだけどな……」

「………………」 


 何なんだろう。この会話の流れは?

 二人して含むところが多すぎて、謎の緊張が生まれてしまう。

 サリファは眉を吊り上げて、出来上がった寝床をしゃがんだ姿勢のまま、ぱんぱんと叩いた。


「さあ、もう夜も遅いんですから。貴方は酔っぱらっているみたいですし、とっとと休んで下さい」

「それで? あんたは、どうするんだ?」

「私は調べものがあるので、それをしながら、椅子で寝ますよ。いつものことですから」


 予想していた範囲の質問だ。サリファは台本でもあるかのようにすらすらと答えた。


「本当に?」

「ええ」


 途端に、ライは眉間にしわを寄せ、呆れたように鼻を鳴らした。


「そんなんじゃ、絶対、体に障ると思うけど?」

「いつものことです。慣れていますから……」

「でも、私が床で、あんたが机だろう? なんだか、あんたに見下ろされているみたいで、寝にくいんだが?」

「それを選択したのは、貴方でしょう?」

「一緒に寝てはくれないのか?」

「………………酔っているんですね」


 二人して沈黙となった。

 しかし、次の瞬間、サリファはライの心の傷に気づいてしまった。


「ライ、もしかして、その……?」


 サリファの言葉を皆まで聞かず、すごすごと椅子から立ち上がったライに、サリファは慌てて近寄って行った。


「貴方は、いまだに悪夢を見るのですか?」


 小声で問いかけると、ライはびくりと肩を震わせた。

 サリファがライと、最初に会った日の夜、彼女は捕らわれた牢で、夢を見て悲鳴をあげた。

 ライは以前、サリファの母、カテナと共にアルガスの追手から逃れるために、ティファレト国内を旅していた時に、デニズという悪党に捕まった。

 彼女は、その悪党に暴行まではされなかったものの、それに等しい、おぞましい記憶を持っているようだった。

 サリファは、あえて問うことはしなかったが、彼女の記憶からその過去は、簡単に拭えないことは察している。


 ――怖い夢を見る。


 サリファの前でも、何度かライが言っていたではないか?

 だから、深酒をして気持ちを落ち着けていたのか……。


(ライの気持ちも知らずに、私は申し訳ないことをした……)


「あ、いや、サリファ」


 深刻な面持ちのサリファに気づいたのだろう、ライは過剰なほどに、にっこりと笑った。


「気にしないでくれ。最近はもう見ないから。私のことは大丈夫さ。さっきのは、冗談が過ぎたんだ。机の前に仕切りを置いて休むからさ、あんたは調べものとやらをやっていれば……」

「…………しかし、ここで、あっさり退かれてしまうのも、困りますね。ライ」


 ――なぜ、この期に及んで、強がるのか?


 ライが嘘をついていることなんて、すぐに分かる。

 絶対に、無理をしているのだ。

 いつだって、彼女は誰かに甘えるということをしない。

 自分の中に抱え込んでしまう。

 助けてあげたい……そう切実に思っても、こちらの想いをすり抜けて行ってしまうのだから、執拗に訊くしかない。

 サリファは小姑の自覚を持ちながら、もう一度尋ねた。


「……まだ、見るのでしょう?」

「くどいな、サリファ。じゃあ、見ると言ったら、精神安定の薬でも煎じるって言うんだろう。薬は嫌いだ」

「出しませんよ。飲酒癖のある人にはね。それに、薬を常備すると、毒にすり替えられやすいですから」

「それなら良かったってことで。じゃあ、私は先に寝るから」

「いいえ、私も、今日は今からちゃんと寝ます」

「どういう意味だ?」


 おもむろに上着を脱いだサリファは、黒のチェニック姿になると、机上の蝋燭の灯を消した。

 未だに怪訝な表情のライを睨みつけようとしたが、挫折してうつむいてしまう。


「壁に敷布を近づけて二人で寄り添ってみることも考えたのですが……」

「……うん?」

「でも、それだと隙間風が当たってかえって寒いと思います。……とはいえ、寄りかかるものもないのに、座って眠るのも、かえって疲れるでしょう?」

「……それで?」 


 ライはいまだにサリファが言わんとしていることに、たどり着けないようだった。

 ぽかんと口を開けたまま、心配そうな眼差しをサリファに向けている。

 直截に言わないと伝わらないのなら、仕方ない。

 サリファは嫌々、顔を上げた。


「少し狭いですが、私も隣に眠りましょう。貴方が嫌でなければ……」

「…………はっ」


 ライが目を白黒させている。


「サリファ、あんた、正気か?」


 今まで、眠そうに潤んでいた瞳が大きく見開かれていた。

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