①
「本当、面倒な親類を持つと、僕の人生も博打になるみたいで嫌になるね」
正式な謁見ではない。非公式なものだ。
………………ティファレト国、ルティカ城の謁見の間。
あくまても、ふらりと女王陛下のもとにやって来たと主張する男と、ライは向き合っている。
アルガス国、第二王位継承者のエレントルーデ。
現在もっとも王位に近い男は、害のない無邪気な笑みを顔一杯に張り付けてライの前に直立していた。腹違いとはいえ兄弟だ。胡散臭いところは実に良く似ていた。
「ああ、元気にしているようで、なによりだよ。女王陛下」
「最初から、いきなり皮肉連発ということですか。殿下?」
「そりゃあ、いきなりご無沙汰だった彼から手紙が届いたと思ったら、何それ? 僕にそれを言う? て感じの恐ろしい内容だったから、まず彼の飼い主である君に会った方が良いと判断したんだけどね? いけなかった?」
今日のエレントルーデは、紺色の上着と中衣を身に着けていた。
脚衣も、貴族のゆったりしたものではなく、体にぴったりと合うものを身に着けているようだ。お忍びだろう。現に彼はアルガスの商売人としてライに謁見を申し込んでいた。
エレントルーデと知ったライが慌てて人払いをしたのは、つい先程のことだった。
そうでなければ、こんな会話も出来やしない。
「……で、本気で彼はやるつもりなのかな?」
エレントルーデは、溜息と共に、長ったらしい黄金色の髪を掻き分けた。
表情は似ていても、顔つきも髪色もサリファとは一つも似ていない。もし、サリファの髪色がもう少し明るかったら、誰かが彼と兄弟であることを見破っていたはずだ。外見的にはまったく似ていないのだ。この兄弟は……。
(サリファがアルガス国王の実子だと名乗っていれば……な)
何が変わっただろうか……。
しかし、そんなことを考えたところで、ライは彼を手放すことができないのだから、意味のないことである。
いつもの彼に対するサリファの対応を思い出し、それを真似するように、ライは淡々と答えた。
「……まあ、彼がやると言ったら、やるのでしょう。許可を出したのは私ですから」
「なら、やるんだろうね。着眼点は悪くないけどさ。でも、これ、大きな借りにはなると思うよ?」
つまり……。
(大きな借りとして、今回のことをこの男は承知したということか……)
ならば、とやかく言わずに手を貸してくれれば良いのに……。
いや、わざわざ恩を着せたいのか。まあ、分かるような気がする。
この男との付き合いは、ライとてそれなりに長いのだ。
「アルガスにとっては、良いことだと思いますが?」
「…………アルガスにとっては……ね」
「貴方にとっては、良くない……とでも?」
「いや、女王陛下と彼が「そのこと」をご存知だというなら、私は手を変えるしかないのでしょう。どうせ、あの男は私にそれを知らせてやったって、恩着せがましい気持ちでいるんだから……」
――なるほど。
恩を着せに来たのではなく、サリファに礼を言いたかったらしい。
そして、サリファに上から目線になるなと、釘をさしたかったようだ。
今更ながら、ライはこの男の真意に気が付いた。
エレントルーデもそれに気づいたらしい。
隠すこともないと悟ったのか、今日の本題を持ち出してきた。
「……で? 時期の詳細は、貴方がくれるということかな?」
「彼から連絡があるはずです。まあ、それから少し日数もかかるでしょうが……」
「手間暇かけているようで、苛々するね。やるならとっととやればいいのに……」
「貴方に言われたくありませんよ」
「ははっ、君もなかなか言うようになったねえ?」
「おーい、女王さーん!」
「なっ……?」
「入るぞ!」
答えを待つより早く、突然両開きの扉が開いた。
人払いしたはずなのに、ノックもせずに謁見の間に足を踏み入れる人物は限られている。
「………………お前は」
ライは特大の溜息をこぼした。
ナダルサアルの趣味で、今はアルガス風になっている白を基調とした煌びやかな「謁見の間」。
そのいかにも貴族然した空間に、赤髪の青年は、ぼさぼさ頭に軍服というちぐはぐな姿で、わざとらしく靴音を立てて室内に入って来た。
「セディラム………………。お前なあ、私は確かに人払いをしたはずなんだが?」
つい、以前の乱暴な口調になってしまった。
しかし、セディラムはすまし顔だ。
頭二つ分は高い身長で、覗きこむように至近距離でエレントルーデを眺めている。
「ああ、誰かと思えばあんたか……。商売人みたいな恰好してるんで分からなかった」
「おや、誰かと思えば貴方か。軍人みたいな服を着ているので分からなかったよ。今回は無駄な露出はしてないみたいだけど?」
一言では皮肉も物足りなかったのだろう。
涼しげなエレントルーデの笑顔に、セディラムは仏頂面で頬を掻いた。
「相変わらず嫌味野郎だな。とっととアルガスに帰れよ」
「ティファレトは女王陛下の命令を無視する野蛮な輩がまだ生息しているようだね。怖い怖い」
「やっぱり、あの時殺しておけば良かったな……」
「おい、セディラム、やめろ」
さすがに立ち上がって口頭注意をすると、しかし、喧嘩を吹っかけられているエレントルーデは子供のように大笑していた。
分からない男だ。喜んでいるようにしか見えない。
「はははっ。まあ、僕を殺したくなるくらい、鬱憤も溜まっているよね。セディラム殿。面倒な役を押し付けられたって聞いたけど?」
「おおっ、何で知っているんだ。まったく、その通りだよ。あんた、意外に上手いこというな」
今までの険悪な雰囲気が嘘のように消え、満面の笑顔となったセディラムは、エレントルーデの背中をばんばんと叩いた。
「…………まったく、ややこしいもんだな」
(………………疲れたなあ)
ライは頭を抱えていた。
究極に癖のある男二人に囲まれているのだ。
未知の領域すぎて、感情を読むことすら、できない。
いや、セディラムの場合は何も考えていないのか……。
(あれ? なんで、今日は私一人なんだ?)
以前、ライとセディラムは「先導師」としてエレントルーデに雇われたことがあったが、裏取引があったとはいえ、このような至近距離にいることはなかったはずだ。
その理由と言えば、いつもエレントルーデの傍らには、彼お気に入りの副官がいたせいだからだろう。
(…………そういえば?)
「あっ、レイラさんは? 今日はいないようだが…………?」
「ああ、あははっ、レイラちゃんねえ……。あれ以来、ちょっと父上の目が気になってね。少し距離を取っているんだよ。兄上が王位継承権を放棄したでしょ? あれで、風当りが強くなってしまってね。まあ、今は仕方ないけど、苛々するよね」
当然指摘されると思っていたのだろう。
エレントルーデは、ぺらぺらと喋った。
「ふーん、ことごとく思惑通りかと思いきや、あんたも色々と大変なんだなあ、おいっ! そりゃあ、俺に喧嘩も売りたくなるだろうぜ!」
「…………いや、素晴らしいね。君の発想力は……」
……と、再び威勢よく、背中を叩かれそうになったエレントルーデは、すかさずセディラムから距離を取って、彼の伸ばしかけた手を掻い潜るように入口の方に歩きはじめた。
「……じゃっ、そういうことで! こう見えても、僕だって多忙なんだよ。早くレイラちゃんにも会いたいし、用件は済ませたから、軍掌殿のお言葉通り、アルガスに失せることにするよ。じゃあ、またね。女王陛下ライちゃん」
「…………ライ……ちゃんって、何だ?」
「おいっ、ちょっと、待った。軍掌じゃないぞ! 訂正させろっ!」
二人の呼び止めには応じず、彼はひらひらと手を振って陽気に去って行った。
嵐のような男だ。
そして、目の前にいる男は雷のような男でもある。
「……ったく、誰が軍掌だ。俺は軍掌補佐だ!」
「補佐だろうが、軍掌だが、厄介な職務であることには違いないよな」
すかさず嫌味を言ってやると、セディラムはふんと鼻を鳴らして、その場にどんと座って、胡坐をかいてしまった。
「お前なあ……」
やっぱり、いくら人材不足とはいえ、この男が軍人の最高位に近いところにいるのはおかしい。
だが、これも今更な話だった。
ティファレトの官僚制度は大きく三つに分かれている。
軍事と政治と神事の三つだ。
「王の手」と同等という意味で、それぞれの最高位を「掌」で表す。
軍部は軍掌、政務は政掌、そして神事は内掌。その三掌をまとめる実質的な宰相のことを「総掌」と呼ぶ。
セディラムは、軍部の最高位「軍掌」の補佐官というわけだ。
しかし……だ。現在軍掌は御年七十の耳の遠い長老が総掌と兼務している滅茶苦茶な状態で、実質「軍掌」の職務はセディラムがこなしている。
この男に職務が務まるのか、それだけが心配だったライだが、性格は破綻しているが、意外に仕事はできるらしい。
今のところ、大きな苦情を寄せられることなく、平穏に時を過ごしている。
そろそろ素直に「軍掌」と認めれば良いものを……。
しかし、セディラムはそれを頑なに認めたくないらしい。
本人いわく嵌められたということなのだ。
(…………まあ、仕方ないよな)
いつアルガスとどうなるか分からない状況で、軍事の最高位に就きたいと志願する者は少ない。そして志願する者は大抵野心が溢れすぎて、ライの心証に悪い。
ライにとっては、無難な配置ではあった。
元々、この男の祖父までは上級貴族だったのだから……。
「くそっ、一区切りついたら、絶対にこんな面倒な仕事辞めてやる」
「お前も私も、乗りかかった船が大きすぎたって話だろう? 散々王になれって私に言ってたんだ。お前も少しくらい痛い目を見て当然だ」
「まあ、言ったことの責任くらいは取ってやるさ。俺なりにな」
(面倒な男だな……)
俺なりのやり方って、興味のない案件には、さぼらせてもらうと宣言されたようなものだ。
(会いたい……な)
こういう時、ライは無性にサリファに会いたくなる。
彼以外誰にも、愚痴なんて零せやしないのだ。
どこに敵がいるとも知れないのだから……。
「それで一体何をしに? 今のお前が用もないのに、私のところに来るのも変だろう?」
「ああ、そうだった」
ようやく思い出したのか、セディラムは扉の外に向かって声を掛けた。
「おーい、フィーガ。陛下が入って良いってよ!!」
「セ、セディ! 最初にそれを言えよな」
セディラムの大音声は、速やかに伝わったらしい。
粛々と室内に入ってきた大男は、セディラムの隣で立ち止まると、仰々しく脱帽した。
特徴的な尖った耳がぴくりと動いたのは、緊張しているせいだろう。
男は床に両膝をついて、帽子を手にしたまま無言で深々と頭を下げた。
「…………久しぶりだな。フィーガ」
ライも主人としての顔を作って、緋色の玉座に再び腰掛けた。
セディラムもがっしりした体つきをしているが、相貌は精悍としている。
しかし、この男は顔からして厳つい、武骨な雰囲気が漂っていた。
見た目も、武術も南部では恐れられている男だが、どことなく愛嬌はある。
ライが知っている限り、誰よりも純朴な男であった。
「ええ、お久しゅうございます。陛下も益々お美しくなられたようですね」
「有難う、フィーガ。アンソカ族は、武芸一筋で気が回らないと聞いたことがあったが、そんなことはないようだな」
「そんなことはありません。俺はどうも喋るのが苦手で失礼があったら、申し訳ありません」
顔を赤くしてうつむく熊のよう男を、セディラムが冷めた目で傍観していた。
「なあ、ライ? こいつ何者だ。そこで会ってよ、お前に会うつもりだって言うから、ついでに連れて来たんだけどさ」
「セディラム。お前は、アンソカ族を知らないのか?」
「そのくらいは知っているさ」
馬鹿にされたと思ったらしい。
ライは渋々、説明した。別に隠していたわけでもないのだ。
「昨年、サリファが南部に行きたいと言っただろう。その時に護衛を頼んだのだ。南部にアルガス人が出向くなんて、自殺行為に等しいからな」
「うわあ、女王様は過保護だねえ」
言いながらも、セディラムがへらへら笑っているのは、サリファが私的旅行で出向いたわけでないことを知っているからだろう。
「でもな、契約を結んだのは南部滞在までの間なのに、彼らは自主的に北州に行くサリファについて行くと言ったんだ。それで色々と世話になっているということだ」
「ふーん、ご苦労なことだな。おい」
セディラムが軽く小突いたが、残念なことにフィーガはびくともしていなかった。
しかも、ちょっと嬉しそうである。
「そういえば、フィーガ。今日は、妹のナナンが一緒でないようだが?」
「ナナンは、ノエムで調べものがあるということで、放ってきました。ああ見えて、あれもアンソカ族の者です。一人でも平気ですよ」
一度も会ったことはないものの、聞いた話では、ナナンはまだ十四歳だったはずだ。
それで大丈夫と言われてしまったら、サリファに護衛をつけたライは居た堪れないかもしれない。
確かに、アンソカ族は強い。
身体能力に関しては一人で手練れの五人分には相当するのだから、族長の息子のフィーガが太鼓判を押しているのなら、きっと彼女も大丈夫なのだろう。
「……で、ライ、こいつが言っていたんだけど「赤い花」って何よ? それを言えばすぐにライが会ってくれるって城の門番に喚いていたぜ」
「…………赤い……花。…………フィーガ!?」
刹那に、ライはフィーガに視線を向けた。
フィーガは、切れ長の瞳を見開き、大きく首肯する。
セディラムだけが白けた顔をしていた。
「何だよ。俺だけ仲間外れってことかよ?」
「そんなことはない。みんなで団結する時が来たって合図だからな」
「それは、どういう意味だ?」
ライはそれには答えず、重苦しい紫色のドレスの裾をたくし上げるような勢いで立ち上がった。
「実は今回、先生から陛下に渡して欲しいと預かり物をしまして……」
フィーガは背負っていた荷物の中から、細長い木箱を取り出すと、中腰のまま俊敏に動き、ライに手渡した。
「これは……」
蓋を開けると、満開の真紅の花が一輪だけ収まっていた。
枯れていないのは、サリファがそういう細工を施したせいだろう。その言葉だけでいいのに手が込んでいることだ。
(……いや、アイツのことだ。ワザとなんだろうな)
ライは、にやりと口角を上げた。
回り込んで、花の存在を確認したセディラムが珍しく首を傾げて、きょとんとしている。
「あの野郎が女に……しかもライに花を贈るなんてな……。信じられん事態だな」
「丁度良かった。セディ、後は頼んだからな」
「…………はっ?」
未だに、事情の飲みこめていないセディラムに、木箱を押し付けたライは、踵の高い靴をかつかつと音を立てながら、石床を歩き始めた。
「ちょっと、これ、いいのか? お前にとっちゃ大事なものだろう?」
「いいよ、お前にやる」
「なにっ?」
面食らっているセディラムに、ライは艶やかな笑みを浮かべて振り返った。
「………………その花は、毒花だよ」




