③
「ここは……」
眼前に聳えたつ雪を被った岩城に、サリファは眉根を寄せた。
「……ユクス君は、思った以上に偉い人のようですね……」
淡々と告げてはいるが、驚いてはいるはずだ。
この城の存在をサリファとて知っていただろうし、そこに住まう人間が何者であるかも分かっているはずだ。
周囲をきょろきょろ見回しているサリファを、ユクスが声を潜めて諌めた。
「疑問は、後回しにしてくれないか。すまない」
「……分かりました。ひとまずそうしましょう」
有言実行、サリファはその通りにした。
吹っ切れたように、真っ直ぐ前を見据えて、何の感情も挟まず、ユクスの後に従う。
シズクもそれに続いた。
北州公の住まいであるリッカ城は、高台にあるため益々雪で覆われている。
別名「氷の城」と呼ばれているその城門の前には、震えながら門番二人が突っ立っていた。
彼らを一瞥したユクスは、一切の口出しをさせずに、石造りの派手な城の内部に足を踏み入れた。
そして、入城した途端、ユクスは堰を切ったように語り始めた。
「妹のミリアは、寒さのせいで最近、調子が悪かったんだが、今日は一層酷くて……。医者の話では風邪だって話だが、どんどん熱も高くなっているし、あんたなら妹の病状が分かると思ったんだ。一応、腕は良いみたいだし……」
「分かるかどうかは、診てみないと何とも言えませんが……」
サリファは無表情で言い放つ。
過剰な宣伝も、希望も言葉の中に含ませないのは、彼の長所なのか短所なのか……。
(……ミリア様、大丈夫なのかな?)
シズクは表立って会うことも出来ないが、ミリアのことを知らないわけではない。
心配だったものの、小柄なシズクはついて行くだけで精一杯だった。
ユクスとサリファは大体、同じくらいの背の高さだが、シズクは二人の肩ほどにしか身長がない。
……それに。
城内に、シズクがいることはいけない(・・・・)ことなのだ。
もし、州公に露見したら大変なことになるはずだ。
螺旋階段をどのくらい上ったのか、長い廊下の突き当たりの部屋の前で衛兵に話をつけたらしい、ユクスは両開きの扉をぎいっと音を立てて開けた。
「ミリア!」
「……お兄……様?」
虚ろな瞳でこちらを見た幼い少女は、見るからに顔色が悪く、華やかな桃色の寝間着とは対照的に、顔は蒼白で唇は薄紫色になっていた。
サリファは少女の顔を見るなり、カーテンで閉じられていて存在すら分からなくなりそうだった大きな窓を全開した。
「何をやっているんだ!? サリファ」
ユクスが怒鳴るが、サリファはさも当然のような鉄面皮で言い放った。
「見てのとおり、換気ですよ。ここは空気がこもっている」
「しかし、寒いじゃないか。ミリアの体に障る」
「ええ、とても寒いですが、短時間でしたら、耐えられるでしょう。必要なことです」
シズクは以前からサリファのことを観察していたが、こういう時、彼は迷いが一切ない。
それ以上、ユクスに話すことはないとばかりに、ミリアの傍らにいた年配の侍女にてきぱきと指示を与える。
侍女は言われた通り、ミリアのすぐ脇の白い棚に活けてあった赤い花を持って部屋を退出した。
「サリファ、あの花は……」
あの赤い花は、サリファがほぼ毎日摘んで、ユクスがミリアに届けていたものだ。
さすがに、シズクも口を挟んでしまったが、サリファは容赦なかった。
「残念ながら、今のこの方に花の香りは良くありません。少々のことでは、感染することはありませんが、花には花粉と一緒に菌なども付着しています。遠ざけるべきです」
そして、サリファはミリアの手を取り、脈を取ってから、瞳孔を確認し、額に手を当て、目をつむって静かに一考すると、小屋から持ってきた肩掛け鞄の中をあさって、白い包みを取り出した。
「……病が、特定できたのか?」
落ち着かず、室内でそわそわしていたユクスがサリファの取り出した薬を見て、小声で尋ねた。
高く結い上げた髪は乱れ、いつも冷静なユクスの目は赤くなっていた。
それだけ妹が心配なのだろう。
シズクもユクスと同じ思いで、サリファの次の言葉を待った。
サリファは侍女の持って来た水で手を洗うと、拍子抜けするほどあっさりと病名を口にした。
「私も、その医師と同じ風邪と思います」
「嘘だろ?」
ユクスが間髪入れずに反論したが、サリファはむしろなぜ信じられないとばかりに、首を傾げた。
「一時的に高熱が出ていますが、これから、こまめに部屋の換気をすれば、必ず快方に向かうと思いますよ」
そうだろうか……。
そんな単純なものではないから、サリファを呼びに行ったのだと、疑わしげな気持ちを隠さない表情を浮かべていたユクスだったが、苦しそうな妹の姿には何とかしてやりたいという気持ちが勝ったのだろう。
サリファの持参していた薬を飲ませ、部屋の換気をするようにすると、その場で約束をした。
――そうして。
結果、ユクスの妹ミリアの容体は、たった数日で回復したのだった。




