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ティファレト戦記  作者: 森戸玲有
第1章 <1幕>
3/81


出番をはかったかのように、セディラムの背後から大勢の男達が押し寄せて来た。

どの男達も体のいたるところに、刺青や、痛々しい傷跡が残っている。

小型船を横着けしたのだろう。


――アルガス兵は、濃霧のために彼らの存在に気付かなかったのか?


サリファは甲板に出ていたのに、まったく衝撃を覚えなかった。自分が相当な馬鹿なのか、彼らの手際が鮮やか過ぎたのか……。


「悪いな。サリファ。せっかく仲良くなったのによ。天候が悪いから、俺も急いでんだよ」

「これは反乱、襲撃の類ですか? どうせ明日には上陸するのに、今決行する意味は何処にあるのでしょうか?」

「あんたさ。意外に馬鹿だな」

「連呼しなくても、重々分かっていますよ」


 不愉快だと顔に出して主張してみたが、セディラムは腹を抱えて笑うばかりだった。


「ちょっと待て。連呼した覚えはないぜ。まあ、考えてみろよ。ティファレトに着いたら、警備が厳重になっちまうじゃないか?」

「ああ、それは」

 ……そうだろうが。


 しかし、少なくとも、サリファはセディラムほど愚かではないつもりだった。


 ――こんなことをしても意味がない。


 仮にもエレントルーデは、アルガスで第二位の皇位継承権を持っている男だ。

 裏切ればどうなることか。たかが数人で国を相手に喧嘩できるはずがないだろう。

 それでも、表立って反抗する体力もなく、気力もないサリファは粛々と両手を挙げ、降参の意を示すしかなかった。――と、そこに。


「おいっ! そいつを殺すなよ。セディラム」


 凛とした声が響き渡った。

 振り返ると、白い霧の中にエレントルーデがいて、その首筋に紫銀の髪の少女が短剣を突きつけていた。

 遠巻きにエレントルーデの側近たちが息を殺して取り囲んでいる。


「やあ、サリファ。お揃いだね」

「私はともかく、何で、殿下までそんなことになっているんですか?」

「話せば、長くなるかな」


 エレントルーデは歯切れ悪く言葉を切り、背後に目をやった。

 視線の先には、小柄なライの後ろに続く大柄の女性がいた。

 ――アルガス人だろう。

 アルガス人とティファレト人の差異といったら、若干肌の色と体格が違う程度だから、話さなければ、見極めが難しいのだが、彼女はすんなりアルガス人だと、サリファには分かった。

 肌の色が少し浅黒かったからだろうか。

 彼女の飾り気のない地味な灰色のワンピースは、給仕の格好だ。

 黒縁の眼鏡をかけているが、そんなものでは隠せないほど鮮やかで美しい緑の瞳をしていた。

 しかし、重要なのはその女性の美しさではない。彼女が手にしているのは、鋭い光沢を放つ短剣だった。

 先端が、彼女の手中でぐったりと気絶しているドレス姿の女性の首に向かっている。


「…………つまり、そういうことですか」


 彼女は人質を取って、エレントルーデを脅しているのだ。

 サリファは呆れながら呟いた。


「嫌だな。それって言い方はないでしょう」


 大事な「姫」を人質にとられては、エレントルーデも降伏するしかない。


「何をやっているんですか。まったく」

「ひどいな。そんな状態の君には言われたくないけど、そうだね。先に謝っておくよ」

「それは、巻き込んですまない……という趣旨の謝罪ですか?」

「うるさいぞ。サリファ!」


 ライが更にきつくエレントルーデの首筋に剣を当てた。

 不思議なことに、サリファはまったく動じていなかった。

 随分可愛らしい女の子だと、むしろ、顔が綻んでしまう方が謎だった。

 サリファには、どうしてか非力な少女が強がって、懸命に背伸びをしているようにしか見えないのだ。


「どれだけ、ぼさっとしてるんだ。ディアン=サリファ!」

「はあ?」

「これ程お膳立てしても、まだ分からないのか? いつまで寝ぼけてるつもりなんだ」

「……一応、私なりに起きているつもりなんですけどね」

「いいや、あんたは熟睡してるよ。十年以上もな。いい加減、起きたらどうだ?」


 ライが八つ当たりのように、怒鳴った。


「レイラさん! あの(サリファ)に見せてやれ!」

「はい」


 ライの背後の女性が冷静に小さくうなずく。

 セディラムは呼び捨てなのに、なんで彼女に「さん」付けなのはよく分からないが、レイラは名前を呼ばれただけで素早くライの意図を察したらしい。


 「姫」の顔を隠していた長い黒髪を丁寧に耳にかけて、サリファに彼女の姿がちゃんと見えるように一歩前に出た。


「…………あっ」


 その時点で、サリファにもライの言わんとしたいことが分かった。

 ――ようやく。 

 ――今更。


「どうして?」


 混乱のまま、サリファはセディラムの剣が自分を狙っていたことも忘れて後退りした。


 襲ってきたのは、十五年分の驚愕だった。

 なるほど、ライの言う通りだ。

 サリファは長い間眠っていた。

 すべてが他人事だった。

 気が付かなかったのだ。


 なぜ?

 どうして?

 ここにこの(ひと)がいるのだろうか?


 溢れそうになる感情を何とかこらえて、サリファは辛うじてその名を呼んだ。


「…………カテ……ナ様」


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