延長戦
見上げるほどの巨体に3つの頭、6つの腕。
生み出したポーンを喰らい、身体を補強し、取り込み同化させることで、その形状を変えたのだ。
まさにモンスターというに相応しい。
口からは黒い煙を吐き、煙はやがて剣の形になっていく。
そこでハッとする。惚けている場合じゃないと。
「エ、エマ! ここしかねぇ、手を貸せ! 仕留めるぞ!」
「ダ、ダーリン。今、名前で……よし、燃えてきたぁぁっ! ここでキメてアタイなしじゃいられなくしてやるよぉ!」
先に走り出したのは俺だというのに、エンマは颯爽と追い越し、拳を握りしめた。
「イッちまいなぁぁっ!」
その赤い拳はエンマの髪と同色で、その苛烈さを表していた。燃え盛る業火を内包した拳はこの距離でも感じ取れるほど熱を発する。
のどが渇き、流れた汗がすぐに蒸発した。
小さな太陽は赤く尾を引きながら炸裂。
その一撃は敵の右半分を消し飛ばした。だが、見る見るうちに再生していく。
それは早送りで見る植物の映像のようである。しかし、その禍々しい見た目と身体の大半を無くして尚、喰らい続ける不気味さから、生理的嫌悪を感じ手を、足を、思考を止めてしまう。
そう感じたのは俺だけではなく、エンマもだった。
ゴキゴキと首を回し、カタカタと歯を鳴らし、ウォーミングアップは終わったと言わんばかりに口元を釣り上げた。
そして、俺の横を赤い何かが通り過ぎ、土煙が上がり、頬には温かい液体が付着した。
瞳のない頭が俺を見て、次の標的を定める。その何もない吸い込まれるような暗闇が恐怖を呼び起こした。
だが、その恐怖は俺の中に在る何かを呼び起こした。
急速に冷えていくからだと、これとは逆に熱く煮えたぎる思考。
前にいたはずのエンマがいないことから、後ろを確認せずともわかった。短い付き合いとは言え、怒りを抱くだけの情は抱いていたようだ。
(ぶっ潰す)
自然と足が前に進む。感情に応えるように新たな世界が俺の前に広がる。
光は輝きを失い、闇は薄まる。
――灰色の世界。
敵の動きは相変わらず見えない。だが、俺の身体に触れるや否や霧散し、生温かい空気が吹いた程度にしか感じない。
一歩踏み出すごとに、後退していく躯。
先ほどまでの状況は一転しているかのように見えるが、俺の手は空を切り続けた。
その一進一退の状況は俺の怒りを鎮めた。
次第に色づいていく景色。
夜でもこんなに色づいているのだと場違いで、新鮮な考えが浮かぶ。
そして、俺自身もまた宙に浮かんでいた。
遅れて奔る痛み。口いっぱいに広がる酸っぱく、しょっぱい何か。
音が、光が遠ざかる。
意識が飛びかけているのだと感じた。目を閉じるのが正しい選択に思えた。
「――ハハハ!」
「――嗚呼アアァァァァッ!」
「痛い、痛いネェッ! ヒャハハハハ!」
狂気じみた笑い声が耳を刺激し、次第にはっきりと音を感じ取れるようにする。それは意識を浮上させるのに、一片の興味を抱かせるのにふさわしかった。
辺りを見渡すと一人の鬼が立っていた。
狂気に彩られた美しさというのか不思議と目を離せなかった。
赤く染めたぼろきれをはためかせ、五本の逆巻く角が天を突くように伸びていく。
赤に青、緑、茶、深緑、色鮮やかなそれらからは一本一本が強大な力を秘めているように感じる。中でも中央の赤い角が太く巨大であり、表面を炎が奔っているかのように明るい。
鬼ははち切れんばかりに膨れ上がった腕を後ろに引き、腰を落とし、足を開き、獲物を睨み付ける。
最後に口を大きく振りかざし、涎と血で濡れた歯を見せつけた。
「アタイのために、ここまで身体を張る男サイコォォォツ!」
汗がしたたり落ちた。それはとても冷たかった。