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鬼人の拳

 強引で手荒な誘惑をかわし続け、なんとか夜を迎えた。貞操は失われてません。


 ジェルポーンだが、これは少々特殊な状況で現れる。それはジェルナイトを怒らせることだ。

 その名の通り、ゼリー状の人型モンスターだ。骨の人体模型にゼリーで肉付けしている感じだと言えば、イメージしやすいだろう。


 一説にはスケルトンとスライムが融合した姿だと言われているが、詳しくは知らん。

 だが、剣や拳では倒しづらい厄介な相手であることは分かる。

 ゼリーの鎧が物理的な攻撃から身を守るのだ。それならば、魔法でと思うのだが、魔導レベル1では歯が立たない。

 隣で息を潜め、俺を狙う、いや、ジェルナイトを狙うこの鬼女、エンマも魔法が使えると思えない。脳筋っぽいし、そもそも鬼人族ってのはそうじて魔法が使えない。


 モンスターというのは人気のない所に多く生息している。俺たちが来ている場所もそんなところだ。


 辺りに街灯もなく、人の気配もない。月明かりに照らされて微かに見える広大な大地が俺たちを矮小な存在であると感じさせる。

 自分たちの息づかいがやけに大きい。

 サラサラと静かに水が流れ、時折聞こえる何かの鳴き声が不気味さを助長している。


 ジェルナイトは近くにいる。それだけははっきりと分かる。

 誰かに見られているようなそんな気配が辺りに漂っているのだ。


 待ち伏せされている。


 だが、それでも探知する術がない以上、こちらから踏み込むしかなかった。


 水辺は憩いの場であると同時に狩場でもある。


 そして、夜の川はジェルナイトの狩場である。


 知識と経験が危険を知らせる。

 先んじて気づく。水面に映る月が不自然に歪んでいるのを。


「離れろ!」


 そう言ってバックステップで大きく飛び退くと、すぐ後に水の中から剣が飛び出した。

 こちらの方が先手を取って逃げたというのに、俺のレベルでは完全に躱しきることは出来なかった。


 パックリと切れた肩がジンジンと痛む。

 派手に血が流れてはいるが、動かすのには何ら問題がない。


「じゃあ、頼む」


 エンマに目配せをすると、後ろに下がる。


 砂煙が舞い上がる。


 飛び出したエンマは鬼人族の戦士と言うに相応しく、見ただけで震え上がらせる形相と、荒々しい格闘術でもって襲いかかる。


 ジェルナイトは推定レベル90程度だと言われている。人がモンスターと互角に渡り合うには同じ程度のレベルが必要だ。

 しかし、種として優れる人族、獣人や鬼人などはそのレベル以下でも戦える。

 中でも鬼人族は戦士として優秀だ。2割程度のレベル差であれば容易にねじ伏せる。


 つまり、何が言いたいかと言うと、笑いながら片手で捌くエンマの実力は相当高い。


「はぁ……」


 そんな中エンマはため息をついた。

 愉悦に彩られていた顔も、落胆の色が濃い。


「つまらないねえ。こりゃ、サッサとダーリンに強くなってもらって、遊んだ方がよっぽど楽しいよ」


 振りかぶった拳が赤く光る。


 魔導、いや、鬼人族は使えない。なら、魔拳か。

 この世界の住人は誰しもが魔力を宿している。それは一種の生命エネルギーであり、屈強な戦士というのは誰もが多くの魔力を有する。

 それが人によって外へと放つことが出来るのか、出来ないかの違いだ。


 そして、魔拳というのは魔力を放出出来ない者たちが編み出した技である。


 しかし、エンマは鬼人族。魔拳を使うにしろ、あんなにはっきりと色が浮かぶことは珍しい。それが出ているということは……、


「待て! 倒すな!」


 あの拳にはかなりの魔力が込められており、その威力は絶大だろう。

 ここでジェルナイトを潰されては困る。ポーンを出してもらわないと。


「はいはい、寸止めするから安心しな。それと弱らせるから、ダーリンがこいつも倒しちゃってよ」


 そう言い切ると拳を振り抜いた。


 ジェルナイトの持つ武器は人から奪った物だろう。そして、水の中に潜んでいるせいで錆び付き刃もガタガタだ。それでも鋼鉄の武器。硬く、刃に触れれば、切れる。


 だというのに。


「だぁらっしゃー!」


 豪快な雄叫びとともに繰り出された赤い拳はいとも容易く剣を砕き、ジェルナイトの胴体部のジェルを抉り、幾つかの骨を粉砕して、吹き飛ばした。


 エンマの拳には傷一つなく、それでいて、ジェルナイトはまだ生きている。

 その光景になぜたかホッと胸をなでおろした。


「すげえな」


「どうだい、惚れてしまうだろう?」


「いや、それはな――」


 ドンッと足元が揺れる。修羅の様なエンマが拳を構えていた。


「あんだってぇ?」


 だが、ここで引けば詰みだ。


「いや、だから――」


 そうやって無駄話をしていると、不穏な空気が流れ始めた。

 屈辱に塗れ、怒りに燃えるジェルナイトがカタカタと歯を鳴らし、立ち上がる。

 見れば、ジェルを掻き集めて粉砕された骨の代わりにしているようだ。


「さてと、やりますかね。」


 俺もただエンマの戦いを眺めていただけじゃない。

 斬り付けられた傷は魔導により塞ぎ、痛みもない。


 元神剣スサノオを構える。やけに柄が長い、両刃の剣は長年使ってきたこともあり、よく手に馴染み、身体の一部のように扱える。


 これで剣術や魔導といったスキルレベルが高ければ文句無しなんだが、ない物をねだっても仕方ない。


 スキルレベルの低下により時間はかかるが、強化魔導を使う。

 今の俺が扱える魔導は同時に一つ。

 魔色素は緑を選択。風属性で回避率と手数を底上げする。時間をかけた身体強化術式であっても、増幅率は本来の1割から2割程度の強化にすぎない。だが、無いよりはまし。


 魔導が発動し、身体に馴染むのと同時に空気が震えた。


 カタカタと不気味に歯を鳴らし、黒い煙を吐き出す。それは吐き出された息ではなく、魔導行使の印。


 いよいよだ。


 黒い煙が地面に着くと雲のように広がっていく。

 ジェルナイトを中心に5つの黒い空気の塊が形成される。

 そして、その煙はもくもくと縦に、そう丁度俺と同じくらいの高さまで立ち昇る。

 煙が消えるとジェルに包まれた骸骨が立っていた。その威容はジェルナイトと比べると一回り小さい分劣るが、元来モンスターに宿っている黒の魔色素が見る者に恐れを抱かせる。


 ゆっくりと息を吐く。

 

 こんなのは慣れたはずだ。この状況は修羅場にすら入らない。


 剣を構え、敵を見据える。敵は5体、得物は黒い靄で作られた生成武器である片手剣。切れ味は悪く、人が持つ鋼鉄の剣よりも脆く、鈍い。だが、あの武器で斬られるのは普通の武器でやられるよりも危険だ。

 それもそうだ。モンスターの持つ魔色素を直接取り込むことになるのだから。言うなれば、毒を飲むようなものだ。


 そうして、戦いが始まる。


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