牢獄からのスタート
「点呼ぉっ!」
「1!」
「2!」
「3!」
厳つい教官に強面の仲間たちというわけではない。
フルチンで教会に鎮座していたところ、祈りにやってきた女性信徒に見つかり、あえなく御用となったのだ。レベルが大幅ダウンし、ステータスも低くなっている以上、警邏から逃げきれるわけがなかった。
そんなわけで港町ミシュレ―の監獄にぶち込まれている。
公序良俗の反するということで捕まったが、この世界ではそれに関する罰は軽い。しばしの滞在で済むのだが、その間の強制労働と人間関係が辛い。
案の定というべきか、ぎすぎすとした雰囲気が漂い、周囲の眼光は鋭く痛い。
それもそのはず、ここに収監されている多くの者が殺人を犯しているのだ。
何もこの監獄だけが、極悪犯罪者の巣窟となっているわけではない。
この世界での一人一人が持つ武力は高く、それゆえに、ただの喧嘩であっても大事に発展することも多い。
そのため、重犯罪者が多くなるというわけである。それでありながら、収監施設が犯罪者の数に追いついていない状況なのだ。
つまり、俺のような小物には長い時間をかけて、更生をさせようなどという考えはなく、短期集中型のプログラムが組まれている。
その作業は過酷を極め、食事量も少ない。
(きっついなぁ)
言葉に出すことは出来ない。無駄口を叩けば、作業を追加されかねない。いや、その前に鞭が飛んでくるか。
(なんにせよ、人権なんて考えられてないよな。)
ここに来てから早3日。このまま何事もなければ、あと、2日で外に出られるのだが、それまで体が持つのだろうか。
勇者だったころステータスの十分の一でもあれば、違ったんだろうが、今の俺は百分の一にも満たない力しか有していない。
ゆえに雑談が許されている夕食後の自由時間は常に横になっていなければ、体力回復が追いつかない。
しかし、この場でも序列というものがあり、犯罪を犯してしまった俺が言うのもなんだが、なぜこいつらを敬わねばならんのだと思う。
とはいえ、形だけでも敬意を払わなければ、袋叩きにあう上に、騒動を起こしたとして、刑が延びてしまう。良いことなんてないのだ。
そのため、必死にご機嫌取りをしていた。
「いやぁ、立派な髭っすね。惚れ惚れします」
「その凛とした長耳、イカしてますね」
「その真っ赤な髪、綺麗っすね」
ドワーフ、エルフ、鬼人に媚びを売る。相手は満更でもなさそうだ。
この大部屋には同じ様な罪を犯した奴らが入っているのだが、ゆえに一癖も二癖もある奴らばかりだ。
「であろう。貴様は特別だ。下の髭も触るが良い」
「ふふふっ、君のような人間にはこの耳はないだろう。持つ者、持たざる者がいるのはこの世の定理。だがな、持つ者ゆえの苦労もあるのだ。つまり、マッサージを頼む」
「あたいの髪が綺麗だって? 結婚する?」
すべての要求に対して、全力で回避を試みるが、それが成功したかどうかは分からん。
どのみち、外へ出れば関わりを持つことはないだろう。
気に入られるまでに3日を要したが、悪いことばかりではない。
序列が上の奴らに取り入るということは、そのおこぼれに預かれるのだ。
次の日、積荷の運搬という労働はいつもならば一人でそれどころか、他の奴らが人目を盗んでサボる分、俺が肩代わりしてきたわけだが、今は肩代わりをしてもらう側だ。しかし、監督官はよく見ているもので、完全にサボっているとすぐに見つかってしまう。
なんの因果か、犯罪者と協力して運搬を行った。
そんなこんなで、汗水垂らしながら、出来るだけ影を潜めて過ごしていると出所日を迎えた。
「いいか。こんなとこ、二度と来るんじゃねえぞ!」
監督官に怒鳴られつつ空を見上げた。
解放された今、俺はこれからどうすればいいのだろうと漠然とした不安を抱えていた。