ジョーンズ家の日常:パパになろう!
「あのね、パパたちに授業参観にきてほしいのよぅ」
そう、甘え声のアマンダに頼まれて、2人の〝パパ〟は固まった。
アマンダとエリックは自分たちが一番かわいく見える角度を間違いなく知っているとライリーは思った。2人のかわいいブロンドの双子がキラキラした上目使いで見上げてくるのだ。
「ちょっとギャレット集合」
ライリーとギャレットは2人で額を合わせて相談を始めた。
「授業参観ってあれか?最近学校が始めたとかいう保護者を学校に招いて子供たちの学校生活を公開するっていうあれか?」
「まぁ、そうだろうね」
「両親が行った方がいいのか?」
「両親でもいいと思うけど、だいたい片親なんじゃないの?わざわざ仕事を休むことになるし」
「そうだよなぁ・・・」
「安心しなよ。僕が行ってくるから」
「いや・・・」
「何ライリー。もしかして行きたいの?」
「・・・まぁ・・・」
「えー」
「えーって何だよ!」
「僕だって2人の様子見に行きたいよ」
「俺だって!」
「ねぇアマンダ」
「何?」
「頼み方がマズかったんじゃない?2人とも来たくないんだよ」
「馬鹿ねぇ。親は子供のこういうのに参加したがるもんなのよ」
「でも2人とも本当の両親じゃないんだよ?」
「だからこうしてお願いしてるんじゃない。ほらエリック!もっと眉下げなさい。何なら泣きなさい!」
「何もないのに泣くなんて無理だよ・・・」
「使えないわね。それくらいマスターしないで子供名乗ってるんじゃないわよ」
「わからないけど、アマンダの考え方は間違っている気がする」
「ライリー、君が授業参観に参加したい気持ちはわかる。でもよく考えてみて。僕らが2人で揃って参加したら気まずく感じるのはあの子たちだよ」
「そりゃあ・・・そうだが・・・」
「だから僕に任せて・・・」
「いやいやいや、騙されないぞ。それなら俺が行ってもいいじゃないか」
「ちょっと。高校の教師ってそんな簡単に休めるものじゃないでしょう?」
「大風邪をひいたとでも言えばいい。1日くらい自習にしても構わないさ。ハリーの奴なんかもう1週間は高熱だぞ。次に出勤したときは健康的に日焼けしてるに決まってる」
「なんでクビにならないの・・・」
「1週間物理の授業はビデオ鑑賞だ」
「生徒は喜びそうだけれどね・・・」
「ちょっとパパ」
2人の会話が横道にそれそうになっているのに気付いて、アマンダが割って入った。
「来てくれるでしょう・・・?授業参観に来てくれて始めて本当のパパになれると思わない?」
ぽけっとしているエリックの足をアマンダがギュッと踏みつけた。
「い・・・っ」
じわっと涙目になるエリック。
「わ、わかった行くから!行くから泣くなエリック!」
「え?あっうん」
「ほんと!?ありがとうパパ!ギャレット!」
「あ、あぁ」
「よかったわねエリック行きましょ」
アマンダはさっさとエリックの手を引いて、自分たちの部屋に上がって行ってしまった。
「どうしたもんか・・・」
ライリーとギャレットは頭を抱えた。
ライリーの妹夫婦が事故死してから3か月。
この家での生活にも慣れてきたところだった。
高校教師のライリーと主夫のギャレットは同性婚をしたれっきとした夫婦だ。突然両親を亡くした3人の子供たちを2人は養子として迎えた。
多少ぎくしゃくしたところはあるものの5人は何とかうまくやっている。まぁ5人のうち1人は何もわかってはいなかったが。
シャーロットは最近歯が生えてきて不機嫌そうだ。
「シャーロット、もう8か月になるのか」
「そうだねぇ」
引き取ったばかりの頃よりも少し大きくなったシャーロットは今日も元気に泣きわめいていた。
よく食べ、よく眠り、よく泣く。
最初はギャレットに任せっぱなしだったオムツ交換はライリーもだいぶ上手くなった。
「現実問題、どうする気なの?僕ら2人でシャーロットを連れて2人の授業参観に行くっていうの?」
ギャレット監修のもと、ライリーがオムツ交換を行いながらの会話だ。
「考えたんだが、他の家の子と違ってアマンダとエリックは双子だろう?だから同じ日に参観がある。俺たちはそれぞれの教室に一人ずつ行くべきなんじゃないかな」
「あぁ」
確かに、とギャレットは頷いた。
1人では同時に2人の教室に行くなんて不可能だ。
「でも2人ともライリーに来てほしいって言うだろうなぁ」
「何でそんなこと言うんだよハニー。君は子供たちに好かれてるよ」
「そうだけどねダーリン」
冗談のように言ったはいいが、ギャレットにとってこれは悩みの種だった。
「やっぱり2人にとっては〝ライリーおじさん〟と過ごしてきた時間が長いわけだから。大好きなおじさんに来てほしいって思うのは普通のことだと思うんだよ」
時間は埋められない。
「ふむ」
思いつめた様子は絶対に表に出さないギャレットだが、ライリーには彼がこのことを随分と気にしているのがわかっていた。本人は気にしていないと思い込んでいたとしても、心の底では気になっているのだ。
「それじゃあ2人に聞いてみようか」
「えっ?」
「おいで、シャーロット」
驚いているギャレットを余所に、ライリーは新しいオムツに変えてもらってニコニコと上機嫌に笑っているシャーロットを抱え上げた。
「小さなかわいいシャルロッテ、お前はどっちのパパが好きだ?」
「あー」
シャーロットには意味がわからない。それは偶然だったが、シャーロットはギャレットにむかって小さな手をパタパタした。
「おいシャーロットそりゃないぜ」
「ははっ、ありがとうお姫様」
ギャレットに手を握られると、シャーロットは嬉しそうにキャッキャッと笑い声を上げた。
「お前はすっかりシャーロットになつかれてるなぁ」
「まぁね、四六時中一緒にいるし」
「こういうときに〝ママ〟と〝パパ〟じゃないのは助かるな」
「どうして?」
「ママかパパ、どっちの言葉を先に口にするかで争わなくてすむ」
「確かに」
そのとき一緒にいるのがどちらにしても、シャーロットが先に口にするのは間違いなく「パパ」という単語だ。
それから3人は一緒に2階へ上がり、双子の部屋に入った。
「おぉい2人とも」
「ちょっとパパ、ノックくらいしてよ」
「7歳が何言ってるんだ」
アマンダはたまにマセたことを言う。きっとテレビの影響だろう。
アマンダは2段ベッドの上の段、自分の領地を陣取って鞄の中身を広げていた。
エリックは机で本を読んでいる。
「アマンダ、宿題をやるなら机でやりなさい」
「いいのよ、宿題をやりたいわけじゃないの。どうかしたの?」
怒られないうちにとアマンダはさっさと会話を切り上げた。
「ちょっと2人に聞きたいんだが、俺たちがそれぞれお前たちどっちかの授業参観に行くだろう?どっちがどっちの教室に行ったらいいか迷ってな。お前たちはどっちに来てほしい?」
「ギャレット」
これはアマンダ。
「おじさん」
これはエリックだ。
当然2人ともライリーを指名するものだと思っていたギャレットはポカンとした。
この答えが予想できていたライリーだったが、いざ本当に予想通りに答えが返ってくると気にかかったらしい。すぐにアマンダに聞いた。
「何で俺は嫌なんだアマンダ」
「別にパパが嫌ってわけじゃないわよ」
涼しい顔で答えるアマンダ。
「ギャレットはカッコイイから友達に自慢できるでしょ?」
「おい、俺は自慢できないのか」
「ちょっとライリー、やめなよ」
7歳児の言い分にちょっとムキになりかけているライリーを、ギャレットは苦笑しながら止めた。
「ありがとうアマンダ」
「どういたしましてギャレット」
「ふん」
最後の鼻息はライリーだ。
「でもお前は俺がいいんだよな?なんでだエリック」
「だって、シャーロットはギャレットが引き受けるんだろ?クラスにシャーロットが来たら目立って仕方ないし」
「おい!それが俺に来てほしい理由か!?」
「まぁ」
エリックの答えにアマンダとギャレットは爆笑だった。
「いや、ありがとうライリー、君のおかげで少しは自信がもてたよ」
「少しか?かわいい娘にかっこいいって言われて少しの自信なのか?」
双子の部屋を後にして、リビングに戻ってソファでくつろいだところで切り出したギャレットの気分が晴れた様子とは対照的にライリーはむくれていた。
「ちょっと何怒ってるのライリー」
「まさかエリックが俺を選んだ理由が『シャーロットは嫌だから』だとはね・・・」
「う?」
「お前の悪口を言ったわけじゃないよ」
何か言いたそうに口をとがらせたシャーロットの鼻をつつき、ギャレットは朗らかに言った。
「突然泣いたりしなくなったらエリックもお前に授業参観に来てほしいと思うようになるよ」
「そうしたら今度こそ俺は用無しじゃないか!」
絶望的だ、とライリーは大げさに顔を覆った。
「参ったな。どうすれば機嫌を直してくれる?」
ギャレットの甘い声にライリーはニヤッとして顔をあげた。
「さぁ、どうすればいいかな」
言いながら、ギャレットの首の後ろに手を添えて引き寄せる。
「誰が本当に俺を必要としてくれる?」
「そうだね・・・」
「あうー」
キス一歩手前で、シャーロットが大きな声を出した。
「『そこまでよ』だって」
2人をじっと見つめるシャーロットに向かってギャレットはクスクス笑った。
「どうしたシャーロットおやつの時間かな?」
忙しなく、再びシャーロットを抱えてキッチンに行ってしまうギャレットの後ろ姿を眺めて、ライリーはガクッと肩を落とした。
「ギャレットに必要なのは俺よりシャーロットだな」
この行き場のなくなった手をどうしてくれる。
「パパたち本当に来てくれるかしら」
2段ベッドの上段で、アマンダは昼間とはうってかわって不安そうにつぶやいた。
「来るって言ってるんだから来るんじゃない」
下段のエリックの声はもう眠たそうだ。
時刻は午後11時。
本当なら2人ともとっくに眠っていなければいけないのだが、数分おきにアマンダがしゃべるせいで2人とも眠れていなかった。
アマンダはゴロンと寝返りをうった。
「アマンダ、もう寝ないと・・・」
「だって・・・。パパたちを呼んだことで、2人を傷つけてないかしら?」
「何で?2人が男だから?」
「・・・・・・」
「ねぇアマンダ、どうしたの?アマンダはそんなの気にしてなんかいないんじゃないの?」
「わたしは気にしてないわよ!でもパパとギャレットは気にしてるかもしれないじゃない!」
「うるさいよ大きい声ださないで」
エリックは布団を頭まで引き上げた。
「エリックは心配じゃないの!?」
「ぼくはみんなに何て言われるかの方が不安だよ・・・。最近やっと忘れてくれたのに・・・また思い出させることになるじゃないか・・・」
「あんた自分がどう思われるかってことしか気にしてないわけ!?」
「そういうわけじゃないけど・・・。でもアマンダだってそれが気になってるんだろ?みんながおじさんたちに何か言うんじゃないかって・・・」
「そうよ!でもわたしは自分が何か言われることを恐がってるんじゃないの!」
「わかったよもう・・・」
「わかってない!」
とうとうアマンダは起き上がって下段まで降りてきてしまった。
「ちょっと!寝てるんじゃないわよ!」
無理矢理エリックから布団を引きはがそうとして引っ張る。
「やめてよ!」
布団の引っ張り合いがしばらく続いた。
「離せ!」
「離さないわよ!」
「ちょっと待ってアマンダ」
「何よ!」
「静かに!」
エリックに言われ、しぶしぶ黙るアマンダ。
耳をすますエリック。
階段の方から足音がした。
2人は身動きひとつしないでじっとしていた。まだ起きていることがバレたら大目玉だ。
シャーロットの部屋からかすかに泣き声がした。足音は一旦止まって、それからシャーロットの部屋に入っていった。
「静かに、自分のとこに戻ってよ」
「・・・いやよ」
意地になったのか、アマンダはエリックの隣に潜り込んだ。
「やめてよアマンダ」
「うるさいわね。これ以上何か文句言ったら学校中に言いふらすわよ。あんたが夜お姉ちゃんと一緒じゃないと寝れないって」
「嘘じゃないか・・・」
「あら、あんた本当に5歳になるまでひとりじゃあ寝られなかったじゃないの。忘れたの?」
「・・・・・・」
エリックは口をぎゅっと引き結び、アマンダに背を向けた。
「ねぇー、エリック」
「・・・・・・」
「何よもう・・・」
それからしばらくして、エリックのベッドからは2人分の寝息が聞こえてきた。
精神的に不安になるのは普段はエリックの方が多い。こういう場合は珍しかった。
静かになった部屋のドアがそっと開かれて光が差し込んだ。
「2人は寝てる?」
覗いたギャレットにライリーは話しかけた。
「うん。眠ったみたいだ」
再びドアが閉められる。
廊下では夜泣きをしたシャーロットをあやしてなんとか寝かせたギャレットと、今2階に上がってきたライリーがいた。
「ずいぶん騒がしくしていたね」
「アマンダは元気だよねぇ」
のんびりとギャレットが言う。
ライリーは眉間にシワを寄せた。
「こんな時間まで一体何を話してたんだ?」
「全部は聞こえなかったけど、僕らには聞かれたくない話のようだったよ」
「つまり?」
うーん、と困ったようにギャレットは苦笑した。
「授業参観にね。僕ら2人が行くことで、僕らが他人に何か言われて傷つくかもしれないって気にしていたみたいだよ」
「何だそれは」
「だよねぇ」
「俺たちが気にしていたことと真逆じゃないか」
「そうだね」
子供たちは大人たちのことを、大人たちは子供たちのことをそれぞれに気にしていたのだ。
「取り越し苦労だったかもね。あの子たちは強いし、僕らはそんなことで傷ついたりしない」
次の日、アマンダとエリックは2人一緒に寝坊してライリーに叩き起こされる羽目になった。
参観日当日。
子供たちを学校に送って、ギャレットとライリーはさっそく支度を始めた。
学校に行くのは午後からだ。まずは朝ごはんをゆっくりと食べる。
「平日の朝にゆっくり朝食が食べらえるってのは良いもんだな」
きちんとお休みをもらったライリーは満足そうに言った。
それからは衣装選びだ。
ライリーはグレー、ギャレットはベージュのスーツを選んだ。
「ネクタイはこの色でいいかな」
「ちょっと派手すぎじゃない?」
姿見の前で難しい顔をしてスーツに合わせるネクタイを選ぶライリーに、ギャレットは紺と白と細いピンクの筋の入ったストライプ柄のネクタイを合わせた。
「うん。こっちの方が良いよ。オレンジなんて論外」
「論外は酷いぜ・・・」
ファッションに詳しい人はみんな揃いも揃ってオレンジ色を嫌がるのはどういうわけなのだろうとライリーは昔から不思議に思っていた。無頓着というわけでもないが、最近の流行やファッションのことにライリーは確かに少々疎かった。
その点ギャレットはちょっとしたお洒落が光っている。
決して高級なブランド品が好きなわけではない彼だが、おそらく元来持っているセンスが良いのだろう。ゲイの友達が多いのも原因しているかもしれない。
「女の子のドレスでもオレンジは不人気だよね・・・なんでかな。明るくてかわいいと思うけど」
「そうだねぇ」
今度はネクタイピンが入ったケースを漁りながら、ギャレットは適当に返事をする。心ここにあらずだ。
「オレンジは曖昧な色だから、ぼんやりして体型が太くみえるのかもしれないねぇ」
「君にも女の子の服装でかわいいって思う恰好がある?」
ギャレットに渡されたピンを素直につけるライリー。間違いはないからだ。
「そりゃああるよ」
「ふーん・・・」
「何?何でちょっと不機嫌になってるの」
自分が聞いたくせに、とギャレットは笑った。
「安心して、どんなにキュートでセクシーな女の子が目の前で踊ってても、僕は君しか見えてないよ」
「あ・・・そう」
なかなか照れることを言う。ライリーは不意打ちでキザなことを言われて顔にカァッと熱が集まったのがわかった。いつもの軽口なら照れることもないのだが、今日のギャレットはいつも以上に素敵に見えた。スーツを着ているギャレットを見るのは随分久しぶりだったのもある。
「俺も君しか見えない」
短く返事して、照れ隠しをする。
「それはどうも」
ギャレットの返事は変わらず少し心ここにあらずだった。
「もしかして緊張してる?」
「・・・少しね」
「気楽に行こう」
ライリーは元気づけるように、ギャレットの肩に手を置いた。
2人並んで姿見に写った自分たちを見る。
「どうだい?自慢の父親たちじゃないか」
「・・・そうかも」
よし、と気合いを入れてギャレットは籠の中から2人を見ていたシャーロットを抱え上げた。
「お前もおめかししようか」
「よし、シャーロットの服は俺に任せろ」
「あうー」
「『お手並み拝見するわ』だって」
シャーロットは難しい顔をしてライリーを見つめた。
「これなんていかがです?」
ピンク色のタオル地のベビー服はシャーロットのお気に入りだ。フワフワのフードにはウサギの耳がついている。これを着ているとシャーロットはどういうわけかあまり泣かないのだ。
「それだね。アマンダに恥をかかせるわけにはいかないよ。頼むから泣かないでくれよかわいいシャーロット」
シャーロットのオムツを替えて、ウサギベビー服を着せるとシャーロットはニコーッと笑顔になった。
「上機嫌なシャーロットは天使だな」
2人で親馬鹿全開で笑いあうライリーとギャレットだった。
学校内で、誰の目にもとまらずに周囲の親たちに混ざっているというのはやはり少しばかり無理があった。
この学校で男同士で結婚しているのはライリーとギャレットだけだったし、2人とも背が高くてハンサムだ。子供たちもかわいい双子ときている。その上2人の本当の両親が事故で死んだこともある。ジョーンズ家はこの学校では有名だった。自然と、ライリーとギャレットに目は集まる。
「堂々としていろ」
「オーケー」
明るく挨拶をしてくれる人がほとんどだったが、中には不躾に2人をじろじろと見る人たちもいた。
「エリックの教室は?」
ライリーは最初に挨拶しに来て以来、一度もこの学校に入ったことがなかった。2人を学校に送っているときに会うような顔見知りはいたが、学校内のことはまるで知らない。
アマンダの忘れ物を届けたり、2人を迎えに校舎の中にも入っているギャレットはライリーにエリックの教室を教えた。
「エリックの授業は音楽だからこの先をずっと行って階段を上がってすぐだよ。見たらわかる」
「そうか。それじゃあ帰るときにまた会おう」
「うん」
「じゃあなシャーロット」
「あうー」
シャーロットはギャレットが押すベビーカーの中だった。
お気に入りの服にお気に入りのぬいぐるみと一緒で幸せそうだ。
ライリーはそれを見て、満足し、音楽室に向かった。
本当は少しギャレットのことが気にかかっていたのだが、あまり心配しすぎるのも良くない。何より心配を表にだしたくはなかった。それにギャレットにはシャーロットがついている。大丈夫だ。そもそもライリーよりもギャレットの方がいつも学校に迎えに来たりして、周囲の母親たちとも仲が良いはずなのだということをライリーは忘れていた。子供たちが何か言ったとしてもギャレットはそこまで気にしないはずだ。ライリーは家族思いだったが、同時にかなりの心配性でもあった。いつもどっしり構えていようと本人は心がけていたのだが、ギャレットにも子供たちにもその辺りはバレバレだ。
「ここか?」
階段を上がってすぐ右手の教室をのぞくと、既に子供たちは揃っていて、何人かの親たちも教室に入っていた。やはりほとんどが母親だが、中には父親も混じっていた。授業が始まるまで各自好きなようにしていた。友達とはしゃいでいる子、親のところに話しに行っている子。
エリックはもう席に座っていた。
隣りの席の男の子と話してりる。
「よぉエリック」
ライリーはエリックに近寄ってそう言った。
「おじさん」
話しかけられて、エリックは顔をあげた。
「こんにちは、エリックのパパ」
隣りに座っていた男の子は含みのある愛想笑いでライリーにあいさつした。
「やぁ、えーと」
「ロビンだよ」
エリックは早口でそう言った。
「やぁロビン」
「どうも」
ロビン。ロビンか、聞いたことがある名前だ。
ライリーは記憶をさかのぼった。
エリックは居心地が悪そうに身じろぎをした。隣りに座っているというのにそれ程仲良しというわけでもないのかもしれない。
ロビンはエリックよりも背が高く、2年生にしては体格が良かった。小生意気そうな表情で短く切ったブラウンの髪はいかにも運動ができる活発な小学生の印象だ。正直なところ、エリックとは真逆のタイプだった。
「あれ」
突然思い出して、ライリーはエリックの肩に手を置いた。
「エリック、ちょっとこっちに来い」
「なんで・・・」
エリックは明らかに動きたくなさそうだ。
「いいから来なさい」
しぶしぶ、エリックは席を立った。ロビンをちらりと見る。ロビンはニヤニヤしながらエリックを見送った。
ライリーは教室の隅の楽器棚の影にエリックを引っ張って行った。
2人はやはり目立つらしい。
教室の女の子たちはカッコイイライリーをちらちら見ていたし、親たちの方もさすがにあからさまに見ては来ないものの、気にして見ないようにしているのが丸わかりだ。
エリックはそれに気づいてそわそわしていた。
一方ライリーはそんな視線にはあまり気付いていなかった。それよりも他に気がかりがあったからだ。
「エリック」
「何おじさん。もうすぐ時間だから早く席に戻りたいんだけど」
「あの子だろう?」
「・・・・・・」
ライリーが言う〝あの子〟は今まで自分と隣りに座っていたロビンのことであることはエリックにはしっかりわかっていたし、ライリーが何を言わんとしているのかもわかっていた。
「少し前に、お前に嫌なことを言ったっていうのはロビンって名前だったよな」
「そうだったっけ」
しらばっくれようとするエリック。
「別に仲が良いのなら構わないが、無理をして一緒にいるんじゃないのか?」
ロビンは前にライリーとギャレットが子供たちの父親になったばかりの頃、そのことでエリックをからかった男の子だった。アマンダには「嫌な奴」と称されていた。
その時アマンダは人の悪口を平気で言う奴だとも言っていなかったか。
たしかにロビンは観た感じ、ガキ大将といったところだ。取り巻きのような子たちも周りにいる。
「仲が良い・・・ってわけじゃないけど」
いいにくそうにエリックは言った。後でロビンに何と言われるのか、そちらの方が気がかりだった。
「悪いわけでもないし・・・」
「無理はしていない?」
暗にいじめられているのではないかとライリーは心配していたが、そんなにハッキリときくことはできなかった。
「無理はしてないよ。うん、大丈夫」
早口でそう言って、エリックはするりとライリーの脇をすり抜けた。
「おいエリック」
「もう授業始まるから」
足早に席に戻ってしまう。
ライリーは追いかけようとしたが、その時丁度先生が教室に入ってきてしまった。
仕方なくライリーは他の親たちと並んで立った。
「あんたがジョーンズさんか」
「はい?」
隣りに立っていたのはかなり体格の良い男だった。
「えーと、あなたは・・・」
エリックと話しているところを見られていたのかもしれないし、それ以前にライリーのことを知っていたのかもしれない。とにかくライリーは突然話しかけられたことに戸惑った。
「俺はハモンドだ。ロビンの父親さ」
「あぁ、ロビンの」
なるほど、とライリーは納得した。
言われてみれば、そっくりだ。
「息子がいつもエリックに世話になってるな」
「そうなんですか?エリックは学校のことをあまり話したがらないから知らなかったなぁ・・・」
息子とは違い、ロビンの父親はかなり人好きのする性格らしい。慣れなれしいが、とっつきやすい話し方をする人だった。
「そうなのか?まぁ、あんたはまだ慣れなくて当たり前だと思うが、今くらいの時期には学校であったことを親に話したがるもんだ。ちょっと気にしてやった方がいいかもしれんな」
人によっては恩着せがましいと思うのかもしれないが、彼の言い方は率直で嫌味がなかった。
「そうですか・・・」
反省するライリー。
話すのが大好きな姉のアマンダとはエリックは違う。そういう性格ならば無理に話させることはないと思っていたが、自分の聞き方が悪かったのかもしれない、もっと聞き出してやるべきなのかもしれない。
「俺はラグビーの選手だったんだが、いずれ息子もラグビーをやりたいと言っているよ。スポーツを試させるのもいいかもしれない」
「なるほど、それはいいかもしれない」
ハモンド家の体格の良さに納得する一方で、ライリーは考えた。そういえばアマンダからもエリックからも何かを習いたいとは聞いたことがなかった。
「スポーツか・・・」
エリックは他の生徒たちと一緒に、先生のピアノに合わせて合唱していた。後姿からは彼が音楽を好きなのか嫌いなのかも判断できない。
もっと子供たちのことを知ろう、エリックはそう心に決めた。
「あっパパ!パパこっちよ!」
アマンダの大きな声に気付き、ライリーとエリックは、ギャレットとアマンダ、シャーロットと廊下で合流した。授業参観は授業が終わり、先生から軽い挨拶があってから解散になった。
ジョーンズ家が廊下に勢ぞろいし、物珍しそうに見る子供たちも少なくなかった。
「ギャレット、また明日お迎えのときにね」
若い母親が子供の手を轢いて5人の傍を通って行った。
「また明日」
ギャレットも朗らかに返事をする。
主婦仲間(?)の1人だった。
「パパたち、わたしロッカーに荷物取りに行ってくるからここで待ってて」
「ぼくも」
2人は駆け足で人ごみをすり抜けながら廊下を走って行ってしまった。
「ちょっと、何今の」
「何って何が?」
突然、暗い声でライリーが言ってギャレットは不思議そうに聞き返した。
「今の人知り合い?」
「知り合いって言うか。バーンズさんはよくお迎えのときに話したりする人だよ」
「へー・・・」
「まさか嫉妬してないよね?」
「・・・まさか!」
1テンポ遅れての返事だった。ライリーは正直だ。
「安心してよ。そんなんじゃ君、嫉妬しすぎてどうにかなっちゃう」
「そんなに主婦の友達が多いのか!?」
「あのね、相手は主婦だよ?旦那さんがいるの」
「あぁ・・・そりゃあそうだ・・・」
「そんなことより、どうだった?エリックの授業は」
「音楽の授業ってのはいいな。俺も懐かしかったよ」
「どんなことしたの?」
「歌だな。楽器はまだたくさんは教えてないらしい」
「そっか。僕らのときってどんな授業をやってたっけ・・・」
「俺はハーモニカを吹いた覚えがある」
「ハーモニカ?2年生で?」
「あぁ」
「それちょっと早くない?」
「いや2年生だ」
「どっからくるのその自信」
「何の話してるのよ」
いつの間にか、アマンダとエリックが戻ってきていた。
「あぁ、よし行くか」
「ねぇ聞いてパパ」
アマンダはライリーの手をしがみつくようにして握って話しだした。
2人を追って、ベビーカーを押すギャレットとエリックも歩き出す。シャーロットはすれ違い際に手を振ってくれる人に笑顔の大盤振る舞いをしていた。
「・・・・・・」
「エリック、どうかした?」
「・・・なんでもない」
エリックの顔が不安そうだったことにギャレットは気付いた。
実際エリックはロビンのことで、何か言及されるのではないかと不安だったのだ。
「その時手を挙げたのがわたしだけだったの!だから答えたんだけど、ほんとはね、答えわかってなかったのよ。でも答えが偶然正解だったのね」
「それはすごい。良かったなギャレットに良いところを見せられて、俺も見たかったよ」
「やっぱりギャレットってすごい人気なのよ」
「なにっ」
「だーいじょうぶよ。みんな7歳なの。まさか7歳に嫉妬しないでしょう?」
「なんだそっちか・・・」
車に着くまでアマンダはしゃべりっぱなしだった。
エリックは一言も話さない。
「あのなエリック」
車に乗って、走り始めたときにアマンダの話に一区切りがついた。
その間を狙ってすかさずライリーはエリックに話しかけた。エリックが助手席でライリーは運転席だ。
「さっきの続きだが、ロビンとお前は仲が良いのか?」
「まさか!!!」
返事をしたのはアマンダだった。
「仲が良いわけないじゃないあんな奴!そうでしょ?エリック」
「・・・・・・」
「エリック!」
答えないエリックに腹を立て、アマンダは後ろから助手席を蹴った。
「アマンダだめだよ」
ギャレットがやんわりとそれを止めた。
「エリックの話を聞こう?」
ギャレットはすぐにロビンがあの時の子だと思い出した。何があったのかときいたりはしない。ライリーの口調から、深刻なことではないと思った為だ。
「別に・・・良くも悪くもないよ」
エリックの返事はそっけなかった。
「仲が良くないのに隣りに座って話してたのか?」
「あんたロビンと話してたの!?」
またアマンダが口をはさむ。
「アマンダ、黙りなさい」
ライリーの一言に、アマンダは頬っぺたをぷうっと膨らませてそっぽをむいてしまった。
「別に、そんなに悪い奴じゃない、と思う・・・」
考え考え、エリックは話した。
「ちょっと意地悪なところもあるし、嫌なことを言うときもあるけど・・・。面白いからみんなロビンのことが嫌いじゃあないんだ」
「エリックはロビンと友達になりたいと思う?」
ギャレットは聞いた。
「うーん」
悩むエリック。それは素直に頷けないものがあった。
「ロビンがやることの全部を良いとは思えないから、友達になりたいわけじゃないよ」
「じゃあ同じクラスメイトとしてそれなりに上手くやってるんだね」
「まぁ・・・」
好きでも、嫌いでもないクラスメイト。
悪いヤツじゃないから憎めない。
子供は大人よりも好き嫌いがハッキリしているものだとライリーは思っていたが、それはどうやら間違いだったようだ。
「僕も小学生のときにいたなぁ。クラスのガキ大将」
ギャレットは懐かしそうに目を細めた。
「よく女の子を泣かせたりとか、意地悪なことをしたりするんだけど、なぜかクラスのリーダーみたいな位置にいるんだよね。それでみんながみんなその子のことを恐がってたり、嫌ってたりするわけじゃないんだ。おもしろいよねぇ」
「うん」
エリックはうなずいた。
「そんな感じだよ。だからおじさん。心配するようなことじゃないんだ。本当に」
思っていたことが上手く伝えられたのか、エリックはほっと一息ついた。
「それならいいんだ。悪かったよ、ちょっと心配しすぎだったかもしれないな」
ライリーはやっぱり心配性だ。ギャレットはこっそり笑った。
「でも」
我慢ができなくなったらしい、アマンダは膨れるのをやめて言った。
「ぜーったい、良いヤツじゃないわよ。すぐにちょっかいかけてくるんだから」
ライリーもギャレットも笑った。
子供たちは何で2人が笑っているのかわからなかった。
2人は双子で、外見はよく似ているけれど、性格は全然違う。それは女の子と男の子の差もあるのかもしれない。
「ガキ大将って女の子にはほぼ確実に嫌われるんだよねぇ」
「でもなアマンダ。ロビンはお前のことが嫌いなわけじゃないんだよ」
「そうなの?」
信じられない、とアマンダは首を振った。
「そうとは思えないわ」
「いつかわかるよ」
ギャレットはアマンダの頭をくしゃくしゃと撫でた。
大人たちが勝手に理解して納得してしまったことがつまらなかったのか、アマンダはまたぷうっと膨れてしまった。
それも家についておやつを前にするまでの短い間のことだったが。
「あの2人に何か習い事をさせたらいいかと思うんだけど」
その日の夜。
子供たちが寝てしまってから2人で食器を洗いながら、ライリーはギャレットに言った。
「習い事?」
「そう、スポーツとか、音楽でもいい」
「そうだね。いいかもしれない。アマンダは絶対スポーツをやりたがるだろうね」
「だろう?」
アマンダは運動神経が良い。スポーツは得意だった。
謎なのはエリックだ。いったい何なら好きになるのだろう。
「エリックは本を読んでいるときが一番楽しそうだしねぇ」
「だよなぁ」
「でも、無理にやらせることはないけれど、やってみたら案外好きなことも見つかるかもしれないしね」
「そうだな」
2人はまだ幼い。
未来はいくらでも広がっているのだ。
「エリックがサッカーチームに入ったりしたらまたお前の負担が多くなるな・・・」
「それは心配しないで。負担とは思わないよ」
「頼もしいな」
ライリーはギャレットの頬に軽くキスした。
「心強いよ」
「父親だからね」
2人の父親は、今日学んだ。
子供には子供で、学校という立派な生活があること。
自分も忘れているだけで子供だったことがあること。
大人になると子供のころ見えていた物を思い出すのが難しくなること。
それから
子供たちの為にできることはまだまだたくさんあるということ。
End.