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クレームブリュレ

 料理長は恰幅の良い女性で、やんちゃな男の子を何人も育て上げましたという豪快で親しみのある雰囲気の人だった。サラによると使用人たちからは母親のように慕われているそうだ。

 ちなみにもう一人使用人たちから厳しい母のように尊敬されている人がいるのだが、それは侍女頭で、なんとサラの母親だそうだ。

 サラの家は代々コーディアスの家に仕えているそうで、父親は執事をしているというから彼女の板についた侍女ぶりにも納得がいく。




「コーディアス様から伺ってるからね、なんでも好きなものをお使い下さい」


 そう言って顔全体で太陽のように朗らかに笑って迎えてくれた料理長に、真結まゆは一瞬にして好感を持った。

 料理する者にとって調理場は神聖な場である。長ともなれば、そこは彼女のテリトリーだ。

 新参者が足を踏み入れ自由勝手することに彼女のご機嫌は如何だろうかと真結は気にしていたのだが、彼女は快く受け入れてくれ、そればかりかこちらの調理器具やコンロ、オーブンの使い方が分からない真結に丁寧に付き添って教えてくれた。


「火傷するんじゃないよ。お嬢様が傷を負ったとなれば、私が怒られてしまいますから」


 おどけながらそう言うが、真結があれこれと他の料理人達の様子を覗き見るたびに心配そうに寄ってくるのが、気の良い彼女の人柄が現れている。

 だが安心して欲しい。短い間だったとはいえ、仮にも製菓のプロだったのだ。


「調理場には入り浸っていたこともあるので、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」

「おやまぁ、そうなのかい?」


 真結の傷一つなく荒れた様子のない手を見て料理長は不思議そうに首を傾げた。だがお嬢様のお遊びと思われているのか鷹揚に頷かれてしまった。

 まぁ、便利な現代とは違う初めて見る調理場に、使い方を事細かに質問していたのだから仕方のない反応だろうと真結は自分を納得させる。


 材料のストックも見せてもらったところ、基本的なお菓子は何でも作れそうだった。

 小麦粉、卵、牛乳、バター、砂糖。これがあればなんとかなる。

 ベーキングパウダーの代わりになるものも料理長に聞いて教えてもらったし、どうやら生クリームもあるようだ。

 そして嬉しいことに、バニラビーンズを見つけた。

 バニラエッセンスというものがこちらに有るのかは謎だが、エッセンスではなくビーンズそのものがあるのは流石お貴族様のお屋敷ということだろうか。

 卵、牛乳、砂糖、生クリーム、バニラビーンズを用意した真結に料理長がおやっと目を見張ったので、真結はドキっとする。


「何か使ってはいけない物がありますか?」 

「いやいや、ごめんよ。気にしないで続けておくれ」


 晩餐で使う予定の材料やストック状況など彼女にしかわからないこともあるので、無理なようであれば遠慮しようと思ったが、どうやら使っていいようなのでひと安心する。


「マーユ様、何をお作りになられるんですか?」

「クレームブリュレよ」


 サラの問いに真結は腕まくりをしながら答えた。

 ここのオーブンは竃かまど型で初心者には扱えるものではない。温度や火の具合、置く位置など経験者ではないと分からない微妙な加減があるだろうことは、使ったことのない真結にも分かる。

 竈の使い方はこれから身につけていくとして、ケーキやタルト、クッキーなどは今日は諦めて残った選択肢の中から閃いたのがプリンだった。


「今日は久々だからね、簡単な物にしようと思うの」


 プリンはコウ兄の大好物だ。オーブンでも蒸し器でも鍋でも何度も作ったので、初めて使う慣れない調理場で失敗しないように、わかり易い鍋で作ろうと思ったのだ。

 出来上がった上からキャラメリゼしようと思うので、お洒落にクレームブリュレなんて言ってみた。


「くれーむ、ぶりゅれ、でございますか?」


 だがサラには聞き覚えのない言葉だったようだ。言い難そうに問い返される。


「えっと、そうね……プディングって言ったら分かるかしら? カスタードプディングね」


 プディングと聞いた瞬間おかしな物でも見るように材料を見られたので、真結は慌ててカスタードという言葉を加える。ライスプディングが主流なのかもしれない。


「お嬢様、わざわざプディングをお作りになるのかい? こんな上等な材料で?」


 だがとんでもない! というような料理長の言葉に認識を改める。


 プディングはもともと肉の欠片やパン屑、果物など余ったものを合わせて卵液と一緒に蒸し焼きにした漁師料理だ。それがパンや米のみをいれるようになり、後に具を入れない卵液だけを固めたものとなって今の形になっている。

 もしかすると、プディングはここではまだ茶碗蒸しのような物なのかもしれない。であればサラと料理長の、本当にこの子に作らせて大丈夫だろうかという危惧するかのような視線の意味が分かる。


「ごめんなさい、以前聞いたプディングっていう食べ物に近いと思ったんだけど間違いかしら? ブルテニア語では何と言うか分からないけど、私の国では子どもから大人まで皆に好まれていた甘くって口溶けの良いお菓子よ」


 真結がそう言うと二人とも腑に落ちたのか、懐疑的な眼差しは消え去った。良かった。きっとまだ言葉を習得したばかりだからと良いように解釈してくれたのだろう。





 自分一人で作るつもりだったのだがサラが補助を申し出てくれて引かなかったので、お願いする。


「マーユ様のお手ばかり煩わせるわけにはいけませんから!」


 これも侍女の仕事なのだろう。

 真結はサラのしたがることに関しては、一度断ってダメならもう任せることにしている。


「じゃあ私は牛乳を温めるから、その間に卵を割ってもらえる?」

「はい! お任せ下さい!」


 元気な返事が可愛らしい。

 まずは卵を割って卵黄と卵白に分けてもらうことにした。

 だがサラが卵をもつ指に変に力を入れるのが見えた瞬間、真結の胸に一抹の不安がよぎる。

 ぐしゃっと不格好な形の指に卵は潰され、白身に連れられ小さな殻の破片がボールにたくさん入っていく。


「はい、できました!」


 にこやかな少女の顔とボウルの中身を見比べ、思わず料理長と見つめ合ってしまう。

 考えていることは同じだろう。


「そういや、サラちゃんは調理場配属になったことはなかったねぇ」

「えぇ、以前使用人としての仕事は全部網羅したいなと思って希望したこともあったんですが、母……じゃなくて、侍女頭さんから適材適所というものがあるのよ、と却下されてしまったんです」

「まぁ、そうなの……意外だわ」


 そう、かなり意外だ。

 あれだけ少女という年齢にあるまじきプロフェッショナルぶりに感嘆していたが、意外に彼女にも出来ないことがあるようだ。だがしかし、彼女がその原因を認識しているのかは甚だ怪しいものではある。でなければ、せめて入ってしまった殻を取り除くものではないだろうか。


「そうだねぇ。あんたは見目も良いしなんでもできるから、調理場に籠ってないで人と接する仕事のほうが向いているだろうよ。今は男も料理できる奴がけっこういるからね、嫁の貰い手もどうにかなるだろうさ」

「今は嫁の貰い手の話は関係ありませんから。それに、お料理だって修行中なので、男の人にお料理の腕なんて求めませんよ?」


 心外だとばかりにサラが腰に手を当てて憤慨している。料理長相手には、サラもそんなに気兼ねないのだろう。

 だが真結も、料理長と同意見だった。


「この間も、父にオムレツを作ったんです」


 それは大丈夫だったのかなんて聞けないが、お父様も喜ばれたでしょうねとも言えない。

 真結には、そう、オムレツをと繰り返し、それでどうなったのかと話を促すことしかできなかった。


「父は、独創的な食感で健康的な味だねと褒めてくれました」


 普段は冷静沈着で厳しい執事である父に褒められ嬉しかったのか、頬をわずかに染めたサラは抱きしめたくなるほど初々しい美少女ぶりだが、それは果たして本当に褒められていたのだろうか。

 いや、娘が可愛い父は仕事では厳しく接しなければいけないぶんプライベートでは一生懸命に褒めたのかもしれない。


「おやまぁ、そりゃあ斬新なオムレツだったんだろうねぇ」


 料理長が殻も入ってしまっている卵を割ったボウルに目を落とす。

 真結には想像できた。サラはきっと、このまま卵をかき混ぜてオムレツを作ったのだろう。


「ええ、母もそう言ってしばらく台所へ立ち入り禁止になってしまったんですが、これじゃあいつまでたってもお料理の腕が上達しないですよね。お料理は慣れだって言いますし」


 困ったわ、と頬に手を当てる少女の憂い顔は思わず抱き寄せ慰めたくなるものだが、忘れてはならない、彼女のカルシウム入りオムレツを。


「困ったちゃんなのはあんたの方だろう。ほら、さっさと殻を取り出しな。お嬢様の足を引っ張るような真似はできないからね」

「足を引っ張るだなんて、そんな、とんでもない!」

「とんでもないのはあんただよ。黄身を指で掴み取ろうとしない! 割れて混ざっちまうだろ」


 どうやら料理長はサラを厳しく指導してくれるらしい。


「宜しくお願いします」


 真結は姉になったような気持ちで頼んだ。

 料理長は豊かな胸をどんと叩いて応えてくれ、そんなこんなしているうちに牛乳が良い感じに温まっていたので真結は慌てて牛乳を温めていた鍋を火から外した。

 牛乳は人肌程度より少し熱めが適温なのだ。熱すぎると混ぜた時に卵黄が凝固してしまうし、60度以上になると膜が張ってしまう。この膜には牛乳の脂肪分たタンパク質が含まれていて、真結はホットミルクの時はこの膜もずずずっと飲んでしまうが今はお菓子づくりなのでそういうわけにもいかない。


「マーユ様、黄身の準備が整いました」


 少々誇らしげなサラは普段の有能な侍女姿より若干幼く、だが年相応に楽しそうに見える。

 別けられた卵白のボウルの方に白い破片と黄色いものが僅かに見えたが、それは後で対応しよう。

 卵黄の方はきちんと分けられているから今のとこ問題はない。


「私が黄身を混ぜるから、少しずつこのお砂糖を入れていってね」


 秤で寸分の誤差もなく量っておいた砂糖をサラに手渡す。

 混ぜる方をお願いすると、飛び散ってボウルの中身が少なくなってしまうのではないかと懸念されたので、彼女には本当に補助の方に回ってもらう。

 いつもの彼女からはそんな憂慮は全くないのだが、新しい一面を知ってしまったので念には念を入れて、だ。


 砂糖が卵黄の水分を吸ってしまうので、合わせたらすぐに白っぽくなるまで擦るようにしてよく混ぜる。ちなみにいかに卵黄を細かくして全体に綺麗に混ぜ合わせるかが滑らかな口溶けの秘訣なので、適当にちゃちゃっと混ぜるだけではいけない。


 基本に忠実に。

 することにはすべき訳がちゃんとある。

 真結は製菓・調理は科学実験と似たものであると思っている。

 何と何の組み合わせで凝固・分離・分解されたり、温度によって同じ材料でも違う反応を見せたり、加える量によって出来上がるものも変わってくる。

 繊細な作業だ。


 触って少し熱いかな? 程度の温かさの牛乳を少しボウルに加えて混ぜ、それから残りを入れる。

 本来なら牛乳を50度に温めているあいだに卵黄と砂糖を混ぜ、それに牛乳を少し加えて混ぜると45~40度になり、残りを合わせて器に移す時には35度くらいになっているのが理想だ。

 ちなみに学校で製菓の理論や実地を学びつつケーキ屋さんのアルバイトで修行させてもらっていた時、テキスト通りの温度であるよういちいち計ろうとしていたら先輩パティシエからそんなことをしなくても順序よく作業をこなしていたら牛乳の温度は勝手に下がっていき、不思議なことにそれがちょうど適温だと教えてもらった。

 素晴らしい。


 バニラビーンズの房を半分に切って、それを観音開きになるように包丁で軽く縦に切込を入れ、中のビーンズをこそぎ取るように包丁をぴっと走らせる。なんてことはないが、真結はその作業が好きだったりする。

 生クリームとバニラビーンズも全て入れて泡立てないようにそっと混ぜ、ココットのような陶器の小さい器のそれぞれに茶漉しでこしながら注ぎ入れていく。


 ふと、真結はいつの間にか集中していた手を止める。


 遮らせる何かがあったと思うのだが、どうやっても幾つかはできてしまう泡が目に入ってすぐに思考を切り替えた。お菓子作りをしている間は目の前のお菓子に集中だ。


 本来ならガスバーナーで軽く炙るか、消毒用のアルコールで気泡を消すのだが、こちらでそんな道具があるのかは分からないのでふーっと息を吹いて端に泡を寄せ、スプーンですくい取る。

 器にアルミホイルの代わりになるものできちっと密閉されるように蓋をし、大鍋に器が半分~三分の一程度浸るくらいのお湯を沸かしてもらっていたので、そっと中に入れ、ガラスの蓋をしてようやくふぅと息をつく。


「よし、ここまでは良い感じね」


 あとは弱火で十分程度待った後、鍋の蓋を外して火からも外し、そのまま更に十分程度。

 固まり具合を見て、良ければ冷やして完成だ。


 久々のお菓子作りに充実感を覚える。身体に活力が漲みなぎるようだ。


 さて、この間に使用した器具を洗って料理台の片付けをしてしまおうと見回せば、台拭きを持ったまま固唾を飲んでじっと見守るサラの大きな瞳と目があった。ダークグリーンのその輝きは、物言いたそうにだが静かに何かを訴えかけてくる。


 あ、忘れてたわ。


 真結はやらかしてしまったと思い至る。お菓子作りに集中すると、周りが見えなくなるのだ。

 何もすることがないほどに既に綺麗に整えられた調理台は、いつの間にかサラが片付けてくれていたのだろう。どうりで作業がしやすかったわけだ。


「終わったのか? 全くいい度胸だな、何度もこの俺を無視できるなんて」


 なぜか不自然なほど静まり返っていた調理場に、荒々しくも低く抑えられた声が響く。

 振り返ってみれば両腕を組んだルーチェが見下ろしていた。瑠璃色の瞳は苦々しく細められている。


 なんでここに?


「せっかく良い気分だったのに」


 うっかり本音の方が漏れ出てしまった。

 ぴくりとルーチェの片眉が釣り上がる。よく見る表情だ。

 そして見るたびに器用だなとも思う。真結が片眉だけ動かそうとしたら変な顔になってしまうだろう。


「どうしてこちらへ?」


 改めて訪ね直した真結にルーチェは長い足で泰然と歩み寄ると、胡乱うろんに鍋の中を覗き込む。


「お前が妙な物を作っていると耳に挟んだからな」


 妙な物とは失礼な。


 何だこれはと抑揚なく呟く彼に、真結も平坦にまだ作りかけなのだと答える。

 名前を言っても先ほどサラと料理長としたやり取りの繰り返しになりそうなので、彼には監視されているようだと薄々察している真結は怪しい物ではない証明の為に一つを取り出して中身を見せ、材料名をあげてどういった菓子になるのかを告げる。

 サラと料理長も合間に真結の作業の様子をルーチェへ伝え、彼は一考するようにそれを押し黙って聞いていたが、真結が語り終わると関心が薄そうに相槌をうっただけだった。


 そうこうするうちにも時間は経っているので、真結は鍋を火から外し、ガラスの蓋を取る。


 真結はルーチェの淡白な反応よりも、料理長がやけに材料名を強調していたようなのが気にかかった。

 声高なそれに責めの色は無かったが、やはり気軽に使って良い材料では無かったのかもしれない。たいていの物は何でも普及していていつでも揃っている現代日本とは違って、一般人には滅多にお目にかかれない高級食材だったのかもしれない。


 次からは、コーディアスさんに聞いてみましょう。


 そう心に留めた真結だが、気兼ねなく使って良いと使用許可を出したのは彼だ。相場なんて気にしないように、気がつけば巧みな話術で丸め込まれてしまうに違いない。彼はそういう人だ。

 やっぱりサラに確認を、とも思ったが、視線が合った彼女ににっこりと微笑まれてしまい、やっぱり彼女にも教えてもらえないような気がした。






「そろそろ頃合かしら?」


 気が済んだのか談笑をするわけでもないルーチェはさっさと立ち去り、真結はお湯の中から器を引き上げた。

 サラがそれを手伝ってくれる。水浸しにならないようにささっと器の下を拭いてくれるのは流石だ。

 言われなくてもこんなに細かいことに気づき気配りができるのに、どうして調理に生かされないのか極めて不思議である。 


 アルミ箔変わりの蓋を取り器をかるく揺すると、ぷるぷると程よい弾力で揺れた。


 美味しそう!


 ふんわりと甘い香りも漂い思わず顔がほころぶ真結の様子を見て、サラも興味深そうに器を揺する。


「ジェリーのようですね!」

「そうね、卵と牛乳で作るジェリーのような物って言ったら想像しやすかったかしら?」


 自分で言っておきながら想像できなかった。

 お出汁じゃない甘い茶碗蒸しが一番適当な気がする。


「確かにそうでございますね! プディングよりも私にはその方が甘い物として思い浮かべやすいかもしれません」


 だがしかし、サラは健気にもそう言ってくれた。

 主思いの侍女の鏡だ。


 いくつか揺すった時に中央に丸い皺が寄ったり波打つように揺れる物もあったので、それは鍋の中に入れ直す。

 そしてもう一度蓋をして、弱火で一~二分様子を見る。


「お嬢様のお菓子作りは、何だか魔術師様が高価なお薬を調合しているかのようだねぇ」


 ずっと物珍しそうに見ていた料理長は、まるで御伽噺のようなそんな感想をもったようだ。

 絵本で見る、魔法使いが大きな鍋に色々不可思議な物を入れてぐつぐつ煮込むアレだろうか?

 彼女にとって真結の製菓過程はいつもとちょっと違った不思議な事だったかもしれない。真結にとっては調剤薬局で薬剤師さん達がお薬を作っているような感じだろうかと思いあたり、一ミリグラムの狂いもなく計り、真剣な手つきで混ぜたり注いただりする様子は、なるほど通じるものがあった。


「あとはこれを冷やすんですよね?」

「場所は開けておいたよ。こっちを使いな」


 真結の出番は終わったとばかりに、サラと料理長が次々と流れ作業で冷蔵庫に入れていく。任せっきりにしないように真結も手を伸ばすが、彼女たちは優秀なアシスタントで手際よく運び終えてしまっていた。

 そして、料理長が茶目っ気たっぷりに冷蔵庫の前に立ちはだかる。


「盗み食いされないように、お嬢様のくれむぶりゅーれは私がしっかり守っておきますんでね。デザートの時間までご安心してお任せ下さい」


 うふふっとサラが小さく笑ったのを皮切りに、そんなことしませんよーと今まで遠巻きに見ていた料理人や使用人たちの抗議と笑い声が続く。

 もしそんな奴を見つけたら、私が尻を叩いてやるからね! と腕を捲くって力こぶしを見せる料理長に場は沸き、おどけた悲鳴も上がった。

 皆から母と慕われている彼女に実際にお尻を叩かれた者もいるようで、まだ年若いその子は囃はやし立てられて赤くなり、煩そうに周りからちょっかいをかけてくる腕を払い除けていた。 


 大人数で和気藹々と、こんなアットホームな雰囲気は久しぶりだ。


 真結もつられて笑みが溢れる。







 そうして晩餐の後に真結がさらにひと手間加えたクレームブリュレがデザートとしてだされたのだが、真結は、ここで予期せぬ反応を見せたルーチェの言葉に、自分の耳を疑った。

 デザート皿を見た彼は低く唸ると、一口食べ、その途端顔を険しくして吼えるように言い放ったのだ。



「百種類の菓子をつくるまで、屋敷からでるな!」



 …………。



 意味が分かりません!!





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