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※ とある侍女の日記 ※

 とある侍女の日記より ~抜粋~


○月○日 曇り


 我が主コーディアス様のご親戚ということもあり、かのルーチェ様がお屋敷にしばらく滞在される事になりました。

「王都の喧騒を逃れ、休暇をのんびり友人と過ごすため」と聞き及んでいますが、どうやらそう装って内密にお仕事をされているのではないかと思われます。

 もちろん私たちは口外いたしません。知らないふりです。

 ルーチェ様はご自身も尊いご身分であられるのにも関わらず、兄君のためにも騎士をされているお方で、私もそのお志を尊敬しております。

 社交界ではその美貌と優雅な物腰で女性の心を鷲づかみにされているそうですが、騎士の方々の間でも、冴え渡る剣技と潔さ、懐の深さで彼らの心を鷲づかみにされているそうです。

 私も鍛錬のお姿を拝見させて頂く機会に幾度か恵まれましたが、鍛え抜かれた肉体の美しさは素晴らしく、心を鷲づかみにされている一人でもあります。

 



○月△日 雨 所により料理長の雷


 コーディアス様が、意識の無い女性を保護されました。

 その方は高熱がありコーディアス様が出会われてからすぐに癒しの術を施されたそうですが気休め程度にしかなっておらず、それだけ疲弊されているそうです。

 流行の最先端であり質も大変良いお召し物や、滑らかな白い肌、傷一つない繊細な御手、絹のように真っ直ぐで艶やかな黒髪。

 身分あるご令嬢か、美しさを求められていた方である事は間違いないでしょう。

 コーディアス様直々に、私が看病するよう仰せつかりました。

 私どもの一族は代々アシュレイ家にお仕えしております。その私がお仕えするということは、丁重にもてなしたい大事なお客様か、あるいは要注意人物であるという事です。

 彼女はいったい何者なのかという疑問は残りますが、主に任された以上お役目は責任を持って全うする所存です。


 そういえば、今日は調理場の子が余りもののケーキを料理長の許可無くこそっと摘まんだようで、大きな雷が落ちていました。きっとあの恥ずかしいお仕置きをされたんだろうな。





○月◇日 晴れ


 お嬢様が目を覚まされました。大変喜ばしいことです。

 凛とした瞳が開かれると一層お美しいことが分かりますが、異国の方なのか言葉に不自由されていて、お嬢様についてはお名前だけしか分かりませんでした。

 私は上手く発音することができずマーユ様と呼ばせて頂いておりますが、それを不快な表情もなく許してくださる優しい方のようです。

 神秘的な黒曜石の瞳でじっと見つめられるので、何だか心の奥底まで見透かされそうな、惹きつけられて吸い込まれそうな心持ちになってしまいます。不思議な方ですね。

 いけません、私にその気はありません!

 ルーチェ様はそんなお嬢様を身元不明な怪しい人物として警戒なさっていますが、コーディアス様の好意的なご様子から私は主が何かご存知のような気がするのです。

 だからこそ私は、大切なお客様として誠心誠意をもってお仕えすることに決めました。

 それにマーユ様の話す言葉はブルテニアの宮廷言葉と通じる物があり、コーディアス様によると貴族の嗜みであり術式にも使われている古代語に共通する事もあるそうです。学識のある高貴な方か、姫巫女様のようなご存在、もしくは小さな国の姫君であられるのかもしれないと想像が膨らんでしまいました。


 


○月×日 曇り


 マーユ様は雰囲気から察せられる通り大変頭の回転が速く、少しずつではありますが不勉強ながら古語を解さない私とすら意思の疎通を図れるようになりました。

 果物をお好みになられるという貴重な情報を手に入れましたので、さっそくコーディアス様にご報告致します。

 思慮深くお優しい方で大変好感を持てますが、私の泣き真似にころっと引っかかって下さったほど心根の素直な方でもあるようなので、この先悪事に巻き込まれないか心配です。いえ、もう騒動の只中であるのでしょうか?  

 それにしても、お可愛い方です。




○月○△日 外も私も大雨


 今日、とっても重大なことが分かりました。大変聡明でいらっしゃるマーユ様は、もうブルテニアの宮廷言葉を片言ではありますがお話になることが出来ます。それによってマーユ様についてもお詳しく尋ねることが出来るようになったのですが、なんと、何と! 大変おいたわしい事に、お嬢様は物忘れの病にかかっているそうです。

 今まではまだ言葉が不自由なために分からないと仰っていたり、意味が通じていないのかと思っておりました。どうしてそんな大事なこと、早く気づいてあげられなかったのでしょうか。

 どおりで、私でも知っているようなことをご存知でなかったり、時々子どものような事をなさったりするはずです。

 可哀想なお嬢様。言葉も通じない異国で、記憶も失くされ、一人では出歩けないほどに体調を崩されて、さぞ心細く怖い思いをなさっているでしょう。私は、そんなマーユ様のご負担を、少しでも軽くして差し上げられればと思います。




△月□日 晴れ時々笑顔注意報


 昼食休憩の際、たまたまユアン様をお見かけしました。相変わらず私より年下に見える幼く親しみのある笑みを撒き散らされていましたが、あれは一種の業務妨害になると思います。

 他の子たちが働かない。

 私は彼が見た目通りのお方で無いことは重々承知していますので、きゃあきゃあ騒ぐ同僚の子達のようには騙されません。

 ですが誤解の無いように記すと、あの無邪気さも偽り無くユアン様の素の一面です。

 あ、今はユアンさん・・とお呼びすべきでしたね。

 気をつけないと。

 



△月◎日 晴れ強風(せっかくのお洗濯物が飛んでいった)


 マーユ様はお可愛らしいのに知的でもあり、お美しい。

 そして常に微笑みを絶やさないお優しい方で、私はもう随分と前から彼女に仕えられる事を喜びに感じております。ありていに言えば、お嬢様が好きです。憧れてもいます。

 同じ女性として羨ましいほどに細く括れた腰と程よく豊かな胸は、ブルテニアの伝統的なドレスを着る際に身に着けるコルセットなんて必要なさそうですもの。素晴らしい! 

 何でもお似合いになられるから、ドレス選びが楽しくってしょうがないわ!


 そしてマーユ様は、何か考えるようにゆっくりとした仕草や佇まいなど、とても品が良い。食事の作法も自然で使い慣れていらっしゃるのが分かります。

 羽ペンではなくペン先が鉄製の高級で最新の物の方が書き慣れていらっしゃったり、紙を気にせず使われたり、豊かな領地でないと手に入らない生の果物を好まれ、特に珍しそうでもなかったり……


 以前よりマーユ様のお育ちのよさを示す点は多々ありましたが、これらの事は未だご記憶をお取戻しになれないマーユ様が豪商の娘さんではなく、下級貴族のお嬢様でもなく、豊かな暮らしを送れる領地をもつ貴族かあるいはそれ以上の家柄のお嬢様であることも示しています。

 知識と違って身体がいくらか覚えているのでしょう。


 どうしてそんな方が森の中に倒れていらっしゃったのか考えると、マーユ様の身に何があったのかと案じられてなりません。不躾にその事には触れませんが、首に残る傷跡が痛々しいです。

 お命を狙われているのでしょうか? 国家間に関わるような大事なので、コーディアス様が保護されルーチェ様と秘密裏に動かれている……なんて想像逞しいですね。そこまで壮大でもないですか?

 何にせよ、私は少しでもお嬢様に快適にお過ごし頂ければと思います。



△月○日 晴れ コーディアス様も快晴


 もしかして、マーユ様はコーディアス様の例のあの方なのでしょうか?

 いえ、ご年齢的にも状況的にもそんなはずが無いですね。

 私も詳しく存じ上げている事ではありません。ですが女性に困ることは無いだろうに独身を貫き通す主にとっての、特別な方であるということは確かです。だってこんなにも慈しむような満面の笑顔でマーユ様をご覧になられるのですから。時々、見ているこちらが恥ずかしくなってきます。


 私は空気。私は空気。煩悩よ滅却せよ!




△月◆日 曇り 私の心はどんより


 珍しく家族揃っての半休を頂けたので、私は父にオムレツをつくって上げました。

 前回はスクランブルエッグになってしまったので、今回はフライパンにくっつかないようにたっぷりと油を入れ、しっかりぐっと押し付けて念入りに焼きました。卵は火が通ると固まるといいますから、もう前回のように分離させてなるものか!

 失敗は成功のもとと言います。そこから原因を学び取り、同じ過ちは繰り返しません。

 前々回は調味料を入れる際に零れてたっぷりと入ってしまい、それをお玉ですくい出して無かったことにしました。前回同様に今回もそんなことが無いように気をつけます。

 出来栄えは母が作るものより少々茶色く小さい気もしますが、何て艶やかに光って綺麗なんでしょう! 形は完璧です。

 父も栄養がありそうだと味わうようにゆっくりと良く咀嚼しながら褒めてくれました。仕事ではいつも厳しく滅多に無いことなので、嬉しいです。

 

 その後、父はお腹を冷やしたのかトイレに篭って一時出て来ませんでした。

 だから栄養たっぷりのスペシャルドリンクを作って差し上げようと思ったのに、何故か母から台所への出入りをまた禁止されました。

 また!?

 私はもっとたくさん練習したいのに。

  


△月※日 晴れ 


 我らが母なる王太后様もお菓子作りをされていたそうですが、マーユ様の腕は素晴らしく格別です。ちらとお見かけしたことのあるプロヴィンスの物に似ている気もします。

 お嬢様の作法は以前、ブルテニア式とプロヴィンス式と見たことのないお国の物と思われる所作が混ざっておられましたが、もしかするとあの憧れの美国家プロヴィンスに滞在なさっていたのでしょうか?

 どおりで洗練されていらっしゃるはずですね! 


 それにしても、ルーチェ様がまだ要警戒態度を解いていらっしゃいません。タイミングを逃してしまっただけ……という事は無いのですよね? ええ、引き際がつかないわけじゃないんです。

 マーユ様の身元に心当たりがありそうな主と違って、騎士として疑わしき者には厳しくなってしまうのでしょうか? 私としてはどんな状況であれマーユ様は被害者であるとお見受けするので、もう少し優しく接してほしいものです。ユアンさんは特にそういった事も無くいつもの通りの笑顔ですが、そうですね、あの方はそういう方です。


 マーユ様のご記憶が戻ることが一番なのでしょうが、それはマーユ様が居なくなってしまうという事でもあります。私は彼女のためにも記憶が戻ることを願いますが、できるだけ長くお仕えしたいとも思うのです。




△月◇日 晴れ きらめく汗


 先日魔力を暴走させてしまったマーユ様は、秘密裏に朝の特訓を時々行っているようです。

 流石ですわ! 妥協せず常に己を磨くのですね!!

 ここは私が差し出がましい真似をして同行してご負担になるより、マーユ様のお気持ちを尊重したいと思います。警護の者と相談して私はそのままは気づいていないふりです。

 お屋敷にはコーディアス様の守りの術式も施されていますし、影ながらお見守りする者がいれば、これくらいの気晴らしは許されて良いと思うのです。


 今日は幸いなことに、ルーチェ様とユアン様が鍛錬されているお姿をお見かけしました。ぶつかり合う肉体と肉体の見事なこと!

 あぁ、鍛錬後に汗を拭う布をお渡しする係りになりたい!




△月□■日 曇り 私にも暗雲立ち込める?


 マーユ様の秘密特訓は続いています。警護の者の報告によると、マーユ様が力を注いでいらっしゃるおかげでその辺り一体の植物の成長が著しいようです。

 やはり素晴らしいお方は素晴らしいお力をお持ちなのですね!

 私は風を操ることくらいしか出来ません。ついでに情報もいじったりします。

 

 私が母に厳しく躾けられたように物音を立てずささっと身支度を整えている最中にマーユ様がお戻りになられる事もあります。私はそれを知っているのですが、朝のご支度でお部屋へ上がった際に「起こさなかったかしら? 大丈夫かしら?」といった視線を感じると、何ともいえず胸に込みあがってくるくすぐったいような温かい感情があります。やはり、私はこの方にお仕えできて良かったなと思うのです。

 

 ですが最近、マーユ様の前で己を偽れず律せなくなりそうな時があり、危ないです。




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