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何事も基本が大切です

 結果から言うと、真結まゆは氷を作り出せなかった。

 それどころか手の平に水を生み出すことさえもできなかった。

 氷は水属性の上級魔法、派生とも認識されており、水属性の魔法の基本させ行使できないのだから彼女の望みは高すぎたのだ。さらに付け加えるならば、他の属性の魔法も何一つ操れなかった。

 それもそうだろう、生まれてこのかた一度も体内を巡る魔力、自然界に存在する魔力、なんてものは意識したことがなったのだから。

 行き成りそれをコントロールしろという方が無理だった。


「マユの魔力保有量はかなり高いと思うんだ。コツさえつかめば得意な属性魔法はすぐ扱えるようになると思うんだけど、難しいかな? もう一度してごらん?」


 検知に優れた魔術師は、おおよそではあるが見ただけで相手の魔力量や質が分かるそうだ。そのため正体を掴みにくくする惑いの術をかけたローブを身につけている者が殆どだという。

 コーディアスの見立てなので真結にも魔力量がけっこうあるらしいことは分かっているのだが、如何せん何をどうしたらよいのかさっぱりだ。

 彼は手をふわっと振り、無詠唱で手の平の上に波打つ水の球体を出現させる。

 それはいとも簡単のように見えるが、自分の中の魔力を放出し自然界の水属性の魔力を呼応させてイメージする現象を作り出すという経過が真結にはなかなか掴めない感覚だった。


「我願う。清らかなる水よ我が手に集え」


 詠唱は何でも良いらしい。コーディアスがよく使われるフレーズを教えてくれたのでそのまま唱える。

 魔道具の場合は呪文がキーワードになるので唱える言葉は決まっているが、己で魔力を行使する場合は、本人がイメージしやすい、使いやすい言葉で良いそうだ。

 魔術師の中には、コーディアスのように無詠唱で手や指の振りだけで発現させたり、指をパチンと鳴らす者、杖を補助に使う者も居るそうだ。

 

「我、こいねがいてたてまつらん。我が手に、水よ集い給え」


 強く、強く、水を意識する。

 呪文が恥ずかしいなんて雑多な念が交じるのがいけないのかもしれない。


「水! 水ーっ! いでよ、水っ!」


 真結は口にし易いように情感も顕に叫んだが、その声は虚しく高い空へと吸い込まれただけだった。


 そうか、手の平を上に向けただけのポーズが、力を込めにくいのかもしれないわ!


「はっ!!」


 掛け声とともに両手首を合わせ、指先を広げてそこから水が吹き出すイメージで手を突き出す。

 護身術を嗜んでいたこともあり、自然と腰の重心が下がる。両足は衝撃に備えて前後で構えている。

 

 …………。


 何も起きない。

 高ぶった感情に任せて思わずどこかで見たようなポーズをとってしまった自分が恥ずかしいだけだった。花もかくやという美男子の前で何という失敗だ。

 しかも実地だからと屋外に出ていたのだが、外に出るまでもなかったようだ。水たまりを作ることもできなければ水の礫を飛ばすこともできない。


「師匠! 無理です!」

「はいそこ、すぐに諦めない」


 羞恥を振り切るように口をついて出た言葉は、にこやかに拒否された。

 最近真結は少し分かってきた。コーディアスは表情豊かだが、場合によっては怒っている時ほど笑顔の人に違いない。

 その片鱗が見られる。


「魔力の流れが分からないのかな?」


 熟考するように顎に手をやり片腕を組んだその均整のとれた立ち姿は、まるで一幅いっぷくの絵画のようだ。無駄に気力を使い疲弊していた真結は、思考を放棄してその秀麗な横顔を眺めることにした。

 穏やかな風に靡く栗毛に天使の輪っかが浮かんでいる。触れれば引っかかることのない滑らかな指通りだろう。触らせて欲しいものだ。


 何か思い当たる節があったのか、コーディアスが伏せていた視線を上げる。


「そういえばマユ、あれ以来ランプは使ったのかい?」

「機会もなかったので、使っていません」


 推測通りだったのか、コーディアスは納得したように頷く。


「そこから試してみよう」


 思い立ったら即行動とばかりに彼は直ぐに手配させ、使うたびに魔力を注ぐタイプの魔道具を持ってこさせる。そして、次から次へと真結に試させた。


 初めは起動させる事すらできない。

 真結は言われた通りにキーとなる言葉を口にし念を込めてスイッチとなる魔石に触れるのだが、無反応だ。

 そこでコーディアスの助言通りにまずは目を閉じ、深呼吸を心がけて身体に巡る魔力を探る。それを掴めたらかき集めるようにして指先に移動させ、触れている所へと解き放つ。

 力の放ち方が違うだけで、魔法の行使の練習の際にも行っていたので何度か繰り返すうちに感覚が掴めて魔力を注げるようになる。順調だ。


 そして本題の魔道具だ。


 洗濯機もどきは大きな桶の中で出来る渦が内に留まらず、水の竜巻のようになって中身が飛び散った。

 レコーダーのように声を録音できる魔石は、普通に使うことができた。

 実際の大きさ以上の容量を収納できる箱も、問題なく取り入れできた。

 風を送り風力を調整できる送風機は、暴風が吹き荒れ本体の一部分が吹っ飛んだ。

 熱を伝える器具は鉄が赤く色づいたので、溶けるのを畏れて中断された。

 ランプももう一度試してみたが、やはり火力が強くてガラスが割れてしまった。


 他にも色々と確認してみた。そして分かったのは、魔力の具現の違いによって使える魔道具とそうでない魔道具があることだった。有り体に言うと魔力を力任せに多く注ぎ過ぎているため、暴走しているそうだ。


「成程ね、ここからか」


 コーディアスの口もとは和やかに笑んでいるもののヘーゼルの瞳に感情が見えない。真結は座学の成績が良かっただけに彼の落胆も激しかったのだろうと居た堪れない。

 肩を落として身を縮め存在感を消すようにひっそりとしてしまう。

 するとコーディアスが、ふっふっふっふと意味ありげに笑って真結の肩に手をのせた。重たくはないが、ずしりとしっかり掴まれる。

 いつもはくすっと品良く、ふふっと穏やかに笑む彼らしくない全然甘くない笑みはむしろ底知れない圧力さえも感じられる。


「そう気を落とさないで。きっとすぐに掌握できるようになるから」


 そ、そういうものでしょうか?


 恐る恐るも懐疑の眼差しを送る。それを受けてコーディアスは今度はいつものようににっこりと微笑んだ。まるで笑顔のお手本のような笑みだ。だが今となってはもうその笑みにも何かの意図を探ってしまう。


「うん。だって私が教えるからね」


 ですよね!!

 

 彼の辞書にきっと不可能という文字はない。彼が教えるからには真結は素晴らしい魔術師にならなくてはいけないのだ。そんなプレッシャーが一気に圧し掛かる。

 真結は楽観的に「出来る、出来る!」というポジティブな心構えで今まで何でもある程度そつ無くこなしてこれたが、今回に至ってはさっそく不安の二文字がよぎる。

 伸び伸びと褒められて育った環境と違って、期待とプレッシャーには弱いのかもしれない。


 私に、できるかしら?


 さっそく重圧に押しつぶされそうになる。

 しかしコーディアスが「ルーチェもそうだったから」と言い添えたので、真結は自己保身のためにも容易く開き直った。


 そうよね! うんうん、私にも出来る。

 だって今まで魔法なんて使ったことなかったんだから、言ってみれば私は子どもと同じ。

 練習を積み重ねて、すぐに上達してみせるわ!


 ぐっと拳を握り締め、誓ったのだった。





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