水属性の魔法が使いたい訳
この世界では程度の差はあれ誰でも魔力を持っているそうだ。
「具現化できる魔力としてはそれぞれ得意な属性があるけど、魔道具はあらかじめどう魔力が発現するか設定されていて、属性は関係なく誰でも魔石に力を注げば使うことができるんだ」
電灯のつく仕組みがわからなくても、スイッチさえ押せば明かりを灯せるのと同じかしら?
翌朝コーディアスの説明をうけて、真結は、魔力とは人々の生活の中では電気のような役割を果たしているなと感じた。
実際には様々に具現化され効力を発揮するので違うのだが、魔道具のおかげで日々の生活が向上しているらしい。といっても農民たちの間には普及しておらず、一般的に使えるのは王侯貴族や豪商の屋敷などで、王都では城下町の人々も使っているそうだ。
また、使用人は魔道具を使えなければいけないので、ある程度魔力を扱える人が選ばれている。
真結は何の疑問もなく冷蔵庫を使わせてもらっていたが、それも魔道具なのだそうだ。電化製品に埋もれた暮らしをしていた真結は気付けていないだけで、他にも屋敷の設備として魔道具を使っているのかもしれない。
魔法の扱いに長け、魔力量が多く魔法の質がよい者が修練を積んで魔法使いとなり、色んな属性を扱えて複雑な術式を多く行使できるようになると魔術師と呼ばれる。
とくに力のある魔術師は王侯貴族のお抱えとなったり気ままに研究をしたりするが、コーディアスは王宮魔術師と呼ばれる身分で、国に仕える魔術師だそうだ。
「コーディアスさんは王宮に居なくて良いんですか?」
王宮魔術師といえばその名の通り王宮に居るものではないのだろうかと真結がたずねれば、彼は瞳に悪戯な色を含ませて口角を上げた。
「私はちょっと特別でね。王宮にも研究用の塔はあるんだけど、基本は自由気ままな身さ」
有事の際には駆けつける事が条件なんだけどね、と片目をつぶってみせる姿は魅力的だったが言っていることは大物発言で、真結はとんでもない人が師匠になってしまったと気後れした。
「まず、世界を構築するのは大きく分別して火・風・土・水だと言われている。これはそのまま魔法の基本的な属性だね。世界に拡散されて常に満たれている力だから、自分の中の魔力と呼応させて得意属性の魔法を使える人は結構いるよ」
例えばサラもそうだね、と何でもないことのように告げたコーディアスに、真結は聞き返さずにはいられなかった。
「サラもですか!?」
「ん? そうだよ。彼女は魔法使いとまではいかないけれど、風属性だけでいえば優れた使い手だね」
今度ぜひともサラの魔法を使っている姿を見せて欲しいと煩悩が湧いた。
華奢で可憐な美少女が操る魔法だなんて、見せてもらわなくてどおする。夢がある。
「あとは時・空感・光・闇なんてものもあるけど、これを行使できる人はそう居ないかな。魔法の扱いに長けた魔術師の中にも、基本属性を術式によって複雑に応用できたり派生の氷や雷を使えても、この領域に手が届かない人達も居るしね。まぁこればっかりは生まれ持ったセンスの問題かな?」
センスの問題にされてしまったが才能というものではなかろうか。
たわいもなく容易に流せて言えるあたり、彼はこのあたりの魔法も使えるのだろうと真結は察した。
それもそうだ。彼は王宮魔術師だ。
「魔力量というのも、生まれ持って決まっているんですか?」
「決まっていると一概に言い切れないものだけど、普通に暮らしている分にはそう思ってくれていいよ。厳しい修行を積んだり邪道な方法をとったりして身の内に保有できる魔力量を拡大する人もいるけど、滅多にないことだしね」
「では、魔力量が多い人ほど魔法や魔術がたくさん使えるってことですね?」
それは安易に導かれた確認だったが、コーディアスが小さく口角を上げるのを見て、真結は違うのだなと恥じた。少し考えれば分かることだった。電気はあっても供給するのに何ボルトなのかによって威力は違うし電線がなければ使用もできない。魔力の質、というのも関係してくるのだろう。
「その顔は気づいたかな? ふふっ、良い子だ」
見ため的には十も違わなそうなのに、かなりの年下扱いをされて真結は複雑だった。良い子と言われる年齢でもないのに。
「いくら魔力量が多くても、五しか力が必要ないところに十注いでしまったら無駄な消費だよね。それを繰り返していたら結局魔力の質が良くてコントロール上手な人とそう変わらないだろうし、学んで研鑽を積み重ねて要領を得なければ上級魔法も使えない。魔術なんてなおさらだ。それに魔力を流し込むことはできても、具現化する感覚が捉えづらい人も居るみたいでね、そういう人達は自然と肉体の方に作用されているよ」
免疫・自己治癒能力が高かったり、並みの人より瞬足で怪力であったり、とかそういうことだろうか?
「ルーチェも血筋的に魔力量はとても多い方なんだよ。ただ彼の場合コントロールが苦手なのもあるんだろうけど使おうとしてないから、無意識に剣技に生かしているようだね。有り余ってるからそのぶん誰かにあげて有効活用できればとは思うけれど、まぁ私なら要らないかな? 彼の魔力は強情そうだしね」
ふふっと笑うコーディアスは、さり気に酷い。
「最近は落ち着いているけど昔は魔力が暴走する事が度々あってね。そこで、私の出番だったというわけさ」
うんうんと興味深げに頷く真結を見て、コーディアスは目元を満足げに細めて真結の頭を撫ぜ、先を続ける。
「魔力の扱い方を彼に指導するという大義名分のもとに面倒を見させられたってわけだ。要は癇癪持ちの子どもを押し付けられたようなものさ。まぁ、血縁でもあるしね」
さらっと俄かには信じられないことが聞こえた。
ルーチェは幼い頃、きっと偉大な魔術師として頭角を現していただろうコーディアスに魔力の制御について教えを仰いでいたから、今でも彼に恩義を感じているのだろう。真結にもそれはルーチェの態度から推測された。
だが血縁であるということは終ぞ想像し得なかった。
「血縁って、遠縁のですか? お二人は全然雰囲気が違うので、全く気づきませんでした」
さも意外だとばかりに問えば、コーディアスの方こそ意外そうに首を傾ける。
「ルーチェは再従兄弟なんだが、私も彼も祖父似でね、二人とも兄弟のようによく似てるって言われるよ」
「そんな!? 全然似ていないと思いますよ!?」
ここは全身全霊をもって否定しないと真結の気がすまない。
陽と冷ほどにかけ離れているのに、どこが似ているのだろうか。顔面偏差値の高さは二人とも共通して高いが、系統が違いすぎる。
言葉だけでは足りずに手振り身振りでもって主張する真結に、そこまで否定されるのは初めてだな、とコーディアスは可笑しそうに笑った。
「話は逸れてしまったけど、まぁそういうわけで必ずしも魔力量がある人の方が魔法を使えるというわけじゃないんだ」
「はい、良く分かりました」
「ふふっ、君は良い生徒だね。私も人に教授するなんて数える程にもなかったんだけど、君みたいな教えがいがある可愛い子は、師匠としてもなかなか嬉しいね」
元気にはきはきと答えたら、好印象を持ってもらえたようだ。
相変わらず女性を蕩けさせる甘い笑みを不用意に浮かべるコーディアスに、真結は頬を微かに上気させた。
認めてもらえることは喜ばしいことだ。素敵な笑顔を間近で拝顔できるのも喜ばしいことだ。
「ではそんな可愛い弟子に、私からプレゼントをあげよう。魔法について基本的なことが解りやすく纏めてあるから、予習復習に役立ててさらに精進するように」
面白がってお堅い真面目な師匠面でそう言ったコーディアスの手には何処からともなく分厚い革張りの装丁の本が取り出されていた。
こ、これは、空間の魔法ということかしら!?
便利な魔法を自分も使えるようになりたい! その一心で真結の好奇心と探究心は刺激され、ずっしりと手に存在感をアピールしてくる本の重さに、早くここに記された未知の世界を読み解きたいと心が踊った。
それからというもの、真結はお菓子作りの他に魔法にも興味を持った。
お菓子作りは毎日調理場で料理人達の邪魔になってもいけないし、材料の確認や何を作るか考えたりもするので、数日おきに時間をとる事にしている。
その間何をしているかというと、コーディアスに魔法の基礎について教わったり本を読んだりして過ごしている。他の勉強はルーチェが引き続き請け負ってくれている。
真結は窓辺の椅子に腰掛け、彼が参考にとくれた魔術書の本を読み進めていた。ページを捲ってみれば、魔術というほど複雑な作りの術ではなく基本的な魔法について書かれていた。
既に学んだ事や、そうでない事もだ。
その中で気にかかったのは、青銀の月に関する章だった。
「えっと、何々? 必要な術に対して魔力量が不足する場合、魔石で補填することも可能だが青銀の月の光であればより望ましい。また、月の満ち欠けによってその威力は変化する」
青銀の月というのはまさに、元の世界では見られなかった二つあるうちの一回り大きな月のことだろう。時に緋く、時に青白く、そして黄金に色を転じる真結の見慣れた月と違って、青銀の月は常にその色彩を放っている。
そうか、魔力と関係していたのね。
もしかすると青い月が無いからこそ、私の世界には魔法が無いのかしら?
青銀の月は、魔力回復にも関係があるらしい。
体内に留まっている魔力量は消費したぶんだけ減るが、時間が経つうちにそれは補充されていくそうだ。とくに身体を休めて眠るとその回復は目覚しいが、青銀の月の光を浴びたり、魔力に満ちた聖域と呼ばれる場所ではその効果も高いという。
その所以あって魔術師達は昼から夜にかけて活動することが多く、大きな術を行使するときは満月の夜が好まれるそうだ。どおりでコーディアスと午前中に顔を合わせる事が滅多にないわけだ。
とはいってもごく一般的な人であれば、普通の生活を送っていれば夜に残存魔力量が僅かになってしまっても、寝て朝になれば戻っているのだという。保持魔力量が極めて高い人が残存魔力量が僅かになるまで使ってしまった場合は回復に日を費やすこともあるが、その回復の速さも個人差があるという。
窓から空を見上げたが、まだ日中なので月の姿は見当たらない。
根を詰めて活字を追っていた真結は身体が凝り固まっていたので、首を回して腰を捻るのと同時に大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。身体が、若干軽くなる。
その様子から頃合だと判じたのか、サラから昼食を促され、真結はそのまま自室でお昼をとることにした。本を読んでいる時はあっという間に感じるがいつの間にか午前を消化してしまったらしい。
この後はコーディアスから座学ではなく実践だと聞いている。
新たな挑戦に胸を弾ませながら、真結はさっそく使ってみたい魔法を決めていた。
水属性の中の氷の魔法だ。
物を凍らせるのではなく、氷そのものを具現化させたい。
「何故でございますか?」
まずは得意属性が何か探るということを通り越して、氷が良いのだと明確な意欲をもっている真結にサラは当然の如く疑問を持ったが、真結はそれには答えなかった。
「ふふっ、秘密よ」
だって言えないじゃない?
お菓子作りに使いたいから、だなんて。
冷蔵庫や冷凍庫はあるものの、氷を物を冷やすためだけに大量に使うのは気が引けて、本当は氷で急冷したり氷水を使いたかったのを遠慮していたのだ。
氷が自分で作れれば使い放題だ。お菓子作りが便利になる。
今度は何を作ろうかしら?
想像する、とついつい頬が緩んでしまうのをとめられない真結だった。