父の日記帳 vol. 4
5月18日(月曜日) 心の天気 (曇りのち晴れ)
そろそろ体調も元に戻ってきたようです。
食欲も出てきました。
心配なさそうです。
午後からの田嶋教授の言語学の講義は、都合により休講になりました。
僕は、久しぶりにクラブハウスに足を運びました。
僕の所属している美術部の部室は2階の西側の一番奥にあります。
部室は誰も居ませんでした。
部室にしみ込んだ、油絵具の匂いを久し振りに嗅ぐと心が落ち着きました。
閉め切った部室の窓を開け、パイプ椅子に座ってぼんやりと外の景色を眺めました。
5月の爽やかな風が僕の頬を伝って、部屋の中の淀んだ空気を浄化し始めました。
青い空、白い校舎、緑の芝生、多くの学生たちがキャンパス内を歩く姿。
外大は女子学生の数が他の総合大学に比べて比較的多い大学です。
キャンパス内にある十数本の金属の国旗掲揚ポールには、大学が専攻学科としている国の国旗が高いところで春風に乗って気持ちよさそうに泳いでいます。
十数本の各国の国旗を除けば、こんな風景は、どこの大学でもありそうな見慣れたキャンパス風景です。
のどかな昼下がりの静寂を破るように、ドアをノックする音がしました。
今年美術部に入部した一年生の有沢由香と久保田典子が大学の売店で買った、紙袋いっぱいのお菓子を抱えて入って来ました。
「あらっ、坂口先輩、お久しぶりですね。もう、お身体の方はよろしいのですか? 盲腸の手術をなさったとか。他の先輩からお聞きしましたけれど・・・お見舞いにも行けず、申し訳ありませんでした」
有沢由香は軽く頭を下げました。
「いや、いいんだよ。よく知っていたね」
僕は有沢由香の顔を見ながら答えました。
「ええ。まぁ」
有沢由香は白いショルダーバッグと教科書を入れた半透明なピンク色のビニール袋を中央の丸いテーブルの上に置きながら言いました。
それにしても、僕が盲腸で入院したことは、部員の人たちには知らせないで下さいと、谷口部長にあれ程お願いしていたはずなのだが・・・
谷口部長は数人の主だった部員だけには、僕の話をしたのかも知れません。
有沢由香は僕が最近、部室に顔を出していないのを気にして、先輩のどなたかに尋ねたのかも知れない。
久保田典子は早速、紙袋からスナック菓子や缶ジュースを取り出し始めました。
「先輩もいかかですか?」
久保田典子が言いました。
「僕は、いいよ」
視線を窓の外に移しながら答えました。
「あぁ、そうですか。それじゃ 失礼します。 由香、食べよう」
久保田典子は菓子の袋を開け始めました。
しかし、有沢由香は僕に配慮したのか、買ってきた菓子袋には手を付けようとしませんでした。
彼女たちが美術部に入部してからというもの、僕たちが先輩たちと真面目に芸術論を語り合ったり、油絵の技法、絵コンテの技法など学んだ創造の聖地は、いつの間にか彼女たちにとっては、空腹を満たす格好のえさ場兼休憩室になってしまいました。
久保田典子ひとりが菓子やジュースを飲み食いし始めてから数分後、突然大声を出して笑い出しました。
「そうそう思い出したわ。ほら、クラスに高岡秀樹っていてるでしょ。この前ね、あいつが305号室の教室に入って来たときの事なんだけどね、ズボンのほら、男の”社会の窓”って言うのかしら、そこが開いていたのを偶然、山下留美子が見つけたんよ。それを留美子が私たちに目で合図したものだから、私たちがクスクス笑い始めたの。そしたらあいつったら『お前ら、何がそんなに可笑しんじゃ。俺の顔に何か付いているんか? それとも、俺に、気でもあるんか~』って言ったんよ。そしたら、みんなで『まさか~』って声をそろえて返事をしたの。それからね、留美子があいつのあそこを指で指したんよ。そしたらあいつ、顔真っ赤にして『そんなもん、珍しんか。アホくさ』言うて、駆け足でどこか行ってしもたんよ。それから授業が始まっても教室に戻って来なかったわ。ほんま、あん時、可笑しかったわ」
有沢由香は、そんな話にそれほど興味がなさそうでした。
久保田典子はそんな有沢由香の空気を察してか、再び僕に話しかけてきました。
「ホント、坂口先輩も食べませんか。このチョコレート美味しいですよ。ここのメーカーの新製品なんです。私たちの間では、今ちょっとしたブームなんですよ。ねぇ、由香」
そう言って久保田典子はチョコレートの箱を僕に差し出して勧めてくれました。
それは小さなビスケットの上にホワイトチョコのようなものが乗せてある菓子でした。
「うん。ありがと。でも今は、要らない」
僕は礼だけ言うと、教科書を縛ったブックバンドを手に取って部室を後にしました。
僕はクラブハウスを出て昼食をとるため学食に向かおうとしました。
有沢由香が僕の背後から小走りで追いかけてきました。
「坂口先輩、ちょっとお時間よろしいですか?」
「何ですか?」
久保田典子の部室での態度の悪さに、少なからず不快感を抱いていた僕は、この時、彼女の友達である有沢由香に対しても冷たく突き放すような言い方をしてしまいました。
有沢由香は、一瞬、えっ、私、何か、いけない事でも言ったかしら? どうしてそんな冷たい目で私を見るの? と言わんばかりの顔で僕を見ました。
そんな有沢由香の一瞬の顔の変化を感じた僕は、言葉を選びながら優しい口調で言い直しました。
「あぁ、ごめんな。有沢さん。少し考え事をしていたものだから。変な空気作ってごめん。気に障ったんだったら、謝るよ」
「先輩、今、機嫌が悪そうですね」
「そんな事はないよ」
「そうですか?」
「そうさ。ところで僕になにか用なの?」
「少しお時間よろしいですか? 先輩の昼からの授業は休講になったでしょ。だから少しだけお話がしたいんです。お断りになさる理由は無いと思いますけれど・・・」
有沢由香は少し高圧的に僕に話し掛けてきました。
今、僕が冷たい態度を取ったお返しなのか、それとも何か特別な話があるのか、どちらにしても話だけは聞こうと思いました。
「少しくらいならいいけど・・・」僕は腕時計を見ました。
「久保田をひとり、部室に残しておいて、いいのか?」
「いいの。彼女は西岡順子さんを待っているから」
西岡順子も今年、美術部に入部したひとりだ。
彼女たち3人が今年の新入部員なのだ。
3人の中でもひとり、有沢由香だけに少なからず興味を抱いていた僕としては、そんな有沢由香の問い掛けに次第に脈拍が速くなるのを覚えました。
「で、話というのはなに?」
「これから授業が無いということは、先輩はお昼からフリーですよね。私とご一緒出来ませんか?」
「ご一緒って?どういう意味か解らないけど、ごめん。確かに授業は無くなったけど、別に用事が出来たんだよ。悪いな」
僕は有沢由香の突然の誘いに気持ちが動揺してしまい、申し出を断ることで気持ちを落ち着かせてようとしていました。
今日、これからご一緒って、余りにも性急過ぎるのではないかと思いました。
有沢由香の誘いに乗るには、心の準備というか、僕としてはやはり、それなりの気持ちの整理が必要でした。
「ホント、申し訳ないね。また今度にして」
僕はその場を立ち去ろうと有沢由香に背を向けました。
彼女は、僕の背中に向かって言いました。
「私、坂口先輩と一緒に映画、観に行きたくて、お姉さんにわざわざこの映画のチケットを手に入れてもらったたんです。上映は今日までだし。無駄になっちゃったわね。残念だわ。先輩以外とは誰も誘いたくないし。でも、もういいわ。仕方ないもの。諦めます」
そんな声が背中から聞こえてきました。
そうな言い方されてしまったら、僕としては・・・
キャンパスにある大時計を見ました。
針は12時13分を指していました。
僕の腕時計の針は今、2時15分を指しています。
有沢由香と僕は、京阪の四条駅を降りて、河原町通りを北へ向かって歩いていました。
もう少し歩くと目的の映画館です。
一階の映画館のホールには、今上映中の主人公、フォルクスワーゲン車が展示してありました。
そうです、これから僕たちが観る映画のタイトルはウォルトディズニー配給の”ラブパック”です。
実は、日記には映画のあらすじがびっしり書いてあるのですが、面倒だからここでは書きません。
ご覧になりたい方は・・・それなりに考えてください。
(日記を公開しちゃった悪いヤツより)
初デートにはもってこいの映画でした。
面白くて、子供っぽくて、ちょっぴり切なくて・・・
今、僕たちは映画を観終って、映画館の近くのレストランでランチを兼ねたディナーを楽しんでいます。
「あんな車、本当にあったらいいよね。絶対欲しいよね。車が人間と同じような感情を持っているんだよ。それで大きな橋から飛び降り自殺しようとするんだよ。死んでは絶対ダメだよね。人間はもっとダメだからね。折角、生まれて来たんだから、この世に必要な人だから生まれて来たんだからね。絶対、自分から死んだりしたらダメなの」
有沢由香は自分自身に言い聞かせているようでした。
彼女は、食事をしている間も、今も残っている僅かな高揚を覚えたまま、独り言のように感想を漏らしていました。
有沢由香には何か特別な感動が芽生えたのだと思います。
彼女はこういう映画が好きなんだな、と思いました。
今度は、僕が映画に誘ってあげよう・・・喜ぶだろうな~・・・
よ~し、日記に書いておこう!!!
有沢由香の好きな映画のジャンルは、と・・・
ファンタジー的なもの。ハッピーエンドもの。恋愛もの(失恋はダメ)。ガキっぽいもの・・・
それと、激しいラブシーンのあるもの・・・おっと、これは僕の願望でした。(冗談です)
腕時計が、分単位を四捨五入して、えっと・・・6時40分を指しています。
帰宅時間がすっかり遅くなってしまいました。
彼女を自宅まで送り届けることにしました。
彼女の自宅は、京阪本線の香里園駅で降ります。
そこからバスに乗り換えて20分ほどかかりました。
目的のバス停で降りました。
しばらくバスの進行方向に向かって歩きました。
バス停を降りてから、2人には会話がありませんでした。
今日は、図らずも有沢由香と初デートみたいなことになってしまいました。
その上、帰宅時間まで遅くなってしまった。
家族の方にどの様な詫びしたら良いものか、僕はず~と考えていたのです。
有沢由香は、僕が黙っていたので、とりあえず、黙っていたのだと思います。
途中、小さな公園がありました。
そこを左折して、少し過ぎると立派な塀で囲まれた西洋風の瀟洒な白い建物が見えてきました。
赤レンガ造りの門に、はめ込まれた白い大理石の表札には”有沢”の文字が刻んでありました。
有沢由香がインターホンを鳴らしました。
「はい」
若い女性の声がしました。
「私よ。由香」
金属製の門のロックがカチッンと音を立てて外れました。
水銀灯の白い照明が庭の青々した芝生を照らしていました。
僕は玄関先で挨拶を済ませたら、すぐに帰ろうと思いました。
有沢由香は僕が玄関に入ると、突然、僕の手から教科書を取り上げるとそのまま奥の部屋へと消えてしまいました。
(えぇ。どうしたんだ)
僕は彼女が、このような行動に出るとは・・・・・・・
僕は、有沢由香のその素早い行動に呆然として、玄関でしばらく立ち尽くしていました。
有沢由香が消えた奥の部屋からお姉さんらしい女性が現れました。
「坂口君、そんな所で立っていないでお上がりなさい」
「そうですか、では失礼します」
僕は映画のチケットのお礼と、帰宅時間の遅れを詫びたらすぐ帰ろうと思いました。
応接間に通されました。
「今晩は、お邪魔します」
ひとりの若い男性がソファーに座って、テレビを見ていました。
そこへ部屋着に着替えた有沢由香が、僕から取り上げた教科書を持って入って来ました。
「お姉さん、義兄さん。こちらがいつも話している美術部の先輩の坂口圭一郎さんよ」
「初めまして、坂口です」
僕はこんな筈ではなかった、という思いからか、手にはびっしょりと汗を掻いていました。
「先輩、こちらが姉の彩香と婚約者の山下達彦さん」
「よろしく、山下です」
ソファーから立ち上がると軽く会釈してくれました。
とても優しそうな人でした。
それにしても、いつも話しているとは、どういう事なのだろうかと、一瞬、僕の気持ちの中で疑問が過ぎりました。
姉の彩香さんは、妹の有沢由香以上に綺麗で可愛い人でした。
お姉さんの彩香さんは、有沢由香よりも3歳年上でした。
その分やはり落ち着いた感じがありました。
と、いうのが僕の有沢由香のお姉さんに対しての第一印象でした。
「今日は映画のチケット手配して頂き、ありがとうございました。とても面白い映画でした。それと由香さんを遅くまでお借りして申し訳ありませんでした」
僕はお姉さんにお礼と謝罪の言葉を述べました。
「いいのよ。その事は。そういえば、坂口君、盲腸の手術したんですってね。大変だったでしょ?」
「はい。でも、お陰様ですっかり良くなりました」
有沢由香はそんな事までお姉さんに話しているのかと思いました。
この調子だと、有沢由香はお姉さんには、何でも話をする妹なのかも知れないと思いました。
いつも話をしている・・・先ほどの有沢由香の一言の疑問が、ここで解けた気がしました。
その後、応接間で四人でお茶を飲みながら、映画の話、音楽の話、僕の田舎の家族の話などで一時間ほど過ごしました。
突然の有沢家の訪問というハプニングで、お酒など飲んでいないのに、飲んだような高揚感を感じつつ、フラフラした足取りで僕は帰りのバス停に向かっていました。
「坂口せんぱ~ぃ、忘れ物。ほら教科書ですよ」
僕は自分の教科書すら、有沢の家に忘れてきたことに気づきませんでした。
有沢由香は小走りで僕を追いかけて来ました。
胸が少し苦しそうです。
胸に手を当てていました。
「大丈夫かい」
「ええ、大丈夫よ」
そう言いながら有沢由香は僕に教科書を渡しました。
今日は有沢由香の教科書強奪事件には、少しばかり腹が立ったけれど、そのことで彼女との関係が以前より好くなったこと、そして彼女の事をより深く知ることが出来たという事で、それはそれで良かったのかなと思いました。
「まだ、バスが来るまで時間がありそうですから、ちょっと公園に寄りましょうか?」
そう言うと有沢由香は公園の方に向かって先に歩き出しました。
辺りは、街路灯と公園内にある外灯で昼間のような明るさがありました。
僕の腕時計は夜の10時10分を指しています。
こんな夜中です。
公園内には有沢由香と僕しかいません。
一歩間違えたら、警察に職務質問されそうです。
でも、2人とも可愛いからそんな事は無いと思います・・・(笑い)
有沢由香はブランコに乗るとゆっくりと漕ぎ出しました。
僕も彼女の揺れに合わせるように隣のブランコを漕ぎ出しました。
「坂口先輩、お願いがあります」
「なに、改まってさ」
「突然なんですけど、これからね、私とお付き合いして頂けませんか?」
「えっ?」僕は、思いもよらない有沢由香の告白に驚きました。
これが最近、巷で流行っている有名な ”ブランコ告白” ってやつですか?・・・(そんな告白の仕方が流行っているかどうか知りませんけど・・・これからみなさんで流行らしましよう)
「ホントに、また突然なんだね」
「だって、こういう事の始まりは、いつだって突然でしょ?」
「うん。そうかもな」
僕はブランコから降りると、有沢由香にもブランコから降りるように促しました。
そして言いました。
「まだ、君。僕のこと、そんなに知らないでしょ。まだ、大学に入って二か月足らずだし。そんな軽はずみな告白をしてもいいのか?」
「そんな軽はずみな告白なんかではありません。だって私は、先輩にお会いするたびに、ず~と観察して来たんですよ。だから昨日、今日の思いつきで言っているのではありません。それにこれからお付き合いをして、お互いが少しづづ知っていけばいいと思います」
「ふ~ん」
「だって、今まで先輩を観察してて、とても遊び人には見えないし、不良にも見えない、ウソつきにも見えない。ましてや、女の人をだましたりするような人にも見えなかったし。それに、そんなにいやらしい人でもなさそうだし。だから、安心しているの。きっと先輩はいい人なのよ」
「ちょっと待て。君、僕の目を見てもう一度、言ってごらんよ」
「いいわよ。何度でも言ってあげる」
有沢由香は僕の顔をじっと観ました。
「いや、いい。冗談だ」
うん。多くの男の中で、僕を選ぶなんて、なかなか、有沢由香は人を見る目がありそうだ。
その通りです。
僕は根っから真面目人間なんです。(自分で書くのも抵抗があるんですが・・・・)
「私、真剣なんですよ」
有沢由香はまだ僕の顔を観続けています。
「なんだか、よく判らんけど、少しばかり僕を買い被っていると思うよ。僕だって男だし。いつ変貌するか、判んないよ。そう、今だって、この公園内には僕ら以外誰も居ないし、隙あらば・・・頭の中で今、僕が何を考えているのか? 君には判らないでしょ」
「なに言ってるのかしら? そんなこと絶対にありません。そんな勇気なんて先輩にはありません。口ばっかりなんだから」
「そこまで信用されたんじゃ。嬉しいのか、そうでも無いのか、男としてよく判んないけど・・・」
「じゃ、そういうことで、先輩いいですよね。お付き合いしてくださいね。これからよろしくお願いします」
有沢由香は深々と僕に頭を下げました。
「うん、そうだな。分かった。でもね、久保田や西岡にはしばらくは内緒にしておいてくれないか」
何だか、今のこの関係、男女の立場と先輩・後輩の立場が反対なような気もするけど・・・まぁいいか・・・
(そんなに難しく考えるな)
僕は心の中で思いました。
「もちろんよ。私の口からは絶対言わないよ。でも、うぁ~よかった。私、断られたらどうしようと思っていたの。そうなったら、もう、部室には行けないし。先輩の顔も真面に見られなくなっちゃうんじゃないかと・・・」
「それでな、これからはさ、部室の中でもお互い、絶対! 僕たちが付き合っていることは内緒だからな。知らない振り、ごっこだからね。みんなには絶対、悟られないようにしないとな」
僕は、この点は先輩としてしっかりと念を押して置きました。
「分かっているわ」有沢も告白したことで、何かが吹っ切れた様子でした。
こういう事は、自然と周りに浸透して、何時かは不思議と知られてしまうものです。
それまでは周りには秘密にしておこうと思ったのです。
有沢由香は、再びブランコに乗るとより強く漕ぎ出しました。
「ねぇ、危ないからブランコ、そんなに強く漕ぐのやめたら」
僕は、有沢由香の風で舞うミニスカートが気になって仕方がありません。
彼女はブランコを強く漕ぐことで、告白した恥ずかしさを紛らわしていたのか、嬉しさを表現していたのか、よく判りませんでした。
しばらく強く漕いでいました。
ブランコを降りた有沢由香は言いました。
「これからお付き合いするんだったら、先輩の事、坂口先輩ってお呼びするのも可笑しいですよね」
しばらく有沢由香は星空を見上げていました。
「それじゃ、坂口圭一郎だから、これからは圭君と呼ぼうかな?」
圭君か! 年下の女の子に、君付けで呼ばれるのも、いかがなモノかなと思いました。
まぁ、それも含めて付き合うとう事だから、それも、あり かな?と思い直しました。
「それじゃ、僕は有沢の事を 由香 と呼ぶからね」
そういっている自分が妙に照れくさくなりました。
こんな調子で僕たちは二人だけの誰も知らない、秘密がひとつ出来ました。とさ。へへへ
僕たちは、2人だけの時だけ、
「由香。圭君」
とお互い呼ぶようにしました。
うぁ~ 鳥肌もんです~。
遠くからバスの前照灯が近づいて来ました。
僕は由香と別れの握手をしました。
僕はバスの中から、まだ由香の手の温もりの残った手を小さく振りました。
周りにいる数人の客の目を意識しながら・・・
僕は由香の家に向かう時と、その帰り道では、由香にたいする気持ちが大きく変わっている事に気づきました。
今日のふたりだけの秘密も、きっと今頃は姉の彩香さんにはもう筒抜けだろうな・・・由香の事だから・・・
由香からの映画の誘い、そして突然の告白。
今日は有沢由香に二度も驚かされた。
でも、充実した良い一日でした。
今日、5月18日は由香との大切な交際記念日になりました。
えっ~と、最後にひとつ訂正がありました。
”ラブパック”の上映期間は今日までではありませんでした。
由香が仮にウソまで言って、僕を映画に誘ったとしても、こんな可愛いウソならこれからも喜んで僕は騙されようと思います。
由香! 僕にたくさん ウソ ウソ ウソ を言っていいからね。
僕は喜んで、だ・ま・さ・れ・て・あ・げ・る・よ
由香の勘違いでした・・・ということにしておきます。
おやすみじゃけん。 あ~今夜は眠れんばってん・・・・