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父の日記帳 vol. 2

5月6日(水曜日) 心の天気 (どしゃ降り)


大学2年生にもなって虫垂炎で入院するなんて、何という体裁の悪いことか!

まぁ、年齢には関係なく発症するのだから仕方がないと言ってしまえば、そうなんだろうけれど・・・


午後から僕の身体は虫垂炎の手術を受ける準備が行われました。

年齢は僕と同じくらいで、背は少し低い看護婦さんがニコニコしてスキップしながら僕の病室に入って来ました。

手にはカミソリ、脱脂綿、シェービングクリームのようなものを持っていました。


僕はこの病院に入院する前、悪友のひとりから「盲腸の手術はな、あそこの、なには、ぜ~んぶキレイに剃られてしまうぞ。俺も去年、手術したから間違いない。しかもだよ、俺の場合は、その剃ってくれた看護婦さんがさ、それも、たまたまだぜ、近所の同級生の女子の姉貴と、きたもんだ。姉妹とも子供の時からよく知っているものだから、まぁ、目も当てられね~。姉は絶対、患者が俺だと分かって剃りにきたに違いない。ホント、穴があったら入りたかったよ。それからというもの、あの姉の住んでる家の前の道を通るのが嫌で、出かけるときはいつもわざわざ遠回りしていたもんさ。どうも苦手になっちゃってさ、もしもだよ、彼女の家の近くでばったり出くわしたら、挨拶をしない訳にはいかないからさ、挨拶するだろう、その時一瞬でも彼女の脳裏で俺の下半身を思い出したと思うと絶対、嫌だからさ・・・もぉ~思い出すたびに腹が立つ」などと、要らない情報をくれたものだから余計、今は落ち込んでいる。

 

それが今、現実に僕の身体にその行為がなされようとしているのです。

僕は恥ずかしさと、惨めさと、敗北感と、絶望感の入り混じった気持ちを、僕のこの目で看護婦さんに訴えたのです。

”えっ ! そんなにお若い看護婦のあなた様が、今から僕のなにを、そのなにで、お剃りになるのでございますか”

僕はその・・・なんと申し上げたらよろしいのでございましょうか、まだ、心の、心の準備が・・・僕の顔は電気ポットのように熱くなっていました。


僕の顔を見つめる二重瞼の大きな目をした看護婦さんは、わざわざ目を細めて、明らかに僕をこんな風に睨み付けているのです。

”あ~ら、可愛いらしい私のボクちゃん。待ってなちゃいよ。今から私がね、ボクちゃんの大事な所をちょりますからね。おとなしくしてなくちゃダメでちゅよ。恥ずかしがったらダメでちゅよ。下手に動いたら大事な所をちょん切っちゃいまちゅよ。そんなことになったらね、近い将来、可愛いっ子ちゃんが出来ても、大人のいやらしいおいたが出来なくなっちゃいまちゅからね。だから動いちゃダメでちゅよ~ 分かりまちたか~ じっとしてなくちゃダメでちゅよ~。 よろしいでちゅか~。 ボクちゃん”

と、まるで赤ずきんちゃんの物語に出てくるような人食いオオカミが、今は可愛い子ぶった覆面を被り、その下に鋭い牙を隠し、鋭いツメで、いたいけな子羊のような僕を今から手籠めにしようと企んで、脅しを掛けている様でした。

僕は逃げることさえ許されない現実に半ば、脅えながら覚悟を決めようとしていました。


二重瞼の大きな目をした看護婦さんは冷静に僕に話しかけました。

「は~ぃ。いい子にしてまちゅか、坂口君。ちょっとだけお腹、出しまちゅね。パンツ下げまちゅよ~。」と言いつつ、見事な手つきで僕のパンツを下げました。

「あっ」僕は喘ぎ声とも悶え声とも判別できない意味不明な小さな声を思わず洩らしてしまいました。

大の男が実に情けない。

「あぁぁぁ、もうダメ」僕は看護婦さんから顔を背けました。

恥ずかしさと照れくささが、津波のように何度も僕を襲ってきました。

「ひぇ~」僕はシェービングクリームの冷たさと看護婦さんの微妙な手の動かし方に思わず小さな悲鳴を再び上げてしまいました。

そんな僕の声を無視するかのように彼女は、テキパキと仕事を進めていました。

看護婦さんのそうした行為は、僕が期待していたもの(僕が期待していた行為とは、いかなる行為を指すのか解りませんが・・・)とはまるで違っていました。

看護婦さんは、ほとんど片付け仕事でもするかのように手際よく、その行為を終わらせていたのでした。

そうなんですね。

看護婦さんにしてみれば、年に何百回と、このようないろいろな仕事を繰り返しているのです。

その都度、患者さんがどのような感情を抱いているか、またどのような気持ちで、なにを剃られているかなんて、いちいち考えて仕事している訳がありません。

これまでの一連の感情は、僕一人の妄想でしかありませんでした。

ひとり恥ずかしがっている自分が、ちょっぴり滑稽でした。


どうやら、パンツの下げられた位置からして、大事な所までは見られずに済んだようです。

また、あの悪友からのメッセージは大半がウソだと判りました。ちゃんと大切なものは残っていました。

安心しました。

でも、へへへ。

今となっては、少しぐらいは、僕の粗末なものでもよかったら、見せてあげてもよかったのですが・・・(ウソで~す)


僕の頭の中では、看護婦さんがちょっとだけ大きくなった僕のそれを摘んだ時、自分の意思とは関係なく益々反応してしまったらどうしよう。

そんな本能的反射運動が起きてしまったら・・・ああ・・・などと手術前だというのに、こんなくだらないことばかり真剣に妄想していたのでした。

しかし、可哀想に。手術の前に緊張していた僕とは正反対に、その見栄を張った別の人格を持った大切な僕のいたずらっ子は、今となってはスッカリ萎えてパンツの中でしょんぼり拗ねていたのでした。


その後、しばらく病室のベットに横たわっていた僕は、2人の看護婦さん達によってストレッチャーに乗せられて手術室に運ばれました。


冷やっこい手術室の中は、手術着を着た若い看護婦さん3人と若い先生が1人、白い帽子にマスク、ゴム手袋をはめて、白いタイルの壁を背にして僕を待っていたのでした。


どうして、ここの病院は若くて綺麗な看護婦さんばかりいるのでしょう?

それは決して、マスク効果なんかではありません。

確かに綺麗に見えるのです。

人間は危険な状態に陥ったり、緊急事態が長く続いている状況に於いては、異性が綺麗に見えるのかも知れません。

一瞬戸惑いました。

院長先生の趣味かも知れません。

僕は病気ではなく今度は元気な時に、この病院に来ようと思いました。

でも、いろいろ考えているうちに僕は、ふと、気づきました。

ここの院長先生は、僕を、手術前の恐怖心を異性に対しての羞恥心で和らげようと配慮してくれたのかも知れない、と気づいたのです。

でも、若い僕にとっては、恐怖心よりも羞恥心を味わう方が本当は辛かったのです。

若さというものはそういうものなのです。

院長先生は医学の達人かも知れませんが、心理学は未達人のようでした・・・な~んて偉そうにね。

思っちゃいました。

だからと言って今更、手術室を逃げ出す訳にもいきません。


院長先生が手術室に入って来られました。

僕は、寝間着を脱いで、パンツ一枚になった身体で手術台に上がりました。

手術台はひんやりと冷たく、僕の身体を受け入れてくれました。

今は恐怖度100パーセント状態です。

羞恥心は皆無状態です。

若い看護婦さんの前です。

素直に院長先生の心理作戦に乗ろうと思っていたのですが・・・

”えぇぇぇい。こちとら~江戸っ子だぁい”(本当は違いますけど・・・ここはノリで)

”矢でも鉄砲でも、注射でもメスでも持ってきやぁ~がれ” トホホホ

こうなったら、もう”まな板の上の変です。いや恋です。いや鯉です”(くどいジョークですみません)

ノミ程の心臓しか持っていない、こんな僕ですが、一応覚悟は出来ました。


院長先生は僕の脊髄に下半身麻酔の注射を打ちました。

暫らくすると、両足の足首の方が少し火照ってきました。

麻酔が効いてきたようです。

腹部にメスが入りました。

その瞬間チクッと激痛が右わき腹に走りました。

まだ麻酔が・・・

いや、効き始めました。 

今は何の痛さも感じません。

下半身麻酔なので、手術中も院長先生や若い先生、看護婦さん達の声が聞こえてきます。

「かなり慢性化してるな」マスクの下から院長先生の太く低い言葉が洩れてきました。

「そのようですね」若い先生が軽くほっそりした声で相槌を打っています。

僕は、腹の中をまさぐられている感じを受けました。

腸の辺りから胃の辺まで内臓を引っ張られている感じです。

とてもいやな感触です。

「うん。胃の方まで伸びてるな」

「そうですね。20㎝ほどありますね」と若い先生が言いました。

僕は意識の薄れていく中で、”へぇ~盲腸ってそんなに伸びるものなのか・・・。僕の盲腸も腹の中で立派に成長していたんだ。 そうなんだ”

僕は、自分の体の中で成長した盲腸に、ヘンに感動していました。

僕はそんな先生方の会話を遠くの方から他人事のように聞いている感じがしました。

ほんの一瞬ウトウトしたかも知れません。

遠くの方から声がしてきました。

「坂口君、もう大丈夫だよ。終わったからね。患部はみんな取ったからね」院長先生の太く低い声は今は優しく聞こえてきました。

「・・・・」僕はお礼の言葉を言おうとしたのですが、咽喉から声が出てきませんでした。

左目から何故か、一筋の涙が流れました。


僕にとっては、長い手術時間に思えました。

実際かかった時間は40分位でした。

手術が終わったので、看護婦さん達が僕の身体を手術台からストレッチャーに移そうとしています。


以下はその時の会話です。

3人の看護婦さんの胸に名札は付いていたのですが、麻酔のせい?で目の焦点が合わなくて、字がよく読めませんでした。(漢字が読めなかったせいではありません。念のため・・・)

ここでは便宜上A子さんB子さんC子さんとしました。

(看護婦さんに関する感想はあくまでも僕の主観です。マスクの下の顔はイメージしているだけなので、おかしな偏見を持たないでください。誤解もしないでください。)


看護婦A子さん

顔立ちは美系ですが、化粧が少し濃いです。

僕はうす化粧の方が似合うと思うのですが・・・少しぽっちゃりしていてポテトチップ系などの炭水化物が大好きそうです。

食事の後はいつも甘い菓子やケーキを食べて、みんなには「これは別腹よね~」などと言い訳をしながらコーラやジュースを飲んでいそうなタイプのA子さんがB子さん言いました。

「下半身麻酔で両足が動かないからね~。まず、両足をそろえて、ストレッチャーにそ~と乗せてくれますか」


看護婦B子さん

ちよっと痩せて鼻筋の通った面長な顔立ちです。

スタイルは白衣を着ているのでよく分かりませんが、痩せ形でいい感じです。

右目の下にある小さな泣きホクロは、僕の女性観をそそります。

神経質そうで、昼ごはんはいつも自分で作ったお弁当を持参して、病院の食堂の隅っこでひとり寂しそうに食べています。

そんなB子さんが言いました。

「分かりました。そっ~とですね」彼女はまるで重要文化財でも扱うような優しい手つきで、僕の両足をストレッチャーに乗せてくれました。

(余談ですが、僕はこう言うタイプの女性も好きです。彼女の白衣の姿に、何故か僕の心のどこかで彼女の存在を気にして、このたくましい(?)腕の中で守ってあげたい、という気持ちにさせるタイプの人です)


続いて・・・

看護婦C子さん

目が大きくて、少しばかりあどけなさが残る可愛らしいタイプです。

彼女は僕の一番のタイプです。

透き通るような声でちょっぴり舌足らずな喋り方がとてもセクシーでたまりません。

ラジオの深夜放送の女子のアナウンサーのような声です。

看護婦C子さんは、僕を抱きかかえて、ストレッチャーに乗せようとしています。

「坂口君、両腕をしっかり私の首に回して私を抱いてちょうだい」彼女は僕の両腕が首に回しやすいように自分の顔を僕の顔に近づけてきました。

僕は彼女の首に両腕を回して、手術後の傷に負担のかからない程度に力を入れて、上半身を彼女に預けました。

僕の顔と彼女の顔がほとんど重なる状態に近づきました。

今、僕が横を向けば、僕の唇が彼女の頬に軽く触れてしまいそうです。

僕はこのままの姿勢でしばらくじっとしていたい気持ちになりました。

僕はこの時、本能的に、この可愛い看護婦さんを困らせたくなりました。

そうです!!

ちょうど幼稚園児が好きな女の子にいたずらをするような気持ちと一緒なのです。

今、僕は彼女に絡み付いたこの腕をすぐに離したくありません。

しばらくこのままの姿勢でいたいと思いました。

この腕をこのまま離さなかったら、彼女はどんな顔をするのだろう?

僕は手術直後なのにまた、こんないやらしい妄想をしてしまいました。


以下は僕の妄想劇場です。

看護婦C子さんは僕の耳元で優しく囁くように言いました。

「坂口君、もう、おいたは止めなさい。ダメでしょ。いい子だからこの腕を離しなさい」

僕はこの言葉に釣られるように言いました。

「い・や・だ~。は・な・さ・な・い・から」と僕は調子に乗って言いました。

僕の頭は手術を終えたばかりなので、完全におかしくなっていました。

麻酔の副作用でしょうか?

いや、違うでしょ。 

人間性の問題でしょうね。たぶん???

彼女は僕に優しく諭すように言いました。

「なに言ってるのかな。坂口君は。おとなしくしていないと傷口が開いちゃうぞ」

「開いてもい・い・か・ら」僕はこの時ばかりと甘えます。

「坂口君は、本当に甘えん坊屋さんなのね」彼女は僕の甘え方が不愉快ではなさそうです。

むしろ受け入れて、会話を楽しんでいるようにも感じられました。

「へへ~。ボクちゃんはね。甘えん坊やさんなんです」僕は言い続けました。


以下、あまりにもバカバカしいので書き写している私の独断と偏見で省略させて頂きます。


手術直後だというのに、こんな破廉恥なことを妄想するなんて僕はどうかしています。

僕の頭の中は盲腸を取ったということで、もうちょう(妄想)ばかりするようになってしまいました。


結局の所、真面目な僕にこのような勇気が有ろうはずがありません。

現実は、ストレッチャーに乗せられると、そのまま病室にすんなり運ばれてしまいました。

それからベットの中でひとり深い眠りに落ちました。 とさ。















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