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第七話

 東の人々がそのように恐怖に打ち震え、西の国長(くにおさ)たちが嫉妬心で互いを警戒し合っている頃、西の兵たちは対照的にいたって気楽な心境にありました。彼らは恐怖とも嫉妬とも無縁で、ただただ浮かれていればよかったのです。

 国長たちも、せっかくの勝利なのだから、と強いてそれをとがめだてたりはしません。下々の者の細かい所作にまで口出しをするのはみっともない、という意識もありました。


 西の軍は帰途につきました。国長の周囲の兵たちは整然と並んでいます。ですが、そうでないところ、とりわけ先行する兵たちは、やはり浮かれ気味です。戦は終わったのだし、無事勝ったのだし、後は帰るだけだという気持ちが彼らの足取りを軽くしているのです。

 軍が通る里の者たちがまず目にするのは、そんな浮かれた兵たちです。そして彼らの口から、やや誇張された勝利の報が伝えられます。いかつい武器を持った兵たちが、がちゃがちゃ矛や鎧を鳴らしながら、うれしそうな顔で無邪気に勝利の興奮を語ると、なおのこと喜ばしく聞こえ、里の人たちもまためでたい気持ちになってしまいます。


 そういったわけで、国長たちが通る頃には、道沿いに里の者たちが並び、あちこちから祝福の言葉が投げかけられるようになっていました。ひとつの里だけではありません。ほうぼうの里で同様のことが繰り返されるのです。

 祝福されるぶんには、国長たちも悪い気はしません。ほめられるのは気分がいいものですし、民からの評判というのも良いに越したことはないからです。


 ところがただひとつ、放ってはおけないことがありました。どこの里でも奇妙に思われたことがあったのです。


 女の子です。駕篭に乗った女の子を見て、あれはいったい誰なんだ、という声がそこかしこから上がったのです。

 女の子は目立ちました。

 第一に、珍しかったからです。軍に幼い子供がいるというだけで大変目立ちます。その上、尊いものであるかのように駕篭に乗せられ、まっ白できれいな衣装で着飾られています。それだけで十分に注目を浴びるに値します。

 第二に、その雰囲気です。沿道のざわめき声を聞いて、女の子が振り向きます。すると、顔を向けられた民たちは、女の子の持つ、あの気にせずにはいられない不思議な雰囲気に気づいてしまいます。気づきはしますが、女の子は駕篭に乗っているので、すぐに通り過ぎて行ってしまいます。あれはいったい何だったんだ、という妙な気分ばかりが残ります。

 兵たちなら何か知っているのではないかと、故郷の里に帰った彼らに聞いても、よくわからないという返事しか返ってきません。兵たちにとって女の子とは、偉い人たちがどこからか連れてきたよくわからない童女(わらべめ)、というものでしかないからです。


 人は自分がわからないものに対し、不思議に思い、不気味に思い、不明なところは想像で補おうとします。それも、なるべく印象的かつわかりやすい形でです。

 結果、妙なうわさが西のあちこちで広まることになりました。

 曰く「童女の正体は怨霊だ。国長たちは、それにたぶらかされている。今に怨霊の祟りがあるぞ」

 曰く「いやいや、あれは妖術使いだ。東の騙王(かたりぎみ)に勝てたのも妖術のおかげだ」

 曰く「騙王の娘らしい。卑怯にも人質に取って、それを盾にして勝ったのだ」



 秋が終わり、冬も過ぎ、春が来ました。

 うわさはまだ残り続けていました。

 当初、どうせうわさなど一時的なものなのだから放っておけばいい、と考えていた国長たちも、ここにきてようやく解決に乗り出す決意を固めました。うわさの中には、女の子が本王(もとぎみ)の娘であるなど、彼らにとって不名誉なものもあり、いつまでも消えないままでいるのは体裁が悪いからです。


 話し合いの結果、得られた結論はこうでした。

 実際に童女が何者であるかを見せてやるのが一番よかろう、と。

 要するにあちらこちらの国に行き、話し合いをしている場でも何でも、ともかく人々が集団で活動している場に女の子を連れて行って、どこか適当なところに座らせておくという案です。

 そうすれば皆が女の子を気にするようになります。女の子の表情、機嫌といったものに場が支配され、それに逆らえなくなります。そして民たちは、女の子がいかような存在であるかを理解する、というわけです。

 無論、理解されたとしても、好意的な理解であるとは限りません。ですが、国長たちはその点楽観的で、我々が童女を受け入れているのだから我々のしもべである民どもも受け入れるに相違ない、と単純に考えていたのです。



 話し合いの翌日、早々に計画は実行に移されました。

 最初、女の子が連れて行かれたのは、ある里の田植えの現場でした。

 そこでは様々な利害関係の都合から、里が共同で管理している田というものがありました。ですがこのような共同運営の常として、どうせ自分の田ではないのだからと作業を怠ける者たちが少数派ながらいました。


 そこへ女の子と国長の従人(したがいびと)たちがやってきます。里の民たちは何事かとざわめきますが、従人は「よい、気にするな」と言って民を制し、女の子とわずかばかりの伴を見通しの良い所に残すと、去って行ってしまいます。

 民たちはわけがわかりません。気にするなと言われても無理です。無理ではありますが、ともかくも田植え仕事はやらなければなりません。作業を再開します。


 怠けがちな民たちは、またいつものように手を抜こうとしました。初めのうちは、今日は従人の目があるのだから真面目にやろうと考えていたのですが、見ると春の陽気に誘われたのか、彼らはそろいもそろってうつらうつらとしています。眠りこけている従人たちを見ると一生懸命働くのも馬鹿らしいという気持ちになってきます。怠けがちな民たちは、今日もいい加減な仕事をしようとしました。


 ところがどうしたことでしょうか。いざ手を抜こうとした時、どうにも真面目にやらなければならないという圧力を感じてしまいます。一生懸命田植え仕事をしなければいけないという脅迫感を感じてしまうのです。

 おかしいぞ。なんだこれは。いったいどこからこんな感覚が湧いてくるというのだ。彼らは不思議に思います。

 別の従人たちがどこかでこっそり見張っているのではないか。彼らは最初そう考えました。その視線があるから、圧力を感じているのではないかと思ったのです。けれども、あたりを見渡してみても、そのような見張りはどこにもいません。


 怠けがちな民たちに視線を向けているのは女の子だけです。その女の子が、彼らに向けて不快そうな顔をしているのです。

 馬鹿な、と怠けがちな民たちは思いました。あんな童女がどうしたというのだ、あんなのが気になる俺たちではないだろう、と自分たちに言い聞かせます。けれども、圧力や脅迫感はぬぐいきれず、どころか無視しようとすればするほどますます大きくなっていきます。

 それでも無視していると、やがて女の子だけでなく、真面目な民たちも彼らに視線を向けてきていることに気がつきます。

 童女殿があのような顔をしているではないか。なんとかしろ。

 そのような無言の声を感じるのです。あちらこちらから感じます。非難がましい目線がじくじくと刺さります。

 結局、怠けがちな民たちは、その日、盛んに首をひねったり、ぶつぶつ言ったりしながらも、なんだかんだで真面目な民たち以上に一生懸命田植え作業に励んでしまったのです。

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