第十四話
けれども、問題はこれだけではおさまりませんでした。
流行り病は、二人目の獲物を見つけます。三人目の獲物を見つけます。
百人目の獲物を見つけます。百一人目の獲物を見つけます。
最初は子供や老人など体力のないものを、やがて健康な大人にまで手を伸ばしていきます。
病の範囲も広がっていきます。初めは兵法殿の国の中だけでしたが、隣の国へ、また隣の国へと、きれいな布に赤い血をにじませるかのように広がっていきます。
西の人々は病を恐れました。
数日前まで自分と同じように元気だった者が、病床で苦しそうなうめき声をあげながら衰弱し、死んでいきます。親しい者であればなおさら、次は自分かもしれないという気持ちになっていきます。軽い咳をしたり、頭痛がしたりするだけで、病にかかってしまったのではないかと心配になります。咳をしながら大丈夫だと言っていた者が、幾日もしないうちに倒れてしまったという話を聞くと、少し咳込んだだけで正気ではいられなくなってしまいます。
うわさがよみがえりました。
「祟りだ」
「祟りだ」
「童女殿の怨霊が、祟りをなしているのだ」
兵法殿の息子は、そんなことはないと何度も否定します。けれども効果はありません。現に病で苦しんでいる者が大勢いるのに、そのようなことを言われても説得力がないからです。
再び見せしめに何人かを処罰しようとしますが、病がこれだけ猛威をふるっている中、そのようなことをしても民がおびえるばかりで効果はないと従人にさとされてしまいます。
兵法殿の息子らしく、理性的であることを自認している彼は、そのように言われてしまうと黙らざるをえません。
他の国でも事情は似たようなものでした。流行り病が大手を振って歩き回り、人が大勢死に、国によっては、兵法殿のように国長自身が病に倒れるところも決して少なくなく、それがまたいっそう祟りだといううわさを強固なものにするのです。
「とりあえずまた国長同士で話し合いをしたらどうでしょう。このような時だからこそ、皆で助け合う方策を考えようではありませんか」
このようなことを提案する国長もいましたが、使者が訪れた国の国長たちは皆、無視しました。このような時だからこそと言われても、人がばたばたと倒れる中、それどころではないというのが概ねの実情でしたし、提案した国長自身、自分を一方的に助けてほしいという意図があり、それが使者の言葉の節々から透けて見えたからです。だいいち女の子抜きで話し合いがまとまるなどとは、誰も思っていませんでした。やがて、提案した国長自身が病に倒れると、この話は自然と消滅してしまいました。
悪いことは続きます。
被害は流行り病だけにとどまりませんでした。
病がすっかり西全体に広がりきった頃、追撃をかけるかのように、過去に例を見ないほどの大雪が降ったのです。
この時代、この島も含む地域一帯は気候が寒冷化しており、西の国々でも雪は珍しくありませんでした。けれども今回の雪の量は、けた違いでした。これまで彼らが経験した雪というのは、せいぜい膝下まで埋まって歩きづらくなるという程度のものでした。しかし今回は違います。身の丈を大きく超えるほどの雪が降ったのです。
西の人々は見たこともないほどの大雪に、どうしたらいいのかわかりませんでした。
彼らの住んでいる家にしても、それほどの大量の積雪への対策などなされていないため、重みで押しつぶされてしまうところも多くあります。蓄えていた冬の間の食料も、かなりの量が雪の中に埋まってしまい、食べるものがなくなった民が続出しました。
民は苦しみの声を上げ、嘆きの声を上げ、そして不吉な言葉を口にします。
「祟りだ」
「祟りだ」
「童女殿の怨霊が、祟りをなしているのだ」
兵法殿の息子は「ええい民どもめ、もはや我慢ならん!」と言い放つと、従人たちが止めるのも構わず、剣を手に雪の中、外に出て行きました。彼が出て行ってまもなく、強烈な吹雪が襲いかかりました。
吹雪は一帯をいっそう雪で覆い尽くします。
兵法殿の息子は、二度と帰ってくることはありませんでした。
この事件を機に、国長たちは、もう祟りであることを否定しようとはしなくなりました。
春が来て、雪も解けた頃、国長たちは皆、自主的に、それぞれの国で社を建てました。西側では、怨霊の祟りを鎮めるには、とにかく何かその怨霊のための建物を立てて、祭りたてるのが昔ながらのやり方でした。この時も同じでした。女の子を祭り、あがめたてまつり、怒りを鎮めてもらおうというのです。
「童女様、童女様。どうかお許しください。どうかお怒りをお鎮めください。お願い申し上げます。この通り、お願い申し上げます」
国長たちも、また民たちも、これで流行り病がおさまってほしいと祈っていました。