Phase.1-7
どうも“この”世界の人間―魔導師は温室育ちらしい。
自分の実力を隠し、鏡介自身が持っているであろう真の実力を見ようと挑発してきた事自体は魔導式に含まれた感情の揺らぎのような残滓をなんとなく読み取っていたので分かっていた。
だから敢えて挑発に乗り“切り替えた”。とは言っても本気は出さない。彼自身が保有する力の片鱗を見せるだけで十分だと判断した。しかし結果、彼女はその変貌ぶりに怯え自滅した。
鏡介が見る限り、御影は弱くない。むしろかなりの才能を持っていると判断出来た。
それを実力として外部に出せないのか出せていないのか、彼自身が分かるはずもない。
感想としては少々拍子抜けである。
倒れた彼女の側に膝を付き、何処か異常がないか彼女の顔に触れて、CTを介さない簡易魔導で身体の状態を調べる。倒れた時に頭でも打っていたら大変だからだ。昔の自分であったら、勝手に倒れて勝手に頭を打ったのだから放っておいたはずだが、取り敢えず心配をするフリでもしなければ周りに怪しまれるかもしれない。あくまで自己防衛の一種である。
怪我らしい怪我はしていない。頭を打っている様子もない。呼吸脈拍ともに正常だ。
それらの症状を確認しているところで彼らを包んでいた空間がもとの空間へと戻っていた。
「気絶した者は救護室に放り込んでこい」
その言葉は気絶するような軟弱な生徒はおれが教えるに値しないとでも言っているようだった。
彼女の上着を掴み、一息に持ち上げ、肩で布団を担ぐように掛けると校舎に向けて歩き出す。相変わらず意識のない人間は重い。意識のあるなしで何故体感重量がかわるのだろうか、とこういう時だけ疑問に思う。
「………」
あの日、姉弟で逃げ出した日。仲間だった人間を偶然に―流れ弾に当たったように細工し殺した。ただ自分たちが生き残る為だけに。頭を粉々に吹き飛ばし自身のドッグタグを頭のない首に引っ掛ける。代わりに殺した人間のそれを回収し逃亡中に捨てる。
謝罪の気持ちは浮かばない。
この戦争では既に勝利敗北の意味は摩耗し消えていた。
それはただの規模の大きな殺し合いに過ぎない。戦う意味も理由もない。ただ敵を殺せという命令を聞き実行するだけの機械と成り果てた結果だった。
もしかしたら既に自分はそうだったのかもしれない。
才能が無いと烙印を押され、人を殺すことに特化した教育をされ、ひたすら敵と呼ばれた人間を殺して殺して殺して殺してきた。殺さなければ自分が死ぬ。幼かった鏡介でも分かっていた事実。
しかし彼は、人が死ぬことを嫌悪している。矛盾しているがこれもまた彼の中では事実である。
命令され人を殺した後に必ず、死んだか、と嫌な気持ちでいっぱいになっている。自分が殺そうと他人が殺そうと人が死ぬこと自体が嫌なのだ。
姉が聞いた情報によれば、今の今まで傍観を貫いていた騎士団がこの意味さえ存在しなくなった戦争を終わらせる為に近日中に両者を殲滅するという、戦争をしている人間からすれば合法的な処刑宣告を突きつけられたと言う。
騎士団に所属する騎士を殺すことは同じ人間である為に容易ではないが可能である。しかし、軍と言う質より量で押すような集まりでは一人一人の質が高い騎士に最終的には敗北する。
ならば、生き残る為には何をすべきかということで、姉弟は仲間を躊躇いもなく殺し、この戦争に巻き込まれ今まで生き残ってきた人間に扮し、ここから逃げ出すしか思いつかなかった。
その時の事を思い出し、頭を振る。逃亡中の思い出したくないことまで思い出してしまった。
姉に言われるがまま、路銀を稼ぐために行ったことだが、アレは彼にとって黒歴史でしかない。姉はその出来栄えを大いに褒めてくれたが全くを以て嬉しくなかった。
起きた、起こした事柄に対して今更何かを思ったところで意味がない。
昇降口で靴を履き替え、一度見回った時に視界の端に映った救護室の場所を必死に思い出しながら、彼女を担ぎ直し歩を進めた。
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