Phase.1-6
掛け声と共に、CTに魔力を流し込み、魔導を使用。
使用魔導は基礎である身体強化。
まず、骨格。それは何故か? 普通ならば筋肉一択と答える者が多いようだが、人が使える最大限の力を使用すると骨格の方が悲鳴を上げるのだ。その次に筋肉の断絶が始まる。
次に筋肉を強化した骨格が悲鳴を上げる一歩手前程まで強化する。
最後に内臓への圧力を上げる。
よく奇跡の瞬間なのでテレビの番組で取り上げられる火事場の馬鹿力と言うものがあるが、それを使用した―と言うのか分からないが―人間は事後ヘルニアを起こしている事が多い。
身体のもっとも負担の少ない動作を普段の生活で覚えることは不可能に近い為、自身のもっとも効率の良い動きをする為にはこの三点に気をつけなければならない。
右足に力を込められ、爆発するように少女がまっすぐ鏡介の元へ飛び込んでくる。彼女の立っていた地点には砂埃が大量に舞い後方の視界を埋め尽くしている。
地上最速の獣であってもこうはいかない。距離を詰められるのは一瞬の事。
彼は慌てることなく右手首を返し、左足を軸に半歩ズレる。
少女―御影は勢いを殺さぬように右足、左足と大地に固定して、強化され岩のように硬くなった拳を速度のベクトルを最大限に活かし、体重を乗せたまま、前に繰り出す。
電光石火の一撃。相手の出足を挫き、闘いの流れを自分に引き寄せる一手。
CTに魔力を流し、魔導を使うまでの時間は彼女が知る限り自分より早い者は存在しない。
大気をも引き裂く、音速を超えた拳。体術のスペシャリストであったならば、この方法は使えない。
だが、御影の見立てでは彼はその道の人間ではない。実力を隠すことが出来る程の強者であるのは間違いないのだが、彼女はそれがどこまでか分かりかねていた。
拳が彼の身体にめり込む感触が未だに無い。手応えを感じない、まるで武道における型の練習のような。
「え?」
後で思い返せばなんて間抜け過ぎる声が漏れていたのだろう。手首が掴まれていただけなのに。
いや、それだけではなかった。かわされたのだ。
掴まれた腕が強く引っ張られ右足が宙を浮く。一瞬の浮遊感を味わい受け身さえとれないまま、身体の前面が大地に叩きつけられる。表現としてはあっているのだが、何故か痛みが感じられない。まるで柔術の技を綺麗に掛けられたように。
回避された上に反撃までされた彼女はその事象に思考が追い付かず、掴まれた腕が背中に回され押さえつけられていた。
「私を侮辱してるの?」
返答はない。首を無理矢理捻り、彼の方を見る。
影になっている為か表情は窺えない。
「私が女だから、魔導を使わなくたって簡単に抑えられると思ったの?」
さあ、挑発に乗れ。と言外で促す。怒りで視野が狭窄する男の習性を利用すれば勝てると思考が算段をはじき出している。ちなみに女性の場合、怒りで視野が広がり、動体視力も上昇する。
魔導で周囲の砂を巻き上げ、彼の視界を潰したことにより、拘束が緩んだのでその隙に離脱。
抜け出してしまえばこちらのものだ。内心でほくそ笑み、おくびにはださない。
今に見てろ、私を馬鹿にし
彼に反撃する為に立ち位置を確認する過程で視線を彼に向けた時に見てしまった。見えてしまった。
全身から汗が吹き出す。
アレは、彼は人間なのか?
感情のない眼。
人としての緩急のない眼。
人型のロボットよりも、ロボットらしい眼。
殺される。アレは死神だ。己が相手をしているのは、その類の存在だ。
死は目の前にある。目の前ではなく隣と言うべきか。思わず視線を下に動かせば、死神の鎌が自分の首を落とさんと当てられている。動けば死ぬ。
アレは躊躇わない。
「や、や…め、て」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
感情が、思考が、目の前にある理解出来ないものに対する恐怖で塗りつぶされる。
いつの間にか目の前に立っている彼が手を伸ばし、彼女の顔に翳され、彼女は意識を失った。
誤字脱字がありましたら、ご連絡下さい。