Phase.5-17
凛の言葉の意味が理解出来ない。
彼―鏡介が壊れかけているとはどういう事なのか。
彼は見た目通りならば、どこもおかしな点は見受けられない。
壊れかけているとは思えない。
栞の視点からは何処までも普通の人間にしか見えない。
どこか感情が希薄であるように思えるものの、それも一種の個性だと考えられる。
彼女の言う事を信じたくないという気持ちの篭った縋り付くような視線を向ける。
しかし、彼女の視線を直に捉えた―捉えてしまったが故に、自身の願望は簡単に打ち砕かれてしまった。
彼女の瞳は嘘を吐いていない。
目は口ほどにものを言う、と言うがこの時程、それを強く感じたことはなかった。
「あの子の中では、人を殺すと決めたら躊躇うことはない。
それは私も同じだけど、鏡介の場合その後が問題なのよ。
彼は、人が死ぬのを極端に嫌がる」
人を殺すことに躊躇いを持たずに、人が死ぬのが嫌いとはおかし過ぎる。
自分で人を殺し、その結果をひどく嫌うのはどうやっても心のバランスが取れていない。
自らの結果を受け入れていないのか、それとも。
確かに、凛の言う通りかもしれない。
彼の心の中ではその相反する気持ちが両立してしまっている。
二律背反ではあるが、人の中ではこういったものが少なからずあるのも確かなのも事実である。
しかし、彼の天秤はそれを少しずつではあるが、許容出来なくありつつあると凛は言う。
「そんなの、どうすれば…」
彼にもう人殺しをさせなければいいとすれば、どんなに簡単だっただろう。
だが、彼は殺すことを決めてしまえば、自動的に殺してしまうように自分自身を設定してしまっている。
「私と違って、彼は人を殺すことが常識の中で育って来たからね。
私は、ある程度成長してからだけど」
結果的にではあるが、彼をその様な戦闘マシーンのようにしてしまったのはある意味自分であると告げ、寂しそうに笑う。
「さてと…」
独りであるならば、この完成されつつある包囲網を突破出来るが、今は栞がいる。
窓から空を見あげれば、軍用ヘリも遠くに見える。
墜落させようにも、瞬時に使える魔導では射程が足りない。
下には未だに増えている彼女にとっての雑兵。
取るに足らない存在。
この時の為に力を蓄えていたと言っても、実際に訓練通りに動けはしない。
実際、彼女もそうだったのだ。
軍備が完備されておらず、あくまで防衛の為だけに存在していた者達がそんな簡単に動けるとは思えない。
不味いわね。
誰かがこのビルの中に入って来ている。
状況の確認をしながらなので、まだ時間に余裕はある。
逆に言えば、確実にこの場所に辿り着くと言う事でもある。
もしも、この場に来てしまった、雑兵を殺すなどして無力化すれば、提示連絡のないその者の位置を特定し、他の者達がこの場所に来てしまう。
ダンボールに隠れてその場をやり過ごす方法なんて取れるわけがない。
上も下も敵だらけ。
「怪我したらごめんなさいね」
「…?」
栞の元に寄り、声を掛けると、その言葉の意味が分からずキョトンと首を傾げる。
少し可愛らしいな、それが若さかと少し自分の年令を恨んだ。
そのまま凛は栞を抱きしめると、CTの銃口を天井に向け、引き金を引いた。
◇
「総員、退避ーーー!!」
外見だけでは崩れそうにない建物が、突如、嫌な音を立てて一階から綺麗に潰れていく。
異変に気付いた者から一目散に、自分の命が大事だと言わんばかりにビル内から外へ飛び出していく。
土埃が舞う中で彼女たちは、その光景に視線が行っている内に隣のビルへ飛び移る。
逃げ遅れた中で、咄嗟に魔導で見を守った者は助かり、それが出来なかった者は死ぬ。
それが何人なるのかまでは分からない。
しかし、それを気にする理由はない。
軍人になった時点で、理不尽に死ぬ事はほぼ決まっているのだ。
馬鹿みたい。
巻き込まれた者達を助けようとする軍人に対して、凛がそう呟いた。
腰に抱えられた栞は彼女の冷えきった声と視線にただただ何も言えなかった。
誤字脱字がありましたらご連絡下さい。
読んで下さり有り難う御座います。




