Phase.1-3
02/24 加筆しました。
検査着に着替えた後、自分の番になると診断表を係員に手渡す。
巨大な機械で出来た真っ白なドーナツが縦に鎮座し、穴の中心を通るように簡易なベッドが備え付けられている。
身体をベッドに縛り付け、無理矢理装置に掛けられる自分と同年代の少年少女。
出てきた結果に落胆する研究者。
「あまり成果は出てないな。理論上は問題ないはずなんだが、個体差が問題になってるのか。
あれ以上投薬すると人格に問題が生じる可能性が…
いや、それは発展に犠牲はつきものだ。
だが、この個体を使うとなるとここまで成長するまでかなりの費用が掛ったから実際には厳しいな…」
最終的に結果を出すことが出来れば、ここまでの費用を上回る研究費が舞い込むことになっている。
しかし、それは出来たらの話であり、失敗が続くようであるならば、数多くのスポンサーが降りてしまう。
それだけは避けたい。
どの道悩んでも結果が出るとは思えない。子供達を別室に連れて行き、そして。
「どうしましたか?」
「え?」
顔をあげると、係員が診断表を片手に鏡介の顔を覗き込んでいた。
何でもありませんと頭を振り、因縁のベットに横たわり目を瞑る。
時間はほんの数分だが、体感では何時間にも感じられる。
この装置を身体が拒絶しているのが理解出来る。
人の才能を疑似的に数値化する装置。
この装置の前では嫌でも自分の才能と向き合う事になる。
学生の場合は可能性を狭めると政府からの要望で結果を過去の成績データと照らし合わせ、実力と名を変え改ざんされてて生徒に結果として教えている。
時々結果数値を読み取ることの出来る人がいるので、本人が望めば純粋な数値を出すことも出来る。
「済みませんが、そのまま出して下さい」
診断書に出てきた称号コードを書き込んでいる係員に小さく告げると、係員はその横に、白衣のポケットから印鑑のようなものを押印し、鏡介に渡す。
「どうだった?」
カップ麺にお湯を注ぎ、蓋をしたところで、凛は何時かの眼をして聞いてきた。
どうやら、今日は料理をする気分ではないのであろう。
ただ、今日あった出来事について聞き出したいが為に手軽な既製品を選んだと思われる。
決してこの前の惨事を起こしたくないという無意識の拒絶はない。
鏡介は僅かに逡巡し、以前測定した数値とさほど変化していないと告げた。
さほどとは言ったが、彼自身も成長期なのである程度の数値の変化は凛もあまり気に留めない。
しかし、成長するということは彼自身の限界も近いということ他ならない。
「じゃあ、総合S-なんだ。
だとしたら、前のヤツをアップデートして…
いやそれじゃ個人的につまらないから…」
凛の技師としてのスイッチが入ってしまい、ブツブツと時々聞き捨てならない言葉が聞こえたり、聞こえなかったりするが、こうなってしまった以上鏡介には何も出来ない。
彼女の言葉を聞き流し、お湯を注いだ時にセットしたタイマーが鳴ったので蓋を剥がし、目の前に置いた箸で中身を少しかき混ぜ麺を掴み、音を立てぬようにすすり始めた。
「今年は豊作ですな」
「ええ。全体的に高い個体値の生徒が多いです。
ランクSSSの水瀬家ご令嬢がこの中でも群を抜いています」
とある会議室に彼らはいた。どこか薄暗いが最低限の明るさを保つ不思議な空間。
何も知らない人間がここを目撃したら異空間を言ってしまうような不思議な雰囲気をこの空間は放っている。
手元の資料を眺めながら二人は嗤っていた。利用できる駒が増えたことに。
ただ、彼らには不安要素が一つだけ存在した。
経歴の分からない、今年の新入生の中で個体値の上では見劣りする一人の男子生徒である。
彼の入学願書を学園側が受け取った記憶はない。
試験内容である面接を彼に行った記憶もない。
そして彼に合格通知を送信した記憶もない。
さらに彼は、数値を改ざんしないそのままのデータを望んだ。
それは自分の才能を、実力を把握出来ているということ。
しかし、手元の名簿に記録されている以上、彼がこの学園の生徒であることは疑いようもないことだ。
念の為、もう何度目になるのか分からないが、経歴を洗ってみるが、結果は変わらずにNo Dataという文字の羅列が画面に浮かび上がるだけ。
「相変わらず不気味ですな。何も無い経歴なんて」
「ええ。普通であれば義務教育で生じるデータが残るはずですから」
そう、何も無い。何も無いという事実が彼らの頭の隅から離れていかない。
国が送り込んだ諜報員か、それとも騎士団の連中か、もしくは別の勢力の人間か。
諜報員、騎士団ならば、装置の本当の意味を知っていてもおかしくはない。
パッと思いつくだけで彼らの額から冷たい汗が勝手に流れてきそうになる。
「“彼ら”に頼みましょうか」
深く刻まれたシワが更に深さと量を増やし、悪人ヅラが更に悪い印象に変化してしまう。
「今はそれが最善か」
机に投げ出された資料が勢い余ってリノリウムの床にばら撒かれる。
途端、紙の端から紅蓮の炎が上がり、資料を焼き尽くして、鎮火する。
始めからそうなるように仕向けられたように。
そこにいたはずの彼らはいつの間にか消え、会議室は人気のない、そして真っ暗闇に、先ほどとは打って変わってどこにでもあるただの一会議室へと成り果てていた。
誤字脱字がありましたらご連絡下さい。