Phase.3-4
自分の下で働け。
その言葉の意味は拒否権のない命令。
だからと言って、いつかの輩を彷彿させる人物の下で働きたくはない。
「不満か、それとも不服か?
俺様の見立てでは後者だな」
なら聞くな。
そう細く鋭くなった視線で訴えるが彼はそんなものを見ようともせず、鏡介の承諾する一言を傲岸不遜の態度で待ち続ける。
数秒間黙っていると、イライラし始めたのか気持ちを落ち着かせる為なのか貧乏ゆすりを始めた。
静かな空間に貧乏ゆすりによる衣擦れの音だけが響く。
それでも鏡介は何も答えないでいると、神哉の身体が少し震えだす。
怒りで身体を震わしているのか、それとも先程から続けている貧乏ゆすりが激しくなった結果なのか。
「何故俺様の言葉を承諾しないんだ、貴様自分の立場が分かっているのか?」
何時から、目の前の天才は鏡介よりも人間のしての立場が偉くなったのだろうか。
そんなことも聞くだけ無駄だと自己判断し、彼と話す気はないと口を閉ざし続ける。
神哉から視線を外し、備え付けの時計を見ればもうそろそろ次の授業が始まろうとしていた。
「貴様がそういう態度ならば、こちらにも考えがある」
授業に遅れることを避けたいのか、神哉は立ち上がり、部屋のドアへ向かう。
その様子を眺めていると二人は鏡介にも出るように促し、仕方ないので彼も次の授業に出る為に自身の教室へ向かう。
鏡介が教室に戻るとまだ中は残された少ない時間の会話を目一杯楽しむ生徒が大半、残りは次の授業の用意をしつつ、時間つぶしに各々のPCをいじっている。
時計は授業開始1分程前。
彼が自分の席に着くと同時にチャイムが鳴る。
しかし、前の扉を開かない。
いつも通りであれば、この時間の教科担当はチャイムが鳴ると同時に扉を開く。
誰が図ったのかは分からないが、コンマ1秒のズレもない正確なものであるので、ひそかに同時でなくなるのはいつかと言う賭け事が行われているらしい。
嘘だろ?
そんな声が1つ漏れる。
どうやら賭け事の噂は本当だった用で、声の主はどうやら先に賭けていたようだ。
賭け事の存在を知らない生徒も教室に来ない事実に動揺し教室中が喧騒に包まれていく。
鏡介は我関せずと言わんばかりに興味を持たないと身体で示している通り窓の外を意味もなく眺めていると、彼の耳には教室に向かって走ってくる足音が聞こえて来る。
仕方なく前を向き、居住まいを見苦しくない程度に整えると、勢いよく扉が開かれ、その勢いのまま扉は大きな音を辺り一帯に響かせる。
いつもは、どんな季節、どんな気候でも変化のないスーツ姿の教師が上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、ワックスか何かで固めた七三分けの髪形も流れ出る汗で見る形もない。
そんな姿を見た生徒は思わず時が停止したかのように動きを止める。
授業に遅れてきた上に格好までもおかしな、目の前の全力疾走後で肩で息をするのも満足に出来ない教師が口を開くのは数分経ってからだった。
「授業に遅れてしまい申し訳ない。
しかし、本日の授業は自習とする。
理由としては私の母が病院に搬送されたからだ。では、私はこれから病院に行かなくてはならないのでこれで失礼する」
教室に入ってくる時に見せた素の姿から、いつの間にかいつも通りの姿で教室を出て行く、その背を見送り足音が聞こえなくなった途端、仲の良い友人同士の会話が再会する。
流石に今が授業中であることから、休憩時間程の大きさで会話する事はない。
それでも授業にしてはうるさい程度ではある。
神経質の教師であれば乗り込んでくる可能性があるが、彼らはあまり気にする様子もなく会話に勤しむ。
「…白銀君、さっきの副会長さんが呼んでた理由は何だったの?」
先程同様、窓から見える紅い色が何処にもない空を眺めていると、栞が自分から鏡介の席までやって来て彼の背中に声をかける。
「あれは大したことじゃなかった。アイツはただの使いっぱしりだ」
彼女の方を見ることなく鏡介はそう答える。
じゃあ結局何の用だったの、と聞いてくると簡単に判断出来るので彼は彼女が再び口を開く前に、大本の理由を口にすると、教室中が再び静寂に包まれる。
「生徒会役員として俺様の下で働けって言われた」
普通の生徒であれば諸手を上げて喜ぶ事ではあるが、個人的な感情で神哉とは馬やソリが合うとは到底思えない上に静かに生活するという目的が潰れてしまう、それだけは阻止したい。
しかしあの性格を考えると自分が何かを言う前にはすでに準備が完了しているようにも思える。
いや、既に確信していた。
そう言えば先程から妙に教室が静かな気がしてならない。
静かなのは良い事なのだが、急に静かになるのは何かあるのではないかと過去の体験から勘繰ってしまう癖のようなものが頭の中で警鐘を鳴らしていた。
それでも、彼はここはあの場所ではないと自分に言い聞かせ、静寂さに対し見て見ぬふり聞いて聞かぬふりでいようとした。
殺気。
この世界に住む人間であるなら、憎しみ、嫉妬を含むそれを肌で感じ鏡介は小さく息を漏らす。
本気で人を殺すようなそれが交差し合う世界で生きて来た彼にとっては鼻で笑う程度ではあるが、それでも殺気には変わらない。
「それはどういう意味だ?」
その話を聞いた、聞こえてしまった自称天才の日乃宮 陽は彼の肩を掴むと自身の方を無理矢理向かせる。
額にヤカンでも乗せればすぐさま沸騰しそうな真っ赤な顔で鏡介を睨んでいる。
振り向かされた鏡介は掴まれた肩の手を自身の手の甲で払い除けた後、汚い物が付いたかのように手の平で肩を撫でる。
実際、陽の手の平の汗と皮脂で汚れている事には違いない。
どう答えれば彼が離れてくれるのか。
今の鏡介の頭の中はその事に思考を切り替え稼働している。
もし、才能の差と答えれば、彼はなら自分の方が才能があると突っかかってくるだろう。
しかし、彼が言うような才能は、彼には存在しない。
魔導を使う才能は辛うじて存在するが、そこから先はない。
むしろお前は研究者の実験動物がお似合いだ、と言ってしまいそうになるが、それでは自分も同じだと言う事に至り、首を振って思考を払う。
「投票の時に目を付けられたから、か?」
高速で思考している最中にそういえばと、彼は明らかに自分を見ている事を思い出し、思わず口に出していた。
自分を見ていたからこそ、彼は神哉に不信任へ票を入れたのだ。
そう考えると何か嫌な予感がしてならない。
ただの勘ではあるが、経験から来るものであれば、どんな小さなことでも棄て置くわけにはいかなかった。
陽を空気扱いし、鏡介は立ちあがるととある人物を連れて外へ飛び出した。
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