Phase.3-3
鏡介が栞が自分を探すように言ったと思われる渡り廊下で、彼女は律義にも肘に手を掛けながら立ち尽くしていた。
辺りには昼食を済ませ食堂から出て来る生徒やわざと時間をずらして席を取りやすくし、食事を円滑に進める為に今頃食堂に向かう生徒でごったがえしているが、鏡介が彼女が自分を探している人物だと分かったのは、彼女自身が無意識に纏っているオーラが他の生徒と比べ、重く密度の濃いものだったからだ。
勿論彼自身の様に、無意識に自身のそれを隠している者もいるが、大抵はそのままにしている。
それを意図的に隠す手段は学業で身に付けるのではなく彼の様に実戦で身に付ける物だからだ。
故に、そんな芸当が出来る人は基本的に存在しない。
大抵はCTを用いた魔導で認識されにくくされる位だ。
しかし、燃費効率などを考えるとこの魔導式は使い辛いとされている為誰も使いたがらない。
というより、彼らの様な若い世代では使われる事のない寂れたものでしかない。
使うとするならば、範囲がとても広くなるのだが、人払いの魔導式を使った方が効率的である。
それでもこの魔導式は犯罪などに使われやすい為、使用が制限されている。
とはいえ、ちょっとしたことでそれを取り締まる警察が動くはずもないという認識が生まれている為に制限などはただの言葉上の意味でしか機能していない。
それが機能していない以上、実際はほぼ毎日と言っていい程この魔導式は悪用されている。
「やっと来ましたね、白銀 鏡介」
彼が彼女の作り出した無意識領域に踏み込むと閉じられていた目を開き、組んでいた腕を自由にする。
どうも彼女に自分は嫌われているらしい。
彼女の目を見ただけでそう判断出来る位に彼女の視線には敵意がむき出しだった。
流石に殺したいとまではいかないようなのが彼女にとっての不幸中の幸いか。
もしも殺気を放っていれば、彼は無意識の内に彼女を黄泉の国へと送ってしまう可能性も考えられた。
彼女が彼の出自を知っていればこう言った事にはならなかったのだろうが、それを知るのは彼と姉である天野 凛だけ、もしも知ってしまえば死人に口なしであろう。
「恐らく、貴方の事でしょうから、私の名前を覚えていないでしょう。
ですから面倒ですが名乗っておきます。
私は佐々木 真琴。
生徒風紀委員会の副委員長を任されている者です」
誰もが魅了されるようなそんな笑顔で名乗るが、彼には胡散臭さしか感じ取れない。
無意識に一歩下がり、彼女全体を見る位置へ。
意識的にはこの手の人物とは係わるべきではないと脳が警鐘を鳴らしている。
「そんな副会長様が、俺に何の用ですか?」
自然と警戒態勢になり、口調も慇懃なものに変化する。
余裕からなのかそんな瑣末な事に気にする様子もない。
「正確には私ではなく、会長である神崎 神哉です。
私はあくまで会長の伝言役に過ぎません」
伝言役が自分を探す為に適当な人物に探させるなよ、と口内で言葉を転がせ、そのまま飲み込む。
そして何より、自分が鏡介に用があるにもかかわらず、他者に使う神経が理解出来ない。
それはさておき。
「時間もあまりないので、私の後を着いて来てくれますよね」
それは拒否することを許さない言葉。
しかし、ここで拒否すれば彼女は首を縦に振るまで自分を追いまわす姿がありありと思い浮かぶ。
その姿を見られ、注目されるのは本意ではない、ならば甘んじて彼女に着いていった方が良いのかもしれない。
だが、それでも彼の勘は彼にとっての最悪の状態という解を導き出していた。
「遅いぞ、真琴。
貴様が付いていながら、何たる失態だ。
貴重な俺様の時間が浪費されたぞ」
真琴が彼の予想通りに生徒風紀委員会室とプラカードに書かれた大きな扉に手を掛け、それを開くと第一声に飛び出してきたのは、彼にとってもっとも信頼するという行為そのものを拒否したくなる人物の罵声。
時間と言うものはどんな人物にも平等に流れているにもかかわらず、彼は自分で貴重な時間が浪費されたと言う。
神哉は確かに天才だと鏡介は判断する。
だからと言っても、天才でしかないとも思える。
天才故の孤独を感じるとかそう言ったものではなく、ただの天才でしかない。
本物の天才というものを彼は見た事はないが、神哉のそれは、天才という枠組みに組み込まれた一つでしかないようにも思えてくる。
そして何より、自分が天才だからこそ、人の上に立つ者として正しいと思っている―思いこんでいる輩は正直そのテレビで社長などが座っているような背もたれの大きい椅子から引きずり降ろしたくもある。
そして空いた座席に自分を連れて来た女性を座らせた方がよっぽどマシだと思う。
「まあいい。
本来ならば、貴様は俺様達がこの俺様のテリトリーに来るのが正しい行動なのだ。
それをわざわざ真琴に貴様を呼びに行かせ、招いた事を感謝するといい」
神哉の言っている意味が理解出来ない。
言葉の意味は理解できるが、彼の考え方が理解出来ないのだ。
何故、鏡介がこの場所に来るのが正しいのか。
何故、この場所に招かれた事を感謝しなければならないのか。
「不服か?」
鏡介が生徒会室に足を踏み入れてから今まで、眉ひとつ、表情一つ動かさない態度に苛立ちを覚えたのか、僅かに怒気の孕んだ声ではあるものの、それでも押さえているような声。
だが、彼は何処吹く風と受け止めることすらしない。
「俺様が貴様に不服か、と聞いているんだ。
何か答えよ」
何故、目の前の人物は自分よりも上位存在であるかのように振舞っているのだろうか。
鏡介からすれば、ある意味で上位の存在は自分なのだ。
成功体ではあるが、人として、魔導師としては欠陥品、つまり失敗作ではある。
が、それでも目の前の天才よりは進化している存在ではある。
「だんまりか、口が聞けないということで認識させてもらう。
俺様の貴重な時間も無駄になるので本題に入るぞ。
貴様にはこの俺様の下で働いてもらう」
誤字脱字がありましたらご連絡下さい。
読んで下さり有難うございます。




