Phase.2-14
全身が悲鳴を上げている。
自己判断ではあるが、数十か所の骨折、内出血が確認出来る。
本音を言えば、すぐさま治療したい。
栞が治療をしてくれているが効果は薄く、自分でやった方がマシだと言える。
CTが使えないと言う嘘を吐かなければ良かったと思うが、それではどうやって騎士を倒した、もしくは
逃げられたのか、そんな言及をされたくはない。
CTを用いらずとも魔導が発動出来たとしても、自分はCTに依存していることが良く分かる。
それだけでも分かれば十分な収穫ではある。
二人の女性に身体を支えられるのは世間的に見ればみっともないのかもしれない。
それでもCTが使えないという嘘を吐いている限り、それ以外で自分が歩けるようにはならないので諦め
る以外の選択肢がない。
「遅かったな」
声の主の後方には光が溢れており、逆光で何も見えない。
だが、主の声を聞くだけでその人物が判断出来てしまうのは嫌だと彼らは思う。
声を聞かなくとも、医者に死ぬ気かと言わせてしまう体型の知り合いなんて彼らには奴しかいない。
「おい、ボクを無視するな」
彼を見ることなくすぐ横を通過し、森を抜けると目の前には広大な平野が広がっていた。
自分達は少し高い位置にいる為か、やや奥まった所に遺跡のような、時代の流れによって風化している建物跡があるのが見える。
その側には時代を感じる古き良き民宿がポツリと存在しており、そこにちらほら人が散歩しているようにも見える。
自分が無視された事に苛立ち、一番近かった栞の肩を掴もうとすると、鏡介の身体から離れて、陽の腕
を撥ね退ける。
彼女もしまったという表情を一瞬だけ作るが、もう後には引けない。
この人物は自分達を置いて逃げたのだ。
自分の身が可愛くて可愛くてしょうがないので逃げたのだ。
正直に言えば、栞も逃げ出したかった。
だけどそれはしなかった。
彼が魔導を使えないと聞いていたからだ。
魔導が使えないということは身体能力の向上も出来ないと言う事になる。
その原因は騎士と闘ったから。
理由がなんであれ、ヘタをすれば自分が死ぬかもしれない状況で自分達を逃がす為の時間を稼いでくれた。
その借りを返したい。
どうやら、御影もそう思ったようで彼に投げ飛ばされた後、すぐさま飛び出した。
すぐに陽から視界の外にして鏡介の肩を支え、見える民宿に向かって歩き出す。
「何もないんだね」
しっかりと舗装された私道のような道に降り立つと誰かが、遠くで手を振っている。
わざわざCTを使ってまで遠くを見る気にならなかった二人は意外にも華奢な彼の身体を一度支え直す。
無視されたと思ったのか、更に大きく手を振っている。
「あれ、マリーだ」
ある程度近付いても二人にはまだ誰かまでは確認出来なかったが、鏡介には見えたらしく一人寂しく大きく手を振る人物の名を呟く。
彼の言う事が信じられない訳ではない。
しかし、本当かどうか半信半疑なので実際にCTで視力を強化する。
と言うより、彼がこんなところで嘘を吐く理由があるはずもなく、
「確かに、救護の先生だ…」
救護室を利用した事がない栞は彼女の名前をまだ覚えていなかったが、集会で顔を見た事があるのでそれだけは覚えていた。
しかし、見えたのは女性用のスーツに白衣姿の救護の先生ではなく、派手なガラのTシャツにデニム。
ファッションに疎い人物でも彼女に似合ってないと思えるような格好をしている。
恐らく彼女はファッションに疎い人物なのだろう。
なので、適当に―恐らく安物―買った物を適当に組み合わせて着ていると思われる。
ファッションが奇抜でその人を如実に表している訳でもなく、個性を無くし無難とする訳でもなくただ着ていると表現すべきか。
それなら、まだ無難な格好をしている鏡介の方がマシだった。
「意外に遅かったね、何か遭った…
いや、鏡介が担がれている時点で何かに遭ったなんて聞くのは野暮か」
マリーは挨拶もそこそこに二人から鏡介を剥ぎ取り、肩に担いで民宿の中に入ってく。
どうやら手続きはもう済んでいるようで、民宿の女将はすぐさま部屋に案内してくれた。
部屋に着いた二人はすぐさま荷物の中から下着類を取り出し、大浴場へ足を運ぶ。
何日もお風呂に入っていないのは流石に精神衛生にも良くなかったのだろう。
身体は魔導で清潔に保っていたが、やはり風呂釜に浸かってこそのお風呂というものだ。
「随分と無茶してるね。
全身の骨格と筋肉が悲鳴を上げてる」
そんな事言われるまでもなく分かっている。
ポケットに入れたCTに通そうとすると、マリーはそれよりも早く彼に治療の魔導を施す。
畳の上に直に寝かされ、その上に女性が跨っているのは第三者の他人から見たらどんな風に映るのだろうか。
「そんな事言われてもな、騎士から代償なしで逃げられるとは思えないだろ。
まあ、実際は倒してるんだが」
へえ。
含みのある笑い。
「代償っていうと、CTを封じたって所かな」
そこまで分かってしまうと言うのも問題なのではと鏡介は考えるが、口には出さない。
マリーも自分もこの世界では訳ありの人物でしかないのだ。
余計な事を言い、それが誰かに聞かれてしまえば、自分達はここからまた逃げなくてはならない。
「それにしても、騎士を倒せるってのは驚きだな。
そこまでの実力があるとは思えないんだが」
「元々才能はなかったけど」
「才能がないっていうのは、あの…健康に悪そうな体型をしたあの子を指すんだよ」
それに付いては同感だ。
少なくとも才能と言う者は少なからず誰にでもある。
ただ単にそれがどこまでの代物なのか、と言う所で個人差が出てきてしまう。
その中で日乃宮 陽は魔導の才能が全く感じられない、むしろ無いと断言出来てしまうような特異存在だ。
魔力を作り出す事が出来るのは不幸中の幸いなのだろう。
中には魔力さえも作り出せない特異個体も存在するらしい。
「はい、治療はお終い」
会話していたのであまり気にならなかったのだが、全身を駆け回る痛みは消えていた。
それでも。
軍用の魔導を使うのはマズイと思わないのか。
ここにいる鏡介が治療を受けるからか。
軽いため息を吐き、
「何時まで俺の上に跨ってる気だ?」
「あたしは何時まででも構わないよ。
夜の相手でも構わない」
何不真面目な事を言っているのかと思いきや、意外に目は本気に近い。
どちらかと言えば、鏡介は年上が好みではあるが、一回り近くの離れた年上とは関係を持ちたくはなかった。
「生き返る~」
身体と頭を洗い、大浴場の湯船に浸かると、お決まりの言葉を吐いてしまう。
栞は長い髪をお湯に付かない様に頭に巻いたタオルの中に仕舞っていた。
「…な、何?」
視線を感じ、その方向を見ると、小さくガッツポーズをする御影の姿。
どうしてガッツポーズ何かをしているのか、ふと考えてみると、視線を感じたのは胸元だった気がする。
「…そう言う事」
体型を気にした事のない栞は彼女のと見比べて、自分の方が小さいと事実を受け入れていた。
運動をしているのだからしょうがない上に遺伝が関係するのであれば、母も小さかったからだ。
そんなこんなで時間は流れて行く。
「無理矢理過ぎるだろ」
民宿の裏に巨大なヘリコプターが鎮座している。
このヘリは、、この民宿への物資や、遺跡調査の道具を運ぶ為に国が支援した搬送用のものであり、お金さえ払えば、街のヘリポートまで送ってくれる使用になっている。
勿論森林を通ってここまで来る物好きな人もいるらしいが、基本的にはこちらを使うようだ。
これでは怪我のし損ではないか。
とは言え、騎士の領域が存在する事が分かっただけでも有益だと遺跡の保護団体は告げ、すぐさま徒歩ルートの通行止めを敷いたらしい。
「これであたしもようやく帰れるよ、何も無い所で滞在し続けるのは骨だよ」
一番にヘリに乗り込み、御影、栞、鏡介と、乗り込むが、陽の乗り込むスペースがなくなる。
仕方ないので荷物の搬入スペースに彼を詰め込んだ。
ドアを締め、パイロットが計器を弄り、操縦かんを握る。
辺り一面の草木を揺らしながら、ヘリは目的地へ飛んでいく。
小さくなる民宿を遠目に見ながら、彼らはただ自分達が抜けて来た青い森の上を何の苦労もなく過ぎ去って行った。
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