Phase.2-13
流石に小柄な女性を二人も担いでいれば重く感じられる。
そんな当たり前の感想を抱いていると、おとなしくしていた二人がおもむろに鏡介を殴る。
理由を聞けば失礼な事を考えていたような気がしたから、と口を揃えていた。
まるで示し合わせていたかのような口ぶりに彼女らに聞こえない位の小さな息を漏らし、上方の枝に着地する。
すぐさま目の前の枝へ跳ぶ。
流れるような所作に、まるで枝と枝の間を走り抜けているようにも思えてくる。
一度、三人が隠れられる程生い茂る大木の枝に着地した鏡介は担いでいた女性陣を枝に座らせるように降ろす。
「作戦会議といくか」
その言葉を聞き、御影はCTで声を周りに響かせない魔導を起動する。
「さっきも言った通り、今俺は魔導をほとんど使えない状況だ。
だから、実際になんとかするのは俺じゃなく二人の仕事だ」
男に矢面に立てと言われて二人は顔をしかめる。
実際いくら女性も矢面に立つ時代だと世間で言われていても、本能的なものなのだろうか、それとも固定観念なのだろうか分からないが、男性から言われてみると良い気はしない。
そんな顔をする事はある程度理解していた為に彼はそれをどこ吹く風と受け流し、自分は影でこっそりと二人を出来る範囲でサポートすると告げる。
「騎士と出くわさなければな…」
この場にいない、そしてこの状況を作り出した元凶の事を思い出し、いない事を良い事に好き勝手言っておく、いないのだから問題はない。
それに付いてだけは彼女達も同意し、更に矢面に立つ事を決意した。
「気になったんだけど、どうして“ほとんど”使えないなんて言い方したの?」
彼の言葉に引っかかっていた栞はこの際だから、と疑問を口にする。
すると彼はその事を聞かれるとは思っていなかったのか、感心したかのように彼女を見つめる。
目を伏せ、少しだけ考えると、
「CTが開発された理由って知ってるか?」
何故、今この場で授業でも習うような、当たり前の事を聞いてくるのだろうか。
それに意味があったとして、CTの開発された事とどう関係するのか。
魔導を誰にでも使える、というコンセプトからCTが作り出されたはず、彼女達はそう記憶していた。
だが、そう答えると彼は半分正解とだけ告げる。
「簡単な話だ、才能のない人間が才能ある人間に近付く為に開発したのがCT」
つまり、CTがあろうとなかろうと、魔導を使える者は使えると言う事だ。
その中に鏡介も含まれる。
しかし、CTなしでは魔導式が人間のその時の状態等によって不安定になってしまう。
もともと才能のある人物であっても調子の良い時と悪い時とのパフォーマンスが異なることもあったされる。
そこでまず才能のない人物がCTの基盤を作り上げ、完成したそれを使用した魔導師が、生身の状態で魔導を使用した状態での魔導式の安定具合に才能ある人物が目を付け、開発に加わり、今のCTの原点と言わるものを作り上げた。
「とは言ってもだな、これはあくまでも才能という絶対的な基準を平均化しているかのように誤魔化しているに過ぎないんだ」
それを使う事が当たり前過ぎて気付かない者も多い。
とはいえ、安定しないのであれば、わざわざ使う必要もなくなる、その結果、更にCTを介しての魔導を発動させ、介さない方法を取らなくなるという悪循環に陥る。
「具体的には何が出来るの?」
「…加速、かな」
自身の魔導を他人に話したくはないが、この際しょうがないと考え、諦めて話す。
抽象的過ぎて、二人には伝わらない。
加速―つまり速度を加える。
「具体的には?」
「具体的って言われても正直困る。
速度に関係する事なら恐らく全てだと思うが」
何でもかんでも試したことはないが、彼自身が体験したことは全て問題なく起動出来ている。
「―――――」
見つけたとでも言っているのだろう。
鏡介を目の前に人狼は喉を鳴らし、自然の腐葉土を足で巻き上げ、彼へと肉薄。
左腕を大きく振り上げ、一気に振り下ろす。
唸る風切り音を間近で聞き、振り下ろされた腕のは地面の土を巻き上げる。
毛先をほんの少しだけ切り裂かれるも彼の身体には傷一つ付かない。
最低限の動作で回避し続ける。
神経の伝達速度を加速。
肉体の動作、加速。
ただそれだけなので骨格と筋肉、内臓が悲鳴を上げ始める。
最低限の動作で回避をし続けているのは身体への負担を少しでも軽くする為の事。
彼は対人間、対兵器の魔導兵として戦場を駆け回っていたので、正直人外とはここまで大変なのかと考えさせられる。
機械の獣でも人間が操っている、もしくは人間がプログラミングしているのである程度の行動予測が付くのだが、目の前の人狼にはそれが出来ない。
だからこその神経伝達速度の加速を行っている。
直接目で見て避けているのだ。
辛くないはずがない。
少しでも長く時間を稼がなくてはならない。
回避運動の一瞬で、彼女達の方向を見ると、幾つもの金属の塊が空中で停止している。
一つ一つ丁寧に、頑丈に、そして何より気付かれない様に、栞は剣を生成する。
作り出した剣一本一本に御影が魔導式を付加していく。
加速範囲拡大。
人狼を除く、彼を中心に展開される範囲型魔導が二人の元へ辿り着くのは後少し。
準備を完了させた栞が彼に合図を送ると回避を棄てて、人狼の懐に踏み込み、掌底を腹部に叩きこむ。
その瞬間に、自身の骨にヒビが入った感覚がし、痛みに顔を歪ませる。
その場からすぐに離れると、栞の作り出した剣が一斉に人狼に向かって発射される。
彼が作り出した効果領域に剣が侵入すると、磁石で引き寄せられるように剣の飛ぶ速度が急激に速くなり、四方八方へ舞い、人狼の視界の外から一本ずつ身体を貫いていく。
魔導を打ち消す咆哮を放とうとすると空いた口へと剣が突き刺さる。
それを抜こうと腕を剣に伸ばすも、別の剣が腕を地面に縫い付ける。
貫通はしても切断には至らない。
突き刺さり易いように剣の幅を狭めているからだ。
腕、足、と身動きを完全に封じられた人狼はもはやなすすべもなく、鉄の雨に打たれ、じわじわと命の炎を削られていく。
全身を貫かれてもなお、動き続けるそれに女性陣は恐怖さえ感じ、目を背けるが、まだ生成した剣に付加された魔導の効果が残っている。
痛む腕を逆の腕で支えながら彼女らの元へ行き、先に進むことを促す。
栞が支える腕を心配して簡単な治療を施し、十分に離れた所で御影の施した式の一つが起動した。
後方から人狼の断末魔のような叫びだとは思うが、人間のような声だったのは気の所為であってほしかった。
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