Phase.2-12
魔導生物。
CTが開発され、誰にでも才能の有り無しで魔導を使えるようになってから、爆発的に個体を増やしてきた。
原因はやはりというか、CTの誕生と言う事になる。
CTの開発前までは才能の有無で魔導の行使が出来る出来ないに分かれていた。
しかし、開発される事でそれが無くなり、魔導行使後の空気中の残留魔力が爆発的に増え、それを体内に取り込んだ魔力耐性のない獣が突然変異を起こし、進化もしくは死滅する。
もともと人の側で生存していた獣は外見上の変化はないといってもよかった。
外見の変化はないとは言え、内面には人間で言う魔力を生成する特殊な臓器が作り出されていたりしていた。
中には先祖帰りの様な変化や、漫画やゲームと言ったものに出てくるような動物も生息が確認された。
今彼らの目の前に存在する獣は明らかに後者だった。
烏の濡れ羽のような艶のある毛並みにヒグマのような体格の狼。
前足が太く、つま先から伸びる鋭利な爪が日本刀のような美しさを醸し出し、それと比べると後ろ足はやや貧弱ではあるが、二本足で立って歩けるようなしっかりとしたものだ。
先程の足跡はこの個体の後足だったのだろう。
狼の意識は陽に向いている。
この隙を狙うかと逡巡していると、
「Access」
鏡介が投げ飛ばした後、受け身を取ってすぐさま、狼に肉薄した御影が赤い線の入ったカード型CTを左手で持ちながら、それの顎に触れて、すぐにその場から離脱する。
すると、下顎から煙が上がり、熱そうに雄たけびを上げる。
魔力?
魔力の流れを感知したかと思えば、煙はすぐに消え去り、そこは少しだけ湿っているようにも見える。
「魔導使えるのかよ…」
流石に魔導を使う魔導生物を見た事がない鏡介は呆れ顔もそこそこに、気持ちを引き締め、気を入れ直す。
自分が戦う訳でもないが、フォロー位は問題ないだろうと考えた結果だった。
「Access」
栞もCTを起動させ、右手に重量感の感じられない大太刀を握っている。
「井上流剣術免許皆伝、井上 栞。
行きます」
いつもの物静かな雰囲気とは異なり、剣士のそれとなって、狼に向かって走り出す。
右手は柄を握り締め、左手は柄頭を軽く握るように持ち、間合いに入ると上段から振り下ろす。
神速の剣は狼の首を捉えるも、見た目以上の強靭な毛並みが肉を切り裂くのを拒む。
予期していない状況に栞の身体は一瞬動きを止め、狼は刃ごと彼女の体を押しのけ、がら空きの腹部に長い尾を叩きつける。
咄嗟に刃を盾にして直撃を避けるが、腕や刃から伝わる衝撃に顔をしかめながら、地面を転がる。
受け身も取れず、ゆっくり立ち上がり、大太刀を見ると僅かに歪み、刃こぼれも幾つか見つかる。
すぐさま刃を破棄、今度は標準サイズの日本刀を形成。
その勇敢さを見習って欲しいと陽のいたはずの方向を見れば、彼は太い存在感のある背中を向けてのっそのっそと走っていた。
端的に言えば、逃亡していた。
世の中には戦略的撤退というのも存在するが、彼のはただの恐怖そのものからの逃亡でしかない。
しかも、女性を矢面に立たせ、自分はその場から逃げる、とても擁護出来るものではない。
逃げていないにしろ、矢面に立たせている鏡介もまた別の意味で擁護出来ないのだが。
「栞、引いて!」
一撃の重さではなく、速さにウェイトを置いた栞は御影の声を聞くと、彼女の魔導の効果範囲から離脱。
それを確認した御影は炎の魔導を起動させる。
狼は一時的に火だるまになると雄たけびをあげ、身体を燃やす炎を鎮火させる。
すかさず、栞が肉薄し、腹部を下段から切り上げ。
「ハッ」
刃が通らないと理解すると、間合いを取り、鋭さを放つ日本刀を刃引きした鈍器へと変化させ、肉薄。
狙いを胴ではなく足に向けて右方向から左へ刀を薙ぐ。
手首を捻り、逆方向へと再度刀を振るう。
先程とは違い、狙った足への反応が打撃を与える前と比べて遅くなっている。
それでも狼の全体の動きが完全に遅くなった訳ではない。
物理耐性と効果持続系の魔導耐性を持つ事は分かった。
鏡介へ意識が行っていない今は、狼を観察し、倒す算段を立てるのが重要である。
あの雄たけびがどれ位の範囲、どれ位の効果、どれ位の威力を打ち消すことが出来るのか。
調べてみたいが、今の自分は魔導が使えないとなっている。
その状態で使えば、非難されるのは間違いない。
栞が距離を取り、御影の魔導が発動する。
今度は炎ではなく、狼の頭が水の球体に包まれる。
空気を求めて暴れ回るそれは、後ろ足で立ちあがり、器用に前足で球体を潰していた。
人間のように地面に直立している訳ではないが、前傾姿勢でもしっかり二本足で地面を噛みしめている。
僅かに地面が陥没しているのは元々四本足で支える身体を無理に二本で支えているからだろう。
「―――!!」
鼓膜が破れるかと思う程の咆哮に二人は耳を塞ぐ。
その隙に近い栞に近付き前足―右腕というべきか―を振り払う。
栞の剣速とまでは及ばないものの、それに重さの面では匹敵すると思われる轟風が腕を振るった後に吹き荒れる。
防ぐことも出来ず、身体は宙を舞い、細い木の幹何本かへし折りながら彼女の身体はようやく地面に落ちる。
途中で得物を落としてしまった事に彼女は気付けない。
地面に落ちてもなお振り払われた轟風に彼女の身体は流されていく。
「栞!?」
投げ飛ばされた方向視線だけで追うが、自身にも人狼は近付いてくる。
ダメージを負わなければいいと軽く考えていた御影は、回避するだけなら簡単だとも思っていたので、喰らった後イメージが先程の彼女の様になると理解した瞬間、保たれていた精神が崩壊を始める。
一度見た鏡介の、人間よりも機械らしい、瞳。
その死神の鎌が自分の首に当てられているイメージがふと蘇る。
自分は死ぬんだ。
自分の明確な死が見えると彼女は諦めたかのように力なく地面に座り込んだ。
もしかしたら、陽の取った方法が正解なのではないかと思い始め、涙が自然と溢れてくる。
死にたくはない。
でも、この状況ではどうしようもない。
今動けるのは自分だけ。
栞は吹っ飛ばされてしまったし、鏡介は騎士との戦闘で魔導が使えなくなっている。
何度やっても自分の魔導は目の前に迫りつつある人狼には効き目が薄い。
ではどうすればいいのか。
逃げる?
でもどうやって?
戦う?
でもどうやって?
ほら、選択肢がない。
どうしたってバッドエンドにしか向かわない。
こんな時に鏡介のCTが使えるようになるなんて奇跡が都合よく起こるはずもない。
ったく。
そんな、仕方ないと言外に示す声が聞こえ、人狼の身体が少しだけ傾いた。
顔を上げれば、栞が先程まで握っていた刀を足に振り抜いた鏡介の姿がある。
「死ぬのは自由だが、俺のいない所で死んでくれ」
二本足になったことで、足への負担が大きくなり、先程よりも大きく人狼の身体が傾くようだ。
「水瀬と井上、サポートぐらいなら出来るから」
その隙に御影を担ぎ、栞の元へ走る。
地面にひれ伏した彼女の意識を確かめ、御影同様担いで、人狼から距離を取る為もう一度走り出す。
恐らくはすぐに追いつかれるだろうが、その間にどうするか話し合えばいい。
後ろの気配を探ると、二本足で立っている時は四本の時とは違い、自分らを追う速度は落ちるらしく、徐々に差が開いていく。
しかし、目的地とは逆方向に進んでいる為、このまま、進み続けるのは時間のロスでしかない。
「ん…」
意識を失った栞が、今の状況を把握し、彼の肩で暴れるが、彼の一言でなんとか冷静さを取り戻し、取り敢えずなされるがままになった。
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