Phase.2-8
「…大…丈…夫…か、な?」
かれこれ数時間は走っている。
迂回して先に進めと言われているが、目的地は未だ先の様だ。
魔導を利用しているとは言え、全力に近い速度で走り続けるのは流石に骨だ。
しかし、彼が騎士を足止め出来ずに死んでしまったら、もしかして自分達も死ぬかもしれない。
そんな恐怖が彼らを突き動かしていた。
井上 栞は僅かに乱れる呼吸の合い間に時間稼ぎをすると言った鏡介の心配をする。
心配するという行動自体が今の状況下で無駄な行為だと分かってはいるものの、何だかんだでグループの一員なのだ。
後ろを振り向きたいがそれを行う事は出来ない。
自分達に課せられたのはただひたすら前に進むだけ。
逃亡中に真っ先に根を上げたのは、やはりと言うか何と言うか当たり前と言うか陽であったが、逃げて生き延びると言う事に必死だった為、他の彼女達はその言葉を無視―というより耳に入って来なかった―し、彼を今度は置き去りに走り続けたので彼も仕方なく彼女達を追わざるを得なかった。
「後で殺す」
そんな呪詛にも聞こえる響きを彼の口から出ていたのを知ることなく彼らは、森林を走り続けていた。
疲労で視界も狭くなりだし、身体が酸素を求めていた。
エネルギーは生成した魔力で補っているはずなのに身体の方に異常が発生している。
理由は分かっている。
簡単にいえば精神的な疲労だ。
ただ目的地に向かって走るだけ。
そして今追われているという恐怖心。
そして何より、疲労で狭まった視界の映像が変わり映えしていない、つまり前に進んでいないような感覚が彼らを蝕んでいた。
そのままある程度は走り続けてはいたが、次第に身体が雨後中くなり、自然と足が止まっていた。
走り続けようとも、身体は動いてくれない。
動け、動け、動け。
何度も、何度も自分の身体に命令する。
しかし動く事はない。
正確には身体を限界まで酷使した為の反動が表れただけだ。
日本の足で立っている事も出来ず、ごく自然に地面に倒れる。
地面が冷たくて気持ちが良い。
その心地よさに、限界を迎えた心身が彼らを眠りへと誘う。
「かはっ」
金属の塊が身体を突き破る。
体温よりも低いはずのそれが身体を貫くと感覚としては痛いと熱いである。
傷口が熱を持ち、そこから全身に熱が駆け巡り、熱さを感じる。
自分の身体を貫いている突撃槍がナイフを扱うように柄を回転させる。
体外から体内をかき回されているような痛みに悶絶しそうに普通ならなるのだが、彼は額から冷や汗を流すだけで苦悶の表情を浮かべていない。
そもそも表情と言うものが目の前の男からは見られない。
槍を引き抜こうとすると、彼はそれを掴み抵抗する。
今、槍が傷口を塞いでいるので、それを抜かれればヘタをすれば大量出血で死んでしまうかもしれない。
生存本能とは恐ろしいと騎士は考え、更に強い力で槍を引く。
槍が彼の抵抗も空しく身体から引き抜かれると、傷口から大量の血液が地面に吐き出される。
引き抜かれた一瞬だけ、彼の身体に穴が空いていることが確認出来た。
まずは一人。
心の中で呟き、突撃槍にべっとりと付着する血液を払う為に、それを大きく振るう。
液体は遠心力で飛ばされ、固まりだした物を除いて地面に小さな赤い花を咲かす。
「ん?」
急に腕にかかる重量が増えたような。
まさかと思い、槍に視線を向けると、目の前に迫る男女兼用とも思えるスニーカーが迫っている。
回避も防御も間に合わず、槍の上を器用に走って蹴りを放つ彼の足は騎士の兜を見事に捉えた。
だが、騎士の鎧は、本来の鎧としての側面も勿論含んでいるので、ただの蹴りは通用しない。
「!?」
まるで下顎を攻撃され、脳そのものを揺さぶったかのような衝撃が騎士を襲い、足元が揺れ出す。
一体何が?
そんなことを考えている余裕はなく、次々に彼は鎧に攻撃を続ける。
通じないはずの攻撃が衝撃として伝わり、騎士にダメージを与えていく。
衝撃?
「鎧通し?」
確かに鎧通しならば、鎧をではなく身体そのものにダメージを負わせる事が出来るであろうが、そんな簡単に出来る事なのだろうか、そんな疑問が騎士の中に浮かび上がる。
もしこの鎧通しが魔導であるならば、早急に対策を練らなければならない。
伝わってくる衝撃のそのものは大した事はないのだが、徐々に強くなってきているような気がする。
軽い脳震盪を気持ちで押さえつけ、貫いたはずの彼の身体があった場所を見れば、そこにあるのは砕かれた氷のオブジェの残骸。
どうやら自分はダミーを貫いたみたいだ。
わざと吹っ飛ばされる様な動作を行い、初めて自分の意思で目の前の侵入者から間合いを取る。
今まで屠ってきた奴らとは全く違う。
勘ではあるが、奴は騎士との戦闘経験がある。
矢じり状の氷の塊―鏢を投擲。
数は8。
槍で空に突き出しながら薙ぐ。
魔力の礫ではなく、弓形の斬撃が鏢を砕き、真っ直ぐ鏡介の立ち位置に飛来する。
しかし、彼はすでにそこにはいない。
「鏢は囮かな?」
自分に背を向け走り出した彼の姿は未だ騎士の視界に収まっている。
騎士が見失わない限り、彼が逃げ切れる事はない。
大きな突撃槍から短槍に持ち替え彼の後を追う。
鏢が見当違いの場所に突き刺さると、鏡介が鏢に仕込んだとされる魔導が起動し、騎士の身体を拘束しようと魔導式が騎士に伸びるが、騎士はそれを力技で破り前に進む。
雨が降っていないのにもかかわらずに地面がぬかるんでいたりというあからさまの罠を飛び越えると、突然、騎士を囲う様に四方の柱が地面から生え、頂点同士が魔力の線で結ばれる。
この程度と、吐き捨てると槍で出来あがった結界の面を貫く。
結界を力付くで破壊された反動を受けるが、気にせず追われる側は地面を蹴る足を止めない。
槍に貫かれた面は穴から亀裂生まれ、全体へと広がり、広がった所で自壊が始まる。
水が急速に蒸発するように、蒸気にも似た煙を上げて結界面は消えて行く。
この間30秒にも満たない。
それでも両者の距離は徐々に詰められている。
鏡介はCTを起動し、大まかな彼らの位置を把握する。
彼らとは反対方向へ向かっているがまだ騎士の捜索範囲から抜け出していない。
恐らく足を引っ張っているのは陽である事は間違いない。
だが、彼らの反応している地点から全く動いていないのは気になる。
もしかしたら限界まで酷使した為の反動を受けているのかもしれない。
ならば。
「Accel」
凛の作ってくれたCTの機能を一部開放する。
起動語によってCTの機能が変化―切り替わり、彼自身走る速度を急激に加速させる。
蹴り上げる土埃の量が増える。
それが騎士の鎧にかかるので騎士としては、喜ばしくない。
しかし、その代わり一つ一つに罠の威力や、結界の強度が落ちている。
その代わり罠の量が速度が上がった瞬間から比例し始めていた。
この辺りなら誰も来ない。
周囲の情報をCTから受け取り、上空に跳ぶことで停止する。
急な停止により騎士は止まれず、地面に槍を突き刺し、何mか地面を抉る。
上空には彼の姿は見えない。
自分の真上を飛び越し、後ろに着地している事に気付いた時にはすでに手遅れで、先程とは比べられない程の数の衝撃が騎士へ浴びせられる。
距離を取ろうとしようとも、鏡介が回り込んでいるので逃げられない。
「うあああああ!!」
がむしゃらに槍を振り回し、礫を振り撒くことで、ようやく彼との距離を作る事が出来たのだが、槍を振り回すのを辞めれば、恐らく彼はすぐに接近して同じような事をするであろう。
彼も対抗し、氷の鏢を連続掃射していく。
生み出しては投げ、生み出しては投げ、時折わざと大きな鏢を生み出し、砕かれる事で小さなそれを打ち出す。
そして鏡介の手が止まった。
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