Phase.2-6
どうして、自分がいながらこんな事になってしまったのだろうか。
そんな意味のない事を頭の隅で考えてしまう。
深い森林の間を縫って走り続ける。
地面を、木の幹を蹴り加速する。
それでも追う者と追われる者の距離は変わらない。
時々魔導の罠をしかけているが、それを力押しで破壊し自分の後を追う。
逃げるのにも限界がある。
「Acce…」
「!?」
鏡介の速度が急激に跳ね上がる。
まるでギアを変えたように。
地面を蹴る威力も上がり、土が宙に舞う。
しかし、これで逃げ切れるとは思わない、思えない。
速くはなっているが、あくまで速度と言う面でしかない。
速度の代わりに罠の威力が落ちている、そう追跡者は判断する。
それでも急激に速くなりすぎだとも思う。
彼は、彼らは不可侵を破ったのだ。
例え、彼らが幼くても若くても、老いていても、何も知らない一般人であっても、不可侵を破った者は発見した者が裁きを下さなければならない。
それが己に課せられた規則なのだ。
数時間前。
彼らは、陽の背中を見つめながら進んでいた。
最後尾でCTに表示される地図を見ながら、鏡介はその先にあると感じられるとある存在を遠くに見ている。
やはり、いる。
その存在は確かにこの先にいる。
それを彼らにどう伝えればいいのか。
伝えた所でその存在を信じていなければ、存在しないにも等しい。
「お前ら、騎士って知ってるか?」
三人の進む足が声をかけた瞬間停止する。
しかし、陽だけはその質問に答えることなく一人で先に進む。
「もしかしなくても、騎士って、あの“騎士”だよね」
「…どうしていきなり?」
「いや、何でもない」
二人の口ぶりから騎士についての一定以上の知識をもっているようだ。
知らないよりも知っていた方がいい。
陽は知らないのか、それとも知っているのか、それに付いて彼は何も言わず足を前に繰り出し続ける。
「お前は、先程騎士に付いてボクに聞いてきたな。
騎士はボクの未来の職業だ」
何度目か数えるのも億劫になった休憩中に陽が鏡介に声を放つ。
いきなり何を言っているんだ、と鏡介は思うが敢えて何も言わず彼の言葉に耳を傾ける。
それでも、鏡介は、陽が騎士になれない、なる事は出来ないという事実を告げない。
騎士は才能に依存する存在である。
そもそも才能に依存することなく魔導を行使する為にCTは開発され、現在もなお日々開発に明け暮れている。
それでも個々の才能と言うものは確かに存在した。
そして、その天才と呼べる才能とそれを十二分に活かせた実力がある存在の中の選ばれた、エリート中のエリート、それが騎士だ。
役割としては軍隊と似ているが、あくまで軍はその国ごとの戦力である。
しかし、騎士は世界規模の戦力である。
まるで他の世界から侵略してきた異邦人から世界を守る為に結成された軍団だと揶揄されることもあるが、力で一個世界の平和を守っている事に変わりはない。
やはりと言うか騎士の中にも守ると言う事に誇りを持っている者の中にはただ、その強大とも言える力を好き勝手にばら撒け、自分と言う存在を確立する者も少なくない。
むしろ、鏡介達の日常であった戦場で両者を殺戮し戦争そのものを止める為に派遣される騎士は大抵前述の騎士である。
合法な殺人。
行っている事は兵士として変わらないにもかかわらず、彼らは絶対正義として確立している。
そしてそれは周知の事実。
誰もそれに疑問を抱かない。
「で、その騎士がどうしたのだ?」
「確証はないが、この先に騎士の領域がある」
領域とは各々の騎士が保有する陣地である。
こんな辺鄙な場所に騎士の領域があるとは誰も思わない。
そんな騎士の良い側面から彼らは鏡介の言葉を一蹴した。
確証があれば、彼らを説得出来たであろうが、過ぎた事を考えても仕方がない。
小休憩を済ませ、また森の中を突き進む。
時々立ち止まり、向かうべき方向を確かめる。
基本は山中の森林を進むが、途中、一時的に彼ら背丈を超えそうな生い茂る草木の中を潜りぬける。
その中で小動物が彼ら以上にこの場所を優雅に駆け抜けている。
そこを抜けた時には手先指先、顔を葉で切っていた。
女性陣は持っていた手鏡で傷の確認。
陽はそんな瑣末事を気にせず彼らを置いて先に進む。
「…あれ?
白銀君は切ってないの?」
傷一つ付いていない彼の顔を見た栞が目を丸くしていた。
声の方向を見れば、幾つかの切り傷を顔に付けてしまった栞と御影の姿が視界に映る。
草木や紙で肌が切れるのは物質と肌との摩擦によって生じる。
その摩擦を抑えることが出来れば肌を切る事はない。
彼は実際に行っていた。
方法は違うものの、似たような事を行い肌を切るのを抑えていた。
抑えていた、なので時々切ってはいたが切ったと認識した瞬間に傷を修復していた。
顔は女の命とか凛が言っていたのを思い出すと自身のCTを起動し彼女達の傷を修復する。
自身のは軍などで使われる魔導を一般用にアレンジしているので効果が高く治りも早い。
「あ、ありがとう」
彼が治療を施したのだと理解し、感謝の意を含めて御影は彼に向って頭を軽く下げる。
鏡介からすれば礼と共に頭を下げる日本人の行動が良く分からない。
なので頭を下げられても困ってしまう。
とは言っても彼自身両親は純粋な日本人なのではあるが。
「ボクを一人にする気か?」
彼らが自分の後を追っていない事に気付き、彼らに声が届くように大きな声を張り上げている。
僅かに怒気が孕んであるようにも聞こえるが彼らは遠くにいる事を利用し、それを無視する。
散々、好き勝手やって来たのだこれ位したって問題はあるまい。
仕舞いにはCTの通信機能で呼び出してきたので彼らはそこで諦めて陽の元へ急ぐ。
その間にも彼は一人前に進んでいる。
彼の大きな背中を魔導を用いないで視認出来た時、何かとてつもない質量を持った物質に押しつぶされれる様な重圧に御影と栞の身体が震え、地面に膝を付いた。
肌から伝わってくる懐かしい重圧に、鏡介は足を止め、ただ前を見据える。
“それ”はまだ視認出来ない。
だとしても、この場所に存在するのは確信出来る。
自分が出来るのだから、相手にも出来るはず。
しかし、御影や栞でさえその強大な“それ”を第六感のようなもので知覚しているにもかかわらず、陽だけは気にも留めずただ前へ進む。
「止まれ、馬鹿!!」
「このボクに何て口の聞き方だ」
そんな今この場合では、場違い過ぎる言葉を口に出来る彼は一種の天才なのか、それとも鈍い馬鹿なのか、そんなことを考える余裕はない。
未だに止まらない彼自身を見殺しにし、まだ聞き分けのある彼女達を連れてこの領域を脱出するか、それとも動けなくしてでも彼を止め逃げるか、僅かに逡巡し、後者を選ぶ。
出来る事なら人が死ぬを見たくはないという考えからだ。
一瞬で彼との距離を詰め、吹き出した汗とギトギトの油が染み込んだ襟元を掴み―一度軽く掴み、その気持ち悪さに一度手を離したのは内緒―彼女達の方へ力任せに投げる。
見た目以上の重さに驚き、落下予測地点よりも手前に落ちる。
「いきなり何をするんだ。
ボクを誰だと思っている!!」
「死にたくなければ黙れ!!」
彼の戯言を無視し、前を見つめる。
「それは私から逃げられるという意味かな?」
金属同士の擦れる音。
金属同士が軋みを上げる音。
静かな足運びなのにもかかわらず、目の前に映る“それ”からは重苦しい擬音が聞こえくる。
金属の鎧を身に纏った、見た目そのままの騎士が彼らの眼前に姿を現した。
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