Phase.2-1
彼女は鏡介の親ではないが、彼の事が気になってしまう。
「大丈夫かな…」
いくらCTのコアの一つに非殺傷の魔導式に書き加える機能を搭載しているとはいえ、絶対の安心は出来ない。
現にこの国で発生している殺人事件等は、殺傷系の魔導の不正使用もしくは非殺傷の魔導を上手く使って行ったものと大きく二分されている。
幾ら自分で作ったとしてもその性能に絶対の安心は置けない。
買った機械に誤作動などが万に、億に一つあるかもしれないのだ。
だからこそ、心配なのである。
そして彼は殺すと決めたら躊躇うと言うことをしない。
そういう風に彼を巻き込んだのも自分。
そういう風にさせてしまったのも自分。
ただ生きる為にこの国に連れてきたのも自分。
「天野君、君だけが手が動いていないのだが」
「す、済みません」
うるさい、ハゲのエロジジイ。
心の中で毒吐かなくては精神的に辛い。
学校の教師のようにデスクとデスクの間にある通路を行ったり来たりする自分の上司の背中に物をぶつけるイメージをして精神の安定を高める。
時折、自分を同じ女性社員の胸元や尻に目線が向かっているのは休憩時間中の世間話で聞いていたが、実際見られるのは本当に不快でしかなかった。
昔は男だろうと女であろうと自分を見る目は変わらなかった。
今は男が女を見る目が全く異なっている。
彼女がそう見られるのは彼女自身の問題なのだが当の本人はそれに気付いていない。
何処かの事務所にスカウトされてもおかしくない程の整った顔立ちに、スーツに隠された無駄のないスタイル。
それを彼女は自覚していない。
自分に対する評価が、戦場での評価でしか測れない故にそうなってしまっている。
要するにはたから見れば無防備なのだ。
とは言え、誰にでも心を開いているように見えて誰一人として彼女に近付けない。
そんな雰囲気も彼女の魅力になっている。
「はあ…」
面倒臭い。
彼女が自分で作り出したシステムより効率の悪いシステム開発はとにかく面倒臭い。
自分が出来る仕事を選びだすとCTのシステム関係しかないので、受かった中で単純に給与や待遇が一番良かったこの会社に入社したが、仕事は思った以上に苦痛でしかなかった。
更に言えば、彼女の作るシステムはいわゆるオーダーメイドであり、万人向けではない。
溜息を吐きながらもキーボードを走らせたらそう簡単には止まらない。
今主流のシステムのプログラムならば他の事を考えていてもキーボードに触れているのであればものの数分で打ち終えることが出来る。
それだけでは既存のシステムを手動でプログラミングしたに過ぎない。
昔―彼女にとっての―のシステムを流用してもいいが、あくまでそれは効率よく大量に、そして使用者への負荷を少なくし、敵を殺す為のものである。
この世界ではCTを用いた殺人は騎士団を除けば固く禁じられている。
自分や鏡介のCTはそのシステムをバージョンアップさせたものを利用しているが、コアの一つを非殺傷の魔導式に書き加えるものとして機能させている。
その為、そのシステムをそのまま流用出来るのだが、それはあくまでコアが二つ以上あることが前提となっている。
未だにデュアルコアの問題が完全に解決しない技術レベルでは彼女の技術はここでは無意味の産物でしかない。
「ここからどうするかな…」
最新のシステムを手動で書き上げたのは良いが、それでは技術を盗んだのかと言われてしまう。
正直に言えば、この程度のシステムを盗む価値はない。
だからこそ、ここからどうするべきなのか考えている。
キーボードから手を放し腕を組む。
目を閉じ、プログラムの全体像を文字の羅列ではなく一つのカタチとして捉える。
彼女のイメージでは最新のシステムは打ち切りになった漫画や小説のようなものになっている。
無理矢理、終息させたかのようなイメージが具体的になり、改善点が分かるが、それをどうこうする積もりはない。
彼女がする予定なのは始めと終わりだけを変えずに、中身を少し入れ替え回収されなかったもしくは伏線になりえなかったものを消してスマートにすること。
やらないよりやった方がマシというあまり意味のないことだが、マイナーチェンジだと気付く者はそういない。
目を開き、キーボードを走らせる。
目線は常に画面の文字を追う。
文字列を消し、新たに別の文字列を高速で打ちこんでいく。
その繰り返し。
手を止める時には目を閉じて、全体像の確認。
制約があるので彼女の基準での完璧にはならないが、少なくとも製品としては問題ないレベルには仕上がる。
「これなら一から書いた方が良かったかも」
時計を見れば、あと少しで定時だ。
時間を必要以上に無駄に使ってしまったが結果的には良い方向に繋がったので個人的に良しとした。
それを一端保存し、再度全体を見る。
ここでは実際プログラムを走らせられないので、専用のメモリに内容をコピーし、時計の針が定時を指すと立ちあがり、すぐにタイムカードでもあるCTを翳し会社を出る。
何人か、変な目で彼女を見てくるがそんなものは気にしない。
無駄な作業をしなければ、定時前に自分の仕事が終わっていたのだ。
そもそも、残業しなければならない程の仕事は彼女には残っていない。
「ルールは守らなきゃ、だね」
この世界の技術力に合わせなければ、自分というイレギュラーがこの世界に紛れられない。
それが彼らのルールである。
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