Phase.2-0
時刻は06:50。
まだ空は薄暗いものの、地上では人が溢れている。
駅の中にある中央広場に月宮学園高等部の生徒が4~5人のグループを作り集まっていた。
時折、サラリーマンやOL、他の学生が、どこの集まりか興味本位でこちら側を見ている。
しかし、歩きながら見ているので見れるのは、視界に入って数秒間の短い時間。
視界から出てしまえば、余程のことがない限り気にも留めない、そんなものだ。
「ほら、喋ってないで黙れ。
予定が詰まってるんだから」
何故か学園主任ではなく引率する保健医のマリー・セレストが集合位置の最前列の中央で指揮をとっていた。
「聞いてませんでしたは知らねぇからな」
そう忠告すると、生徒は仲間内での会話に勤しんでいるさなかに、連絡事項を話し始める。
話し終わると、新幹線に乗り込めと促し始めた。
個人単位で改札を抜け、ホームへの階段を上る。
右手にある白い機体に一本の青いライン。
チケットの指定されていた席に近付き、前もって決めていた通りに、進行方向向かって右側から鏡介、御影、栞、通路を挟んで陽の順で席に座る。
他のグループは誰が何処に座るかを決めるのに深く話し合っていたのだろうが、鏡介達のグループはある程度固定されていたので話し合いに時間はさほどかからなかった。
理由は言わずもがな、このグループのリーダーである日乃宮 陽の体形の所為である。
彼は一つの座席に身体が入りきらないだろうと残りのメンバーは予想し、二人席を彼専用の座席にすることに決めた。
そして実際、彼は一つの座席に座れなかった。
肘かけを仕舞い、一つの座席としてようやく彼の身体を収める。
それでも少し窮屈そうにしているのは少し予想外ではあったが。
高速で流れていく景色を横目で眺めながら、鏡介は完成して間もない、微調整もした自身のCTを上に投げたり器用に回転させていた。
うっすら銀色の端末に白い線が走っていることに気付く者はいない。
「コアを4つにしたのは、自発的に非殺傷の魔導として式を書き加える為のものだから。
いくらこの国で造られたCTのパーツだとしても私達は無意識に殺傷系の魔導を使う可能性があるからね。
骨の髄まで染み込んだ反応を無効化するにはCTの方で何とかするしかなかったしね。
だからと言って決してそれで殺せない訳じゃないから。
だから実質使えるコアは3つだって言うことを覚えていて」
非殺傷の為にコアを一つ増やし、3つではスペースが余るとのことで更に別のコアを搭載したのは本当に、ただの気まぐれだったのだろうか。
これだけのことが出来てしまうのだから、このCTに隠された機能があるのではないのかと邪推までしてしまう。
それを確かめる為にCT自体に魔導を走らせているが、未だに何も出てこない。
何度も、多角的に調べて知るのでこれ以上は無意味だと判断し、上に放ったCTを手中に収め、ズボンのポケットに仕舞う。
隣から流れ込んでくる細い糸をピンと張りつめたような緊張感が妙に気になってしまう。
マリーから何かを吹き込まれたらしい御影と列を挟んだ席に座る陽から放たれる甘いお菓子の臭い。
鏡介も御影も栞も甘いものは決して嫌いではないが、陽が車内でゴミ収集車が焼却施設に集めたゴミを流し込むようにお菓子などをかっこむ姿は見る者の食欲を始めとしたものを失わせていく。
いつまでこの空間が続くんだろう。
皆の思いは今一致団結していた。
だが、この車両の電光掲示板にはまだ当分到着しないと表示されている。
今か今かと到着を望む生徒の事を知らずに、乗務員は車両の扉を開く。
その雰囲気の異常さに思わず足を引いてしまうが、仕事をしなければと言う義務感を心の武装にし前に踏み出した。
「しゃ、車内販売です。何かご入り用がありましたら」
まだ後方に乗務員はいるが、その声を聞いた陽は、体形からは考えられないような速さで手を挙げて彼女を呼ぶ。
呼んでいるにもかかわらず、少しずつ前に乗客の顔を見ながら進む乗務員に対して貧乏ゆすりでイライラを抑えていたが、自分の間横に来た時にそれは吐き出される。
「遅い。
ボクが呼んでいるのに何故すぐに来ない?
ああ、それとこの車両にある食べ物全てをくれ」
彼の怒号を柳の葉のように受け流すも、次の一言で目を丸くした。
「聞こえなかったか、ああ、酒以外の全ての食べ物をくれ」
「全て、ですか?」
「貴様はオウムか?
金なら払うんだ問題なかろう?」
「流石に買占めはマズイと思うが」
どこぞの司令官と陽の姿が重なり、鏡介は無意識に呟いていた。
実際戦っているのは兵士であるにもかかわらず、自分自身が前線に赴き指揮を執っていたかのように上層部に報告し、その見返りを懐に溜める。
兵に恩賞を与えず、まともな慰労の言葉もない。
更に無謀な作戦を打ち立て、現場での無駄な犠牲をなんとも思わない。
そして危機になれば、自身が真っ先に逃げ出し、部隊はほぼ全滅と嘘の報告をし、切り捨てる。
一体何人が司令を信じ、犠牲になったのだろうか。
いや、今ここにいるのは最低の司令ではなくカスである別人、何故そんな人物と彼を重ねなければならないのか。
「なんだよ白銀、ボクに意見する気?」
正直、鏡介には陽が何故偉ぶっているのか分からない。
更に、誰も何も言わないのか。
言わないというより言えないということは最近分かってきた。
「意見する積もりはないが、他の乗客の事も考えろって言ってんだ」
そう、他の兵の事も考えなければならない。
兵の食料が尽きかけている時に司令官は優雅な食事にありついていた。
その分のしわ寄せが兵に来るのでいつもひもじい生活をしなければならなかった。
年上の兵士から鏡介達のような子供に食料を分けて貰っていたが、それでも腹が完全に膨れることはない。
腹が減っている為集中力を欠き、それが原因で死んでいく兵もいた。
敵を殲滅し、近付いてみると、そこにいるのは自分達同様痩せた人間だったもの。
戦争さえ終われば、好きなだけ食べられると思ったのだが、敵の姿を見てその夢は木っ端微塵に破壊される。
初めて、逃げ出したいと思った。
しかし、戦い、殺すことしか知らない自分が戦場以外で生きていけるとも思えなかった。
姉に相談しても、今はまだ無理と言われる。
「第一、そんなに買って食い切れるのか?」
「フンッ。
ボクを舐めるなクズが、出来るに決まってるだろう」
クズ。
その言葉は胸に響くものがあった。
なんて自分に合う言葉なのだろう。
そう自分はクズだ。
何処までもクズな人間である。
クズ以外の何者でもない。
本来ならば、こんな平和な世界に存在することを許されない人間なのだから。
争いの世界で生まれ育った自分が平和な世界に溶け込めるはずがない。
異物なのだ。
拒絶されて当然。
拒絶されて必然。
にもかかわらず、この平和は彼を拒絶しない。
「フンッ、口ほどにもない」
うるさいハエを見るような細い目で鏡介を一瞥し、この車両の食べ物を買い占めた。
乗務員がこの車両から出て行った後、また緊張が走り、誰も何も言わない。
寝ることさえ許されず、誰もが早く到着しないかとひたすらこの空間からの脱却を心待ちにしていた。
新幹線が目的地に到着した時には、鏡介と陽以外はみな疲弊しきっており、他の車両に乗っていた生徒や引率の教師陣はその姿にただ驚くしかなかった。
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