Phase.1-10
鏡介が帰宅してリビングに続くドアを開けた時に、お帰りと凛から声をかけられた。
リビングの上方に取りつけられた時計に記された時間では彼女は帰宅していないはず。
「急いで仕事を片付けてきたから問題ないよ」
自分の仕事を片付けると帰宅してもいいのか疑問に残るが、この際気にしないことにすることが賢明だと思われる。
リビングの一画に据えられた凛お手製の自作パソコン。
鏡介にはそのパソコンのスペックがどれほどのものか理解出来ないが、彼女曰く、
「日常生活するだけならこんなにいらないけどね」
と軽く言っているのだから、スペックの高さが窺える。
だが。
「姉さん、パソコンを改造するのは構わないけどさ。少しは部屋を片付ける方向に進もうよ」
引っ越してそれなりに時間が経っているが、部屋のあちこちにはまだ開封を待つ段ボールが積み重ねられ、パソコンを改造する為に注文したと思われる開封されたそれと、ビリビリに破られたエアーキャップが散乱している。
「これが終わってからやる積もりだった」
その言葉が明らかに嘘であり、結局やらない事実を示していたので、ソファーに鞄を置き、散らばったエアーキャップを拾い集め、ビニール用のゴミ箱に突っ込んでいく。小さく纏めているわけではないので入れていくうちに広がってかさを増していく。
段ボールは箱を潰し、重ねた後にガムテープで纏め明日棄てる為に玄関の隅に置いておく。
「それはそうと、鏡介。
あんたのCT出来たよ」
子供と大人がキャッチボールをするような緩い山なりの放物線を描きながら、彼の胸元に銀色の折り畳まれたCTが発展する前に存在したガラパゴス携帯電話のような形のそれは吸い込まれた。
「端末型か」
現在最も主流のCTであり、使い勝手の良い代物である。
CTの登場により、徐々に電話に関する産業が軒並み倒産に追い込まれ、そのノウハウをCT間通信に応用させて、今の携帯端末型が存在するのはある意味皮肉めいている。
「元々使っていた武器型を改良しても良かったんだけど、鏡介は手に持つタイプとは軒並み相性が悪いから、その形にしたよ。
見た目は普通だけど、結構苦労して組み上げたわよ。
中身はそんじょそこらのCTとは一線を画してる」
指先で閉じられた端末を開くと、電源の入っていない真っ暗な画面と、カーソルキーとテンキー、通信魔導のショートカットキーなどが並べられた従来の携帯電話の姿が現れる。
「Access」
起動語を呟くと白銀の端末に純白の線が無数に浮かび上がる。
CTの起動そのものは誰もが同じような光景になるのだが、彼の表情は険しい。
常にCTに関しては凛に任せており、調整についても同じだ。
その調整において違和感を感じたことは一度もない。
人間が調整している時点で完璧など存在していないのは理解している積もりだ。
だが、今回はあからさま過ぎた。
言うなれば、指先から感じるCTのコアがいつもよりも多い。
「多い?」
「さすが、鏡介。正解だよ。
今回は魔導回路コアを前使ってた奴の2倍、つまり4つになった。
ディスプレイとテンキーにそれぞれ、コアを組み込んだんだけど、これが結構苦労した。
まあ、デュアルコア自体は難しくないんだけど」
ちなみに彼女の言うことは間違いである。
デュアルコア自体の技術はここ数年のものであるが、実用化に至っているもの数少ない。
実用化されているものは最新の試験運用と称される携帯端末型のCTと比較的成功例の多い時代遅れと揶揄されるカード型なのだ。
「前のCTのシステムを流用出来たからシステム面は既存のそれと同等かそれ以上だよ」
もう脱帽するしかなかった。
技術面で彼が知る限り彼女を超える者は存在しないだろう。
戦時中最前線にいながら、生き残ることに特化した魔導を使用する技術者など。
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