Phase.1-9
「来週から生徒間の交流を深める意味合いも含めた4泊5日のオリエンテーションがありますので、今日のLHRはその事について説明します」
相も変わらず哀愁に塗れたオーラが一部の生徒の涙腺を刺激していた。
これは心の汗だと言う者もいるが、本人がそういうのであればそういう事にしておこう。
交流を深める為のオリエンテーションと多田野は言っているが、必ずしも交流が深まる訳ではなく、まして仲間から溢れてしまう、もしくは仲間から自分を遠ざける生徒が出てくるという事実を無視しているのは教職者としておかしいのではないかと自身の経験からそのような思考に鏡介は至る。
しかし、彼自身がこの考えの後者、仲良しこよしの慣れ合いを嫌っているのでお門違いもいいところである。
「生徒同士で自由にグループを作ってもらおうと思ったのですが、それでは一匹狼のような生徒がでそうなのでくじ引きで決めたいと思います」
ラベルを綺麗に剥がし、切り口を赤のビニールテープで覆った果物の缶詰に教室の生徒数分ある割り箸を入れた手作りのくじを教卓から取り出し、窓側の一番前の生徒にそれを手渡す。
一人が引き、後ろの生徒に渡す。列の最後尾がその右隣の生徒に渡す、最前が右隣に渡す。それを繰り返し、全ての生徒が引き終えた事を壇上で確認すると、
「では割り振られた番号でグループを作って下さい」
生徒は席を立ち、元々仲の良かった生徒間でくじの交換が秘密裏に行われていた。
秘密裏なのはくじの意味がなくなり、もう一度やり直すことになった場合を恐れてるからだ。
鏡介の引いた番号は3。正直言えばどうでもよかった。
慣れ合う積もりは最初からない。
生きていた世界が違うのだ。
見てきたものが違うのだ。
「3を引いた者達はボクの元に集まりたまえ」
100人いたら8割の人間がイラっとくるような野太い声色をした男が椅子から立ちあがることなく、周囲に呼び掛けている。
何人かの男女が良かったと小さく安堵していることから相当の嫌われ者のようだ。どう嫌われているのか鏡介が見ただけでは分からない。
空気を読み、声の主の元へと近付く。
自己紹介の時、大抵聞き流していた為に目の前の脂ぎり医者に死ぬ気かと宣告されてもおかしくないような、有体に言ってデブが誰なのか判断がつかない。
制服もオーダーメイド、よくよく見れば椅子と机がこれでもかと言わんばかりに補強された跡がある。
「白銀 鏡介に水瀬 御影、それに井上 栞か。
まあ、ボクと同じグループになれたことを光栄に思いたまえ」
デブから視線を外し、他のメンバーを見てみる。
御影は鏡介を警戒しているように見え、栞は何かに怯えているかのように俯いている。
「当然ボクがリーダーだ」
何となくではあるが、嫌われている理由が見えてくるが誰も彼を突っぱねることをしないのが気にかかる。
考えられるのは彼がかなりの実力者だということだろうか。
鏡介のように意図的に実力を隠しているのならばともかく、目の前の人物にはそれ程の実力が見受けられない。ハッキリ言えばどこにでもいるような、そんな程度だ。
「集まりましたら、リーダーを決めて、その人が資料を取りに来て下さい」
彼は小さく舌打ちをすると、一番教卓から近い鏡介に幾つにも隆起した顎で、
「白銀 鏡介取って来い」
そう促す。
「それ、人にものを頼む態度か?」
突然教室の空気が凍え、温度計が音をたてて砕け散る。
「ああ、そうだったね君はボクとは違う地区から入学してきたのだったね。
なら今回はその態度は見逃してあげるよ」
額に青筋を浮かべ、机に手を付き椅子から言葉通りの重い腰を上げる。
机の悲鳴が教室に響き、彼は体勢を崩す。
誰一人彼を笑う者はいない。
だが、彼の見えていないところでざまあ見ろという視線が集まっていたのは言うまでもない。
「そう言えば先生、部屋割はどうなっているんですか?」
「グループ毎になってますね」
資料を受け取りに来た生徒の何気ない質問に答えた教師が、別の意味で教室をまた凍結させた。
女生徒は口をそろえて文句を言ってるが、多田野はそれを受け流している。
「気にする事はありません。貴女方が考えているような事は起きた試しがありませんし、それにそんな余裕はないと思います。まあ、それはお楽しみということで」
担任の哀愁漂うオーラが教室を包み込み、皆顔が青く変色している。
「おや、チャイムですね。HRでの連絡はないのでグループ毎に資料を確認次第解散で
構いませんよ」
誤字脱字がありましたらご連絡願います。




